猟犬の疾走と囁きの劇場
78年型オパラの車内は、藁タバコと濡れた犬、そして『松林』の芳香剤が混ざった臭いがした。ダッシュボードの上では、聖アントニウスの人形と干し首になったゴブリンの頭蓋骨が並んで飾られており、車が穴にはまるたびに仲良く揺れていた。
「で」
運転手がバックミラー越しに後部座席のグリッスルを見ながら言った。
「サンパウロからかい? 訛りでわかるよ。それと、ストレスの臭いでな。ここでは死でさえ、もう少しゆったりとしたリズムで訪れるもんだ」
運転手の名はベト、“細爪”のベトといった。彼はベータ種の人狼で、顔の半分を覆うもみあげと、革のハンドルを傷つけるほどの長い爪を持っていた。
「黙って運転しな、ポチ」
ヴァレリアがショットガンを布で拭きながらぼやいた。
「悪気はないんだぜ、奥さん」
ベトがアクセルを踏み込んだ。V6エンジンが、機械ではなく生きた獣のように唸りを上げる。赤信号を無視して突っ走り、横断歩道を渡っていた《装甲カピバラ》の家族を危うく轢きかけた。
「俺が言いたいのは、この時期にオペラ・デ・アラメ(ワイヤー・オペラハウス)に行くなんてのは、自分から楽譜になりに行くようなもんだってことさ」
「楽譜?」
俺は窓の外を流れる街を見ながら尋ねた。通りは壊死ガスの街灯で照らされている。バリグイ公園の霧の中、巨大な影が草を食んでいるのが見えた。
「ああ。『マエストロ』だよ」
ベトが身震いし、車がわずかに蛇行した。
「あそこはもう劇場じゃねえんだ、ドクター。魂の音響実験室さ。噂じゃ、マエストロは古き神々を蘇らせる交響曲を作曲しようとしてるらしい。だがそのためには、特殊な声帯が必要なんだとよ」
俺はルナを見た。彼女は反射的に自分の喉元に手をやった。
「私の声は売り物じゃないわ」
彼女は小声で言った。
「マエストロは買うんじゃねえよ、嬢ちゃん。抽出するんだ」
車は並木道に入った。ここの木々は俺たちを殺そうとはしなかったが、枝が頭上で絡み合い、圧迫感のあるトンネルを形成していた。
俺はこの時間を利用して、運転手の生物学的分析を行った。
【 臨床観察 】
【 被験者:都市型ライカンスロープ(人狼) 】
【 心拍数:140 BPM(慢性頻脈) 】
【 瞳孔:下弦の月による散大 】
「ベト」
俺は言った。
「頻脈を起こしてるぞ。カフェインの摂りすぎか? それとも恐怖か?」
「恐怖だよ、ドクター。オペラ座は『影の評議会』の領土だが、あんたたちが治したあのリッチでさえ近寄らねえ。あそこは中立地帯だ。いや、死滅地帯と言うべきか。オペラ座を囲む湖の水は……月を映さないんだ。光を飲み込んじまう」
「完璧だ」
俺は笑った。
「高密度の暗黒マナを含んだ水か。最高の天然保存液だ。もし《創世のクリプト》があそこにあるなら、記録は無傷で残っているはずだ」
二十分後、俺たちは目的地に到着した。
パウロ・レミンスキー採石場の入り口は崩落した岩で塞がれていたが、オペラ座へと続く脇道があった。
ベトは百メートル手前で車を止めた。
「俺はここまでだ。ここから先の空気は……」
彼は湿った鼻をひくつかせた。
「……古いホルマリンと、調子外れのバイオリンの臭いがしやがる。支払いを頼む」
グリッスルがオーガの肉塊を彼の膝に放り投げた。ベトはステーキの臭いを嗅ぎ、黄色い目を輝かせた。
「極上肉だ。沼地で熟成されてやがる。ありがとよ」
彼はギアをバックに入れた。
「同業者として忠告しとくぜ。もし音楽が聞こえたら、耳を塞ぐな。魂を塞げ」
オパラはタイヤを鳴らして霧の中に消え、俺たちは南部で最も危険な観光名所の入り口に置き去りにされた。
オペラ・デ・アラメは、いつだって印象的な建造物だった。鋼鉄のパイプと透明な屋根で構築された円形劇場。人工湖の上に建ち、岩壁と森に囲まれている。
だが今、終末的な月の光の下で、それは巨大な骸骨の檻のように見えた。
金属の骨組みは黒い蔦に覆われている。ポリカーボネートの屋根は泥で汚れていた。そして湖は……。
ベトの言う通りだった。水はインクのように黒い。波もなく、反射もない。液状の黒曜石の鏡だ。
アクセスブリッジ――水上の金属製歩道橋――が、俺が足を踏み入れると軋んだ。
「アーサーさん」
ルナが呼んだ。彼女は青ざめ、ソニック・バトンを強く握りしめていた。
「聞こえます」
「何がだ? 完全な静寂だぞ」
「耳じゃありません。共鳴で聞こえるんです」
彼女は暗い劇場を指差した。
「中で誰かが歌ってる。途切れない音。変ロ長調(Bフラット)。でも……悲しい音。あまりに悲しくて、水に飛び込みたくなるくらい」
「セイレーン効果か」
ヴァレリアがショットガンを装填した。
「音響による精神操作だね」
「違う」
俺は訂正し、しゃがみ込んで橋の格子を調べた。金属には経年劣化で腐食したルーン文字が刻まれている。
「これは人を誘い込むための罠じゃない。中の何かを閉じ込めておくための結界だ。このワイヤー構造……魔法的なファラデーケージになってる。霊的エネルギーの流出を防いでるんだ」
グリッスルが空気を嗅いだ。
「腐った食べ物の臭いがするね。でも、ラベンダーの香りもする」
俺たちは歩道橋を進んだ。金属の上を歩く足音が不自然に反響する。まるでドラムの中を歩いているようだ。
正面入り口のガラス製二重扉に到着した。人間の骨で作られたような太い鎖と南京錠で封鎖されている。
「ヴァレリア、バーナーを」
「必要ありません」
ルナが前に出た。彼女はバトンの先端でガラスに触れた。
「錠前の周波数は嬰ハ長調(Cシャープ)です」
彼女は短く正確な音波パルスを放った。ピィン!
骨の南京錠が振動し、カルシウムの粉となって崩れ落ちた。鎖が落ちる。
俺は扉を押し開けた。
中から吐き出された空気は、冷たく乾燥していた。
劇場の内部は薄暗がりの中にあった。客席の椅子は空だったが、すべての座席に人形が置かれていた。
人間大の人形だ。磁器、木、蝋で作られている。何千体もの人形。それらが沈黙して座り、空のステージを「観劇」している。
「愛想のいい観客だこと」
ヴァレリアが銃のライトで人形を照らしながら皮肉を言った。
「ポップコーンも食わないときた」
「ステージを見ろ」
俺は指差した。
ステージの中央、天井の穴から差し込む一筋の月光に照らされて、グランドピアノがあった。
そしてピアノの前に、背を向けて座っている人影。
背中が破れた古い燕尾服を着ている。白く長い髪は乱れている。
彼は鍵盤を弾いていなかった。手は膝の上に置かれている。
だが音は……音は彼から発せられていた。
彼の体が振動し、ルナが感じ取ったあの悲しい唸り声を発しているのだ。
「マエストロ」
俺は囁いた。
突然、人影の振動が止まった。
彼はピアノ椅子の上でゆっくりと回転し、こちらを向いた。
顔がなかった。目と口があるべき場所には、ニスを塗られた木製のバイオリンの滑らかな表面があるだけだった。
だが彼の胸には、共鳴箱のように開かれた空洞があり、張られた腸線(ガット弦)が独りでに震えていた。
胸から声が響いた。深く、しわがれたチェロのような音色だ。
『調律……ホ短調(Eマイナー)。お前たちは音が外れている。ハーモニーが乱された』
劇場の床が震え始めた。客席の人形たちが、磁器の首を一斉に俺たちの方へ向けた。パキパキパキッ。
『聖なる音響への侵入者よ』
マエストロが立ち上がった。身長は二メートル半もある。指は異様に長く、先端は音叉のように鋭く尖っていた。
『コンサートホールではお静かに。リハーサルを始める』
彼が両手を上げた。人形たちが立ち上がる。
歩くのではない。見えない糸で引かれるマリオネットのように、痙攣的かつ高速で動いた。
「アーサーさん」
ルナが言った。恐怖にもかかわらず、その声はしっかりしていた。彼女はバトンを回し、クリスタルを激しく輝かせた。
「彼、バンド対決がしたいみたいですよ」
「なら受けて立とう」
俺はメスを抜いた。
「ただし、俺たちのジャンルは『外科的パンクロック』だがな。グリッスル、道を切り開け! ヴァレリア、人形の関節を狙え!」
「あんたはどうするんだい、ドクター?」
グリッスルが包丁を回しながら聞いた。
俺はマエストロを見た。その胸で震える弦を見る。
「俺はあの楽器の弦を切る。心臓なしで演奏できるか、試してやる」
音楽が始まった。だがクラシックではない。カオスの音色が響き渡った。




