五譚 生命の原動力
「ひえぇ〜...こえぇなぁ!!」
アリアンが遺跡から帰ってきた二人を迎えると、早速調査についての内容を伺った。
二日目の入念な情報収集によって、三人の間柄は大いに盛り上がった。
「そんでさ〜聞いてくれ!エイレムが骸骨に気を取られてる内に別の奴が放った矢がこいつの腹にぶっ刺さってよー!!」
「テメエ笑い事じゃねぇぞこの野郎!」
エイレムに思いっきし拳骨をぶつけられたメーレルは『いてて!』と落ち込む。
その間、アリアンは二人が取ってきた資料に次から次へと目を通していた。
「なるほどな〜、図書館があったり、資料が大量にあったり、ガーゴイルが出たり〜...そんで、お前達が言ってた奇妙な声については検討ついたのか?」
不穏な声の正体は未だに謎の部分が多いが、無問題であるならば大したことではない。
エイレムは横目でアリアンに返した。
「ああいや、それが全くなんだ。本当にここ二日間得体の知れないことしてて可笑しくなるぜ。まっあのデカい蜘蛛に比べれば悍ましくも無かったしな!」
それにアリアンは大笑いをすると、釣られて三人とも笑っていた。
資料を幾つか読み込んでいると、早速何かわかったのかアリアンが話始める。
「まずだが、ここまで協力してくれて本当に感謝するぜ。これは一つ一つに価値がある発見だよ。明確にいうと、ここはシュメイルでも広く伝わる本質教の祖先であることが分かったんだ」
「本質教?」
それにメーレルとエイレムが同時に問いかける。
「ああ、本質教というのは人間自身やその周囲にある因果関係について絶対的に必要な条件を考える理念を持った信教のことなんだな!」
「へぇ〜...」
本質教とはこれまでそのルーツが不明だったものの、現在でもエインウィル地方の一部地域で信仰されている教えであるが、遂にその手掛かりを偶然この遺跡で掴んでしまったのだ!!
「た、大変だな俺たち...」
「お前らはほんと大変だな。国王もこれを知ったら大いに喜ぶ事間違いないよな!」
自慢気に三人で笑い合うと、すっかりメーレルの中で何か幸福にようなものが芽生えた気がした。
その感覚に目を向けると、ふと帝国に残してきたミュリエルのことについて雑念が浮かんだ。
「少し、俺の話がしたい...」
二人は笑みを浮かべて頷く。
「ミュリエルっていう名前なんだが、帝国に恩人っつーか、友達っつーか、そんな曖昧な関係の奴を残してここに来ちまったんだけどよ〜...」
それにアリアンが話に端を折るように割り込む...
「それってぇー!!??“恋愛”ということ!!??」
それにエイレムが大笑いしているのを横に、メーレルは激しく首を左右に振って顔全体を赤らめる...
「いやいやいや!そんなんじゃねーし!ただちょっと可哀想だなっつーか、また会いたくなっただけだよ」
しばらく二人に笑われると、アリアンもエイレムも何かあからさまに考え込んだ。
二人とも何処となく真剣な“想い入れ”が存在するかのように...
「よし!お前らに伝えたいことがある!」
アリアンがそう言うと、二人は聞く耳を持ち始める。
「今日、シュメイル帝国東に位置するバレッダという小国から学者が来るんだ!まだまだ見習いの研修生でね、もう時期到着するかもしれない!」
そんな話をしている頃、遺跡の入り口から続く長い階段の麓には馬車が到着していた。
「ここでいいかしらね!」
「ええ、ペレミア様!お気を付けて!」
彼女らが軽く挨拶を交わすと、馬車は勢いよく走り去っていった。
ペレミア・ロンヌコートというこの学者は、師匠であり父であるモーガンから恩人であるシュメイル国王の命に尽力しろと言われて来ていた。
「わぁ〜、たっか〜い...」
孤高の山といわれるポリドロ山は、エインウィルの中では最も高い山であり、山頂まで続くシュメイルの遺跡もまた最も高い建物である。
「遺跡も山もとにかく凄い高いけど、アリアンちゃんはほんとに居るのかな〜...」
呟きつつ歩みを進めると、高い場所にある入り口まで続く階段がそこにはあった。
石柱が辺りに立っている様子はその地点で破格の空気を放っている。
「こんな長い階段辛いけど、こんな古い遺跡で階段があることに感謝しなきゃだわね!」
体力に自信がない彼女だが、一生懸命休憩を挟みつつ鞄を背負って登っていく...
入口では三人が談笑しており、階段の下から荒い息をして登ってくる存在に気付くと、ようやく開口一番にアリアンが迎える。
「ペレミア!久しぶりだなぁー!」
「アリ...アン...もう...」
「う!うおう!...」
入り口付近に辿り着いた瞬間、彼女は疲れたふらふらと前のめりに倒れてしまった。
アリアンはペレミアを抱き抱えると、彼女は恥ずかしそうに怒り出した。
「ちょっと辞めてくれるかしら!!??」
「遠方から来てくれたのに申し訳ないだろ!」
「だったら階段登る前に迎えに来なさいよ!」
ガミガミしてるとそこへメーレル達がやってくる。
「はじめましてペレミア。遺跡の内部を探検するために派遣されたメーレル・トラウグストゥスだ」
「あら、よろしくね。年頃に見えるけど、けっこうたくましいのね貴方...!!」
モジモジしてエイレムが彼女に自己紹介する。
「俺はエイレム・メイサ。あの、とんでもなく美人ですね!ペレミアさん!」
彼がそう言うと、この場の空気が一変した。
「あのなーエイレム。コイツ一応祖国で学者やってるとよくナンパされるもんで、男のそういう挑発的な発言には敏感な女なんだ...」
アリアンがペレミアが抱き抱えながら静止した。
「挑発したつもりじゃねぇよ!!」
エイレムが激しく拒否するも、ペレミアはずっと頬を膨らませている...
「エイレムも、メーレルと同い年なのね?」
「ああまあ、そうっすね...」
大体の社交辞令が済むと、抱き抱えられた彼女は降ろせ降ろせと訴えかけた。
「わーかったってぇ〜!」
「降ろしなさい!!降ろしなさい!!」
学者である彼女と落ち合ってから、アリアンが解読した内容はかなり精密に分析されていった。
遺跡の文明は古代から中世へと隔てられ、どうやら上へ行くほど新しい時代の構造に繋がるという。
「古代人だけではなく、シュメイルの貴族に伝わる伝説にも関係があるってことだな?」
「ええ、私にとってこの遺跡はタイムカプセルなのよ。二人の話を聞いている限り危険そうだけど、もし新しく上に行ける構造が見つかったなら、その時代の魔術や錬金についての重要な書籍が発掘されるかもしれないわ...」
焚き火を焚きながらアリアンとペレミアが会話している。
「貴族にしか伝わらない伝説だというのだが、それはどんな力を持っているんだろう...」
アリアンがかつて学生時代、シュメイル貴族に伝わる伝説について精緻に研究していた過去がある。
中央貴族だけに流れる“龍の血”が暴発するとき、この遺跡が取り囲むポリドロ山は激しく噴火し、龍となった人間はこの世に終わりを迎えさせるという...
「古代からその力が知られていたならば、きっと古代人達はその強大な力を信仰していた筈だが、中世にとある人物によって封じられた...」
「“ヴェイラー・デズモンド”かしら?」
その名は悪魔的に禁忌とされており、口にするだけでも非常に祟りを招く言葉である。
尚且つ現地人であるアリエルにとっては、少なくとも良い気にはならなかった。
「ああ、貴族から忌み嫌われている男だ...」
ヴェイラーは古代シュメイル貴族を抹殺し、危険と見做した生き残りを封じた諸悪の根源として言い伝えられてる男であった。
「ヴェイラーが造ったこの遺跡は、見ての通り山を取り囲んで山頂へと向かっている。明日、彼らを山頂まで派遣しようと思っている...」
三日目の探索は上へと繋がる構造を探し出し、徐々に山頂へと向かうことである。
ペレミアによれば中世の構造物は山頂付近に密集し、高地性集落として過去に栄えたそうだ。
「でも、あの子達は恐ろしい蜘蛛を見た...と」
「ああ、相当大きい蜘蛛だったらしいく、メーレル達は命懸けで元いた小部屋へ逃げ込んだというんだ」
ペレミアは既に命の危機にある彼らを自分の調査のために無理矢理でも派遣させようとするアリアンの意志の強さに不満気に驚愕した。
「山頂は空気も薄い...誰も立ち入らない禁忌的な区域である事は貴方もわかっているはずなのに、そこまで探索を断行させる理由はあるの?」
「それは...」
返答に疲れたアリアンは適当な相槌を打って誤魔化そうとするが、ペレミアはそんな様子に更に悪い意味で驚いてしまった。
「国王はヴェイラー・デズモンドに纏わる真実を御所望の様なんだ。古代文明の一部を齧った程度じゃ、到底満足もされないだろう...」
ペレミアが困惑して心の複雑性に慌てふためいていると、アリアンは彼女に1つの事を提案した。
「国王の命令と彼の命を天秤に掛けるような真似は絶対にしないと誓う。だからこそ...この遺跡調査に与えられた至上命題を命懸けで達成して、明日必ず国に帰れる様にすればいいんだ!」
こんな状況になっては心優しいペレミアも了解せざるを得ない。
渋々提案を呑んだペレミアは自身の鞄を開き、故郷バレッダから遥々持ってきた昌石を手に取る。
「これは魔法を封じるための原石。まだ磨かれていない状態だからエネルギーの吸収に時間がかかるけど、彼らの助けになるなら持っていくべきよ...」
そう手に取った昌石を足元に置くと、アリアンは不安な心情で物想いに黄昏ていた。
「ヴェイラー・デズモンド...必ず真相を手に入れる...」
テントからメーレルが出てきた。
「アリアン...俺の命が惜しいか?」
覚悟が決まってもいないのにアリアンは返す。
「お...お前など所詮ビジネスパートナー!このアリアン・チェルツに探索以外の二言は無いぞっ!」
その様子にこれまでの余裕が消えていたのを悟ったメーレルは、メーレルもペレミアも敢えて突っ込まずに彼をそっとしておいた。
「明日、本当に帰れなくなる可能性もある...」
メーレルはただ前を見て続ける。
「もしそうなったら、絶対お前は悔やむなよ...」
ペレミアが涙を流す...
「ええ...でも貴方の帰りは待ってる...」
運命はメーレルの手で切り開かれるのか...
◇◇◇
夜中、テントで寝ていたエイレムは起きた。
「うぉぁ...ん...ああ起きちまった...」
ボサっと絡まった髪の毛をほぐしながらテントを出ると、夜空は数々の星々で覆われていた。
(なんて美しいんだろう...とても綺麗だ...きっとここでしか観られない星空だろう...)
無造作に髪の毛を慣らしながら、鍋に残った冷めたスープをお盆に盛り合わせて啜る。
辺りは真っ暗なのに対照的に夜空は明るい光景を見て、エイレムは思いを馳せて巡らせる...
——懐かしい日々。
「エイレーム・メイサー!!元気してるかぁー!?」
「エイレム!!今日も楽器の練習しましょ!!」
物心がついたのもいつだったか...シュメイルに引っ越す前の記憶が薄っすら残っている。
元々居た街は辺りが林檎が実る木々に覆われた平和で美しい街だった。
「おう!!楽器やるー!!」
街には世界各地の楽団が故郷の民謡や民族楽器を演奏したり、歌ったりしていた。
その中で生きたエイレムは自然と楽器の虜になり、その圧倒的魅力に惹かれていった。
「みんな、今日はどこから来たの?」
街に訪れた楽団によくエイレムはそういう問いを投げかけていた。
故郷を知り、文化を知り、自身が暮らす平和な街の外の景色を言葉を通じて分かち合った。
——想い人もいた...
シャン・エリン、2つくらい歳上の女の子である。
彼が楽器に興味を持つキッカケになったのは、ある日兵舎で訓練に参加していた幼きエイレムを柵の外で眺めていたシャンに会った事だった。
「そんな小さいのに訓練しているのね!!」
「小さいって馬鹿にしてんのかー!!ばーか!!」
小さくて理屈っぽくなく感情的なエイレムに、シャンは興味を持って接し始めた。
その日の翌日のことも覚えている...シャンはエイレムを自分の家へと連れていった。
「お父さん!この子訓練してたの!」
「えぇーん?そんな小さいのにか?」
エイレムは母の言いつけで教養も受けていた。
だが頭が回らずに周囲に置いていかれ、次第に学びから距離を置くことになったエイレムの心を鍛えるために、母は兵舎で訓練させる事にしていたのだ。
「なんだジジイめ!小さいだと!」
おかげで体は小さいままだが、その精神力と立ち向かう勇気だけは一丁前なものだった。
「ジジイじゃねえぞー。そうだな、君はなんで兵舎で訓練していたんだい?」
「母に言われたから!!」
シャンの父は愉快な大人だった。
早いうちに父を亡くしたエイレムにとって、その存在は温かく羨ましいものだった。
時には頼り甲斐があり、シャンの父はよくトロンボーンを演奏している演奏家でもあった。
「北にはな、マンモスという象が住んでんだぜ?」
「“ゾウ”?」
「ゾウってのはな、長い鼻と広い耳を持って大きな牙までついてるデカい怪獣なんだぞー!?」
「ひゃーーー!!」
シャンの家に行った以来、エイレムは兵舎で訓練するよりも楽器という娯楽に惹かれる様になった。
誰も興味を持たない分野だが、エイレムだけはその底なしの魅力に気付いていた。
「前よりも上手くなったなー!エイレム!」
「ううん、まだまだこれからもっと!」
「エイレムってすっごい生意気ね!!父さんに褒められてるのにもっと頑張るなんて!!」
思えば三人は全く仲違いする事もなく、まるで三人の家族の様な関係になっていた。
エイレムにとって楽器の世界を知る事は何よりも重要で大切な事であった。
「母さん...俺、楽器がやりたいよ!」
「エイレム...そんなものはよしなさい...」
「なんで!」
母は直接否定する事は無かったが、エイレムの生き方よりも楽器に掛かるお金や将来の事ばかりを心配してあまり受け入れてはくれなかった。
「エイレム!どうした!」
「ドネイル叔父さん...また断られたよ...」
「じゃあ、またうちで楽器吹いていけ〜!!」
マンモスの象牙で造られた白色のトロンボーンが、ドネイルがよく演奏に使う楽器だった。
エイレム自身もいつか自分で楽器を持って演奏出来る人生に羽ばたきたいとばかり考えていた。
——しかし、エイレムの運命は変わる。
その街は夜になると静かで、淡々と輝く星空の元に佇んでいるような風景だった。
エイレムはあれから人生で星空を眺める時に、いつもあの光景を巡らせる。
「フグゥゥゥゥ...」
母のいびきが聴こえる部屋に鬱陶しくなり、明かりの消えたリビングへと向かった時だった。
——ドーン。
突然、大きな音が鳴り響いたのだ。
エイレムは訳も分からず急に襲い来る動悸や悪い予感を手で抑え込みながら籠る。
次第に止むと思っていた物音は大きくなり、耐えられなくなったエイレムが窓を開けると、遠方から人々の声が慌ただしく聞こえてくる...
「何があったんだ?か、母さん!」
寝室に駆け戻ったエイレムが母を叩き起こすと、夢から舞い戻ったかの様に母は飛び起こされる。
「どうしたのエイレム...」
「外で変な事が起こってるんだ!人が叫んでた!」
その拙い言葉を聞くと同時に母の心にも何か不自然な心情が湧き出ていた。
「とりあえず...ここを出ましょうエイレム...」
母に連れられ街に出るエイレムはボサっと絡まった髪の毛をほぐしながら手を取られる。
時にそれは向かい風で台無しになりながらも、同じ様に慌てる街の人々を見て只事では無いと悟り、恥ずかしい気持ちさえ消える。
「な、なにが...」
その途端に母と逸れたのだろう...
エイレムはシャンの事を仕切に思い出し、母が向かう方向とは反対の方向へと駆け出したのだ!
「エイレム!エイレムー!」
母の叫びを背にシャンの家へと向かう...
石造の通路を駆け足で走り続け、逃げ惑う住民とは反対に向かっていった。
「シャン...!ドネイル叔父さん...!」
いくら走っただろうか...
静まり返ったその土地はゴミが散らかっており、大して何事も起こってない様に見えた。
しかしあのシャンの家を目の前にして、その心情は跡形も無く消え去った。
「シャン...!?」
玄関が開いたシャンの家から物音が聞こえてくる。
断続的なそれは掴むに掴めないものだったが、とっくに幼き恐怖も知らぬエイレムには二人への不安だけが先行していた。
「シャン...ドネイル叔父さん...エイレムだよ!」
返事はない...
その予感に感じた事ないはずの恐怖を覚えるが、もはや引くにも引けなかった。
もしかしたらシャンはとっくに逃げてるかもしれないし、自分だけ危険を犯してるかもしれない。
とやかくそう信じたかった彼だが、その物音を聞いた地点で確信した。
——シャンはここにいる。
開放された玄関口から中に侵入し、真っ暗で何も見えない廊下の先に明かりの灯された部屋がある。
物音は止み、ただその先に1つの見覚えのある部屋が見えていた。
そこはドネイル叔父さんの楽器部屋だった。
「シャン...」
真っ暗な道を進むにつれその不安が確信に近づいていき、声も微かなるものとなってしまう。
それでもエイレムは自分を律し続け、その真っ暗な廊下を渡り切り部屋の前へ着いた。
そこから部屋を覗き込むと、徐々に明かりが陰を映し出してる様子が見えてくる...
——“人影”であった。
「うぅ...」
いっその事見てしまおう...
エイレムはただ一筋の想いで徐々に見えてきた部屋の全貌を知る...
「うぅ...あぁぁ...ぁ...」
分かっていた。
不安を感じるのも、物音も、悪い予感も、その全ての結果が反映されていた。
「ぐぅぅぅ...」
言葉にならない恐怖で目を覆った。
暖炉の前で無惨にも喉元を食いちぎられたシャンと、口周りを真っ赤にして身の毛もよ立つ姿の“人狼”がそこに立っていた...
「シャン...」
無意識に出たその言葉!
エイレムは部屋を覗く顔を隠し、両手で口を必死に押さえ屈み込んだ...
「.....」
沈黙の時間、しかし鈍い足音がこちらへ近づいてくるのが聞こえる。
——ッ
「グーーールルルルル...ル...」
壁に手をつき、巨大な人狼の顔がこちらを直に覗き込んでいた...
その口元から発せられた強烈な血の匂いと共に...
「———」
頭の中で意識がプツリと途絶え、その後の痛みや苦しみ、そして死に対する恐怖を失った。
気付けば部屋の前に屈み込むエイレムを見下ろす様に、人狼が部屋に入り口に仁王立ちをしていた。
「ガガガガガ...ガァァァ!!!」
「うぅ...」
目のイかれた人狼が巨大な顎を開きエイレムに強襲してきた。
しかしその口元はエイレムの頭に届かない。
「そこら辺にしとけよ村長...」
通路の奥から何者かの声が飛んできた。
そして一気に人狼の意識がその方へ向かう...
「ガルルルルルンン...!!!!!」
「お前が犯人だったか...もはや情けもない...」
玄関に立つ男...それに向かって四つん這いになった人狼が猛烈な速度で襲い掛かる!
——バーン。
玄関が砕け散って飛散する音が聞こえる。
「おい、中にいる子供は早く出ろ!」
しかし、まだその男の声は聞こえてくる...
「人狼...お前は大勢を殺した...」
「ガガガガガ!!!!!」
血生臭い家の外で相対する人狼と男。
千鳥足で玄関を出たエイレムが見たのは、圧巻にも再び強襲を仕掛ける人狼を真っ二つに切り上げる男の姿であった。
「.....」
人狼の悍ましい残響が遥か彼方へと消え去ると、その男の姿をしっかりと目視した。
黒い鎧と兜で身を纏い、同様の色の剣を携えた正真正銘の騎士であった。
「少年だな...無念な事に...」
覆い隠された顔は見えなくとも、その哀れなエイレムに投げやりな感情を持っている事が分かる。
それでもその男はエイレムに歩み寄って肩を持ってくれた。
「立てるか?危険な魔獣だったな...」
エイレムの心はぐちゃぐちゃになっていた。
その騎士ともあろう見た目の男にも恐怖し、目の前に倒れる人狼の死体にも動揺した。
「君を安全な場所に届けるよ...本当に危ないところだったな...」
そういうと騎士はエイレムを立たせて、恐怖に怯える小さなエイレムを何度も宥めた。
「私は黒騎士団のヴェイロンと言う...君の街が襲われている事に気付いた我々は悪しき人狼を討伐しにやってきた...」
上手く話が呑み込めず...シャンが死んでしまった事実も受け入れられない状態で記憶は途切れる...
そんな事を経験したエイレムは、故郷から遥々シュメイル帝国へと越してきたのだった。
(あの星空を眺めていなければ...俺は何も知らずに済んだのだろうか...)
そんな想いを馳せながら、徐々に昇りくるであろう朝日を待つようにエイレムは座っていた。
あれからというのも楽器に触れず、見かける事もまたなくなったが、あのヴェイロンと名乗る騎士になれたなら、自分が大切な人を救う立場になれたなら、あの日には無理でも運命は変わっていた。
「俺には剣という主張が出来る...」
もし何処かで躓いても、過去の恐怖に耐えられなくなったとしても、きっとその恐怖は武器になる。
幼い頃に経験したあの恐怖が本能であり、自身を生かした生きる力であると実感する。
「アリアンの言っていた古代人の本能は、そういった脅威に立ち向かう決意そのものだったのかな...」
強い恐怖をいずれ薄れ無くなる。
しかし正しい精神はいつまでもエイレムを導き続けてくれるのであろう...




