静寂の検死(オートプシー)
寒さとは、単なる熱の欠如ではない。運動の欠如だ。物理法則が「止まれ」と命じている状態だ。
俺たちは巡洋艦『最後の吐息』のデッキを三層下った。
金属の階段を降りるたびに、気温が劇的に下がっていく。船の空調は単に入っているだけではない。北極圏仕様に設定されている。吐く息が空気中で凍りつき、消える前に霧氷となった。
「ヴァレリア」
歯を鳴らしながら囁いた。
「室温は?」
「マイナス20度」
彼女は油で汚れたつなぎの上から腕をさすりながら答えた。
「まだ下がってるよ。アーサー、この船のエンジン……振動してない。音もしない。磁場封じ込め式の反物質推進だ。もし封じ込めが失敗したら、リオデジャネイロは月と同じサイズのクレーターになるよ」
「最高だ。俺のコレクションにまた一つ時限爆弾が加わったな」
スターリング提督が前を歩いていた。彼の顔の水晶部分が、廊下の薄暗がりの中で青白く光っている。彼は震えていない。寒さに気づいてさえいないようだ。
すれ違う乗組員たち――白い鎧を着て無表情な顔をした兵士たち――もまた、反応しなかった。彼らは完璧なユニゾンで行進していた。
「静けさが不快かね、ドクター?」
振り返りもせずにスターリングが聞いた。
「静けさは疑わしいと思う質でね、提督。五千人も乗っている船なら、騒音があるはずだ。泣き声、笑い声、喧嘩。声はどこにある?」
「声は熱エネルギーの浪費だ」
彼はデジタルロックとバイオハザードのシンボルで封印された重厚な鋼鉄の扉の前で止まった。
「我々は節約することを学んだのだよ」
彼が水晶の手をパネルに当てた。扉がシューと音を立てて開く。
俺たちは《氷の心臓》に入った。
その部屋は巨大なコンピュータ・サーバーだった。処理タワーが壁に並び、冷たい光を明滅させている。
中央、液体窒素で満たされたガラス管の中に吊り下げられていたのは、《笛吹き男》だった。
怪物には見えなかった。十二歳の少年のように見えた。
青白く、痩せており、胎児のような姿勢で浮いている。
だが彼には皮膚がなかった。
体は筋肉と骨の形に編まれた光ファイバーの束でできていた。脳と中枢神経系だけが有機的に見え、合成された死骸の中に浮遊している。
太いケーブルが項の基部から伸び、彼を船全体に接続していた。
『アーサー・ヴェラス』
声は少年の口(縫い合わされていた)からではなかった。部屋中のスピーカーから同時に発せられた。多声的で、デジタルで、感情がない。
『生物学的失敗作の息子よ』
俺は一歩前に出て、分析視覚を起動した。
肝臓の寄生体がパニックを起こしている。極度の寒さが奴を鈍く、無気力にさせていた。
【 対象:人間と機械のハイブリッド 】
【 脅威レベル:論理的 】
【 診断:これは生命ではない。肉を纏ったランダム・アルゴリズムである 】
「親父を知っていると言ったな」
寒さにもかかわらず声を安定させようと努めながら言った。
「エリオ・ヴェラスは生物学者だ。ロボット工学者じゃない」
『エリオは純粋主義者だった』
笛吹き男が開眼した。青いLEDスクリーンだ。
『我々は同じ「起源計画」に取り組んでいた。彼は人類が怪物(寄生体)との共生を通じて進化すべきだと信じていた』
『私は、肉こそが問題だと信じていた。肉は痛みを感じる。肉は凍る。肉は恐れる』
「だから《水晶の疫病》を作ったのかい?」
ヴァレリアが魅了と恐怖の入り混じった顔で聞いた。
「疫病ではない。アップロードだ」
少年がタンクの中で回転した。
『ヨーロッパに裂け目が開き、核の冬が到来したとき、我々は戦うことができなかった。だから、我々は自身をデジタル化したのだ。黒水晶は殺さない。バイオマスをデータストレージに変換するだけだ』
『スターリング提督はサイボーグではない。歩くハードディスクだ』
俺はスターリングを見た。顔の水晶が脈動した。彼はリーダーではない。周辺機器だ。
本物の提督は何年も前に死んでいる。残っているのは、笛吹き男の命令を実行するだけの肉体だ。
「アンタたちは難民じゃない」
俺は気づき、メス(冷たすぎて使い物にならないが)に手を伸ばしながら後ずさった。
「侵略者だ。リソースを求めて来たんだな」
『リソース?』
笛吹き男が笑った。ノイズのような音だ。
『我々が求めているのはハードウェアだ』
『ヨーロッパは終わった。寒さがサーバーを凍結させた。集合意識を処理するためには、温かい肉体が必要なのだ。熱的バイオマスが必要なのだ』
『そしてお前のリヴァイアサン……外にあるあの巨大で温かい死体こそ……完璧なサーバーだ』
「あたいの街をゾンビコンピュータに変える気かい?」
グリッスルが蒸気の雲を吐きながら唸った。
「あたいが凍った死体になるまでさせないよ」
『手配可能だ』
部屋の照明が青から赤に変わった。
スターリング提督が反物質ピストルを抜いた。ドアの衛兵が出口を塞ぐ。
『アーサー・ヴェラス』
笛吹き男が続けた。
『お前の父は肉の神を作ろうとした。私はシリコンの天使を作った。どちらのOSが優れているか見せてもらおう』
『同化プロトコル:開始』
スターリングがヴァレリアに銃を向けた。
「ヴァレリア、伏せろ!」
俺は叫んだ。
ヴァレリアをサーバータワーの影に突き飛ばす。
反物質弾が発射された。音はしなかった。黒いビームが金属の壁に当たり、それを削除しただけだ。船体に完璧な穴が開いた。
冷たい海風が入り込み、人工的な冷気と混ざり合う。
「グリッスル!」
俺は叫んだ。
「消火器を使え!」
グリッスルが壁から消火器をもぎ取った。だが泡を噴射する代わりに、彼女はオークの怪力を使って重い金属シリンダーを笛吹き男のガラス・タンクに直接投げつけた。
ガシャーン!
強化ガラスにヒビが入る。液体窒素が漏れ出す。
笛吹き男がデジタルな悲鳴を上げた。
『中央セクター損傷! 中断せよ!』
「今だ!」
俺はヴァレリアとグリッスルを引きずり、弾丸が開けた壁の穴へ向かった。
「高さ二十メートルだよ!」
眼下の冷たい海を見てヴァレリアが叫んだ。
「USBメモリになるより低体温症の方がマシだろ!」
グリッスルが俺たちを押した。
跳んだ。
落下は一瞬だった。グアナバラ湾の水面に叩きつけられる。
水は冷たかったが、船内に比べれば温かいスープのようだった。
熱ショックで寄生体が覚醒した。
【 脅威検知。生存モード起動 】
奴は俺の体を防水膜で覆った。ヴァレリアを引っ張って水面へ泳ぐ。グリッスルが横で浮かび上がり、三ヶ国語で悪態をついていた。
見上げた。
『最後の吐息』のデッキの穴から、スターリング提督が俺たちを見下ろしていた。彼はもう撃たなかった。ただ顔の水晶に触れただけだ。
船が変わり始めた。
船体の黒い氷が膨張する。艦隊の他の船との接続が形成されていく。
もはや接岸許可など求めていない。融合し、俺たちの島へ向かう水晶の橋を作り出していた。
「攻撃してくるよ」
ヴァレリアが塩水を吐き出した。
「物質を消去する武器を持ってる」
「ルナ……」
俺は防水通信機を起動した。
「ルナ、総員警報だ」
「外交は終わりだ。冷戦だ。文字通りの意味でな」
俺はレヴィアタニアの桟橋に向かって泳いだ。
俺は静寂の検死を行った。そして静寂には牙があった。
親父は怪物と戦うために怪物を作った。俺も同じことをしなければならない。だがデジタルの集合精神に対しては……メス以上のものが必要だ。
ウイルスが必要だ。




