国王殺しの下準備(ミザンプラス)
良い毒の秘訣とは、良いブイヤベースと同様、成分の強さではなく「バランス」にある。強すぎれば、吸収される前に体が拒絶し、嘔吐してしまう。弱すぎれば、肝臓に代謝されて頭痛が残るだけだ。
マダム・グリッスルの厨房で俺が調合しているソレは、完璧である必要があった。
「パクチーを入れる気かい?」
カウンターに身を乗り出し、俺がワイバーンの胆汁を一滴ピペットで女王蜘蛛の毒瓶に垂らすのを見守りながら、グリッスルが尋ねた。
「《墓場のパセリ》のエキスだ、グリッスル。神経毒特有の金属的な後味を消すために使う」
俺の手は震えていなかった。俺の中の寄生体は落ち着きがなく、胃壁を引っ掻き回していたが。奴には俺たちが何をしているのかわかっているのだ。俺たちは今、神を殺すための兵器を作っている。
店は「貸切」にしていた。ステンレスの調理台の上には、ヘリックス社から盗んだ図面、解読されたハードディスク、そして空のピザの箱が散乱している。
ヴァレリアは三台のラップトップを同時に操作していた。
「スケジュールが出たよ」
彼女は画面から目を離さずに言った。
「『ゴールデン・サン・ガラ』は四時間後に開始。世界200カ国に生中継される。サニー・ナイトが『平和と安全』についてのスピーチをして、そのあと捕獲された魔物との模範試合で力を見せつける手はずだ」
「露出狂ね」
ルナが隅でマイク型バトンをフランネルの布で磨きながら呟いた。二日前よりも大人びて見える。「純朴なポップアイドル」の顔つきは消え、巨大蜘蛛の内側を見た人間の目になっていた。
「俺たちが奴を捕らえるのは、その模範試合の最中だ」
俺はスープ鍋の上に投影されたイベントのホログラム地図を指差した。
「ヘリックスのファイルによれば、大量のマナを消費したあと、正確に15分以内に《自我安定剤》を注射しなきゃならない。もし摂取しなければ、奴の寄生体の飢餓は制御不能になる」
「それを楽屋で打つんですか?」
ルナが聞いた。
「いいや。ステージの上だ」
俺は笑った。冷ややかな笑みだ。
「奴らはそれを『勝利の乾杯』として偽装している。クリスタルグラスに入った黄金の蜜。だがその正体は、生物学的抑制剤のカクテルだ」
俺は調合中の小瓶を持ち上げた。中の液体はネオングリーンから半透明の黄金色へと変化しており、シャンパンと見分けがつかない。
「このボトルをすり替える」
「どうやって?」
グリッスルが太い腕を組んだ。
「警備は大統領レベルだよ。魔法シールド、毒物探知機、キメラ探知犬」
「毒物探知機は魔法的な毒性を探す」
俺は小瓶に栓をして説明した。
「だがこいつは魔法じゃない。純粋な生物学だ。センサーには、ただの発酵したブドウジュースに見えるはずだ。中に入る方法については……」
俺はテーブルの上にグレーの作業着を二着投げ出した。衛生清掃課(DSL)の制服だ。
「誰も清掃員のことなんて見ちゃいないさ、グリッスル。イベントでは魔物との戦闘があるんだろ? 乾杯の前に、アリーナの血を誰かが掃除しなきゃならない」
「今まで聞いた中で一番馬鹿げた計画だね」
ヴァレリアが電子タバコをふかしながら笑った。
「気に入ったよ。カメラはあたしがなんとかする。あんたたちがすり替える十秒間、映像をループさせる」
「もし失敗したら?」
ルナが立ち上がり、バトンを強く握りしめた。
「もし味が違うって気づかれたら?」
「女王蜘蛛の毒は、接触した瞬間に味蕾を麻痺させる。奴は何も感じないさ」
俺は彼女に歩み寄り、肩に手を置いた。
「問題は奴が飲むことじゃない。飲んだあとに起こることだ」
理論上はシンプルだが、実際にはカオスな計画だ。
毒は人間と《飢餓の寄生体》の接続を切断する。
共生関係を失えば、寄生体はパニックを起こす。外に出ようとするだろう。
美しい光景にはならない。しかも、それが全国ネットで流れるのだ。
「怪物を暴くのね」
ルナが力強く言った。
「ソヴレニティの正体を、世界中に見せつける」
「その通りだ」
俺は壁の時計を見た。
「あと三時間だ。下準備を行え。装備のチェック、逃走ルートの暗記、そして遺言書へのサインだ」
二時間後、俺たちはパカエンブー・スタジアムの裏手に停めたバン(ヴァレリアが盗んできた新車だ)の中にいた。ガラはここで開催される。
俺はバックミラーで自分を見た。グレーの清掃員の制服は、まるで第二の皮膚のように馴染んでいた。これが俺の本来の鎧だ。すべての始まりの前、俺が何者であったかを示す姿。
ゴミ拾いのアーサー。
『準備はいいか?』
頭の中で寄生体が尋ねてきた。その声は落ち着いていて、どこか厳粛でさえあった。
『遠い親戚に会うのが怖いか?』
俺は思考で返した。
【 飢餓の寄生体は異常種である。学習することなく消費するのみ。バイオマスの無駄だ。リサイクル(再資源化)されなければならない 】
俺は笑った。俺の内なる怪物にも、プロとしての基準があるらしい。
「ドクター」
ルナが呼んだ。彼女もグレーの制服を着て、ショートヘアを帽子の中に隠している。緊張しているが、集中していた。
「ヴァレリアから合図が出ました。南セクターの換気システムが停止しました。入れます」
俺は清掃用カートを掴んだ。モップ用バケツの中、二重底の下には、俺のメスと、黄金の毒瓶と、分解されたルナの音響アンプが隠されている。
「いいか、ルナ」
俺は彼女の目を見て言った。
「今日、俺たちは英雄じゃない。誰も救わない。今日の俺たちは、ただの清掃チームだ。奴らが三十年間隠し続けてきた汚れを、洗い流しに行くんだ」
通用口を押し開ける。
中の群衆の歓声は耳をつんざくほどで、盲目的な崇拝の咆哮が床を震わせていた。
コンクリートの通路を、頭を下げて歩く。イブニングドレスや魔法繊維のスーツを着て通り過ぎるエリートたちの目には、俺たちの姿など映らない。透明人間だ。
ステージの袖に到着した。
十メートル先に、サニー・ナイトがいた。スポットライトを浴びて輝いている。彼は壮麗だった。背が高く、黄金色で、カメラに向かって手を振りながら微笑んでいる。そのオーラはあまりに強く、肌が焼け付くようだ。
だが、俺の強化された視覚には「真実」が見えていた。
左手の微細な震え。鎧の高い襟に隠された首筋で脈打つ黒い血管。額に浮かぶ冷や汗。
奴は飢えている。
奴の中の怪物がドアを叩き、夕食を要求しているのだ。
奴の横、ベルベットのテーブルの上に、「勝利の蜜」が入ったクリスタルボトルが置かれている。
俺は深呼吸した。高価な香水と、嘘の匂いが肺を満たす。
「仕事の時間だ」
俺は囁いた。
そして、清掃カートを光の中へと押し出した。




