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外科的侵入

ヘリックス・ファーマの倉庫は東部工業地帯にあった。そこは酸性雨が市役所の修繕予算よりも早くコンクリートを溶かしていく、古い工場の墓場だ。建物の外観は大したことない。灰色の煉瓦、有刺鉄線、そして「殺虫剤および害虫駆除」と書かれた看板があるだけだ。


だが、俺の鼻には、その場所が叫んでいるように思えた。


ゴキブリ駆除剤の匂いじゃない。精製されたオゾンと、冷蔵された血の匂いだ。


俺たちはバンを二ブロック離れた場所に停めた。雨が金属の屋根を打ちつけ、神経質なリズムを刻んでいる。


「いいか、計画はシンプルだ」


俺はユーティリティベルトの瓶を確認しながら言った。


「侵入し、輸送記録をコピーし、《ベータ株》のサンプルをいくつか失敬して、脱出する。死人なし。爆発なしだ」


助手席のルナは目を閉じ、遠くの建物に向かって両手をかざしていた。彼女の周囲の空気が、熱されたアスファルトの上の陽炎かげろうのように揺らめいている。


「無理ですよ、ドクター」


彼女が目を開けて囁いた。その虹彩は、幽玄な紫色に輝いていた。


「あの建物……生きてます」


「『ミミック(擬態魔物)』的な意味でか? それとも『下手な比喩』的な意味でか?」


「『モルタルの中に魂が閉じ込められている』的な意味です」


ルナが身震いした。


「火葬場の灰をセメントに混ぜてますね。クラスBの霊的結界です。壁に触れたら、幽霊たちが悲鳴を上げて半径五キロ以内の警備員全員を起こしちゃいますよ」


俺は感心して頷いた。建築死霊術ネクロマンシー・アーキテクチャによる結界は高価で違法だ。ヘリックス・ファーマは金を惜しんでいないらしい。


「鎮めることはできるか?」


「霊的な子守唄なら歌えるかも。でも、近づかないと」


「なら行くぞ」


俺たちはバンを降りた。裏手のフェンスに近づく。俺は粘性のある緑色の液体が入った小瓶を取り出した。《深淵ナメクジの粘液》だ。


門の蝶番ちょうつがいに垂らす。金属がシューッと音を立て、静かに煙を上げながらドロドロに溶け落ちた。


敷地内に入った。ルナは倉庫の壁へと歩み寄る。そこにはコンクリートから抜け出そうとするかのように、無数の亡霊の顔が浮かび上がっていた。口を大きく開け、声なき叫びを上げている。悪夢のような光景だが、ルナはただ溜息をつき、ポケットから線香を取り出して指パッチンで点火した。


「シーッ……ねんねんころりよ、おころりよ……」


彼女は紫色の煙を壁に吹きかけながら、小さな声で歌った。


コンクリートの顔が緩み、目が閉じていく。結界が「眠った」のだ。


「お前、恐ろしいほど上手いな」


「私、三年間アイドルやってましたからね、アーサーさん。ヒステリックな観客を鎮めるのは得意分野(十八番)なんですよ。さあ、早くドアを開けて」


俺は振動ピッキングツールを使って通用口を解錠した。中に滑り込む。


内部は、外の汚らしさとは残酷なほど対照的だった。白い廊下、無菌的なLED照明、冷え切った空調。サーバーの駆動音が、液体タンクの泡立つ音と混ざり合っている。


監視カメラを避けながら、忍び足で進む。俺の中にいる寄生体アーサーが、床の振動を通して周囲をマッピングしていく。


【 近接警報:20メートル。心拍数低速。非人間 】


巡回兵が角を曲がってくる数秒前に、俺はルナを暗い窪みへと引きずり込んだ。


人間じゃない。


《キメラ番犬》だ。


見た目はドーベルマンだが、ポニーほどの大きさがある。目はなく、巨大な鼻孔と、パラボラアンテナのように回転する耳だけがあった。皮膚は黒いキチン質の甲殻に覆われている。


「クソッ」


俺は囁いた。


「《地獄の猟犬ヘルハウンド》と《洞窟コウモリ》のDNAを掛け合わせてやがる。反響定位エコーロケーションと嗅覚で見てるんだ。深呼吸すれば見つかるぞ」


怪物が足を止めた。耳がこちらに向く。低く唸るその音に、俺の奥歯が共鳴する。何かがおかしいと気づいているのだ。


ルナが俺の腕を強く掴み、爪がコートに食い込んだ。彼女の恐怖は、この獣にとってフェロモンのビーコンのようなものだ。


素早い判断が必要だ。戦うわけにはいかない。騒ぎになれば増援が来る。生物学的に解決しなければ。


ポケットに手を突っ込み、小さな赤いアンプルを探り当てた。


頂点捕食者エイペックス・プレデターの尿エッセンス》。(マダム・グリッスル提供の、エンシェント・レッドドラゴンの膀胱から抽出したものだ)。


俺はアンプルの蓋を開け、自分たちとは逆方向の廊下へと転がした。


パリン。


ガラスが割れた。


臭いは瞬時に、そして圧倒的に広がった。俺たちには硫黄の臭いに感じられたが、キメラ番犬にとっては「差し迫った死」の臭いだ。


動物的本能が訓練を凌駕した。怪物は悲鳴のような声を上げ、尻尾を股の間に挟んで、見えない「脅威」から逃げるようにワックスのかかった床で足を滑らせながら全力疾走していった。


「行くぞ」


俺はルナの手を引いた。


「ここにドラゴンなんていないってあいつが気づくまでに、二分間の猶予がある」


俺たちは廊下を走り抜け、「合成ラボ04」と記された二重扉を見つけた。


アーサーが生体認証ロックをハッキングした――正確には、数時間前に科学者がドアノブに残した残留接触痕をもとに、寄生体が俺の皮膚上に偽の指紋を投影したのだ。


中に入り、そして立ち止まった。


実験室は広大だった。天井まで届く円筒形のガラス水槽が、何列も並んでいる。


だが、中に怪物はいない。


臓器だ。


臓器だけがあった。


一斉に脈打つ巨大な心臓で満たされたタンク。浮遊する眼球で満たされたタンク。織機の布のように延々と成長し続けるドラゴンの皮膚。


「戦うための魔物を作ってるんじゃない……」


ルナが吐き気を催したように呟いた。


「交換用のパーツを作ってるんです」


「高度な細胞農業セルラー・アグリカルチャーってわけだ」


俺は恐怖と同時に感嘆した。


「狩りをするリスクなしに、闇市場で最も高く売れる部位だけを培養している。天才的だ。そして完全に違法だ」


部屋の中央にあるコンピュータ端末へ歩み寄り、データのダウンロードを開始した。


「ルナ、ドアを見張れ」


ファイルがコピーされている間、机の上に置き去りにされた物理的な書類に目が止まった。「被験者」のレポートが挟まれたバインダーだ。


紙を手に取る。写真が添付されていた。


魔物ではない。少年だ。人間だ。たぶん十六歳くらい。


名前:モルモット89号

ステータス:不適合・拒絶反応

処分:バイオマスリサイクルへ


血の気が引いた。


「魔物のDNAだけを使ってるんじゃない」


俺は声に出して読んだ。


「逆をやってるんだ。人間の体内に魔物の臓器を移植しようとしている。……人工的な『ハンター』を作るために」


「アーサーさん!」


ルナが叫んだ。


振り返る。


実験室のドアが開いた。だが、入ってきたのはキメラ番犬ではなかった。


女だった。


染み一つない白衣を着て、ハイヒールを履き、タブレットをまるで盾のように持っている。金髪を厳格なシニヨンにまとめていた。


だが、俺の注意を引いたのは服装ではない。オーラだ。


ルナもそれに気づいていた。


「ドクター……あの人、魂がありません」


ルナが怯えて囁く。


「あの体……空っぽです」


女が微笑んだ。その笑みに温度はない。


「お客様ですね」


彼女が言った。その声は合成音声のように、喉元のスピーカーから出ているようだった。


「ヴェラス博士とお見受けします。ジン司令官からは、あなたが……しつこい方だと聞いておりますわ」


【 解析開始 】


寄生体が頭の中で叫ぶ。


【 警告:生体反応なし。ターゲットは生物学的マリオネット。危険度:極大 】


「あんた誰だ?」


俺は後ずさり、メスに手をかけた。


「私は品質管理マネージャーです」


彼女は答えた。


「そして残念ながら、あなた方お二人は私の無菌ラボにおける汚染物質です。滅菌プロトコル、起動」


女の顔の皮膚が裂けた。


血は出なかった。


偽物の人間の皮膚の下で、クロームメッキの金属と紫色の魔物の肉が脈打っていた。腕が変形し、指が伸びて鋸状のこぎりじょうの骨のやいばへと変わる。


「ルナ」


内なるパニックとは裏腹に、俺の声は冷静だった。


「パウリスタ通りで死んでた、あのワイバーンを覚えてるか?」


「はい?」


ルナはすでにおふだを取り出し、爆破の準備をしていた。


「こいつのパーツがどこから来たか、当ててみろ」


「女」が人間離れした速度で突っ込んでくる。


「走れッ!」


俺は叫んだ。


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