美術館の幽霊と生物学的トロイの木馬
MASPの地下への降下は、タイムトラベルのようだった。
サンパウロの地表がコンクリートと有毒な煙で動く肉挽き機であるなら、地下バンカーは無菌の霊廟だった。空気はオゾンとフロン冷媒の匂いがした。
青いネオンライトがリズミカルに点滅し、鉛と合成ポリマーで覆われた廊下を通って俺たちを導いていく。
「ここ、ペトロポリス全体よりも電力を食ってるよ」サイバネティックな木の根のように床を這う太い光ファイバーケーブルを恭しく撫でながら、ヴァレリアが囁いた。「しかも、何十年も稼働してる。人間のメンテナンスなしでね」
メインチャンバーに到着した。その光景は、美的な衝撃だった。
ただのサーバー・ルームではない。そこは美術館だった。
明滅する光を放つスーパーコンピューターのラックが、円状に配置されている。そして、サーバーの金属板に直接掛けられ、冷たいLEDに照らされていたのは、絵画だった。
水冷式のメモリバンクに固定されたポルチナーリの『コーヒー園の労働者』が見えた。ゴッホやピカソの筆致が、処理タービンの防音材として使われているのが見えた。
「芸術を救ったのね」ルナが目を潤ませながらゆっくりと歩み寄る。「世界の終わりの真っ只中で、彼は美しさを守ったんだわ」
「彼は美しさを守ったわけではないよ、ルナ」声が部屋の静寂を切り裂いた。人間からではなく、天井に配置されたスピーカーからだ。滑らかで完璧に変調された、訛りも感情も一切ない男の声。
「私が守ったのはデータだ。芸術とは、カタログ化されるべき人間の非効率性を示す指標にすぎない」
部屋の中央で、ホログラム・プロジェクターが起動した。
緑色の光の粒子が凝縮し、非の打ち所のない白衣と細縁の眼鏡を身につけた老人の姿を形成する。
「サイラス・ヴィレラ博士だな」俺はメスをしまいながら推測した。光を刺すことはできない。
「私はサイラス・ヴィレラのデジタル・エングラムだ。彼の意識は、サンパウロが完全に崩壊する3日前にこのメインフレームに転送された」ホログラムが眼鏡をクイッと押し上げた(彼のプログラムにエンコードされた有機的な癖だ)。「父親の目をしているな、アーサー。そして同じ、生物学的な頑固さも」
「親父について何を知っている?」俺は一歩前に出た。寄生体は沈黙している。目の前の「生き物」に熱も心拍もないことに混乱しているのだ。
「エリオ・ヴェラスと私は、『起源計画』という同じ硬貨の裏表だった」ホログラムがサーバーの周りを歩き始めた。「彼はエイリアンの侵略を見てこう言った。『生き残るためには、怪物と融合しなければならない』とね。彼は肉に賭けた。私は同じ深淵を覗き込み、こう結論づけた。『肉はすでに敗北している。我々はコード(暗号)にならなければならない』と」
「笛吹き男」グリッスルが腕を組みながら唸った。「リオのアタイらのビーチを凍らせてる、あのガラスのガキか。アンタの息子かい?」
ホログラムの光が揺らいだ。まるでプロセッサが一抹の良心の呵責を感じたかのように。
「笛吹き男は論理的結末だ」サイラスは説明した。「私のプロジェクトには二つの支部があった。サンパウロの私の支部は、閉鎖系にデータをアーカイブするものだ。そしてヨーロッパ支部は、拡張性を前提に構築された。笛吹き男は怪物に汚染されたわけではない。彼はただ、人類を保護する最も安全な方法は『死すべき運命』という変数を排除することだと気づいただけなのだ」
「黒水晶はバイオマスをデジタル化する。笛吹き男にとって、彼は人を殺しているのではない。彼らをクラウドにアップロードしているのだよ」
「随分と冷たくて人殺しなクラウドだこと」ヴァレリアが言い返した。「しかも、予備のバッテリーとして使うために、ウチの死んだリヴァイアサンを狙って来たんだから」
「その通り。ヨーロッパは凍結した。彼には温かいサーバーが必要なのだ」サイラスは俺を真っ直ぐに見た。「君の父親は私のシステムに警告を残していった。もしアーサー・ヴェラスがここに現れたら、それは生物学的アプローチが世界的脅威の封じ込めに失敗したことを意味する、とね」
「失敗なんてしてない」俺の声は冷たく響いた。「俺たちは生き残った。この手で神々を殺してきたんだ。アンタに求めているのは、肉体の非効率性についての説教じゃない。武器だ」
「デジタルの神を殺せるコンピューター・ウイルスが必要なんだ」
部屋は静まり返った。冷却ファンの羽音だけが続く。
「君が探しているものはある」ホログラムが手を挙げた。床から物理的な端末がせり上がってくる。そこには、有機的な神経接続ポート(医療用鋼の太い針)が一つだけついていた。「『バベルのコード』と呼ばれるものだ」
「それは何をするんだ?」俺は尋ねた。
「笛吹き男の力は静寂だ。同期性。誰も何事にも異を唱えない完璧なハイブ(群れ)だ。『バベルのコード』は、人類の最も致命的な欠陥を彼のシステムに再導入する。すなわち、『エゴ(自我)』だ」
「もしコアに注入されれば、そのウイルスはすべての水晶の兵士、ネットワークのすべてのノードに、アップロードされる前の自分が誰であったかを強制的に思い出させる。彼らは個別の恐怖、利己主義、痛みを経験することになる。ネットワークは合意できなくなり、崩壊するだろう。デジタルのバベルの塔というわけだ」
「完璧だね。それをUSBメモリにぶち込んで、おさらばしようじゃないか」グリッスルがニヤリと笑った。
「そう単純ではないのだよ、オークの娘」サイラスが首を横に振った。「笛吹き男のシステムはエアギャップ(物理的隔離)されており、無機的なデータ転送から保護されている。彼はUSBメモリなど読み込まない。バイオマスしか読み込まないのだ」
「ウイルスを導入する唯一の方法は……有機的な『トロイの木馬』を使うことだ。ペタバイト級のコードを自身のDNAに保存できる生物をな」
サイラスは緑色の光の指を俺の胸に向けた。寄生体に向けて。
「君の共生体は『適応型捕食者』だ。強制されれば、データを食うこともできる。君は『バベルのコード』を自分自身の神経系に直接ダウンロードしなければならない」
ヴァレリアが青ざめた。
「アーサー、ダメだよ! もしあんたの脳がそんな量の生コードを処理しようとしたら、脳卒中を起こしちゃう! リオに着く前にシナプスが焼き切れちゃうよ!」
「生存確率はどれくらいだ、サイラス?」俺は臨床医のように尋ねた。
「12%だ。そして生き残ったとしても、寄生体はそのコードを感染症とみなし、削除しようとするだろう。君は笛吹き男のコアに触れるまで、ウイルスを無傷に保つために自分自身の共生体と戦い続けなければならない」
俺は破れたシャツを脱ぎ捨て、胸を保護している黒いキチン質の外骨格を露わにした。
寄生体が俺の精神の中で抗議のシャーッという音を立てた。奴は機械を憎んでいる。秩序を憎んでいるのだ。
『否。コードは死なり。食物こそ命なり』
「メシはもうないんだよ、相棒」俺は自分の腹に向かって呟いた。「数式を咀嚼する時間だ」
「アーサー、本気なの?」ルナが心配そうに俺の肩に触れた。「トラックの大砲を使ってみることも……」
「反物質は大砲ごと消去しちまうんだ、ルナ。冷戦に勝つためには、撃つんじゃない。スパイをするんだ」
端末へと歩み寄り、左腕を上げた。寄生体が主要な静脈の周りに分厚い軟骨の層を形成し、神経針を受け入れる準備をする。
「ダウンロードを開始してくれ」
針が肉を貫いた。
その痛みは肉体的なものではなかった。実存的なものだった。
「ああああああああああッ!」
俺は膝から崩れ落ちた。白目を剥く。
血は見えなかった。数字が見えた。0と1が、視覚皮質の中で雹の嵐のように降り注ぐ。俺のものではない記憶を感じた。複雑なアルゴリズム、ロボット工学の法則、MASPにアーカイブされたインターネット全体の重みが、俺自身の精神の隅へと俺の意識を追いやろうとする。
【 生体システム警告:異物侵入 】
【 生物学的排除を試行……失敗 】
【 強制統合進行中。10%……40%……80%…… 】
鼻から流れ落ちる血は赤くなかった。暗く、ほとんど黒に近い色で、寄生体が焼き切れないように分泌している生体金属の液体と混ざっていた。
「ダウンロード完了」サイラスのホログラムが明滅し、弱々しくなった。「トロイの木馬は装填された。しかし、笛吹き男がたった今、転送を検知した」
バンカーの赤い非常灯が点灯した。何年も沈黙していたMASPの侵入サイレンが吠え始める。
「彼は君たちが『治療薬』を持っていることを知った」サイラスのデジタル・エングラムが、ノイズまみれになって崩壊し始めた。これほど致命的なコードを転送するために、メインフレーム自体が痕跡を残さないよう自己消去を行っていたのだ。「地下鉄のワームは始まりに過ぎない。彼は君たちを排除するため、都市のインフラを起動している」
「走れ。コンクリートのジャングルが、今、目を覚ました」
サイラス・ヴィレラは消滅した。バンカーは暗闇に包まれ、赤いサイレンの光だけが照らしている。
俺は震えながら立ち上がった。左目が微かに痙攣し、ウイルスが無意識のうちに提供してくる温度、気圧、ベクトル軌道の情報を処理していた。顔の半分が麻痺しているように感じられた。コードの冷たい論理に支配されているのだ。
「先生……ブルースクリーンみたいな顔色になってるよ」グリッスルが俺が倒れないように支えてくれた。
「俺は、大丈夫だ」俺の声はわずかに金属的に響き、デジタルのエコーが人間の声色に混ざっていた。「ヴァレリア。トラックへ。今すぐだ」
サンパウロ全体と戦うことはできない。俺の肝臓には大量破壊ウイルスが仕込まれており、レヴィアタニアを救うためのカウントダウンが始まっている。
帰りの道のりは、この世の地獄になるだろう。




