表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

教義(ドグマ)と診断

神はカテドラル・メトロポリターナ(大聖堂)には住んでいない。少なくとも、人々が期待するような神は。


普通の目で見れば、そのネオ・ゴシック建築は色とりどりのステンドグラスと石のガーゴイルに見えるだろう。だが俺の目――死体を切り開くことで生計を立てている者の目――で見れば、それは街の中心に巣食う石灰化した腫瘍しゅように過ぎない。


《昇天の大聖堂》は、ただの教会ではなかった。それは巨大な金庫だ。


「お香の匂いで気持ち悪くなりそうです」


ルナが囁いた。俺たちは身廊しんろうの上方三十メートルにあるメンテナンス用足場にしゃがみ込み、アーチ型天井の影に身を潜めていた。


「この煙、何かがおかしいです」


「ああ、おかしいな」


俺はガスマスクを調整しながら同意した。十二指腸のあたりで、寄生体が不快そうに振動している。


「ただの乳香オリバナムじゃない。《セイレーンの鱗粉》と白檀サンダルウッドの混合物だ。軽い幻覚作用のある麻薬だよ。信者たちに『奇跡』を見せやすくし、敵意を鎮める効果がある。化学的な群衆統制クラウド・コントロールだ」


眼下では、真夜中のミサが行われていた。何百人もの人々が膝をつき、サニー・ナイト(太陽の騎士)の加護を祈っている。その皮肉はあまりに濃密で、メスで切り取れそうなほどだった。彼らは自分たちを捕食することになる怪物に祈っているのだ。


「図書館の入り口はどこですか?」


下を見ないように俺の腕にしがみつきながら、ルナが尋ねた。


「市役所の図面では地下にあることになってる。だが、マナの構造は別のことを言ってるな」


俺は中央祭壇を指差した。そこには王剣を手にした巨大な天使像が鎮座している。


「天使の背後だけ、空気の流れが違う。空洞があるんだ。通路だな」


「あそこまで降りるんですか? ミサの最中に?」


「いや。警備交代を待つ。教会のパラディン(聖騎士)たちは、ヘリックス社の私兵とは違う。彼らはテクノロジーを使わない。『信仰』を使うんだ」


「それって良いことなんですか?」


「最悪だよ」


俺はベルトから小瓶を取り出した。


「テクノロジーならハッキングできる。だが信仰ってやつは、冒涜ぼうとくしなきゃならない」


三十分後、身廊は無人になった。四人の衛兵だけが残っている。彼らは磨き上げられた白い鎧をまとい、自ら光を放つハルバード(斧槍)を手にしていた。


「《殺意感知器》だ」


俺は分析した。


「『悪意』を持った者が近づくと、武器が光る仕組みだ」


「じゃあ私たち、詰みですね。私、悪意でいっぱいですもん。あのジン司令官のすねを蹴り飛ばしたくてたまらないです」


「心を落ち着けろ。……子猫のことでも考えろ。あるいは給料のこととか」


「二ヶ月も給料払ってくれてないじゃないですか、アーサーさん!」


「プリンのことでも考えろ」


俺たちは音の出ない懸垂下降ロープを使って降りた。殺意感知魔法を欺く秘訣は、「善人」になることではない。「虚無」になることだ。寄生体がそれを助けてくれる。感情を抑制し、冷徹な分析思考だけを残す。教会の魔法にとって、俺は敵ではない。ただの石ころだ。


俺たちは祭壇の裏に着地した。衛兵のハルバードは光らなかった。


人間としてのアーサーが、像の台座を撫でる。

寄生体としてのアーサーが、生体認証機構を検知する。


鍵穴ではない。血液スキャナーだ。教会は入場に「聖なる血統」を要求している。


「クソッ」


俺は囁いた。


枢機卿すうききょうクラス以上の血が必要だ」


ルナが二十メートル先に背を向けて立っている衛兵たちを見た。


「あの……彼らから少し『いただく』わけにはいかないですか?」


「パラディンは聖職者じゃない。彼らの血は凡庸コモンだ」


俺は像を見上げた。細部に目を凝らす。台座には、黒く乾いた染みがあった。何世紀にもわたる儀式の残留物だ。


「グリッスルが乾いた血について教えてくれたことがある」


俺は呟いた。


「十分な試薬を加えれば、血は自分が何だったかを『思い出す』とな」


《蘇生用生理食塩水》の小瓶を取り出す。石の上の古い染みに三滴垂らした。乾いた血が泡立ち、二秒間だけ鮮やかな液体の赤へと戻る。


石が液体を吸い込んだ。


カチリ。


通路が開いた。


禁書図書館は、古本の匂いがしなかった。ホルマリンの匂いがした。


黒い木製の本棚が天井まで伸びているが、そこにあるのは本だけではない。瓶詰めだ。天使の胎児。琥珀に閉じ込められた悪魔の羽。教会が「人々を守るため」に没収した聖遺物レリックの数々。


「ここに真実がある」


俺は通路を歩きながら、革の背表紙を視線でなぞった。


「商業化される前の、魔法の歴史だ」


「アーサーさん……」


ルナが演台に鎖で繋がれた巨大な書物の前で立ち止まった。


「この本……呼吸してます」


近づいてみる。その本は牛革ではなく、人間の皮膚で装丁されていた。《再生者リジェネレーター》の皮膚だ。


タイトルは古ラテン語で書かれている。『Evangelium Carnis(肉の福音書)』。


「これだ」


俺は悪寒を感じながら言った。


「ヴァレリアは、ヘリックスが『古代のルーン』を使っていたと言った。教会がサニー・ナイト創造のための理論的基礎を提供したんだ」


本を開こうとした。


鎖が輝きだす。轟くような声が部屋に響いた。人の声ではない、壁そのものが発しているような声だ。


何人なんぴとたりとも、聖人の眠りを妨げることなかれ』


「ああ、うるさいな」


俺は毒づきながら、《魔法硫酸》を鎖にかけた。金属が溶け落ちる。


本を開いた。ページは薄い筋肉組織でできていた。文字は黒い静脈だ。


俺は速読し、寄生体がそのすべてを記録していく。


**プロジェクト・ジェネシス。亀裂暦ポスト・リフト元年。**

**目的:神の恩寵に頼らず、完全なる生物学によって『救世主』を創造すること。**

**材料:外見形成にドッペルゲンガーの細胞。動力源にタラスクの心臓。そしてコアには……《飢餓の寄生体》を用いること。**


俺は読むのを止めた。


「飢餓の寄生体パラサイト・オブ・ハンガー


俺は繰り返した。


「あなたのと同じですか?」


ルナが聞いた。


「違う。俺のは『共生型』だ。ゴミを食ってデータに変換する。だが『飢餓型』は……ただ食うだけだ。無限のエネルギーを消費し続ける」


ページをめくった。「救世主」の消化器系の図解があった。


「あったぞ。欠陥バグだ」


人間の形態を維持するために、サニー・ナイトは《自我安定剤》の毎日の注射を必要とする。それがなければ、飢餓の寄生体が宿主の精神を食い尽くし、制御不能の獣と化す。


「じゃあ、あいつが薬を飲むのを邪魔すればいいんですか?」


「いいや。獣になればサンパウロが消滅する。必要なのは、奴の寄生体に宿主を拒絶させる何かだ。世界最強の怪物に、『食中毒』を起こさせるんだよ」


突然、図書館の照明が落ちた。


重い足音が入り口に響く。

鎧の音ではない。衣擦れの音だ。


闇の中から人影が現れた。審問官インクイジターの赤い法衣をまとった老人。彼は目隠しをしていた。


大審問官サイラス。


「異端の臭いがするのう」


老人は微笑んだ。武器は持っていない。ロザリオだけだ。


「それと、霊安室の臭いもな」


【 危険警報:レベルS 】

【 対象は《裁きの精霊》と契約状態にあり 】


「ルナ」


俺は本を閉じ、ルナのリュックに押し込みながら小声で言った。


「本棚C-4の後ろに通気口がある。行け」


「置いていけません!」


「お前じゃ戦えない。奴は世界クラスのエクソシストだ。触れられただけで、お前の幽霊たちは虚無リンボへ追放されるぞ。行け! 『治療法』を持ち帰るんだ!」


俺はルナを影の中へと突き飛ばした。審問官が盲目の頭を彼女の方へ向ける。


「誰も逃がしはせん。『Sanctue carcerem(聖なる牢獄よ)』」


彼が手を挙げた。固形化した光の格子が床から生え、部屋を囲い込む。


「ドクター・ヴェラス」


サイラスは静かに俺の方へ歩いてきた。


「福音書を読んだな。ならばサニー・ナイトが必要悪だと理解できたはずだ。民衆には偶像アイドルが必要なのだよ。たとえそれが怪物であろうと、笑って我々を守ってくれるなら、何の問題がある?」


「問題だらけだ」


俺はベルトから二本のメスを抜いた。


「嘘の寿命は短いぞ、神父様。そして怪物の食欲は無限だ。いつか、そいつはアンタらも食うことになる」


「ならば、まずはお主を生贄いけにえとしよう」


サイラスが指を動かした。部屋の気圧が上がる。重力が三倍になったかのように感じる。聖なる制圧魔法。膝が折れ、骨がきしむ。


「好奇心という罪よ」


サイラスは俺の前で立ち止まり、呟いた。


「最期の祈りを捧げるがいい、ゴミ拾い」


俺は苦痛に顔を歪めながら見上げた。鼻から血が流れている。


だが、俺は笑っていた。


「俺の祈りは……化学のレシピだ」


「なんだと?」


俺は口を開き、奥歯に仕込んであった偽のカプセルを噛み砕いた。


毒ではない。


《深淵の盲目キノコの胞子粉末》。揮発性が極めて高い。


俺は紫色の粉末を審問官の顔に吹きかけた。


普通の人間なら、ただ目が痛くなる程度だろう。


だが、マナ知覚を通して世界を「視て」いる盲人にとっては?


それは神の目に唐辛子をすり込むようなものだ。


粉末が彼のオーラに付着し、激しい静電気ノイズを生み出す。


「ギャアアアアッ!」


サイラスが叫び、顔を覆った。彼の「視界」は魔法的なホワイトノイズに塗りつぶされた。光の格子が点滅し、消滅する。


「今だ、ルナ!」


俺は叫んだ。


戦わない。解剖から逃げる実験用ラットのように、全力で走る。


通気口を抜け、古い下水ダクトを滑り降り、外を流れるタマンドゥアテイ川へと落下した。


泥と汚染された聖水にまみれて、俺たちは岸へと這い上がった。


ルナは本が入ったリュックを我が子のように胸に抱き、咳き込んでいた。


「やったんですか……?」


寒さに震えながら彼女が聞いた。


夜空にそびえ立つ大聖堂を見上げる。鐘が鳴り始めた。怒り狂った警報の音だ。


理論セオリーは手に入れた」


俺は顔の泥を拭って答えた。


「サニー・ナイトの正体も、奴に必要なモノもわかった」


俺の中の寄生体が振動する。奴も本を読んだのだ。


【 提案する解決策:共生拒絶カクテル 】

【 必須材料:生きた《亀裂の女王リフト・クイーン》の毒 】


俺は溜息をついた。


「悪い知らせだ、ルナ。……解毒剤を作るには、狩りをしなきゃならない。それも今回は、死んだ魔物じゃダメだ」


ルナが絶望したように俺を見た。


「活性化した亀裂アクティブ・リフトに入るつもりですか? あたしたち、ハンター免許なんて持ってないのに」


「真実を持っている人間に、免許なんて必要ないさ」


俺は彼女を立たせるために手を差し出した。


「行くぞ。マダム・グリッスルなら、女王がどこにいるか知っているはずだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ