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エゴのフォーマット

軍艦の廊下は、剣の決闘のために作られたものではない。それらは閉所恐怖症、破裂したパイプ、そして焦燥のために設計されている。


スターリング提督が前進した。走るのではなく、滑るように。凍てついた金属の床は、彼の水晶のブーツに何の摩擦も与えていないようだ。手にした闇のエネルギーの剣が、周囲の空気を吸い込むような音を立てて唸る。


刃が通過した場所では、廊下の壁が塗装を、鋼鉄を、そして構造的完全性を失った。現実を消し去る消しゴムと戦っているようなものだ。


「君の生物学は冗長リダンダントだ、アーサー」スターリングの声は口からではなく、俺のサイバネティックな左目に直接響いた。笛吹きパイパーが『バベルのコード』の接続を利用して、俺の頭の中に侵入している。「君は血を流す。君は疲れる。エントロピーはすでに君に勝利したのだ」


最初の一撃をかわした。


黒い刃が顔の数センチ先を通過する。絶対真空の冷気が頬を掠めるのを感じた。寄生体が本能的に反応し、耳の上に骨のプレートを形成したが、その骨は反物質に触れた瞬間に消失した。


「エントロピーがあるからこそ、宇宙は面白いんだろうが、提督!」俺は唸り声を上げ、踵を返してミスリルのメスで斬りつけた。


外科用ブレードが空を切り裂き、スターリングの水晶の肩に命中した。


カァン! 青い火花が散る。ミスリルは折れなかったが、黒い氷を貫通することもなかった。彼の装甲の分子密度はデタラメだ。


スターリングが前蹴りで反撃した。


俺は後ろに吹き飛ばされ、重い配管に背中を強打した。喘ぎ、黒い体液を吐き出す。衝撃は物理的に痛いだけではない。視界にグリッチを引き起こした。


【 警告:物理的脳震盪を検知。ウイルスのデフラグ中断 】

【 ネットワーク攻撃、接近中 】


突然、精神が洪水に飲み込まれた。


痛みではない。ファイルだ。


スターリングは近接距離から俺をハッキングしようとしていた。自身の帯域幅ブロードバンドを開放し、笛吹き男の集合精神の重みで俺の意識を溺れさせようとしているのだ。


何千もの凍りついた顔が見えた。放射能雪に覆われたパリの寒さを感じた。死体で埋め尽くされた氷のリンクと化したテムズ川を見た。そして、スターリング自身を見た。


彼が削除デリートした記憶を見た。


暗いバンカーで泣き崩れる軍服の男。低体温症で死にかけている二人の幼い娘を抱きしめている。彼が黒水晶を受け入れた正確な瞬間を見た。喪失の痛みを感じなくて済むように、人間性を売り渡した瞬間を。


集合精神は、俺が自分自身を忘れ、静寂に加わることを要求した。


「降伏したまえ」スターリングが歩み寄り、慈悲の一撃を与えるために黒い剣を振り上げた。「ハイブ(巣)に痛みはない」


デジタル侵略に怯え、寄生体が縮こまった。


だが俺はただの寄生体ではない。俺はトロイの木馬だ。


そして、勝ち方を理解した。物理的に彼を殺すことはできない。反物質が先に俺を消去するだろう。論理的に殺さなければならない。


「アンタの言う通りだ、提督」俺は咳き込み、凍ったパイプを支えにして無理やり立ち上がった。「アンタの巣に痛みはない。だが、バックアップがある」


「アンタのシステムを復元リストアしてやる」


スターリングが剣を振り下ろした。


俺は退かなかった。


一撃に向かって真っ直ぐ踏み込んだ。


左肩をひねった。反物質の刃が腕のキチン質外骨格を切断し、俺の肉の一部をごっそりと持って行った。筆舌に尽くしがたい痛み――かつて筋肉と神経があった場所に、絶対的な虚無が広がる。


だがその犠牲が、俺が必要としていた一秒の隙を与えてくれた。


俺は彼の懐に入った。


スターリングの半水晶・半人間の顔の数センチ先へ。


右手を上げた。寄生体が接種針を形成する。


だが毒は使わなかった。酸も使わなかった。


俺自身の肝臓を侵食している『バベルのコード』をチャネルした。「個性」というウイルスの断片、純粋な「エゴ(自我)」のコードを取り出し、提督の首の露出した水晶の神経節に直接注入した。


「Ctrl+Z(取り消し)だ、クソ野郎」


デジタル接種がスターリングのローカルネットワークを直撃した。


反応は即座だった。


提督が凍りついた。反物質の剣が手から滑り落ち、金属の床に当たって無害な音を立てると同時に機能停止する。


顔の水晶を流れていた青い光が激しく明滅し、システムエラーの赤へと変わった。


「なに……何をした?」彼の声から二重のエコーが消えた。集合精神が体から追い出されたのだ。彼は孤立した。


何年ぶりかで初めて、自分自身の頭の中で一人きりになった。


そして孤独とともに、バックアップが戻ってきた。


バンカーの娘たちの記憶。冷たくなっていく彼女たちの体温。怪物になることで生き延びた罪悪感。笛吹き男の指揮下で奪ってきたすべての命の重みが、一度に彼の有機的な意識にのしかかった。


スターリングは頭を抱えた。


「やめろ……やめろ、やめろ、やめろ! 寒い! 寒さを止めてくれ! エミリー! サラ!」


彼は膝から崩れ落ちた。宿主ホストの完全な精神崩壊に耐えきれず、体の水晶にヒビが入り始める。


唯一残った人間の目から熱い本物の涙が溢れ出し、船の床に落ちて凍りついた。


彼は身体的な傷で死んだのではなかった。悔恨による神経学的ショックがあまりに大きく、返還された人間性を処理しきれずに脳が停止したのだ。


スターリングは横に倒れ、カタトニア(緊張病)状態に陥った。自分自身の記憶によって破壊された男。


俺は喘ぎ、倒れないように壁に寄りかかった。


左腕から大量に出血している。有機的な赤とデジタルな黒が混ざり合っていた。


【 戦術アラート:ローカルネットワーク・ノードの切断を確認 】

【 医療警告:宿主の体重の15%を損失。循環血液量減少性ショック、切迫 】


修復パッチしろ」弱い声で寄生体に命じた。「残ってるカルシウムを使え。出血を止めろ」


共生体はいやいやながら従い、反物質が残した滑らかな傷口の上に死肉とキチン質の網を紡いだ。地獄のように焼けるような痛みが走る。


廊下の突き当たりを見た。


スターリングが守っていた扉は鉛ではなかった。強化ガラスだ。


そしてその向こう側、気温はさらに低かった。巨大な円形のサーバー・チャンバーの中に、人工の雪片が舞い落ちている。


部屋の中央、輝く光ファイバーの台座に吊るされているのは、冬眠タンクだった。


そしてその中で、皮膚のない少年の青いLEDの目が俺を見ていた。


笛吹き男。


デジタルの神の声は、今回はスピーカーからではなかった。頭の中に直接かかる静的な圧力として響いた。


『私のファイルの一つを破損させたな、アーサー・ヴェラス。だがお前は壊れている。私に届く前にウイルスがお前を殺すだろう』


足を引きずりながら扉へ一歩近づいた。


顔の緑色の目が回転し、中央のタンクに焦点を合わせる。


「間違ってるぞ」俺の自然な声と、俺を支配するコードの金属的なトーンが混ざり合う。「俺はハードウェアじゃない。ただの転送ケーブルだ。そして今、USBポートを見つけたところだ」


ガラスの扉を押し開けた。


廊下の静寂が終わる。中ではデジタルの嵐が吹き荒れていた。


ヨーロッパの黙示録をリセットする時間だ。

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