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Ormundo/オルムンド  作者: 黒綺硝子
第一章 焼けた黒曜石
6/8

六譚 疑念

 真昼間のシュメイル城下街に雨が降っている。


 後継の候補に選ばれたミロリーネは宮中の役人達を次々に茶会へ招待し、本来議会で行われるような高度な対話を論理的に行っていた。


「エオリアの国王が失脚されました...」


 長らくシュメイル帝国の敵国であるエオリア共和国の“プテラ・レギンス国王”が、傭兵を中心に軍事補強を行う方針を執り行ったのが失政だとされ、国民に弾劾された挙句失脚していたのだった。


「これは好奇ではございません!今一度、シュメイルとエオリアの関係を築くべきなのです!」


 その気高い主張に参加者達は飲み込まれる...

 しかし、茶会の中でその意見に否定的で同意しない者が存在した。


 ——弟のファイアレム王子だ。


「姉上。申し上げますが...」


「黙りなさい、戦争などすべきで無いのです!」


 言葉を遮って強く主張するも、中々ファイアレムは引こうとする様子がない。

 それもそのはず、強さだけを生きがいに母に教えられ、幼き頃から信用を失って生きてきたファイアレムは関係向上に否定的であり、ミロリーネの言う関係ももはや眼中に無かった。

 ファイアレムの求める政治は強さだけであった。


「軍事増強...圧倒的強者...この国になって欠落している要素全てを今、ここに集結させる!」


 興奮している王子を宥めたのが王宮魔術師で国王の側近であるシェレンだった。

 モンカステラ家が執り行ってきた政治を他の者に譲渡する訳にもいかず、王家の中で意思決定しなければならないのが大きな問題である。


「王子...少し姫君の言う事を聞いてみては?」


「くぅぅ...」


 容姿以外凡人な自身と比べて、容姿も能力も非凡であるミロリーネにファイアレムは蟠りを抱いていた。

 時計の針も正午となる頃に、ミロリーネは茶会を閉めなければならなかった。

 午後には国王との所見があるからであった。


「ファイアレム、我が弟よ。貴方に正しい決断は出来ないのです。この件はわたくしが対処します」


 ファイアレムは茶会を飛び出し、シェレンを呼んで席を外した。

 ミロリーネは何故弟が自身に嫉妬の念を抱き、また強さに固執しているのかも分からなかった。


「姫君...一度ここらで茶会を終えましょう」


 役員の一人が諭したことで、ようやく茶会は幕を閉じることとなった。

 勢いで外に出たファイアレムはシェレンに自身の野望について強く語っていた。


「わたしは母上とこの国の運命、そして栄光の限りを尽くすと誓った!姉上はもはや他国の人間共の信頼などに媚びている...私は堪らなく屈辱を感じる!」


 シェレン曰く宮中の人間には今のファイアレムの激情をどうにもすることが出来ず、ミロリーネが築く東国々の平和を根底から軽蔑しているという...


「王子...亡き母上と何を誓われたのですか?」


 シェレンはそんな王子に少し深ぼろうと考えた。


「私は幼き頃から周囲に虐げられて生きてきた。どんな境遇でさえ、母上はその圧倒的な立場でいつも私を救ってくれた。この国の弱い民を救うには正しい力こそが正義なんだと...」


 シェレンはまだ何食わぬ顔で深ぼる。


「“義”とは何か?王子は定義出来ますか?」


 それにファイアレムは常々の鋭い眼光を冷淡に輝かせながら答える。


「強大な力...圧倒的強者だ...」


 その言葉にシェレンは予感を覚えてはいたが、いざ聞けば心の底から落胆した。


「義というのは正しい行い...いわば人々の心理や道理に共通した条理である事が普遍的事実です」


 そんな答えにファイアレムは鼻で笑って返した。


「フン...何が普遍的だと?お前はまさに理想的な空論を話しているようだな。そんな意見は風上にも置けないフィクションそのものなのだよ...一体何処からその認識を引き抜いたのかは知らんが、まさにお前の言った事実は嘘であるな!!」


 シェレンは本当に困惑したが、宮中の人間として王子ともあろう人間が何故このように貧相な考えを持っているのかを知るべきだった。

 彼は長らく王宮魔術師という高位の立場に居るが、この一掴みの悪い予感がどうしても拭えない...


「王子、もう貴方に出来る事は御座いません...」


 その残念な通告が事実として叩きつけられ、どうか彼の中で改心されるのを心ばかりに願っていた。

 しかしシェレンはファイアレムという男がどれほど悍ましい存在か、この時は知る由も無かった...


「シェレン...お前達は後悔する...」


 モンカステラ家に咲いた一輪の薔薇は黒曜石のように透明で、何処までも闇深かった...


 ◇◇◇


「ミロリーネ、お前が素直に継承を受諾した心を...国王として素直に讃えよう!!」


 国王が長らく感じていた継承問題についての不安が、彼女によって一気に解放された。

 王位継承は梅雨が過ぎ、シュメイルの一帯が本格的に日照る時期になってから実行される事となった。


「お父様...どうかわたくしにご期待を...」


「期待など心許ないわい。お前が真の役目を果たす事を聞いて、宮中が大喜びしておった。ミロリーネ...本当によく承ったな!ハッハッハッハ!」


 ミロリーネの心は薄暗く霧が掛かっていたが、それでも宮中や国民の運命を導かねばならない。

 ミロリーネにとってその使命は最も重要で、永遠に寂しいものでもあった。


「お父様...」


 まるで教舎で問題の答えが分かった子供が手を挙げて訴えるように、ミロリーネも何か本質的な考えを掴んで父に話そうとした。


「わたくしは面子を捨てます...権威の引いた姿勢で今一度他国と良好な関係を築き上げ、必ずや南オルムンドの国々を連結させますわ!」


 長らく権威的に振る舞っていた国王の在り方を否定するものでないかと心配したが、その言葉を聞いて安堵したように高笑いする父を見て、ミロリーネはその必要がない事を悟った。


「おぉう!エオリアの国王は失脚した。お前になら私の国を授けることが出来よう...」


 暫く王室で高笑いをした国王はティーカップの手持ちを摘んで紅茶を吟味し出した。

 紅茶を嗜む父の様子をまじまじと見たミロリーネは、自身の政治においての在り方もこうでなければならないと深く考えついた。


「お父様...では...」


 元気のないミロリーネに父が声を掛ける。


「待てい。どんな国の頭にも少しばかり威厳は必須だ。その上がりきった肩を下ろさんか...」


 言われるがままにストンと肩の荷を降ろしたミロリーネは不穏にも悪い予感を覚えていた。

 それは交渉であろうか、国の未来だろうか、しかしそんなことは彼女にとって分かりきっている。

 この得体の知れない予感が後々最悪を引き起こす引き金にならないよう祈るばかりだった。


「国王陛下...」


「おおう...これはシェレンではないか...」


 物音がしたと振り返れば、王室に入室してきたのは国王の側近であり王宮魔術師のシェレン。

 まさにファイアレムとの会話を終えて、国王とミロリーネへ何かを伝えにきた。


「国王陛下...馬車郵便で届けられた二通の調査記録と解読した資料の内容です。斥候で送ったメーレル・トラウグストゥスが古代人の理念について描かれている情報を発掘した模様です。ご覧になられますか?」


「ほう、こちらに寄越せ...」


 手紙の封筒を奪い取り、蝋の封の辺りを破いて慌ただしくその内容に目を通し始めた。


「古代人の信仰対象...本能に基づく精神的概念とそれに纏わる史実...アリアン・チェルツなる観測者が解読した結果だと...ほう...」


 国王が調査記録の概要を列挙して提唱し終えると、ミロリーネがそれに物申す。


「お父様、何故メーレルを...?」


「なに!?」


 勢いで言ってしまった挙句、王族が下民と関わっている事実を知られそうになってしまう。

 それもそのはずミロリーネはメーレルが古代遺跡に派遣されたという事実を知る由も無かったのだ...


「お父様...何でもありませんわ...」


 驚くほど口調を変えて接した結果、国王はとやかくそのことに突っ込んでは来なかったが、賢い側近のシェレンには確実に何かを勘付かれてしまった。

 だがシェレンもその実態を探ろうとはしなかった。


「ヴェイラー・デズモンドについての情報は未だに届いておらぬが、手掛かりも無いのか?」


「それが東のバレッダから派遣された学者によって、位置的な手掛かりは掴めているのです...」


 国王は少し不満気になるも、メーレル・トラウグストゥスの遺跡探索の記録に目を惹かれていた。


「奴は洞窟を見つけたと...?」


「内容には目を通しました...それが...」


「巨大な蜘蛛が出たというのであるな?」


 メーレルと仲良くなり過ぎたミロリーネは彼の行く末や現状が心配でならない。

 二人が繰り広げる友人の遺跡探索の記録についての会話に少しでも割り込みたかった。

 もし彼が死んでしまっていたら、ミュリエルや自分はどれほど悲しむだろうか...そんな事ばかり考えた。


「おそらく私にはそれが分かります...ええ...」


「“巨大な蜘蛛”なる化け物の全容が?」


「古いシュメイルの書籍を見たのです...」


 シェレンが手を差し出すと赤紫に輝く幾何学的な魔法陣が現れ始めた。

 魔法陣を扱える魔術者は世界でも有数である。


「情報を整理させます...古代シュメイルの遺跡で祟りとして恐れられた人々の恐怖や悍ましさの象徴であり、その精神が具現化した“ドメリコフ”という悪魔である可能性が高いかと...」


「ほーう、しかし何故そう言える?」


 擬似的に創り出した思考回路を持つ魔法陣を国王とミロリーネの前に表示させたシェレンは、その内容を明らかにしつつ話し始める。


「古い情報ですが正しいでしょう。確かな根拠はありませんが、3万年前の文献にもこのように巨大ない蜘蛛を見たという記録が残されているのです...」


 その言葉を聞いた途端、ミロリーネは居ても立っても居られない気持ちで一杯になった。

 ただメーレルの安否がどうであれ、彼が無事であることを祈る彼女は哀れにもシェレンに問い詰める。


「悪魔?祟りとして恐れられている存在に遭遇したとするなら、彼らの身に不幸が起こってもおかしくない状況ですわ!引き換えさせましょう!これ以上禁忌に触れる事は致しませんわ!」


 強く反発。


「何故そのような事を言う?奴らは優秀な斥候兵とは違い、ただの下民なのだよ。ただ派遣してその末死んだのならそれで仕舞いだ」


 その言葉を聞いたミロリーネは堪忍袋の尾が切れたように言い出した。

 シェレンは何か不吉な顔で彼女を見る。


「いいえ、辞めさせますわ。古い文献にあるもの等信用も出来ない...そのために人々の命を無下にするのは、些かな事で御座いますわ!」


 眉間を顰めて怒り出すミロリーネを初めて見た二人はその気迫に圧巻されてしまった。

 しかしシェレンはそんな話に終止符を打つ。


「私からハッキリ言います。この遺跡の探索は一度引き上げるべきでしょう。国王が命じた調査で不吉な悪魔が祟りを引き起こしたならば、この国にどんな不幸が起きるのか想定も出来ません...」


 常々ありったけの知識を機械的に喋るシェレンの言葉に初めて感情が込まったような気がした。

 だがそれも人の命を擁護するものではなく、ただ国の将来や国民の為であるものだった。


「ふーむ...」


 国王は想いを巡らすが、シェレンの言う道理に押されて渋々撤退を認めた。


「では、遺跡からの撤退を認める。メーレル・トラウグストゥスとその一同には報酬を支払うように言え」


「かしこまりました」


 ただメーレルが遺跡からの撤退する事を認められたミロリーネは胸を撫で下ろす気分だった。

 シェレンはミロリーネの様子を横目で見て、このモンカステラ家に何か不祥事があると見抜いた。

 紛れもなくあの男と姫君の間に秘訣な関係が隠されている...その事態はシェレン自身が処理すべきものではなかったが、どうも寛容しがたい事実だった。


「国王陛下...では」


 国王と挨拶を交わしシェレンが王室を出ると、続いてミロリーネも王室を出た。

 王室の前で...二人は相対して見合う。


「姫君...正直に申し上げます...」


「なんですの?」


「傭兵のメーレル・トラウグストゥス。かの者と何か関係を築いておられますか?」


 その疑惑はもはや隠し通せるもので無かった。


「ええ...」


「やはり、何故あのような身分の者と?」


「彼は身分に関わらず親しく逞しい男ですわ。どんな人物にも引けを取らない強さがある...」


 シェレンはミロリーネの言葉を呑んで返した。


「私は姫君が彼を大事にすると言うのなら、その意志を支持致しましょう...彼自身の身分が未だ低くとも、将来国を支えるご身分になられる姫君の側近として就くであれば宮中の者も認めるはずです...」


「シェレン...ありがとう...」


 シェレンの寛容さにミロリーネは心底感激した。


「姫君。私は長らく王宮魔術師として勤めて参りましたが、側近としての身分を頂いたのも今は亡き姫君や若君の母上で御座います。貴方が誰に否定されようとも、必ずやり遂げると信じております...」


「ええ...」


 王室から長い廊下を渡り、突き当たりの角を曲がろうとしたその時であった...!


「何か重要な事を話されていたのですね?」


 曲がり角の出会い頭に現れたのは、ファイアレム一派の従兄弟であるジェウェルであった。


「ジェウェル殿。貴方には関係のない内容です...」


 シェレンが冷たく切り離す。

 しかしジェウェルのしつこさは、突き放そうとすればするほど加速していく...


「古代シュメイルの力は、生前王子の母上が話されていた王族にのみ伝わる“龍血”についての話と合致しておられますねー...これは...奇遇だな...」


「ジェウェル殿...!!」


 不遇にもジェウェルに勘付かれてしまう。


「ミロリーネ姫...貴方は弟である義兄上に勝ったとでもお考えでしょうか?」


 ミロリーネの口が開く。


「私は初めから弟と勝負などしておりませんわ...」


 そう突き放すとジェウェルはようやく過ぎ去って行ったが、何かファイアレム側で企みがある事は真に間違いないだろう...


「弟が王位に就いた私に謀反をするなら...」


 そんな考えが頭中を巡っている。

 この事態に関してはシェレンも相当頭を悩ませたが、ファイアレム一派としてはミロリーネが王位に就くことを快く思っていないようだった。


「従兄弟のジェウェル。わたくしの叔父が彼の父で、彼は魔術と剣術の双方で鍛錬を積んでいる...亡き母上の兄弟である叔父の息子ですわ...」


「何故彼は王子に尽力してるのです?」


 ミロリーネは言葉を詰まらせながらシェレンに亡き母の記憶を語った。


「ファイアレムは亡き母に溺愛されていた...一方、わたくしは知識を積んでばかりの人生を送りつつお父様の言いなりになっていた為、愛されましたわ。ただ母とファイアレムはお父様に愛されず、私の存在が二人を王家から排斥してしまった...」


 その事を間に受けたシェレンは何かモンカステラ家の中で複雑なしがらみが解けていない事を悟った。

 母方の弟である叔父から生まれた兄・ジェウェルと、その妹・リーネリカはモンカステラ家ではファイアレム側の人物である。


「軍事部は掌握されているのですか?」

「そうとも言い切れませんわ...ただわたくしの通告が通り難くなる...前政権より不安定な位置付けになり、容易に軍を指揮出来なくなりますわ...」


 ジェウェルは兵舎で最も評価される人物で、魔術と剣術を両方扱える才能、精神力や鍛錬への度量を持ち合わせてることからファイアレムに最も信頼される。


「妹のリーネリカ殿は如何でしょうか?」

「彼女が宮中に姿を現すのを一度でも見たことありますの?縫いぐるみで囲まれた自室のベッドで絵を描き続けているだけで政治にも関心がないですわ...おまけに彼女は頭ひとつ抜けて狂ってますの...」


 シェレンがその妹について問う。


「狂っている...とは?」

「彼女は自身や他人を傷つけるのを楽しみ、気に入った者には束縛を行うというデリカシーに欠けた部分が御座いますの...そこがとても...」


 ミロリーネが不安気に吃る。


「どんなお姿を?」

「彼女はとても小綺麗な性格で可憐な物好きであるという印象ですわ。いつもフリルの付いたドレスを着ている彼女の目付きはパチっとしていても狂気的に鋭く、桃色のツインテール髪をしていますわ...」


 イマイチ情報が呑み込めない様子のシェレンだったが、“可憐”という言葉に惹かれた。


「どんな部分が可憐なのですか?」


「触れたら危うい雰囲気なのですわ...」


 シェレンは抽象的なミロリーネの言葉は呑み込めなくなったからか話を変えた。


「貴方の友人のメーレル・トラウグストゥスは、一体どのような人物なのですか?」


 その途端、ミロリーネの足が止まった。


「彼が戦地に行った事をご存知でしょう?」


「存じ上げております...」


 ミロリーネの問いに彼は既知であると答える。


「素性は何も教えて貰えてませんわ...ただ彼は戦地で酷い境遇にあったのです...」


「兵士ではなく...“傭兵”なのですね?」


 何の前触れもなくミロリーネは答えた。


「ええ...彼は逞しい傭兵よ...」


 普段心を開かない彼女が彼には心を許しているように見えて、シェレンは少し不思議な感覚を覚えた。


「行きましょう。外に...」


 ミロリーネの言葉に惹かれて宮殿の外へと出る...


 ◇◇◇


「キャーッハッハ!!キャーッハッハ!!」


 宮殿に隣接した館に在る広い部屋の一角で、可憐な少女が奇声を上げて高笑う。

 カッターのような獲物、縫いぐるみの山は綺麗に積まれている。


「おい、リーネリカ...」


 部屋に入ってきた兄のジェウェルを廃れて病んだ顔でリーネリカは見つめる。

 ふかふかで彩られたベッドの上で憑依されたように絵として物語を描いていた。


「私の...王子は...?」


「そんなのはどうでもいい。姫君が王位に成り上がってしまう...」


 その言葉を聞くや否や、リーネリカはまた狂気的な笑みを浮かべて叫んだ。


「私の王子様の邪魔...ああ、ミロリーネを排除すれば問題ナッシングなのね!うふん!」


 ジェウェルは聞き分けがないのに反して、王子の事になると呑み込みが早くなる妹を不吉に思っていた。

 部屋の辺りを見渡したジェウェルは壁に飾られている中で最も大きい額縁に収まっている絵画を見る。


「これはもしや...義兄上か?」


「ええ!!私の王子様よ〜?」


 美麗な容姿はそのまま描写され、リーネリカがどれほどファイアレムを愛してるか伝わってくる絵...


「いつの間にこんな絵を...?」


 縫い目が壊れた兎の縫いぐるみを抱きながら、リーネリカは淡々と話す。


「王子様への愛!その集大成!お兄様がいない間にず〜っと...描いてたのよ!?キャハハハハハハ!!」


 リーネリカの高笑いも鬱陶しく感じたのか、ジェウェルは降参したように溜息を吐いた。


「もういい。お前は姫君の王位継承を妨害しろ。義兄上が国王陛下の立場に居なければ、隣国やその他の国々の人間に見限られ、このシュメイルは限りなく権威を落とす事になるんだ!!」


 すると先程まで高笑いをしてた彼女の切れ目が、恐ろしいほどに鋭く変化する...


「ミロリーネ...あの紛い物...王子様の権威を奪って、全く許せない...殺さなくちゃ...」


 猛烈な殺意を露わにするリーネリカをジェウェルが怒り心頭で制止する。


「ミロリーネに逆らえば国王に最も重い謀反の罪を着させられる事になる...義兄上につく側としてこれ程不味い事はないんだぞ!」


 するとリーネリカは縫いぐるみの綿を引き抜きながら世にも悍ましい提案をする。


「私もこうなる前はずっと魔術学院の主席候補生だったのよ...だから私の魔術で彼女に“ちょっとしたイタズラ”をすればぜーんぶ解決よ!キャハハハハハハ!!」


 そうして彼女がまた再び高笑いをし出すと、周囲の絵画に描かれた内容が同時に動き出す!

 絵画の中にいる人物達が今にも助けを叫んでいるような形相で正面を拳で叩いている。


「お前...!!リーネリカ!!こやつらは!?」


 絵の中にまるで投獄されているかのように、その人々は懺悔をしている。

 リーネリカは高笑いしながら絵の中にあるリンゴを平然と取り出すと、それを齧り出した...


「いつの間にこのような魔術を!?お前...その義兄上の絵はもしかして!!??」


「いや〜ん!この絵には残念ながら王子様は入ってないんですぅ〜...お兄様が言うように王子様の邪魔になるなら、ミロリーネの“絵”を描きましょう!?」


 そうすると彼女は絵からパレット、筆を一気に取り出した。

 彼女の怪奇的な能力に心から悍ましく感じたジェウェルは兄ながらもこの部屋から出たく感じた。


「えぇ〜...もう行っちゃうんです〜?」


「お前が何を考えてるか知らんが、無駄な事を考えてるのなら諦めるがいい...」


 そう言ってジェウェルは可憐な縫いぐるみを幾つも退かし部屋を出た。

 彼が去った後もリーネリカの態度は変わらない。


『描け、キャンバス』


 リーネリカがそう唱えると、綿の出た兎の縫いぐるみは新しいキャンパスの中へ放り込まれる...

 そして一つの“絵”となり、その中の要素として保管され続ける...

 彼女の恐ろしい所はその逆も然りという事だ...


「ミロリーネ...あんたは昔から気に食わないのよ...」


 カッターのような鋭利な刃物で...何度も何度も縫いぐるみを切り刻みながら...


 ◇◇◇


 ——雨で洗濯物が濡れている。


「うわぁー...サイアク...」


 ミュリエルは濡れた洗濯物を乱暴に回収し、編まれた籠に放り込んだ!

 その衣服を宿舎へと持ち帰ると、彼女は大きな溜息をついて怒り始めた。


「なんで気付かなかったのよー!もーう!」


 頬を膨らませて足をドンドン叩きつける!

 気付けば宿舎の廊下は水浸しになっており、ミュリエルが掃除しなければ役人に怒られてしまう。


「誰よこの水浸し!ねー!!!!!」


 慌ただしく廊下の端から端までを乾いた雑巾で床を拭きながら進む。

 それを何往復かしてやっとの思いで達成した。


「はぁー...疲れた〜...」


 息を吐きながら壁に背を向けて休憩。


「手紙...もう届いてるかなぁ〜」


 三日ともメーレルと会っていないミュリエルは、その間一人寂しく元通りの生活を送っていた。

 メーレルが居た部屋へ入ると、そこにはミュリエル宛てに送られた一通の手紙があり、それを手に取った彼女は丁寧に封を開けて取り出した。


 ——拝啓


 ミュリエル、元気にしているか?


 遺跡の探索に身を投じることとなってから数日、いつもお前とミロリーネの事が頭から離れない。新しい仲間と探索を進めていたが、急遽撤退命令が出て帰る事になった。


 伝えたい事は、とりあえず本当にありがとう...お前と出会ってから全てが変わって、薄暗く霧が掛かったような人生に陽が差し込んだ様だった...とにかくお前と会えて本当に良かった。


 それじゃあ、また帰ってきたらよろしくな。


 ——敬具


「何よもう...私だって...」


 その内容にミュリエルはぼろぼろと涙を溢した。


「あんたなんてどっか行っちゃえって思ってるし...あんたなんてすっごい嫌いだし...何なのよ...!!」


 ミュリエルは顔を赤らめて色々反発する...

 その言葉が真であるかどうかは今彼女によってはどうでも良かった。


 明日、メーレルが帰ってくる...

 ミュリエルは嬉しさと恥ずかしさで気がおかしくなりそうであった。

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