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ブロードバンドの逃亡と免疫のパラドックス

地下バンカーは崩壊しつつあった。物理的な力によってではなく、システムコマンドによってだ。10トンの鉛の扉が、笛吹きパイパーの遠隔操作によって次々と完全に密閉され始めた。


俺はまともに歩くこともできなかった。『バベルのコード』が、溶けた鉛のように神経系に重くのしかかっている。無意識の神経インターフェースに支配された左目は、通常の視界に重なるように緑と赤のコードの羅列を投影していた。


「アーサー、足を動かして!」ヴァレリアが俺の左腕を引っ張りながら叫び、右側からはグリッスルが俺を抱え上げた。


「俺は……処理プロセス中だ」奇妙な金属的なエコーが混ざり、声が二重になって出た。体内の寄生体は激怒していた。奴はそのコードを毒とみなし、変異した白血球の波を送り込んで俺自身のシナプスを攻撃し、それを喰らい尽くそうとしていた。


【 内部警告:論理的感染を検知。細胞の排除パージを開始します 】


「やめろ!」俺は自分の腹に爪を立てながら、自身の腹部に向かって唸った。「そのコードを消去したら、俺たちは死ぬんだぞ!」


震える手でベルトから自動注射器オートインジェクターを取り出した。軍用グレードの免疫抑制剤だ。疫病や怪物に満ちたこの世界でそれを使うのは、通常なら自殺行為に等しい。だが、免疫系がデジタルウイルスと戦うのを止める必要があった。


太ももに直接注射する。頭痛がわずかに和らいだが、代わりに骨を刺すような寒気が襲ってきた。


MASPのピロティ空間にたどり着いた。


『ドレッドノート』が待っていた。ヴァレリアが俺たちをキャビンに押し込み、自身も運転席に飛び乗る。


「しっかり掴まって! パウリスタ大通りが目を覚ましたよ!」


トラックは美術館から急発進した。


外の光景はサイバーパンクの悪夢だった。サンパウロの汚染のドームはさらに暗くなったように見えた。だが恐ろしかったのは「光」の方だ。


放棄されたすべてのLEDパネル、信号機、バス停のディスプレイ、そして大通りの巨大なビルボードが再起動されていた。そこに映し出されていたのは昔の広告ではない。同じシンボルが何千回も繰り返されていた。『壊れた砂時計』だ。


画面から笛吹き男の多声的でデジタルな声が響き渡った。トラックのシャーシが振動するほどの大音量だ。


『お前は肉の器だ、アーサー・ヴェラス。肉は漏れる。肉は欠陥品だ。腐敗する体にデジタルの神を宿すことなどできない』


「あいつの音声を切れ!」グリッスルが耳を塞ぎながら唸った。


「ラジオじゃないわ!」ルナが杖で分析した。「地下のケーブルから音が来てるの。あいつ、大通り全体をスピーカーに変えたんだわ!」


突然、歩道沿いの街灯が次々と爆発し始め、電気の導火線のように俺たちに向かって走ってきた。


ヴァレリアがアクセルをベタ踏みする。ドレッドノートのエーテルエンジンが咆哮を上げ、融合した車や煙を上げるクレーターを回避していく。


「空から来てる!」ルナが上部ハッチから指差した。


今回のは『蒸気の熾天使セラフィム』ではない。『配達用ドローン』だった。


屋根の上に放置されていた旧時代の何千もの小型クアッドコプターが、笛吹き男の集合精神に操られ、群れ(スウォーム)の陣形で飛んでいる。火器は積んでいなかったが、鋭いガラスの破片や鉄筋、コンクリートの塊を運んでいた。


その群れが、金属のハヤブサのように急降下してきた。


「ルナ、グリッスル! 対空防衛だ!」俺は左目に焦点を合わせようと努力しながら命じた。ウイルスのインターフェースが軌道の計算を始める。「グリッスル、銃座を45度、拡散射撃。ルナ、キャビテーション・パルス、周波数14キロヘルツだ!」


二人は、俺が新たに得たサイバネティックな正確さを疑わなかった。


散弾を装填したグリッスルの捕獲網が群れの中心を引き裂く。ルナが極めて甲高い音波の叫びを放つと、ドローンのモーターが共鳴を起こし、空中で粉々に砕け散った。プラスチックとローターの雨がトラックの装甲に降り注ぐ。


だが、笛吹き男は俺たちを殺すのにドローンなど必要としていなかった。彼は「物流ロジスティクス」を支配しているのだ。


『ドゥトラ高速道路へのアクセスを封鎖しました』今度はトラックのラジオパネルから笛吹き男の声が響いた。体内の『バベルのコード』のせいで、俺はその信号の侵入を耳の奥の刺すような痛みとして感じた。


前方で、都市の出口へと続く橋が持ち上がっていた。跳ね橋ではない。橋脚を支えていた太い光ファイバーの根がねじれ、コンクリートを上に引き上げて、高さ10メートルの壁を作り出していたのだ。


「ヴァレリア!」形成されつつある壁を見た。コードの視界が構造的な欠陥を俺に示している。「右の接合部だ! コンクリートと銅線が交わっているところ! あそこの密度はたったの15%だ!」


「了解、人間GPS!」ヴァレリアはブレーキを踏まなかった。魔法のニトロを起動させる。


『ドレッドノート』が咆哮を上げ、時速200キロに達した。トラックの前面にあるブラッドスチール(血の鋼鉄)の破城槌が摩擦で輝く。


俺が指示した正確な接合部に激突した。


ガシャァァァン!


コンクリートは乾いた石膏のように崩れ落ちた。俺たちは土埃と粉々になったケーブルを突き抜けて宙を舞い、障壁の向こう側、プレジデンテ・ドゥトラ高速道路の上に重い音を立てて着地した。


背後でサンパウロが吠え猛っていたが、光ファイバーケーブルのリーチには限界があった。汚染された大自然が再び始まる場所で、笛吹き男の物理的支配は終わるのだ。


「高速道路に出たよ!」ハンドルを握る手は震えていたが、ヴァレリアは安堵して笑った。「次の停車駅は、海岸だね」


俺は助手席に倒れ込み、息を荒らげた。ウイルスを能動的に使用した代償で、脳が焼き切れそうだった。


寄生体は免疫抑制剤で薬漬けにされ、動きが鈍くなっている。血が氷のように感じられた。


【 生体システム:機能低下 】

【 データ保持率:88%……低下中 】


「アーサー、顔面蒼白よ」ルナが後部座席から身を乗り出し、俺の額に手を当てた。「氷みたいに冷たい。それに……あなたの目」


ひび割れたバックミラーを見た。


左目はもはや人間のそれではなかった。白目は完全に真っ黒に染まり、虹彩はデジタルな緑色に明滅して輝いている。プリント基板のような細く暗い線が、首筋を這い上がっていた。


「『バベルのコード』が根を張ろうとしてるんだ」ハンカチに暗い血を少し咳き込みながら呟いた。「素手でプルトニウムを握りしめてるようなもんさ。俺自身がUSBメモリになりつつある」


「あとどれくらい持つんだい?」グリッスルが銃座から降りてきた。その顔には心配の色が浮かんでいる。


「十分な時間はな」俺は目を閉じ、脳を休ませるために人工的な半昏睡状態に入りながら、呼吸を強制的に遅くした。「運転しろ、ヴァレリア。何があっても止まるな。笛吹き男は俺たちが来るのを知っている。奴の艦隊はすでに肋骨海岸を爆撃しているはずだ」


ドゥトラ高速道路の復路は、痛みとノイズの霞のようだった。トラックは夜の帳が下りる中、何キロもの道のりを貪り食っていく。


俺の体内では静かな戦争が起きていた。データの奔流で発狂しまいとする人間としての俺。数式を吐き出そうとする寄生体としての俺。そして、標的にダウンロードされるのを辛抱強く待つ『バベルのコード』。


ついにアララス山脈を越え、再び海が見えたとき、その光景は絶望的なものだった。


夜明けは光をもたらさなかった。グアナバラ湾の空は、人工的な雷雲に覆われていた。


『脱出艦隊』は前進していた。


黒水晶の橋は今やしっかりとリヴァイアサンの体に接している。


そしてヨーロッパ艦隊の反物質砲が、レヴィアタニアの防衛バリケードを粉砕していた。青と紫の光が空を交差させ、爆発音が山脈まで響き渡っている。


「ファイアウォールが破られた」絶望に満ちた声でルナが言った。


「ハッチを開けろ」俺は命じた。声は完全にデジタル化し、抑揚が失われていた。立ち上がると、首筋の回路が緑色の光で脈打った。「速達のお届け時間だ」


死骸の大陸カルカッサを巡る最終決戦が始まろうとしていた。そして俺自身が、その爆弾だった。



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