鰓(えら)の典礼(リタージー)
進化が生命を水から引き上げ、陸に置くまでに数百万年かかった。《高潮教会》はそのプロセスを数分で逆転させようとしていた。
俺たちは沈殿池の油っぽい水から上がり、割れたトライデントのシンボルが描かれた補給物資の木箱の裏に隠れた。
コルコバードの丘の地下空洞は巨大だった。岩の天井は闇に消え、錆びた鉄骨と鯨の肋骨で支えられている。中央には、鎖で吊り下げられた《骨の方舟》の船体が浮かんでいた。屠殺の準備をされた死せるリヴァイアサンのようだ。
だが俺の目を釘付けにしたのは船ではなかった。ドライドックに並べられたガラスのタンク群だ。
中には、人間がいた。
信者たちだ。避難所を求めてやって来た巡礼者たちだ。
彼らは半透明の緑色の液体に浸され、頸静脈に直接《リヴァイアサンの油》を注入するチューブに繋がれていた。
「アーサーさん……」
ルナが口を覆い、恐怖に震えた。
「まだ意識があります」
俺は一つのタンクに近づいた。中の老人と目が合う。瞳孔が開き、ガラス玉のようになっている。
だが彼の体は……。
皮膚が半透明になりつつあった。首の側面が裂けてエラが形成され、青みがかった体液を流している。指は融合し、水かきのある膜を作り出していた。
【 臨床分析:誘発性変異 】
【 因子:深海性変異原 】
【 予後:宿主は肺機能および高次脳機能を喪失。水生ドローン(働き蜂)化する 】
「進化じゃない」
寄生体が感じる冷たい嫌悪感を共有しながら、俺は囁いた。
「生物学的ロボトミーだ。空気を必要とせず、命令に疑問を持たない労働者を作っているんだ」
『静粛に、兄弟たちよ』
魔法で増幅された深い声が洞窟に響き渡った。
俺たちは影に走った。
方舟の上甲板に人影が現れた。
背が高く、紫色の生物発光で輝くクラゲの革で作られたチュニックを着ている。教皇の司教冠の代わりに、シュモクザメの頭蓋骨をヘルメットとして被っていた。
彼の杖は、黒真珠が散りばめられた金のハープーンだ。
シーラカンス司教。南ゾーンの摂政だ。
彼は下のドックに集まったハイブリッドやカルト信者たちに向かって両手を広げた。
『地表は燃えた! 太陽は毒だ! 大地は灰だ! 深淵のみが永遠なり!』
『潮に栄光あれ!』
信者たちが泡立つような声で応えた。
『今日、我らは新たな子らに洗礼を授ける!』
司教は油のプールの縁に鎖で繋がれた人間の囚人の列を指差した。
『人を溺れさせよ! 魚を解き放て!』
衛兵たち――天然の甲殻鎧を持つロブスターのハイブリッド――が最初の囚人を突き落とした。
男は叫び声を上げ、魔物の血と石油の有毒な混合液に落ちた。
もがく彼の皮膚が沸騰し始める。
「ヴァレリア」
俺は低く言った。
「上へのルートは?」
「あそこだ」
彼女は洞窟の奥にある、二体のタコ人間が守る工業用貨物エレベーターを指差した。
「キリスト像のメンテナンス用サービスエレベーターだよ。でもアクセスカードが必要だ」
「グリッスル」
俺はオークを見た。
「見つからずに、あっちの方向に重いものを投げられるか?」
グリッスルは周囲を見回した。「可燃性」と書かれた金属のドラム缶を見つける。
「左のタコの頭なら狙えるよ」
「頭じゃない。後ろの配電盤だ」
グリッスルは牙を見せて笑った。ドラム缶を音もなく持ち上げる。
オリンピック選手が嫉妬するような体幹の捻り運動で、彼女は樽を投げた。
物体は空中を三十メートル飛翔した。
ガシャーン!
ドラム缶が壁の配電ボックスを直撃した。
火花が散る。ドックの照明システムがショートした。洞窟の半分が薄暗闇に沈む。
『サボタージュだ!』
方舟の上からシーラカンス司教が叫んだ。
『秘蹟を守れ! 《珊瑚の猟犬》を放て!』
カオスが発生した。
俺たちは混乱を利用した。金属のキャットウォークを走り、立ち塞がる信者をなぎ倒していく。
ルナは短い音波パルスを使ってハイブリッドたちの敏感な鼓膜を破り、方向感覚を失わせた。ヴァレリアは改造された麻酔弾を撃ち込む。
エレベーターの衛兵のもとに到着した。彼らは爆発に気を取られていた。
俺はメスを抜いた。
「緊急手術:切断」
右の衛兵がハープーン銃を抜く前に、俺はその触手を切り落とした。グリッスルが左の衛兵を包丁の柄で殴り倒す。
ヴァレリアがエレベーターのパネル(今は非常用バッテリーで動いている)をハッキングした。
『セクター4に侵入者!』
司教の声が咆哮した。
『奴らに死の祈りを!』
エレベーターの扉が開いた。中に入る。
閉まる直前、プールの水から何かが這い上がってくるのが見えた。
犬ではない。《足の生えたサメ》だ。
陸海両用で狩りができるように作られた遺伝子キメラ。筋肉質の四本の足と鋭いヒレを持ち、コンクリートの上を疾走してくる。
「上げろ! 上げろ!」
俺は叫んだ。
ヴァレリアがボタンを叩いた。鋼鉄の扉が閉まるのと、サメ犬が激突して金属をへこませたのは同時だった。ガンッ!
エレベーターが上昇を始めた。
獣の爪が扉とシャフトを引っ掻く音が聞こえる。
「丘の中を登ってるよ」
パネルの図面を見ながらヴァレリアが言った。
「頂上まで700メートルだ」
俺はエレベーターの壁にもたれかかり、息を整えた。寄生体が興奮し、洞窟の空気サンプルを分析している。
【 環境データ取得 】
【 「油」は単なる燃料ではない。リヴァイアサン級生物の液化DNAである 】
【 「方舟」は船ではない。構築中の宿主の肉体である 】
「奴らは方舟に乗るつもりじゃない」
俺は悪寒を感じて気づいた。
「方舟の中に何かを召喚するつもりなんだ。あの骨の構造は……新しい神のための骨格だ」
「アーサーさん」
ルナがエレベーターの天井を見上げて呼んだ。
「司教は……太陽は毒だと言いました。光を憎んでいるなら、なぜあんな場所に灯台なんて作ったんですか?」
「照らすための光じゃないからだ」
俺は空気圧注射器をリロードしながら答えた。
「呼ぶための光だ」
「デバウアーの王を覚えてるか? 奴は信号に引き寄せられた」
「海の底にいる何かも……上がってくるには信号が必要なんだ。救世主キリスト像は、召喚のビーコンにされたんだよ」
エレベーターが衝撃と共に停止した。
パネルの表示は:レベル:像基部
「世界の頂上に着いたぞ」
俺は言った。
「準備しろ。外の空気は薄くて、狂信で満ちてるはずだ」
扉が開いた。
空の下ではない。
キリスト像の中空の内部だ。
俺たちは滑石でできた胸の中にいた。そこは頭部に設置された「灯台」から漏れる赤く有機的な光で脈打っていた。
そして、頭部へと続く螺旋階段を塞ぐように、一人の人影が立っていた。
魔物ではない。
女性だ。
真鍮と革でできた古風な潜水服を着ているが、ヘルメットはない。肌は月のように白く、髪は乾燥した空気の中にありながら、水中にいるかのように浮遊していた。
彼女は静電気を帯びて唸るトライデントを持っていた。
「急浮上しすぎたわね、小魚ちゃんたち」
彼女の声が石壁に反響した。
「減圧症で死ぬわよ」
【 ボス警告:電気人魚 】
【 灯台守 】
「ヴァレリア、グリッスル」
俺は指示した。
「彼女を引きつけろ」
「ルナ、俺と来い。俺たちが殺せない何かが呼ばれる前に、あの明かりを消しに行くぞ」
リオデジャネイロ頂上決戦が始まった。ここからの景色は、さぞかし恐ろしいものになるだろう。




