空に触れる潮(うしお)
重力は残酷な愛人だが、水圧は連続殺人鬼だ。
俺とルナはサービスエレベーターの鋼鉄製ケーブルを滑り降りていた。一メートル降りるごとに革手袋が焼ける。暗いシャフトは、外にいる怪物の振動で唸りを上げていた。
高さ700メートルで、コルコバードの丘が揺れていた。盲目になり、ロボトミー手術を受けたキリスト像は、今や石の振り子のように揺れている。
「ブレーキ! ブレーキ!」
下の階に停めておいたエレベーターの箱の光が急速に迫ってくるのを見て、ルナが叫んだ。
俺はトラクターのタイヤゴムを靴底に使ったブーツでケーブルを挟み込んだ。煙が上がる。焦げたゴムの臭いがオゾンと混ざり合う。
激しい衝撃と共に、俺たちはケージの天井に着地した。
ハッチを開け、中に転がり込む。
テラス階で扉が開いた。
外のカオスは聖書的だった。
高潮教会の信者たちは戦っていなかった。円を描いて走り回ったり、「大いなる洗浄」が来たと叫びながら崖から飛び降りたりしていた。
ヴァレリアとグリッスルは、トラックを背にして《剣闘士ガニ(グラディエーター・クラブ)》(錆びた剣をハサミに持った二メートルの甲殻類だ)の群れと戦っていた。
「乗って!」
グリッスルが包丁でカニの首を刎ね、死骸を蹴り飛ばしながら咆哮した。
「ヴァレリアが海が消えたって言ってるよ!」
「消えたんじゃない」
俺はトラックのリアドアへ走り、ルナを押し込んだ。
「助走をつけるために引いたんだ」
グアナバラ湾を見た。
正気を疑うような光景だった。湾の底が露出している。黒い泥の平原、真っ二つに折れたタンカー、古代のクジラの骨。泥の上で魚たちが跳ねている。
そして地平線には、灰色と白の水の壁が成長していた。すでにポン・デ・アスーカル(砂糖パン山)よりも高い。そして猛スピードで迫っている。
「ヴァレリア!」
俺は運転席との仕切りを叩いた。
「脱出ルートだ! ペトロポリス山脈へ! 今すぐ!」
「『赤い線』は瓦礫で塞がってるよ!」
手負いの獣のように唸るエンジンを始動させながら、ヴァレリアが叫んだ。
「古い高架橋を使うしかない! 捕まってな!」
トラックがタイヤを鳴らし、救いを求めてバンパーにしがみつこうとした二人の信者を轢いて急発進した。
コルコバードを下る曲がりくねった道を加速する。
眩暈のするようなダウンヒルだった。ヴァレリアはミリ単位の精度でカーブを曲がり、装甲車の後部を崖の縁ギリギリでドリフトさせた。
背後で、キリスト像が最初の犠牲者となった。
水に先行する衝撃波が丘の頂上を打った。
像の右腕が折れた。数分前に俺が手術をした頭部が爆発した。
「来ます!」
ルナがリアウィンドウを指差した。
水の壁が下の街を直撃した。
映画のような「水しぶき」はなかった。
あったのは崩壊だ。
海面上昇ですでに弱っていた南ゾーンのビル群が粉砕された。コンクリートが数秒で砂になる。水は障害物を迂回しなかった。貫通したのだ。
「遅すぎる!」
俺は叫んだ。
「波が斜面を登ってきてるぞ!」
俺たちはレボウサス・トンネルと北出口を繋ぐ高架橋の上にいた。橋が震えている。
車や木々、ショッピングモールの残骸を飲み込んだ泥水が、橋脚を舐め始めていた。
「エンジンは最大出力だよ!」
ヴァレリアが言い返した。
「これ以上出したらピストンが溶けちまう!」
俺はマナ制御パネルを見た。
予備があった。石油人魚とジェットスキーからドレインしたエネルギーだ。汚染された有毒なエネルギーだが、出力は高い。
「グリッスル! 運転を代われ!」
俺は命じた。
「あたいは運転なんて知らないよ! 料理人だってば!」
「アクセルをベタ踏みして壁にぶつからなきゃいいんだ! ヴァレリア、後ろへ来い! 直接燃料噴射を開放する!」
グリッスルが巨大な手でハンドルを握り、運転席へ飛び移った。トラックが大きく揺れ、ガードレールを擦って火花を散らす。
ヴァレリアがエンジンのある後部へ走ってきた(メンテナンス用にアクセスしやすい改造がされていた)。
「何をする気だい?」
「緊急輸血だ」
俺は紫色に輝く手をエンジンのシリンダーに置いた。
「純粋なネクロ・マナを燃焼室に注入する」
「エンジンブロックが溶けるよ!」
「あと三分持ってくれればいい!」
寄生体が抗議の音を立てたが、従った。
【 エネルギー転送開始。プロトコル:魔法ニトロ(マジック・ナイトラス) 】
紫色のマナが俺の手からエンジンへと流れ込んだ。
トラックが震えた。エンジンの音が唸りから甲高い悲鳴へと変わる。
排気管から青い炎が噴き出した。
「カツラが飛ぶよ!」
グリッスルが叫んだ。
トラックが弾丸のように飛び出した。
加速Gが俺たちをシートに押し付ける。
速度が増し、重装甲の車体は十トンの砲弾と化した。
高架橋の穴を飛び越える。トラックは十メートルの隙間を跳躍し、俺の歯が折れそうな衝撃音と共に着地した。
背後で高架橋が崩落し始めた。波が橋脚に到達したのだ。
俺たちが通過した数秒後、アスファルトは有毒な泡の深淵へと消えていく。
「山脈です!」
ルナが指差した。
山道の上り口がすぐ目の前にあった。固い地面。強固な岩盤。
だが、最後の難関があった。接続橋が落ちていたのだ。
高架橋と山道の間には、二十メートルの虚空しかなかった。
「届かないよ!」
ヴァレリアが叫んだ。
「届かせるんだよ!」
グリッスルが金属が曲がるほどアクセルを踏み込んだ。
「オークにブレーキはない!」
「ルナ!」
俺は彼女を見た。
「音響推進だ! 今すぐ!」
トラックが壊れたランプ(傾斜路)に達した。
俺たちは飛んだ。
重力と常識に逆らい、空中に浮遊する。
遥か下では、津波が俺たちを飲み込もうと口を開けていた。
ルナがリアドアを開け、バトンを後方に向け、叫んだ。
歌ではない。純粋な運動エネルギーのパルスだ。
ドォォォォォン!
音響反動がトラックを空中で押し出した。足りなかった二メートルを稼ぎ出す。
前輪が山道のアスファルトの縁を捉えた。
シャシーが岩に激突する。トラックは火花を散らしながら滑り、底面を削りながら、崖の縁から五十メートルのところで煙を上げて停止した。
エンジンが死んだ。溶けたのだ。
一秒間、静寂があった。冷えていく金属が収縮する音だけが聞こえる。
そして、破壊の音が追いついてきた。
俺たちはよろめきながらトラックを出て、下を見下ろした。
リオデジャネイロはもう存在しなかった。
あるのは茶色の泡と瓦礫が荒れ狂う海だけだ。キリスト像は消えた。ポン・デ・アスーカルは波に打ち据えられる孤島となっていた。
そしてその新しい海の中心から、リヴァイアサンの巨大な姿が浮上した。
魚には見えなかった。イカとドラゴンを混ぜ合わせ、沈んだ都市のような甲羅で覆ったような姿だ。
奴が咆哮した。足元の山が揺れる。世界の終わりの魔法で増幅されたクジラの歌のようだ。
「攻撃してこないな」
俺は鼻血を拭いながら観察した。
「縄張りを主張してるんだ」
リヴァイアサンは再び潜り、二番目の小さな波を起こした。
ヴァレリアがアスファルトに座り込み、震えていた。
「あたしの街が……」
グリッスルが彼女の肩に手を置いた。
「今はあいつのプールさ、お嬢ちゃん」
俺は怪物を見た。寄生体が恐怖と敬意の入り混じった振動を発している。
【 スケール分析:タイタン級 】
【 推奨戦略:水中戦は不可。絶対に不可 】
「アーサーさん」
ルナが囁いた。
「これからどこへ? トラックは死にました。街も死にました」
俺は海に背を向けた。ペトロポリスの山々を見た。そこでは、標高に守られた古い帝国の都市の灯りが輝いていた。
あの上では、古い貴族たちと新しい軍閥たちが、特等席でショーを見ていたに違いない。
「登るぞ」
俺は答えた。
「ペトロポリスだけが安全だ。そして安全な場所には、怯えた人々がいる。怯えた人々には医者が必要だ」
俺はパンクしたトラックのタイヤを蹴った。
「それに、新しいエンジンが必要だしな。ペトロポリスの皇帝は、魔法蒸気で動くクラシックカーのコレクションを持ってるって噂だ」
「蒸気?」
ヴァレリアが顔を上げた。メカニックの目がわずかに輝く。
「トロピカル・スチームパンクかい?」
「そんなところだ」
俺は手を差し伸べて彼女を立たせた。
「第4巻は始まったばかりだ、ヴァレリア。解剖しなきゃならない症例はまだ山ほどあるぞ」
「第4巻?」
ヴァレリアが理解できずに聞き返した。
俺たちは暗い山道を歩き始めた。
背後では、低きにあるものすべてを支配する海が唸っていた。
だが俺たちは、高みへと向かっている。




