酸性の潮風と救世主の灯台
リオデジャネイロは今も美しい、と言われている。
それは地質学的な嘘だ。リオは沈んだ。
俺たちはセラ・ダス・アララス山脈の頂上から下界を見下ろしていた。プレジデンテ・ドゥトラ高速道路の下り坂は、バイシャーダ・フルミネンセ(低地地区)を飲み込んだ有毒なマングローブの湿地帯で唐突に終わっていた。
海面はここ数ヶ月で十メートル上昇していた。王の目覚めと死によって引き起こされた地球温暖化が、魔法の極冠を溶かしたのだ。
「診断:過剰な湿気および構造的腐食」
俺はタクティカル双眼鏡のピントを合わせながら呟いた。
「この街はヴェネツィアになったな。もしヴェネツィアが放射能汚染された墓場の上に建てられ、足の生えた魚が住み着いているならの話だが」
「あれを見て、アーサーさん」
ルナが地平線を、山のシルエットと海が出会う場所を指差した。
コルコバードの丘はまだそこにあった。だが、救世主キリスト像は変わっていた。
左腕が崩落している。滑石の体は巨大なフジツボと赤く発光するサンゴで覆われていた。そして頭部があった場所には……誰かが高出力の回転式探照灯を設置していた。
《救世主の灯台》。その光がグアナバラ湾を薙ぎ払っている。湾は今や沈没船と水没した摩天楼の墓場となっていた。
「誰かがカオスを整理したようだね」
ヴァレリアがトラックのボンネット(夜間迷彩用のネイビーブルーに塗装され、アマゾンの昆虫の甲殻プレートで補強されている)に寄りかかってコメントした。
「あの灯台、軍用クラスのマナ・ジェネレーターを使ってるよ」
「海賊だね」
グリッスルが地面に唾を吐き、鋸歯状に加工した包丁を研いだ。
「海がありゃ海賊がいる。海賊がいれば、不味い飯と良い喧嘩があるってもんさ」
「降りるぞ」
俺は決断し、キャビンに乗り込んだ。
「だが気をつけろ。下の気圧は違う。空気中の塩分濃度が高い……それに古い血の臭いがする」
山下りは危険だった。道路は土砂崩れや、廃車のボディを殻として使う《タンク・クラブ(戦車蟹)》によって塞がれていた。
かつて街の入り口だった場所に到達した。アベニーダ・ブラジル(ブラジル大通り)は今や、黒い泥の運河となっていた。
ヴァレリアがトラックの水陸両用モードを起動した(マナティーの浮き袋を使った最近の改造だ)。車両が泥水に入り、タイヤが推進パドルとして機能する。
俺たちはビルの屋上や錆びた歩道橋の間を航行した。
生存者がいた。屋上スラブで暮らし、槍で魚を獲り、危なっかしい吊り橋で互いを繋いでいる人々。彼らは不信と飢えの目でこちらを見たが、トラックの屋根に据え付けられた大砲を見て、リスクを冒さないことに決めたようだった。
突然、ヴァレリアの即席ソナーが警告音を鳴らした。
「水中に反応。速いよ。両サイドから来る」
「魚ですか?」
ルナがソニック・バトンを握って聞いた。
「いいや。ジェットスキーだ」
三台の水上バイクが水没したビルの影から現れた。錆びた鉄板と棘でカスタマイズされた車両だ。
ライダーたちは普通の人間ではなかった。ハイブリッドだ。
灰色の肌、首にはエラ、ギザギザの歯。
【 種族:変異ヒューマノイド(汚染水による影響) 】
【 推定勢力:アスファルト・シャーク 】
彼らは汚れた水のカーテンを上げながら旋回し、俺たちを包囲した。
一際体の大きい、革ジャンに背びれを縫い付けた男が叫んだ。
「通行料だ! 湾は『ドクロ提督』様の海域だ! 積荷と女を置いてけ。骨だけは持っていかせてやる!」
「熱烈な歓迎だな」
俺は溜息をつき、ルーフハッチから顔を出した。
リーダーの男が俺を見た。ボロボロの白衣を着て、首に火傷の痕がある痩せた男。彼は笑った。
「見ろよ野郎ども! お医者様だ! 自分のハラワタが飛び出たままで泳げるか見てやろうぜ!」
彼はジェットスキーをトラックに向けて加速させ、爆発性ハープーンの発射態勢に入った。
「アーサー」
中からヴァレリアが呼んだ。
「タレットを使うかい?」
「いいや」
俺は右手を伸ばして答えた。
「システム・アップデートのテストが必要だ」
俺の中の寄生体が目覚めた。もはやただの飢えた獣ではない。ボイタタやデバウアーの王との接触を経て、奴は進化した。遠隔捕食(・ ・ ・ ・)を学習したのだ。
俺の目が淡い紫色の光を帯びる。
高速で迫るジェットスキーに向けて、開いた手のひらを向けた。
【 アクティブスキル:運動マナ吸収 】
エネルギーを撃ったのではない。引いたのだ。
ジェットスキーのエンジンは不純なマナクリスタルで動いている。
一瞬にして、エンジンのエネルギーが俺の手へと吸い込まれた。
水上で車両が即死した。推進力が消失する。
ライダーは慣性の法則によって前方へ放り出され、満足のいく湿った衝突音と共に、俺たちのトラックの装甲側面に顔面から激突した。
「なっ!?」
残りの二人の海賊が驚いて急停止した。
奪ったエネルギーが俺の腕を駆け巡り、細胞を再充電する。濃いコーヒーを飲んだような心地よい痺れを感じた。
「提督のカードは支払拒否されたようだ」
俺は奪ったエネルギーを指先に集中させながら言った。
「ルナ、仕上げだ」
ルナが横の窓から顔を出した。
「キャビテーション周波数!」
彼女は短いパルスを放った。残りの二台のジェットスキーの下の水が激しく振動し、真空の泡が発生して爆発する。
水面が「割れた」。ジェットスキーは転覆し、ミュータントたちを有毒な水に放り出した。
グリッスルがリアドアに現れ、漁網を構えた。
「晩飯を釣り上げる時間だよ!」
数分後、三人の海賊は俺たちの水陸両用トラックのデッキで縛り上げられ、汚水を吐き出していた。
医療的尋問は拷問より効率的だ。
俺はリーダーの前にしゃがみ込み、蛍光グリーンの液体(ただのビタミンB12と着色料だが、彼は知らない)が入った注射器を持っていた。
「その注射器、何だ?」
彼は震えながら聞いた。エラが激しく開閉している。
「《渇きのウイルス》だ」
俺は最高のプロフェッショナルな口調で嘘をついた。
「十分でお前のエラを乾いた肺に変える。空気中では窒息し、水中では溺れることになる。好きな方を選べ」
海賊は青ざめた(より灰色になった)。
「何が知りたい?」
「誰がリオを支配している? あのキリスト像の灯台は何だ? それと工業用浄水器の修理パーツはどこで手に入る?」
「リオは分割されてる!」
彼は早口で喋った。
「北ゾーン(ゾナ・ノルテ)は《ネクロ・マリーン》のものだ。水没した墓地から出てきたゾンビたちさ。南ゾーン(ゾナ・スル)……南は《高潮教会》が支配してる」
「救世主の灯台は奴らの基地だ。奴らは『方舟』を作ってるって噂だ」
「方舟?」
ルナが聞いた。
「誰を救うためですか?」
「《黒真珠》で什一税を払える奴だけさ」
「パーツについてだが……まともに動くテクノロジーがあるのは、マラカナン水上マーケットだけだ」
「マラカナンが市場になったのかい?」
ヴァレリアが笑った。
「皮肉だね」
「だが気をつけな、ドクター」
海賊が鋭い歯を見せて笑った。
「マラカナンは中立地帯だが、そこまでのルートは《石油人魚》の縄張りを通る。あいつらは通行料なんて求めねえ。全部沈めるだけだ」
俺は立ち上がり、注射器をしまった。
「ご協力感謝する」
俺は海賊を水へと蹴り落とした(手は縛ったままだが、数分で解ける程度に緩めてある)。
「スタジアムへ向かうぞ」
俺は命じた。
「その『高潮教会』とやらが何を説いているのか確かめる必要がある。もしまた生贄カルトなら、神学的解体工事をやらなきゃならんからな」
ヴァレリアがエンジンを始動した。トラックは水上で旋回し、水没した地平線に聳え立つ巨大な円形構造物へと向かった。
リオデジャネイロは沈んだかもしれないが、腐敗は水に浮く。
そして俺たちは清掃班だ。
俺は最後にもう一度、救世主の灯台を見た。その光が俺たちを通過した。
悪寒が走った。恐怖ではない。既視感だ。
あの光は電気ではない。生物学的なものだ。
誰かが像の頭の中に、巨大な目玉を埋め込んだのだ。
「もっと大きな船が必要になりそうだな」




