七譚 グリフィン襲来
三日目の朝、国王から撤退の文が届く。
「撤退!?何故急に...」
アリアンが愕然と驚く。
オルムンド南部は梅雨の真っ最中に入り、強大なモンスーンとスコールが来ると予測され、国王はアリアン達に余儀なく撤退命令を出したのだった...
「いや〜しかし困りましたねぇ...せっかくの探索が順調に進んでいるのに、やはりこの時期ときたら雨ばかり降るんですからねぇ〜...」
手紙を配達しにきた手先がアリアンに残念がると、テントから寝起きのメーレルがやってくる。
「なんだなんだ?誰なんだ...」
「ええメーレルさん。おはようございます。国王から撤退の御命令が出されておりまして、エインウィル地方の梅雨は強い嵐がやってくるので危険でしてね...」
メーレルはアリアンの持っていた国王陛下の文を受け取って目を通した。
確かにスコールが来れば帰ろうとも帰れない状況になる可能性がある。
「仕方ねえな...俺達は今日中に撤退すんのか?」
「そのつもりでお願い致します。では...」
配達員が帰ろうとするが、メーレルが止める。
「ちょっと待ってくれよ〜...」
「如何いたしましょう?」
「俺もその...“手紙”が書きたくて...」
するとメーレルはアリアンのメモから白い用紙を綺麗に千切って見せた。
「ここに書かせろ...封筒代は払うから...」
「えっとぉ...宛先は?」
「中央宿舎で働いているミュリエルという女の子にお願いする...」
メーレルが宛先を言うと、アリアンはクスッと笑って罵った。
「俺の勘はまさに“恋”だと言ってるぜ〜?」
そしてアリアンの背後のテントからペレミアが不満気に出てきて言った。
「あんたがいちいちこんな南部まで呼んでくるから予想はしてたけど、ふわぁ〜...やっぱり嵐の時期が来てしまったようね...」
——外でザーザー雨が降る...
「遺跡の出入り口に屋根があって良かったわね」
ペレミアが身体を伸ばしながらそう言う。
故郷のバレッダ村からかれこれ三日かけてやってきた彼女であったが、国王からの警告であればもれなく聞くべきであるかもしれない。
「いいわよ...とりあえずあんたが無事で良かったわよ...アリアン、また元気でね...」
ペレミアがそう言うと申し訳なさそうに合掌をして拙い謝罪をするアリアン。
「本当にすまん...君を呼ぶのを躊躇えば良かった...」
そんなアリアンに彼女は溜息をつく。
「いいや、梅雨が明けたらどうせ戻るんでしょ?私はここに残ろうと思うわ...」
「え?正気か?」
アリアンが問いただす。
「エインウィルでは梅雨の時期に強力な嵐がきて遺跡が水没する事もあるんだ...ここが高地性集落だとは言えその考えは危ういぞ?それによ...」
彼が愕然と続ける。
「本当に良いのか?嵐に巻き込まれれば救助はまず呼べないし、遺跡の中も安全とは限らないぞ。あまり深入りすれば面倒な事になる。外も嵐に紛れて活動する生物に襲われる可能性もあるんだぞ...?」
ペレミアは渋々その言葉を呑み込むが、彼女がテントを開けると何と驚きな事に見た事もないような内装がしてあったのだった。
「あまり確実な方法ではないけど、魔術で固定したテントを使って三週間程は生活出来るわ...」
彼らは思い出したがペレミアは一時期魔術にも精通していて、基本的な固定魔法を初めとした攻撃・防御・細工が出来る優れた学者なのだ。
「せっかく来させといて帰れは可笑しいでしょ!私はここに残ってあんたが戻るまで待つんだから!」
完全に押されたアリアン達は彼女の無事を祈って国へ帰るしかなかった。
「エイレムは?」
メーレルがエイレムのテントを開くと、彼は何かに魘されながら眠りについている様だった。
それを直に見たメーレルは大声でエイレムを脅かして彼を起こした。
「うおおおおお!!」
「うぉあああ!!」
エイレムは覚醒したように飛び起きた。
「ふざけんなこの野郎!」
「すまねえ...大事な話だが...」
メーレルは遺跡探索が中止になった事をエイレムに伝える。
「そうか...じゃあメーレル。俺達はもう国に帰らなきゃならないんだな?」
「そうだ。だがペレミアはここに残るらしい...」
それを聞いたエイレムはアリアンと同じく愕然とする。
「なんだって!?」
「私はここに魔術式のテントを張っておいたから、アリアンが戻ってくるまで待とうと思うの。せっかくここへ来た訳だし...ね?」
そう言うペレミアにエイレムは無理に文句を言うつもりは無かった。
「そ、そうなのか...」
「馬車がもうすぐ来るみたいだ。配達員は今さっき行ってしまったからな。今日もかなり強い風が吹き荒れるらしい。早めに帰ろう...」
メーレルに諭されるがままにエイレムは少し熱心な学者の事を心配しながら荷物を整理し始めた。
「ああ、本当に大丈夫なのだろうか...」
そんな心配をしつつも朝の雨で冷たくなった空気を吸いながら心地よい気分になる。
過酷な調査を命懸けで乗り切った達成感もある。
「さあて、帰るぞ!」
荷物を纏めた三人がペレミアに手を振り、アリアンが大声で言う。
ペレミアも彼らに手を振って見送る。
「気をつけてよ〜!」
「お前こそ気をつけろよー!」
石造りの階段は雨でジトジトしていて滑りやすく危険な道である。
慎重に一段一段と足を下ろして帰っていく...
「ペレミア...無茶苦茶言いやがって...」
アリアンが少し心配そうな様子で呟いた。
長い石造の階段をひたすら降り続けて、やっと階段の麓まで降りる事が出来た三人。
帰り際に振り返ると、霧がかった山と聳える遺跡群がそこらかしこに立派に見える。
「改めて見ると巨大な遺跡だったぜ...」
メーレルが圧巻された様に静かに呟く。
遺跡の麓にはスコップで舗装された土の道路が横断しており、そこの近くで待てばいずれ馬車がやってきてくれるはずだ。
「お!お前らあれじゃねえか?」
アリアンが指を差した先は霧でよく見えなかったが、向こうから黒い馬車がやってくるのが次第に見えてきた。
「来たぞ!やっと帰れるな!」
来た時とはまた違う明るさを見せたエイレムは堂々と喜んでいた。
馬車が目前までやってくると、騎手は慌ただしく三人に話した。
「ええ御三方、お入りなさい!もうすぐ風が強くなってくる予兆でしてね。さあさあ!」
辺りも不穏になってきたので、三人は早速馬車の中に入って荷物を下ろした。
「ペレミア...大丈夫か...」
メーレルが口を開く。
アリアンもエイレムも彼女が無事に過ごせるかどうかで騒めいていた。
「あいつはきっと大丈夫だ...そう信じよう...」
アリアンは馬車の窓を開けて景色が見える様にするが、外観は霧がかっててあまり目視出来ない。
「俺達...国に帰ったら顔見知りだな」
メーレルもアリアンの言葉に励まされ、そして馬車は動き始めた。
「そう言えばメーレル。シュメイル大森林に悪霊が出たという噂があってよ...そんな悍ましい話聞きたくもねえだろうが、まさか遭遇したりしないよなぁ...」
馬車が動き出して先の見えない景色が暫くの間続いていた。
そして丁度三日前に見たであろう渓流に差し掛かると、やはり何かの前触れか魚は跳ねておらず、ただ増水して今にも氾濫しそうな川の流れが聞こえてくる...
「川も流れが速くなっているな...馬車が通る石造の橋が倒壊しなければ良いが...それにどんどん風が吹き荒れていないか?おい...騎手さんよ!」
丁度馬車が石造の橋を渡り終えて、痺れを切らしたメーレルが騎手を呼んだところだった。
騎手から返答はなく、それどころか馬車が橋を通り過ぎた地点で急停車したのだ...
「どうなってるんだ?」
咄嗟に馬車の窓を開けようとするメーレルだが、それを二人が懸命に制止する。
「一回...馬車の中に留まれメーレル...予感はしていたが、本当に悪い勘がまさに当たってしまった...!」
「どういう事だアリアン...」
馬車の窓から外を必死に眺めると、霧が徐々に立ち込めて薄暗くなっていく...
時間的に言えばこの時間帯は真昼間である筈なのにも関わらずこの悪天候である。
「まさか騎手...!遭難したんじゃ!」
「ふざけんじゃねえ。騎手はなんたって今さっきまで馬車を動かしてただろうが!!」
エイレムがあり得ないと言いつつも、馬車は止まり騎手からの返事すら聞こえてこない。
何なら馬の鳴き声さえしなくなっているのだ...
「アリアン...おい!」
呆然と見つめるアリアンにメーレルが喝を入れる。
「すまねえ...どういう状況か分からねえんだ...」
惚けた事を言うアリアンに二人は心底不安になってしまう。
「馬車を走らせる前に気付かなかったのだろうか?間違いなくスコールが来ているのは確かだ!」
「どうすんだ!?吹き飛ばされるぞ!!」
帰国まで寸手の所で足止めを喰らうが、もっと恐ろしいのは騎手も馬も行方不明な事である...
「アリアン!!...風が強くなってきてないか!?」
「———」
「アリアン!!」
メーレルは彼が何を言っているのか聞こえないほどに吹き荒れた嵐が襲来している事を悟った。
エイレムは身を屈めてもはや動く事すら自由に出来なくなっている。
「三人とも死んだ状態で帰還するのか...クソ!!」
——そこで...全員は微かに聞こえた気がした。
「ピィィィィン!!...」
この猛烈な嵐風の中、猛禽類が発す高い鳴き声の様な音が響き渡った。
その残響は遠くで聴こえようともこちらの耳を貫く様に刺激する...
「まさか...畜生!ここに居ちゃ不味い!」
死への恐怖を身に帯びたような顔でエイレムが外へ出て行こうとする!
「ピィィィィン!!...」
「エイレム!待てぇぇぇ!!」
アリアンがエイレムの背中を無理矢理掴む!
「早まるんじゃない!この中に留まれ!」
「嫌だ!可笑しくなる!」
次第に耳を劈くような音へと変化したそれは、アリアンやメーレルも他人事にならない程悍ましい脅威になっていった。
「ここに...居られねえ...!」
限界になったアリアンまで勢いで外に出てしまうが、問題は先に出ていったエイレムであった。
「クソッ!!」
メーレルは二人を追って馬車を出る!
「エイレム!アリアン!戻れ!おい!」
馬車を出た途端に吹き荒れる体を消し飛ばす様な残忍なスコールの風...
その気迫に十中八九の覚悟で進んでいく...
「エイレム...アリアン...お...」
喋る事も出来ない強力な風...もはや自分の命を守るのに精一杯の苦境である。
脇道から森林へと入っていくと、風は弱まったがアリアンとエイレムは見つからない...
「ふっふっ...おい...ぁ...」
言葉を詰まらせた...周りより一回り大きな木に絡まってメーレルの頭上で無惨にも死んでいる騎手だ...
「嘘だ...何が...何が!?...」
助けを呼ぶにも呼べない絶望的な状況下に置かれたメーレルに成す術もなかった。
久々に感じた『死』への恐怖に忘れ去った筈の戦地の記憶がフラッシュバックする。
「———」
味方の身体が大砲で砕け散り、悲惨に叫び惑うあの地獄の様な戦場を直に感じる...
そんな寒気に声を出せない、騎手が枝に絡まってぶら下がる木をまじまじと見る...
「———!?......」
——その木には“巨影”がいる事に気付いた。
猛禽類の様だ。
その大きな嘴を見れば分かる...しかし可笑しいことにそれは狂気的な目をして焦点も合っておらず、ただ嘴を真っ赤に汚している巨大な鷹である...
「ああぁ...」
その鷹は巨大な爪を持っていた...騎手の遺体を掴んだその腕は二本、三本、四本と見つかる...
ただただ無言で頭上から見つめるそれは獅子のような体躯をしている馬車より巨大な鷹なのだ...
——そして...
「ピィィィィン!!!!!ピィィィィン!!!!!」
不快な音が直に聴くと鼓膜を破る響音へと変わり、メーレルは聴力を完全に失った。
「んが!があああああ!!!!!」
這いずり回ってその怪物から逃げ惑う...
その怪物は木から身軽に降りると、まるで野獣のような速度で辺りを嗅ぎ回る...
「助けてくれ...誰か...」
メーレルはまた無力になった...
ただ何も変わっていない訳ではない...まだ戦場で生き残った時にさえ感じた生きる力がある。
あのアリアンが言っていた様な『生きる原動力』がそこにあるのだった!
「クソゥ...」
古代人の姿がメーレルの頭に妄想される...
もはや強力な爪で身動きも出来なくなれば負けだが、まだ余力がある内に逃げれば勝てるのだった。
「クソゥ...クソゥ...クソッタレ化け物め!」
——感じた...“怒り”だ!
あの巨大な化け物を前にして這いずって行く、それもあの時のような進み方ではない、“目的”を伴った正しい行いをしていた!
「霧で前が曇ろうが馬鹿野郎!前は見えてんだよ!」
彼は最後まで足掻こうとする!
「良い...目的さえ見えていれば全てが前向きに上手くいくんだ!!元から死ぬ運命であるならば、ここで鷹の化け物に襲われようとどうでも良い...!!」
彼の無駄な足掻きはとうに運が尽きていた。
鷹の化け物はメーレルを見つけるとどうしようもないスピードで彼を襲撃する!
「ピィィィィン!!!!!」
「クソゥ...ここまでか...!!」
しかし言葉で呟こうと彼は抵抗する...!!
——何故か。
単純な問いである。
メーレルの“本能”が『生きる!』と叫んでいる!
「余力が...クソゥ...死にやがれテメエ...」
しかし彼の捻り出した言葉は遺言にはならなかった。
強靭な爪で服ごとボロボロに掴まれた彼は本能の力で生き延び、猛烈な嵐によって飛ばされてきた一本の剣が近くに刺さった!
——エイレム・メイサの金剛剣だ...!
「ああ...エイレム!!お前は...!!」
その剣に向かって懸命に手を伸ばすも、鷹の化け物に捕まえられて中々難しい...
遂には化け物がメーレルの顔を噛みつこうと嘴を広げた丁度その時であった!
「メーレル!!俺だ!!メイサだ!!」
エイレム・メイサの声...彼が駆けつけてきた!
メーレルはあと一踏ん張りだと確信し、人生で出したこともない力を発揮する!
遠くにいたエイレムが段々と霧を乗り越えて露わになってくる!
「メーレル!まずい...“グリフィン”じゃないか!!」
「ピィィィィン!!ピィィ!!!!!」
甲高い音すら聞こえないほど失聴していたメーレルは近くの剣に手を伸ばすと、やっとの思いでエイレムの剣を引き抜く事が出来た。
「グ...グリフィンだとっ!?」
「メーレル...クソッ!おら!」
エイレムが思いっきり石を投げつけると、グリフィンの顔面に命中した。
怒ったグリフィンがエイレムに集中する隙、メーレルは金剛剣で精一杯胸を突いた!
「ピィィィィピィィィィン!!!!!...」
重要な血管に刺さったのか、痛がってメーレルを離れていく...エイレムはその間にメーレルに近づいて安否を確認しようとした。
「メーレル...奴は深追いするな!おそらくまだ全然致命傷にはなっていないからな!大丈夫か!?」
メーレルは大丈夫だったが、その証明に嵐に揺れる過酷な森林の中自力で立ち上がる。
「ああ...俺よりアリアンは!?」
「奴が全然見つからない!!」
そう言うとメーレルは叫び出した。
「アリアーーーーーン!!!!!」
彼から声は聞こえない...
メーレルの金剛剣を握った手をエイレムが上から強く握って言う。
「お前...勇気ある動きをしたな!」
聴力が徐々に戻ってきたらメーレルだったが、その声を認識して答えた。
「当たり前だ...俺は...」
そしてメーレルが見上げるように顔を上げた。
「俺は...死ぬ気で生きてんだよ...」
直に感じていた戦場の恐怖はいつの間にか痛烈な悲しみへと変化していた。
彼は思いのままとにかく泣いた。
「メーレル...お前...」
「何も...言いたくねえよ...」
運が無ければ何度も死んでいる状況だろう。
そんなあらゆる苦境や試練を必ず突破できる力があるからこそ、メーレルは強者でいられるのだ。
これは誰にも備わっていない、彼自身の本質的な能力であるだろう。
「メーレル...アリアンを探すのはもう無理だ。俺達がここで死ねば誰も報われなくなる。アリアンについては国に帰って助けを呼んでみよう。怪我はないか?」
メーレルは心残りに頷いた。
彼はアリアンを最後まで心配した。
「シュメイルに...帰ろう...」
途方に暮れた気持ちで国に帰る。
馬車で渓流にまで着けたのは不幸中の幸いで、そこから歩けば日が暮れる内に帰る事ができた。
「グリフィン...きっとこのスコールの時期に問題になってくるだろう...何せ奴は嵐ですら空を切るほどの速度で飛行して、スコールに見舞われた商人や旅人達を襲っているんだから...」
メーレルの傷が浮腫んでいる事に気付いたエイレムは急いで止血と消毒を行った。
メーレルが『いてて!』と音を上げるも続ける。
「お前...怪我は入念に確認しろ。グリフィンの爪には神経毒が含まれてるんだぞ!もし放置すればここら辺の組織が壊死してしまう事もある!」
メーレルが呆然としていると。
「医者ですら治せないぞ!」
と、彼に喝を入れるようにエイレムは言った。
手当が済み、二人で馬車が通るはずだった道路を通っていく事になった。
それまでの間、地獄だった。
枝に絡まった騎手の死体、高い場所から落とされたであろう道路の馬の死体...地獄の様だった...
「うぅ...なんだこれ?...うぅ...」
嗚咽をして屈むエイレムに何とも言えない呆然とした表情でメーレルは背を抑えてあげた。
エイレムが段々と気が狂うような気持ちになる反面、メーレルは感情が無くなったように冷静になっていた...ただ呆然と存在している様に...
「帰ろう...帰ろう...」
そう言ってメーレルは行こうとするが、エイレムは初めて目にした死体に縛られる...
「うぅ...騎手が...うぅぅ...」
虚にもならず、ただ慣れているようにメーレルがただただそこに突っ立っている...
エイレムは馬車から離れようと道路を進み、メーレルの元へ追いついた。
「クソゥ...もうすでに騎手が...」
「死んでいるのは分かっていただろう...」
メーレルが冷たく突き放すように言う。
エイレムはそんな異常性を見抜き、メーレルに向かって強く問いただす...
「さっきまで喋ってた人が死んだのに、何故お前は驚く様子すら見せないんだ!?...」
——メーレルが振り返る。
何も言わずに、ただ冷淡な表情で答える。
「俺は...何度も死線を潜り抜けてきた...」
「なんだって...?」
金剛剣を馴れ馴れしく手に持ち続ける。
「何人も殺されるのが戦場だ...人間は偉くなると平気で同族を殺そうとする生き物なんだ...上に立てば現場など干渉せずとも命令すれば戦う事が出来る...自分の面子を守るのであればどんなにも残酷になる...」
エイレムは最後に問う。
「なんでそんな事言うんだお前は......!!??」
——彼の答えはもう決まっている。
『俺は...ベルシアの傭兵だ』
その言葉を聞いた途端、エイレムは崩れ落ちた。
「ベルシア...?あの亡国の小集落から来たのか...?だとしたら邪道な扱いを受けてたって...!!」
メーレルは哀しみを心残りに頷いた。
「そう...もう過ぎた話だと思っていた...」
そして振り返ると歩き続ける。
彼に目的はなくなった。
それらしい脅威はもう過ぎたからだろう。
スコールの風は弱まっていく...
「さあ、もう帰るぞ...」
メーレルは歩き続ける...何処までも...
「俺も付いて行く...!」
その後は、エイレムが追いかけて行く...
◇◇◇
静まり返った嵐の中、宮殿の人々は久しぶりに訪れた平穏に喜ぶ者も居れば、これから起こりうる不穏な気配に気が気でいられない者もいた。
後者には現に代表例とも言える人物がいる。
——ミロリーネ・モンカステラは感じていた。
「ミロリーネ様...トラウグストゥス御一行は中々帰ってきません...おそらく最悪の話をすれば、スコールに呑み込まれた可能性も...」
宮殿からは風が吹き荒れた後の街並みが見える。
夕暮れになろうとする時、ミロリーネは氾濫した川に沈んだ古い納屋を見て哀れな心境になる。
その姿を横目に老執事は悟ったように言った。
「心中お察しします...その気持ちが報われる日を、私は厳しく見守っております...」
ミロリーネは分厚い広々としたバルコニーのカーテンを閉めて、執事に言った。
「ええ...わたくしが私でいられる様に...」
閉めたカーテンの先の景観を見透かすように、ミロリーネは目元に涙を溜める。
一筋...彗星のように流れ落ちた綺麗なナミダを拭ったのは、他でもない執事であった。
「貴方は立派な女王になられる...このケリーはいつまでも信じております...」
老人となっても尚、衰えることのないケリーの紳士様に、ミロリーネは心を救われた...
「ありがとう...ケリー...」
その瞳が優しい眼差しになった時、執事ケリーは穏やかな心で受け止めた。
「彼はきっと生きてるわ...」
ミロリーネの言葉は本当だった。
シュメイル一帯を襲う嵐は止み、彼女の心構えをさせる平穏を見せた。
メーレルは...彼は愛されていた...
グリフィン:
▶︎オルムンド大陸南部のエインウィル地方全域に生息する猛獣。獅子の様な体躯を持ち、鷹の様な凶暴な爪と頭部を持っているが、風にも左右されぬ程の高い飛行能力を持ち、嵐の中狩りをする唯一の獣類と言っても良い。陸地への適用も強く、ひとまず人間を付け狙えば留まる事を知らない。放置すれば組織が壊死する神経毒を含んだ毒爪で攻撃されれば消毒が無いと死んでしまう。
ケリー・ネオバニア:
▶︎シュメイル前前政権から使える古き紳士であり、その清潔で聖なる心得は老人となった今でも消えていない。そんな彼は一人で姫君であるミロリーネの世話を任されており、国王陛下からひっそりと信用されている。




