四譚 本能の真価
シュメイル遺跡の入り口にて、呑気に焚き火をしながら寛いでいるアリエルは、重々しい大門の先から何者かが駆け足で向かってくる音を聞いて、咄嗟に剣を携えながら待ち構える...
「アリアン!俺達だ!」
その声を聞いたアリアンは確信して、その門を精一杯の力でこじ開けようとする。
メーレル達が、一日の任務を終えて帰ってきたのだ。
「メーレル...エイレム...無事だったんだな!」
「アリアン!話す事が沢山ある...この遺跡は想像以上に危険な場所なんだ。だから一回落ち着いて話をさせてくれないか?」
メーレルと会った時とは、打って変わって改まった様子に、アリアンは不穏を覚える...
「それで...どんな問題があったんだ?」
焚き火を取り囲みながら、3人は遺跡探索についてに会議を始める。
外はすっかり日が暮れ、夜になっていた。
「遺跡の中にある5つの構造の内、中央にある出入り口から洞窟に繋がる道を見つけたんだ。それで、その洞窟の先には草原があって、地底湖まで見つけたんだ。だがな...」
「ああ...」
焚き火が燃え尽きそうになると、エイレムは近くにある乾燥サボテンを放り込んだ。
メーレルはその拍子で、アリアンに話を続ける。
「何匹かの猛獣に襲われた。俊敏で、群れを成して獲物を付け狙う奴らがいた。だが問題はそこじゃないんだ...もっと執拗な巨大な蜘蛛が俺達を仕留めようと追いかけて来たんだ」
「そ...そんな事が...」
アリアンは拍子抜けして唖然とするが、それにエイレムは淡々と返す。
「遺跡の調査を行い切ることは、様々な面でリスクが考えられるだろう。第一、遺跡の中で腐敗臭がしたんだ。ただ、蜘蛛の巣の方面では臭いも、それらしき形跡も見つからなかった...」
「お、おい...それって...」
アリアンは不気味を感じるどころか、何処かその先の展開に躍起になって絡んでくる。
この学者を洞窟へ放り込みたい気持ちを抑えながら、彼らはアリアンに調査について話す...
「古い資料をいくつか見つけた。古代の文字で記載されてあるが、解読できるか?」
意外にも博識な事に、鞄から出た資料をアリアンは順に目を通し、直ぐに何かを把握出来たようだった。
「これは思っていたよりも大発見だなメーレル。古代人がかつて信じていたもの、その真価がここに載っているんだ。しかも、存在しない消された筈の物が...」
そこには、“本能”という心理的な概念について書かれていた。
古代人は本能を生きる力としており、理性よりも優先的に重んじ、それを神秘的に捉えて神のように扱っていたのだ。
「古代人は生命の本能を神格化し、祭事を行なっていたそうだ。これには重要な意味がある...」
「意味?どういうことだ...」
アリアンが解読した資料には、抽象的に祭事についての情報が載っている他、現代の文明で失われつつある理念が込められている...
「多くの人間は正しい選択で危機を回避するために理性を重んじるが、それは時に危機という壁にぶつかった際、立ち向かう勇気を損なってしまう。しかし、厳しい環境で生きていた彼らは本能を重んじて危機を受け入れてたというのだ...」
アリアンの解釈にメーレルは何かに強く反発したいような気持ちで訴えかける。
「そ、それって...あの馬鹿デカい蜘蛛と共生をして、一緒に暮らすって事じゃないだろうな!!??」
「流れを読めばそうかもしれんな...」
その返答にメーレルは唖然とする!!
近代の人間は高度な文明と共に高い理性を与えられ、論理的な事を重んじるようになった。
古代と比べて近代の人間は肉体的にも精神的にも弱くなったという定説があるが、昔の古代人は本能的な不可抗力を自分たちの間で信じて生きていた。
「不思議な話だね。まるで戦争をよく起こす国王が、現場の兵士達の心情を知らないみたいだ...」
エイレムは突然虚な目で物事を語り始める。
「上に立つ人間は本能を知らない。少なくとも兵士達は本能を知っているだろう...」
そう語り終えた拍子で、メーレルは心の底から湧き上がる恐怖と絶望のあの味を思い出した。
そのままゆっくりと三人の間で無駄な時間が流れていき、日が本格的に暮れると三人の間で風に靡かされていた焚き火が徐々に静かっていく。
「今日は一日お疲れ様だったな。明日も大変だろうが、お前達は気をつけて行ってくれよ」
アリアンがそう言うと、自分が設営した小さなテントに入っていった。
メーレルは夜空に星々が浮かんでいるのを見て、その麓には非常に高く聳える山を取り囲むように点在している石柱や遺跡が美しかった。
「エイレム...もう居なくなってやがる...」
一人残された事を寂しく思いつつ、メーレルはそれでも自分のテントに入って寝る事にした。
明日の運命を出来るだけ良い方向にするため...
◇◇◇
二日目の探索は朝早く始まった。
「それにしても遺跡の中は夜のように暗いから、外が朝だろうと関係ないな〜...」
気怠い気分を愚痴として吐きながら、見慣れた道を五つの構造につながる分岐点まで進む二人。
螺旋状の構造を下へと下り続けて、またあの分岐点へと戻ってきた。
「中央が洞窟に繋がっていることは確認したが、問題は左右の道、下へと続いていく中央の小さな螺旋階段、そして5つ目の通路だな...」
メーレルが道を選んでいると、エイレムは右側の通路に違和感を感じたのか、指を刺してメーレルに行こうと指示する。
「あの先に広い空間があるのが見えるか?もしかしたら、昨日アリアンが解読した内容に載っていた祭事場へと繋がってるかもしれない...」
その言葉にしっくりきたメーレルは、良かれとエイレムの提案に乗って共に右へ進んでいく。
しばらく通路を通っていると、何処からか不穏な声が出て聞こえてくるではないか...
「なんなんだこれは?」
遺跡の中は暗く、松明で照らされた前方に沿って進んでいくしか道はない。
メーレルは遺跡の探索に若干の後ろめたさを感じつつも、アリアンが語っていた古代人の理念、その真価に対しての好奇心を持っていた。
これが国王の命である事すら忘れていたが...
「松明をもう少し前に突き出すようにしてくれ、どうやら空間に出たようだな...」
——キタキタカタカタ...
たまに不穏な音は鳴り響くが、大した事でなければわざわざ気にする余地もない。
二人はそれを目にも止めずに歩き出す...
「ここは...図書館なのか?本棚が...すっごい大きさだよな、大量に資料があるぞ!!」
メーレルが目の前の重要そうな劣化した本を掻っ攫うと、それを豪快に鞄に入れる...
エイレムがその様子をみて少し憤りを感じた。
「資料はもっと大事に扱え...お前が破壊した部分が学会の求めている重要な情報だったら、せっかくの探索に大損失が出るじゃねえかよ」
うざ絡みをされたかのようにメーレルは反省する素振りも見せず落ち着いた。
それを確認すると、エイレムは真剣に本棚に沿ってしばらく歩き回る。
「メーレル!この先に...まだ新しい空間がある!」
エイレムは図書館から繋がる開放的な入り口へと辿り着き、メーレルに呼びかけた。
二人が入り口を通ると、古びた人骨が大量に盛り上がる山と、無造作に散らばった武器がある...
「こ、これは...まさかこの骨は大昔からずっと残っているものなのか!!??」
「ああ、そのようだね」
メーレルはふと、骨が吸い込まれる磁石のように少しだけ動くのを目撃した。
それは一個、二個...と徐々に動き始め、挙げ句の果てにはお互いが組み合わさり、不思議な力を纏って起き上がり始めた!!
「まずい!メーレル!逃げられない!」
数分人の骸骨が復活し、手元にある武器を拾って二人を包囲し始めたのだ。
二人はこの骸骨と戦うしかなかった。
「メーレル...お前が死んだら困る」
「全く...俺はこんなのより恐ろしい経験をしてるんだ、お前こそ単純な最期にすんじゃねえぞ!!」
数体の骸骨が襲ってくると、メーレルは振り下ろされる武器を音を立てて勢いよく弾き返した。
エイレムも骸骨相手に善戦するが、遠くから放たれた矢が腹に命中してしまう。
「うぐ、まだだ...かかってこいよ!!」
無駄な動きのないステップを取るエイレムを見て、メーレルは思わず感激する。
そこに骸骨達はさらに襲いかかってくる!
「この程度なら、武器なんて捨ててしまった方が良いかもなぁー!!」
メーレルが勢いよく手持ちの斧を投げつけると、それはエイレムに矢を放った骸骨に命中する。
弓矢の骸骨は勢いよく飛散すると、もう二度と復活してくることはなかった。
「まだまだ!骸骨が何体も起き上がってくる!」
エイレムは腰に携えてた鉈を手に取って、剣と共に二刀流で構え出す。
その姿にメーレルは少し可笑しく思う。
「おい、慣れてない動きをするなよ!」
「なーにを!俺の故郷も知らんだろ!」
エイレムは骸骨の群れに突っ込むと、思いっきり軍団を蹴飛ばして前方に押しやる。
メーレルは猛スピードで斧を手に取り、背後から襲いかかる骸骨の銅剣のグリップを強く掴む!
「銅剣か...!良い青銅が使われてんなっ!!」
その銅剣を力で無理矢理取り上げると、もう一方の斧で頭をかち割って倒す。
エイレムは後方に撤退し、多数の骸骨がまだ襲いかかってくる。
「おいおい男前か?」
「うるせえ集中しろメーレル!」
二人は互いに背中合わせになると、背水の陣を組んで襲いかかる骸骨に立ち向かう。
「この程度の数と力じゃ、アリアンの言っていた本能ってやつが微塵も感じられないなっ!!」
「くそっ、しっかりしろ!」
気付けばバラバラになった骸骨がそこらじゅうに広がって、最後の一体が立ちあがろうとしていた。
「急に襲いかかるとは...俺も情けは掛けん!」
そう言ったメーレルは勢いよく骸骨を殴り飛ばし、床に叩きつけられた骸骨は砕け散った。
「先祖に失礼じゃないか?」
「元より俺達の故郷はここじゃない...」
そう言って銅剣の刀身を腕で拭いたメーレルは、その剣を鞘に携える。
エイレムはその拍子に問いかける。
「故郷はどこだ?」
メーレルは少し間を空けてそれに答える。
「忘れたな...クソみたいな所だった」
そう言うと、彼はエイレムに目を向けて同じ問いを返す。
「お前は二刀流を受け継いでいたり、何やら武術的なものを感じるやつだな。お前はどこで生まれたんだ?」
エイレムは剣をしまって受け答える。
「俺も分からない。ただ物心ついた頃にシュメイルの帝都まで来たんだ。だから俺はこの二刀流だけを受け継いでここに来ている。それだけだな...」
メーレルは聞いたくせに興味ないフリをする。
「ちょっとは何か相槌入れやがれ!!」
そう突っ込むと次第に居ても立っても居られずに、次のエリアへと進むことにした。
しかし、骸骨が山積みになった元には奇妙な彫像があることにメーレルが気がついた。
それに近づこうとするメーレルだが...
「おい、もしやそれはガーゴイルだ!何世紀経っても生きているんだ!絶対触るんじゃない!」
「生きている?こいつは危険なのか?」
二人がガーゴイル像を見上げる...
「こいつはこの時代の遺跡なら世界各地に分布している魔獣なんだよ。視線を合わせれば対象は石化して動けなくなる。強力な魔力を持っている...」
魔力...メーレルが初めてその概念に触れたのは、確かミロリーネと会った時なのだろうか?
「こいつは凶暴な上に、並の魔法使いだって凌駕するような魔力の持ち主だ。今触発してしまったら、今度は逃げられずに殺されるからな!」
メーレルは彼に別のエリアへと行く提案をし、ガーゴイルのいる広間から出て、再び図書館の構造を隈なく探す事にした。
「ここは本しか無さそうだな...」
「中央にある円卓には何か幾何学的なコアのようなものがあるようだが、ここに本来当てはめられるはずの物が無くなっているな...」
エイレムが推理では図書館の円卓にかつて存在した重要な“キー”が失われているとの事だ。
これは何者かがここに出入りした証だった...
「この遺跡はシュメイル帝国の領地...生半可な盗賊や山賊などもここには入ってこれないだろう。この遺跡の存在を知っているのは貴族だけだ...」
図書館の構造は特にこれ以上何かあるような気配もしなかったため、重要な確認をした二人は早速アリアンに報告しようと帰ることにした。
「学者とかは遺跡に入れないのか?」
「おそらく...入れても1人ではないだろうな...」
メーレルはその曖昧さには大して気にも止めず、ただ着々と任務が終わり、真相が明らかになる手助けになることを祈るばかりだった。
「興味は山程あるが...今日は帰ろうか」
メーレルはエイレムに言って、二人はアリアンの元まで帰ることになった。
◇◇◇
後継問題を抱えたシュメイルの宮中では、今日も議会が激しく討論を行っている。
若君であるファイアレム一派と、姫君であるミロリーネ一派に分かれて対立していた。
「お前達革新派の主張は感情の列挙だ!」
「きっ、貴様!王子の何が悪いか言ってみろ!」
結局、国王は両者に継承権を与えるという意見に訂正したが、そこには幾つか問題があった。
帝国として重要な事はヒエラルキーを確立させ、絶対的な立場を守ることであり、また事実として平等な政権を築く事は不可能であったからだ。
「国王陛下...議会が大変乱れております...」
「奴らには好きに討論させておけ...重要なのは私の意思決定を呑まない愚かな我が子の存在だ!」
国王の自室では、帝国が果たすべき次の政権確立のために王宮魔術師であるシェレンと談話をしていた。
「お前は非常に高い学を持っておる。貴様の能力で打開策を編んでいけないか?」
この期に及んで人任せな国王に心配はしつつも、その言葉にシェレンは自己への信頼も感じて、少しだけ良い気分で考え出した。
「そうですね...私は学問出身であることから、幼き頃から知を育まれておられるミロリーネ様に継承する事が良いのではと思います...」
「やはり最初の私の案が正しかったではないか」
意見は次第に堂々巡りになり、議会では見栄を張ろうと立場を駆使して言葉遊びをし、真剣に議論しないものまで現れた。
「議会の解体をお勧めします...」
「何を言うとるのだシェレン。帝国を絶対王政の時代へ還元しろと言うのか?無理があるだろう...」
それに色々と痺れを切らしたシェレンが語る。
「議会の修正はするべきかと...自己主張のみを推進して相互理解をしない者がおります。そういった対話的でない者を議会から排除しなければなりません...」
「なるほど...シェレンの言う通り私も言葉狩りをする意味だけは何にも解せんからな...」
その複雑さは議会や国王だけではなく、継承に命じられたミロリーネに最も強く影響していた。
「ミロリーネ様!どうしましょう!」
宮殿の大図書館、天井に吊られたピアノで美しい音色を鳴らすミロリーネの心は荒れていた。
その様子にミュリエルは、突然メーレルが派遣された不安も相まって涙ながらになった。
「ミロリーネ様...」
演奏が止まり、ミロリーネがピアノから降りると、宙を歩きながらミュリエルの元へ歩み寄った。
「ごめんなさい...」
優しく我が子を抱き抱えるようにして、そっとミュリエルを抱擁した。
「大丈夫ですぅ...ちょっと不安になってぇ...」
ミロリーネは哀しい笑みを浮かべて、ミュリエルに何かと問いかける。
「メーレルが居なくなったこと...?」
それにミュリエルは何度も頷いた。
「あの子はとてもたくましくて強いわ。何があっても、絶対大丈夫よ...」
二人が抱き寄せられ、夜空のように輝いた吹き抜けの天井を背にピアノが頭上で吊るされている。
不思議なこの図書館はミロリーネが生まれる前に、女王であった母が命じて造らせた場所だという...
「ほら、もう行きなさい...私は大丈夫だから...」
そう言うとゆっくりミュリエルを離して、本棚から手に取った大きな本を開き始める。
「では、おやすみなさい」
「ええ」
やりきれない気持ちになりながらも、自分だけ落ち込んでいては二人には申し訳ないという気持ちがあったミュリエルは静かに図書館を出た。
「はぁん...」
すっかり夜になった宿舎の近くで、ミュリエルは洗濯物を干しながら物思いに沈む...
「メーレル...まあ...大丈夫よね...」
心でそう思い込むことで、少し無理矢理だが気持ちは抑え込むことが出来た。
空を見上げると満月が月明かりを照らし、その様子を観ながらまた呆然と洗濯物を干し続ける...




