ハ短調(不協和音)の協奏曲
クラシック音楽には論理的な構造がある。提示部、展開部、そして再現部。
だがオペラ・デ・アラメで起きたことは音楽ではなかった。音響的暴動だ。
『Presto agitato(極めて速く、激しく)!』
マエストロが咆哮し、自らの胸に露出した弦を暴力的に掻き鳴らした。
不可視の衝撃波が劇場を薙ぎ払う。空の客席の列が、金属片と腐った詰め物を撒き散らしながら爆散した。
磁器の人形たちが俺たちに向かって殺到した。その動きは速く、痙攣的で、木製の関節がぶつかり合う不快な音が伴奏となっていた。トカタ、トカタ、トカタ。
「速すぎるよ!」
ヴァレリアが叫び、ショットガンを放つ。大粒の散弾がバレリーナの格好をした人形の頭部を粉砕したが、首のない体は前進を続け、剃刀のように鋭いセラミックの手を振り回した。
「脳みそがないんだね!」
グリッスルが巨大な包丁を水平に振り抜き、三体の人形を薪に変えた。
「ドクター、どいつを叩けば止まるんだ!?」
「糸を切れ!」
俺は足首に噛みつこうとした腹話術人形を避けながら答えた。
「目に見える糸はないが、マナの糸がある! 奴らはマエストロの周波数で制御されてるんだ!」
アーサー(寄生体)が網膜にサーモグラフィーのような視界を投影する。劇場内は青い振動の線で交差しており、そのすべてがマエストロの胸と、数千体の人形を繋いでいた。
音響ニューラルネットワークだ。
「ルナ!」
俺は呼んだ。
「お前が俺たちのジャマー(妨害装置)だ! 信号を遮断しろ!」
ルナは鉄骨の柱の陰にしゃがみ込み、破片から身を守っていた。彼女はステージの上空に浮遊し、新たな破壊的和音を準備しているマエストロを見上げた。
「イ長調(Aメジャー)です! 高すぎます! 覆い被せようとしたら、私の肺が破裂しちゃいますよ!」
「覆うな! 物理学を使え!」
俺はワックスのかかった床を滑り、腹話術人形の頭を蹴飛ばした。
「破壊的干渉だ! 同じ音程を歌え、だが波形の位相を反転させるんだ! お前の音で奴の音を相殺しろ!」
ルナが目を見開いた。
「アクティブ・ノイズキャンセリング……」
彼女は笑み、バトンのクリスタルを調整した。
「オーケー。どっちの声域が広いか、勝負ね」
マエストロが両腕を広げた。胸の弦が赤く輝く。
『《引き裂かれた肉の交響曲》、第二楽章!』
内臓を液状化させるほどの超音波の金切り声が放たれた。
同瞬間に、ルナが柱の陰から飛び出した。歌詞は歌わない。純粋な、持続する一音を発した。怪物と完全に同調し、しかし正反対の「時間」を持つ音を。
ヴンンンンンン……
劇場内の音が死んだ。
奇妙な光景だった。マエストロは叫び、ルナは歌っているのに、結果として完全なる静寂が支配していた。音波が空中で衝突し、数学的に消滅し合っているのだ。
人形たちが停止した。音の指令を失い、ただの動かないゴミに戻る。
マエストロは混乱した様子でルナを見つめた(正確には、バイオリンの顔を向けた)。胸の振動がロックされている。
『なんという無礼……』
彼の声が途切れ途切れになり、ラジオのノイズのように漏れた。
『素人のソプラノ風情が……巨匠に挑むというのか?』
「今だ!」
俺は叫んだ。
奴がルナに集中している間に、俺は走った。
スーツのアドレナリン注射器を起動する。世界が遅くなる。
グランドピアノの上に飛び乗った。マエストロは俺の二メートル上空に浮いている。
奴が俺に気づくのが遅れた。周波数を変えて攻撃しようとする。
『アダージョ(緩やかに)……』
「緊急手術だ」
俺は唸り、ピアノから奴に向かって跳躍した。
《静寂の油》(図書館のミミックから抽出したものだ)に浸されたミスリルのメスが輝く。
頭は狙わない。胸を狙う。
弦を狙う。
ズン! ズン!
俺は主要な腱を切断した。
鋼鉄のケーブルが張力に耐え切れず断裂するような、おぞましい音が響いた。トゥンッ!
マエストロが叫んだ――声にならない、詰まった音だ。
腸の弦が弾け飛び、空気を鞭打つ。胸の共鳴箱に亀裂が入る。
弦を失い、魔法が霧散した。
彼は落ちた。
巨大な丸太のような重みでステージに激突する。
客席の人形たちも、同じように糸を切られたかのように一斉に崩れ落ちた。
俺は息を切らしながら奴の横に着地した。オペラ座に静寂が戻ったが、今度は自然な静寂だった。俺たちの呼吸音と、湖の水が基礎を打つ音だけが聞こえる。
マエストロは床を引っ掻きながら這おうとしていた。顔のニスが割れている。
『私の……作品が……』
彼の声は今や、空洞の木の中を吹き抜ける風の音に過ぎなかった。
『音楽が……止まった……』
俺は彼に近づいた。
【 術後分析 】
【 個体:高複雑性音響ゴーレム 】
【 核:脳内に錬金術的楽譜を確認 】
「音楽は止まってないさ、マエストロ」
俺はメスをしまいながら言った。
「調子が変わっただけだ。アンタはレクイエム(鎮魂歌)を弾いていたが、俺たちはもっと……生き生きとした曲が好みでね」
ヴァレリアとグリッスルが人形の残骸を蹴散らしながらステージに上がってきた。
「死んだのかい?」
グリッスルが怪物を足でつつきながら聞いた。
「無力化した。魔法の声帯がなけりゃ、ただの壊れた楽器だ」
ルナが近づいてきた。顔は汗まみれだが、晴れやかだった。
「やりました! 喉だけで亀裂のボス(Boss)をキャンセルしてやりましたよ!」
「見事だった」
俺は認めた。
「だが祝うのはまだ早い。奴の演奏は、何かを守っていたはずだ」
俺はグランドピアノへと歩み寄った。
マエストロとの接続が切れた今、詳細が見て取れた。鍵盤は象牙ではなく、骨でできている。そして屋根には金色の文字が刻まれていた。『ヤヌス(Janus)』。
「ヤヌス。扉と通路を司る神か」
ヴァレリアが呟いた。
俺は鍵盤を叩いた。中央のド(C)。
音が深く反響し、ステージの床を振動させる。
だが、音だけではなかった。
ピアノ全体が下降し始めた。その下のステージは、隠された油圧エレベーターになっていたのだ。
「全員、ピアノの上に乗れ!」
俺は命じた。
床に開いた正方形の穴へとゆっくり沈んでいく楽器の屋根に、俺たちは飛び乗った。
マエストロはステージに取り残され、月光が遠ざかる中、天井を見つめて横たわっていた。
俺たちは降下した。
湖の水位を通過する。エレベーターシャフトのガラス壁越しに、黒い水の中を泳ぐ暗い水棲生物が見えた。人の顔をしたウナギ。影でできた魚。
さらに降下する。
空気は冷たくなったが、清浄だった。腐敗臭が消え、オゾンと古紙の匂いに変わる。
ついに、エレベーターは静かな「ガコン」という音と共に停止した。
俺たちは円形の地下室にいた。冷たい青い炎の松明で照らされている。
壁は床から天井まで、金属製のファイルキャビネットで覆われていた。何千もの引き出し。
部屋の中央には、錆びた鉄製の古い手術台があった。
そしてその上に、死体が一つ。
魔物ではない。人間だ。
白骨化し、乾燥し、崩壊寸前の白衣を着ている。彼は胸に日記を抱いていた。
「《創世のクリプト》」
俺はピアノから降りて言った。声が静かな部屋に響く。
「魔法の墓所じゃない。休眠アーカイブだ」
死体に歩み寄る。白衣の名札はまだ読めた。プラスチックで保護されていたからだ。
名前を読む。そして、自分の血が凍るのを感じた。
エリオ・ヴェラス博士
研究主任 - 共生プロジェクト
ルナが俺の横に立ち、名前を読んだ。彼女は目を見開き、俺を見た。
「アーサーさん……『ヴェラス』って?」
俺は名札に触れた。手が微かに震えている。
「親父だ」
俺は囁いた。
「三十年前、亀裂の日に失踪した。最初の波で死んだと言われていた」
俺は周囲のファイルを見回した。
「親父は最初の波で死んだんじゃない。ここへ来たんだ。何が起きているか、知っていたんだ」
俺の中の寄生体が振動した。飢えではない。怒りでもない。
「認識」だ。
【 生体署名確認:創造主 】
俺は親父の骸骨の手から日記を取り上げた。革がピシリと音を立てる。
「何が隠されているのか、見せてもらおうか」
最初のページを開く。
日付はない。震える手で書かれた、血の染みた一文があるだけだった。
『我々は魔物を招き入れるために亀裂を開いたのではない。空から来るモノ(・ ・ ・ ・ ・ ・)から逃げるために、亀裂を開く必要があったのだ』
俺は本を閉じた。部屋の静寂は耳をつんざくようだった。
俺が知っていた歴史――世界が知っている歴史――は、間違っていた。
「ヴァレリア」
俺は硬い声で言った。
「ファイルのコピーを始めろ。全部だ」
「ルナ、エレベーターを見張れ」
「グリッスル、この影の中で何かが動いたら、殺せ」
俺は日記を胸に抱いた。
サニー・ナイトの治療法を探す旅は終わった。だが、世界の終わりの真実を探す旅は、今始まったばかりだ。




