集団免疫(アンデッド)
政治とは、共通の目的のために、互いに憎しみ合う者同士を「仲良しのフリ」をさせる芸術である。
ネクロポリスにおける政治とは、世界の終わりを前にして、隣に座っている人狼の血を吸わないよう吸血鬼を説得する芸術のことだ。
《影の評議会》は旧イグアス宮殿に集結していた。モダニズム様式の建物は黒い蔦に覆われ、正面の水鏡は亡霊ピラニアで沸き立っている。
俺は両開きの扉を蹴破り、ヴァレリアとグリッスルをボディガードとして両脇に従え、メインホールに入場した。ルナは殿で、外交パスポートをまるで聖なる盾のように掲げている。
堅木の楕円形テーブルには、三つの人影が待っていた。
オシアン判事:治ったばかりの腕を絹の布で磨いている。
ウラディスラウス男爵(古代吸血鬼):ピンストライプのスーツを着た青白い男。O型マイナスの血漿が入ったグラスを揺らしている。傲慢さと安物のコロンの臭いがする。
女家長ヤラ(マエ・ダグア/イアラ):川の水と泥でできた女。防水加工された椅子に座っている(というか、水たまりになっている)。
「不遜な人間め」
ウラディスラウス男爵が牙を剥き出しにして威嚇した。
「オシアンから腕を治したとは聞いている。だが、だからといって我々の深夜の茶会を邪魔する権利はないぞ」
「お茶会は終わりだ、男爵」
俺はヘリックスのスパイから奪った通信機をテーブルに放り投げた。それは滑り、吸血鬼の目の前で止まった。
「そしてアンタの不死身性もな。もし次の三分間、俺の話を聞かなければの話だが」
「脅しか?」
女家長ヤラが泡立った。彼女の体の水が黒く濁る。
「我々はこの街の支配者だぞ。お前などコップ一杯の水で溺れさせることができる」
「脅しじゃない。診断だ」
俺は腕時計のホログラム投影を起動し、プロジェクト・ベヒーモスのデータを表示させた。
「明日の夜明けと共に、ソヴレニティがこの街を爆撃する。爆弾じゃない。《マナ捕食菌糸体》でな」
男爵が笑った。乾いた、ユーモアのない音だ。
「カビだと? 我々は疫病も、戦争も、異端審問も生き延びてきた。少々のカビになど傷つけられんわ」
「この『カビ』は魔法エネルギーを代謝するように遺伝子操作されている」
俺は冷徹に説明した。
「アンタたちは魔法でできている。吸血鬼は血液マナで維持された死体だ。リッチは魂のマナ。イアラは精霊マナだ」
「胞子がアンタらに触れた瞬間、皮膚には感染しない。アンタらの原子を繋ぎ止めている魔法そのものを消化するんだ。死ぬんじゃない。意識を持った有機肥料へと分解されるんだよ」
テーブルに沈黙が落ちた。リッチが腕を磨くのを止めた。
「致死率は?」
オシアンが尋ねた。官僚的な声がわずかに震えている。
「40分で100%。魔法障壁も無意味だ。菌は障壁そのものを食うからな」
ウラディスラウス男爵が立ち上がり、血のグラスを倒した。
「ならば攻撃だ! ガーゴイルを出撃させ、爆撃機を迎撃させる!」
「無駄だ」
俺は遮った。
「胞子は顕微鏡サイズだ。空中でカプセルを破壊すれば、雲をより早く拡散させるだけだ」
「では、我々は死ぬのか……再び?」
女家長が聞いた。
「街全体への集団ワクチン接種を行わない限りはな」
俺は笑った。寄生体の笑みだ。
「処方箋はある。だが、アンタらのインフラが必要だ」
オシアンが身を乗り出した。瞳の青い炎が実用的な興味に燃え上がる。
「何が必要だ、ドクター?」
「上水道処理施設への全アクセス権限。それと、氷と風の属性を持つすべての魔物を、二十分以内にそこへ集結させてくれ」
「何のために?」
吸血鬼が聞いた。
「ベヒーモス菌は加速成長生物だ。弱点は『飢え』にある。あまりに速く食べすぎると、自壊する」
「街の霧発生システムを巨大なエアロゾルに変えるんだ。大気を《超高濃度壊死マナ》で飽和させる」
「空気に毒を混ぜる気か?」
「菌にオーバードーズ(過剰摂取)を起こさせるんだよ。地面に着く前に消化不良で死ぬほどの、大量の腐った餌を食わせてやるんだ」
三人のリーダーは顔を見合わせた。正気の沙汰ではない計画だ。逃亡中の人間に街の防衛を委ねるなど。
だがオシアンは自分の治った腕を見た。彼は俺が結果を出す男だと知っている。
「評議会は承認する」
リッチが宣言した。
「だが失敗すれば……貴様の死体を蘇生させ、未来永劫この宮殿の便所掃除をさせるからな」
「公平な取引だ」
上水道処理施設は、錆びたパイプと沈殿タンクの工業的迷宮だった。
今、そこは世界最大の錬金術ラボへと改造されていた。
グールたちが《黒塩》の袋を運び、スケルトンたちが《魔法ホルマリン》の樽をメインタンクに注ぎ込む。
ヴァレリアは制御パネルに張り付き、油圧ポンプシステムをハッキングして逆流させようとしていた。
「アーサー!」
タービンの轟音に負けじと彼女が叫んだ。
「圧力が上がってる! 街路のスプリンクラーへ逆流させたら、パイプが破裂するよ!」
「圧力はレッドゾーンで維持しろ!」
俺は叫び返し、《ワイバーンの血》(俺自身の血だ。その場で献血した)の小瓶を混合タンクに注ぎ込んだ。
「成層圏まで届かせる必要があるんだ!」
ルナは一番高い給水塔の上にいた。彼女の周囲には、バンシー(泣き女の霊)の合唱団が浮遊している。
「ルナ!」
無線で呼ぶ。
「バンシーの役割は拡散の増幅だ! 魔法のフォーミュラを風に乗せて叫ぶんだ! お前が指揮者だぞ!」
『ヒステリックな幽霊合唱団の指揮者なんて、夢のキャリアだわ!』
ルナが緊張した声で答えた。
グリッスルは施設の入り口で、人狼たちと共に防衛線を指揮していた。もしソヴレニティのスパイが妨害を試みれば、ドッグフードにされるだろう。
時計を見る。
午前05:45。
東の地平線が明るみ始めた。だが、それは太陽の光ではなかった。
空に黒い点が見える。高高度爆撃ドローンだ。
【 侵入警報 】
【 物体識別:生物学的散布カプセル 】
【 着弾まで2分 】
俺はメインタンクの縁へ歩いた。中の液体は紫色に泡立つスープだ。壊死、塩、そして禁断の錬金術の混合物。
臭いは最悪だった。古い病院と雷の臭いがした。
「オシアン!」
タンクの横にいたリッチに叫ぶ。
「今だ! 混合液を凍らせてマイクロクリスタルを作れ!」
リッチが杖を掲げた。
「第8階位魔法:《常冬の吐息》」
白い光線がタンクを直撃した。液体は塊として凍るのではなく、数十億の微細な氷の結晶へと砕け散った。その一つ一つが壊死の弾頭を運んでいる。
「ヴァレリア、ポンプ始動!」
俺は命じた。
「クラーケンを解き放つよ!」
ヴァレリアがマスターレバーを引いた。
耳をつんざくような咆哮が地面を揺るがした。
工場の煙突から、街のマンホールから、公園のスプリンクラーから……紫色の凍てつく蒸気の柱が、空に向かって発射された。
街全体が、同時に「息を吐いた」のだ。
雲が上昇し、上空のドローンと邂逅する。
ソヴレニティのカプセルが開いた。黄色い粉末(ベヒーモス菌)が降り注ぐ。
接触は高度五百メートルで起きた。
黄色と紫が衝突する。
菌と壊死が出会う。
俺は大気センサーに接続された携帯顕微鏡を握りしめた。
「さあ……食え……」
俺は囁いた。
空では、反応は劇的だった。
ベヒーモス菌は壊死マナを感知した。食らおうとした。
だがマナは「腐って」いた。あまりに高濃度で、あまりに有毒だった。
菌は爆発的に成長し、数秒でそのサイズを千倍に膨張させた。灰色の腫れ上がった塊になる。
そして……飢餓が自らを食い尽くした。
壊死エネルギーを処理しきれず、菌の細胞が崩壊したのだ。
プフッ。
プフッ、プフッ。
空中で、巨大な灰色の「綿菓子」の花が咲き、そして不活性な塵となって崩れ去った。
致死的な疫病の代わりに、クリチバに降り注いだのは、無害な有機灰の粉雪だった。
ソヴレニティのドローンは生物兵器が無力化されたことを検知し、反転して逃走した。
施設の中庭で、魔物たちが空を見上げていた。
吸血鬼が手を伸ばし、「雪」を受け止めた。それはダメージを与えることなく溶けた。
勝利の叫びが爆発した。遠吠え、咆哮、霊的な歓喜の声。
ヴァレリアが笑いながら制御椅子に崩れ落ちた。
ルナが塔から降りてきた。青ざめてはいたが笑顔で、バンシーたちに抱きしめられている(かなり冷たそうだったが)。
オシアン判事が俺のところへ浮遊してきた。
「大量破壊兵器を……汚れた雪に変えてしまうとはな」
「集団免疫さ」
俺は額の汗を拭った。
「キノコは食いすぎて、即座に病的肥満で死んだんだ」
リッチは炎の目で、今までとは違うものを込めて俺を見た。敬意だ。
「影の評議会は君に借りができた、アーサー・ヴェラス。ネクロポリスは君の味方だ」
俺は頷き、疲れが押し寄せてくるのを感じた。
「上出来だ。生物兵器攻撃が失敗したとわかれば……ソヴレニティも俺たちを『掃除』しようとするのは止めるだろう」
「では、奴らはどうする?」
俺は南を、さらに深い闇へと続く道を見た。
「パラディン(聖騎士)を送り込んでくるさ。盲目的な信仰に対しては、科学はもっとクリエイティブにならなきゃ勝てないぞ」
寄生体が振動した。
【 戦闘勝利 】
【 戦争:開始段階 】
「今日は休もう、オシアン」
俺は背を向けた。
「だが明日は……親父の研究所がどこにあるか、教えてもらうぞ」




