復讐は冷たい(そして有毒な)うちに
地下鉄リベルダーデ駅の廃墟と化した階段を下り、魔法的封鎖結界を通り抜け、暗闇で発光するドブネズミを無視すれば、錆びついた鉄の扉に行き当たる。看板はない。だが、匂いはごまかせない。サフラン、揚げたニンニク、そして悪魔的な硫黄の香り。
ようこそ、《盲目の大釜》へ。この裏社会でミシュラン三ツ星、地上の保健所からは衛生法違反五冠に輝く、サンパウロ唯一のレストランだ。
「お願いですからアーサーさん、市場でパステウ(揚げパイ)食べませんか?」
階段を下りながら、ルナが俺のコートの袖を掴んで懇願した。
「前回ここに来たとき、スープが私にウインクしたんですよ」
「《ビホルダーの目玉スープ》はビタミンAが豊富なんだ、ルナ。霊視能力にも良いぞ」
俺は扉を押し開けた。厨房の熱気が物理的なパンチのように俺たちを打つ。店は満席だった。下級傭兵、違法アーティファクトのブローカー、偽ブランドのパーカーを着た都会派ゴブリンたちでごった返している。
湯気と煙に包まれたオープンキッチンの中心に、マダム・グリッスルがいた。
身長二メートルのハーフオークの老婆だが、その外見は、ただ火傷の痕だらけで、いつかは白かったであろうエプロンをつけた巨大な人間にしか見えない。彼女は産業用ミキサー並みの速度で《下水道クラーケン》の触手を切り刻んでいる。その遺伝的ルーツは不明だが、並外れた巨体だけが異形さを物語っていた。
「ドクター!」
俺を見るなり、砂利を粉砕機にかけたような声でグリッスルが咆哮した。彼女は出刃包丁を木の調理台に突き立て、満面の「お婆ちゃんスマイル」を浮かべた。
「死んだかと思ってたよ。あんたの葬式用に特製ソースを仕込んでたところさ」
「まだだ、グリッスル」
俺は特等席であるカウンターに座った。
「新鮮な食材を持ってきた。『フラッシュ』調理で頼む。煮込みはナシだ。生きた酵素が欲しい」
俺はワイバーンの脳下垂体が入った瓶を取り出し、油ぎった木のカウンターに置いた。
店内の喧騒が一瞬止んだ。ここの客たちは、上等なブツを見分ける目を持っている。
グリッスルは瓶を手に取り、ウィル・オ・ウィスプ(鬼火)のランプにかざした。
「竜種の脳下垂体かい……」
彼女は蓋をしたまま匂いを嗅いだ。
「妙な臭いだね。金属的だ。野生じゃない」
「その通りだ。こいつが死ぬ前に何を食ったのか知りたい」
「合点だ」
オークの顔つきが料理人から錬金術師へと変わった。
「ルナ、お嬢ちゃん。《アスファルト・マンドラゴラの根》と《バジリスク酢》を持ってきな。『真実のソテー』を作るよ」
「は、はいっ!」
ルナは震えながら従い、床を走り回る「毛をむしられた鶏の幽霊」を避けながら食糧庫へと急いだ。
俺はグリッスルの手際を観察した。それは芸術だった。
彼女は黒鉄のフライパンを灼熱するまで熱し、《ミノタウロス・バター》を一さじ放り込む。バターが爆ぜる音と共に溶けていく。続けて、ワイバーンの脳下垂体を紙のように薄く、半透明の灰色になるまでスライスした。
「コツはね」
スライスをフライパンに放り込みながら、グリッスルが言った。
「タンパク質を完全に変性させないことさ。魔法防御のバリアだけを壊すんだ」
ジュウゥゥゥゥッ!
紫色の煙が立ち上る。刺激臭がしたが、奥底に甘ったるい、胸焼けするような香りが混じっていた。
ルナが咳き込みながら酢を持って戻ってきた。グリッスルが酸性の液体を注ぐと、緑色の炎が天井まで燃え上がった。
「ボラ(Voilà)!」
グリッスルは白い陶器の皿に中身をあけた。
「《脳下垂体のキャラメリゼ・強酸ヴィネガー添え》だ。召し上がれ、この変態野郎」
料理はわずかに脈動していた。
「本当に死にませんか、それ?」
ルナが手で目を覆いながら、指の隙間から恐る恐る覗き込んだ。
「死ななきゃデータベースが肥えるだけだ」
俺は答えた。
カトラリーを手に取り、最初の一切れを刺す。食感はゼリー状だが、芯がある。
口へと運ぶ。
最初の感覚は焼けるような痛み。ハバネロを丸かじりしたような刺激だ。次に味が来た。エンジンオイル、腐肉、そして驚くべきことに……バニラの味。
俺は飲み込んだ。
周囲の世界が凍りついた。レストランの喧騒が消える。現実の色が褪せて灰色になり、視界には真紅のコードだけが雨のように降り注ぎ始めた。
【 摂取確認 】
【 記憶共鳴プロトコル:起動 】
【 メッセンジャーRNA合成率:100% 】
体が激しく痙攣した。白目がむき出しになり、完全に漆黒へと染まる。
もうレストランにはいなかった。俺は……浮いている。
暗い。寒い。
翼がない。どうして翼がないんだ?
チューブの中にいる。緑色の液体。薬の味がする。
一人称の視界が形成された。俺は数ヶ月前のワイバーンだ。巨大な保育器の中の胎児に過ぎない。
分厚いタンクのガラス越しに、人影が見えた。人間たちだ。
『タイプ・ベータ7株は不安定です』
くぐもった男の声がした。
『筋肉の成長が皮膚を引き裂いています』
『構わん』
別の声が答えた。こっちは知っている。冷たく、計算高い声だ。
『加速血清を投与しろ。来週のソヴレニティのパレードまでに、このロットを仕上げる必要がある』
ガラスに顔が近づいてきた。左目の上に「X」字の傷がある男。胸にロゴが刺繍された白衣を着ている。
俺はロゴに焦点を合わせようとした。魔物の視力はまだ未発達で、ぼやけている。
それは《黄金の螺旋》と、医療の象徴《カドゥケウスの杖》が絡み合ったマークだった。
『食え、私の小さな失敗作』
男は白い粉末をタンクに投入した。
『食って、育て』
粉末はバニラと、死の味がした。
視界が砕け散る。
痛み。激痛。強制的な骨の成長。怒り。動くものすべてを殺したいという衝動。
「ガァァァァッ!」
俺は絶叫し、現実に引き戻された。
椅子から転げ落ち、皿を床にぶちまける。呼吸は荒く、背中を冷や汗が伝う。胃の中の寄生体が蠢いている。食事には満足したが、得られた情報には激怒しているようだ。
「ドクター!」
ルナがメニュー表で俺の顔を扇ぎながら駆け寄ってきた。
「蛇語で喋り始めましたよ! それに一瞬、牙が伸びてました!」
マダム・グリッスルが泥水のような一杯(たぶんダンジョン産ジャガイモのウォッカだ)を差し出した。
「何が見えたんだい、坊主」
俺はバニラの後味を消すために、酒を一気に飲み干した。
額の汗を拭い、ルナとグリッスルを見る。瞳の色は通常の茶色に戻っていた。
「あの魔物を造ったのはソヴレニティじゃない」
俺は掠れた声で囁いた。
「奴らはただ買っただけだ。ジン司令官は単なる顧客に過ぎない」
「じゃあ誰が?」とルナが問う。
俺はポケットから紙ナプキンとペンを取り出した。ワイバーンの記憶で見たシンボルを描く。螺旋とカドゥケウス。
「グリッスル、このマークを知ってるか?」
オークは絵を見て、表情を強張らせた。彼女は床に唾を吐いた。
「《へリックス・ファーマ》。亀裂戦争の直後に台頭したバイオ企業さ。公立病院向けに安物の回復ポーションを卸してる」
「奴らが作ってるのは薬だけじゃない」
俺はナプキンを握りつぶした。
「奴らは『患者』を作ってるんだ。魔物を創造して街に放ち、ソヴレニティがそれを殺す。そしてへリックスは、自分たちが発明した毒の解毒剤を売るって寸法だ」
俺は立ち上がった。吐き気は消え、冷たい決意に変わっていた。
「ルナ、バンを回せ。薬局を襲撃するぞ」
「薬局?」
ルナが混乱して瞬きした。
「えっと……アスピリンでも買いに?」
「いいや」
俺は笑った。それは俺の中に住む獣から借りた、捕食者の笑みだった。
「抜き打ち監査だ。……ただし今度は、治療のためにメスを振るうつもりはないがな」




