教義(ドグマ)と診断
神はカテドラル・メトロポリターナ(大聖堂)には住んでいない。少なくとも、人々が期待するような神は。
普通の目で見れば、そのネオ・ゴシック建築は色とりどりのステンドグラスと石のガーゴイルに見えるだろう。だが俺の目――死体を切り開くことで生計を立てている者の目――で見れば、それは街の中心に巣食う石灰化した腫瘍に過ぎない。
《昇天の大聖堂》は、ただの教会ではなかった。それは巨大な金庫だ。
「お香の匂いで気持ち悪くなりそうです」
ルナが囁いた。俺たちは身廊の上方三十メートルにあるメンテナンス用足場にしゃがみ込み、アーチ型天井の影に身を潜めていた。
「この煙、何かがおかしいです」
「ああ、おかしいな」
俺はガスマスクを調整しながら同意した。十二指腸のあたりで、寄生体が不快そうに振動している。
「ただの乳香じゃない。《セイレーンの鱗粉》と白檀の混合物だ。軽い幻覚作用のある麻薬だよ。信者たちに『奇跡』を見せやすくし、敵意を鎮める効果がある。化学的な群衆統制だ」
眼下では、真夜中のミサが行われていた。何百人もの人々が膝をつき、サニー・ナイト(太陽の騎士)の加護を祈っている。その皮肉はあまりに濃密で、メスで切り取れそうなほどだった。彼らは自分たちを捕食することになる怪物に祈っているのだ。
「図書館の入り口はどこですか?」
下を見ないように俺の腕にしがみつきながら、ルナが尋ねた。
「市役所の図面では地下にあることになってる。だが、マナの構造は別のことを言ってるな」
俺は中央祭壇を指差した。そこには王剣を手にした巨大な天使像が鎮座している。
「天使の背後だけ、空気の流れが違う。空洞があるんだ。通路だな」
「あそこまで降りるんですか? ミサの最中に?」
「いや。警備交代を待つ。教会のパラディン(聖騎士)たちは、ヘリックス社の私兵とは違う。彼らはテクノロジーを使わない。『信仰』を使うんだ」
「それって良いことなんですか?」
「最悪だよ」
俺はベルトから小瓶を取り出した。
「テクノロジーならハッキングできる。だが信仰ってやつは、冒涜しなきゃならない」
三十分後、身廊は無人になった。四人の衛兵だけが残っている。彼らは磨き上げられた白い鎧をまとい、自ら光を放つハルバード(斧槍)を手にしていた。
「《殺意感知器》だ」
俺は分析した。
「『悪意』を持った者が近づくと、武器が光る仕組みだ」
「じゃあ私たち、詰みですね。私、悪意でいっぱいですもん。あのジン司令官の脛を蹴り飛ばしたくてたまらないです」
「心を落ち着けろ。……子猫のことでも考えろ。あるいは給料のこととか」
「二ヶ月も給料払ってくれてないじゃないですか、アーサーさん!」
「プリンのことでも考えろ」
俺たちは音の出ない懸垂下降ロープを使って降りた。殺意感知魔法を欺く秘訣は、「善人」になることではない。「虚無」になることだ。寄生体がそれを助けてくれる。感情を抑制し、冷徹な分析思考だけを残す。教会の魔法にとって、俺は敵ではない。ただの石ころだ。
俺たちは祭壇の裏に着地した。衛兵のハルバードは光らなかった。
人間としてのアーサーが、像の台座を撫でる。
寄生体としてのアーサーが、生体認証機構を検知する。
鍵穴ではない。血液スキャナーだ。教会は入場に「聖なる血統」を要求している。
「クソッ」
俺は囁いた。
「枢機卿クラス以上の血が必要だ」
ルナが二十メートル先に背を向けて立っている衛兵たちを見た。
「あの……彼らから少し『いただく』わけにはいかないですか?」
「パラディンは聖職者じゃない。彼らの血は凡庸だ」
俺は像を見上げた。細部に目を凝らす。台座には、黒く乾いた染みがあった。何世紀にもわたる儀式の残留物だ。
「グリッスルが乾いた血について教えてくれたことがある」
俺は呟いた。
「十分な試薬を加えれば、血は自分が何だったかを『思い出す』とな」
《蘇生用生理食塩水》の小瓶を取り出す。石の上の古い染みに三滴垂らした。乾いた血が泡立ち、二秒間だけ鮮やかな液体の赤へと戻る。
石が液体を吸い込んだ。
カチリ。
通路が開いた。
禁書図書館は、古本の匂いがしなかった。ホルマリンの匂いがした。
黒い木製の本棚が天井まで伸びているが、そこにあるのは本だけではない。瓶詰めだ。天使の胎児。琥珀に閉じ込められた悪魔の羽。教会が「人々を守るため」に没収した聖遺物の数々。
「ここに真実がある」
俺は通路を歩きながら、革の背表紙を視線でなぞった。
「商業化される前の、魔法の歴史だ」
「アーサーさん……」
ルナが演台に鎖で繋がれた巨大な書物の前で立ち止まった。
「この本……呼吸してます」
近づいてみる。その本は牛革ではなく、人間の皮膚で装丁されていた。《再生者》の皮膚だ。
タイトルは古ラテン語で書かれている。『Evangelium Carnis(肉の福音書)』。
「これだ」
俺は悪寒を感じながら言った。
「ヴァレリアは、ヘリックスが『古代のルーン』を使っていたと言った。教会がサニー・ナイト創造のための理論的基礎を提供したんだ」
本を開こうとした。
鎖が輝きだす。轟くような声が部屋に響いた。人の声ではない、壁そのものが発しているような声だ。
『何人たりとも、聖人の眠りを妨げることなかれ』
「ああ、うるさいな」
俺は毒づきながら、《魔法硫酸》を鎖にかけた。金属が溶け落ちる。
本を開いた。ページは薄い筋肉組織でできていた。文字は黒い静脈だ。
俺は速読し、寄生体がそのすべてを記録していく。
**プロジェクト・ジェネシス。亀裂暦元年。**
**目的:神の恩寵に頼らず、完全なる生物学によって『救世主』を創造すること。**
**材料:外見形成にドッペルゲンガーの細胞。動力源にタラスクの心臓。そして核には……《飢餓の寄生体》を用いること。**
俺は読むのを止めた。
「飢餓の寄生体」
俺は繰り返した。
「あなたのと同じですか?」
ルナが聞いた。
「違う。俺のは『共生型』だ。ゴミを食ってデータに変換する。だが『飢餓型』は……ただ食うだけだ。無限のエネルギーを消費し続ける」
ページをめくった。「救世主」の消化器系の図解があった。
「あったぞ。欠陥だ」
人間の形態を維持するために、サニー・ナイトは《自我安定剤》の毎日の注射を必要とする。それがなければ、飢餓の寄生体が宿主の精神を食い尽くし、制御不能の獣と化す。
「じゃあ、あいつが薬を飲むのを邪魔すればいいんですか?」
「いいや。獣になればサンパウロが消滅する。必要なのは、奴の寄生体に宿主を拒絶させる何かだ。世界最強の怪物に、『食中毒』を起こさせるんだよ」
突然、図書館の照明が落ちた。
重い足音が入り口に響く。
鎧の音ではない。衣擦れの音だ。
闇の中から人影が現れた。審問官の赤い法衣をまとった老人。彼は目隠しをしていた。
大審問官サイラス。
「異端の臭いがするのう」
老人は微笑んだ。武器は持っていない。ロザリオだけだ。
「それと、霊安室の臭いもな」
【 危険警報:レベルS 】
【 対象は《裁きの精霊》と契約状態にあり 】
「ルナ」
俺は本を閉じ、ルナのリュックに押し込みながら小声で言った。
「本棚C-4の後ろに通気口がある。行け」
「置いていけません!」
「お前じゃ戦えない。奴は世界クラスのエクソシストだ。触れられただけで、お前の幽霊たちは虚無へ追放されるぞ。行け! 『治療法』を持ち帰るんだ!」
俺はルナを影の中へと突き飛ばした。審問官が盲目の頭を彼女の方へ向ける。
「誰も逃がしはせん。『Sanctue carcerem(聖なる牢獄よ)』」
彼が手を挙げた。固形化した光の格子が床から生え、部屋を囲い込む。
「ドクター・ヴェラス」
サイラスは静かに俺の方へ歩いてきた。
「福音書を読んだな。ならばサニー・ナイトが必要悪だと理解できたはずだ。民衆には偶像が必要なのだよ。たとえそれが怪物であろうと、笑って我々を守ってくれるなら、何の問題がある?」
「問題だらけだ」
俺はベルトから二本のメスを抜いた。
「嘘の寿命は短いぞ、神父様。そして怪物の食欲は無限だ。いつか、そいつはアンタらも食うことになる」
「ならば、まずはお主を生贄としよう」
サイラスが指を動かした。部屋の気圧が上がる。重力が三倍になったかのように感じる。聖なる制圧魔法。膝が折れ、骨がきしむ。
「好奇心という罪よ」
サイラスは俺の前で立ち止まり、呟いた。
「最期の祈りを捧げるがいい、ゴミ拾い」
俺は苦痛に顔を歪めながら見上げた。鼻から血が流れている。
だが、俺は笑っていた。
「俺の祈りは……化学のレシピだ」
「なんだと?」
俺は口を開き、奥歯に仕込んであった偽のカプセルを噛み砕いた。
毒ではない。
《深淵の盲目キノコの胞子粉末》。揮発性が極めて高い。
俺は紫色の粉末を審問官の顔に吹きかけた。
普通の人間なら、ただ目が痛くなる程度だろう。
だが、マナ知覚を通して世界を「視て」いる盲人にとっては?
それは神の目に唐辛子をすり込むようなものだ。
粉末が彼のオーラに付着し、激しい静電気ノイズを生み出す。
「ギャアアアアッ!」
サイラスが叫び、顔を覆った。彼の「視界」は魔法的なホワイトノイズに塗りつぶされた。光の格子が点滅し、消滅する。
「今だ、ルナ!」
俺は叫んだ。
戦わない。解剖から逃げる実験用ラットのように、全力で走る。
通気口を抜け、古い下水ダクトを滑り降り、外を流れるタマンドゥアテイ川へと落下した。
泥と汚染された聖水にまみれて、俺たちは岸へと這い上がった。
ルナは本が入ったリュックを我が子のように胸に抱き、咳き込んでいた。
「やったんですか……?」
寒さに震えながら彼女が聞いた。
夜空にそびえ立つ大聖堂を見上げる。鐘が鳴り始めた。怒り狂った警報の音だ。
「理論は手に入れた」
俺は顔の泥を拭って答えた。
「サニー・ナイトの正体も、奴に必要なモノもわかった」
俺の中の寄生体が振動する。奴も本を読んだのだ。
【 提案する解決策:共生拒絶カクテル 】
【 必須材料:生きた《亀裂の女王》の毒 】
俺は溜息をついた。
「悪い知らせだ、ルナ。……解毒剤を作るには、狩りをしなきゃならない。それも今回は、死んだ魔物じゃダメだ」
ルナが絶望したように俺を見た。
「活性化した亀裂に入るつもりですか? あたしたち、ハンター免許なんて持ってないのに」
「真実を持っている人間に、免許なんて必要ないさ」
俺は彼女を立たせるために手を差し出した。
「行くぞ。マダム・グリッスルなら、女王がどこにいるか知っているはずだ」




