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Ormundo/オルムンド  作者: 黒綺硝子
第一章 焼けた黒曜石
3/8

三譚 シュメイル王家に纏わる龍伝説

 すっかり辺りが明るくなっていた。

 そんな部屋でただのんびりと過ごす元傭兵、メーレル・トラウグストゥスだ。


「ふわぁ...こんな事をしてて...良いのか...」


 現実から逸れていた期間も、その過去を忘れ去らせてはくれなかった。

 時にはその過去に苦しみ、永遠に深い傷を負うことになる。

 失い続けて、傷を負い続ける...


 ——バーン。


 大きな音にメーレルは悲鳴を上げた。


「なーにビビってんの?ほんとに男前じゃないわね!強いとか言ったけど、ぜんっぜん女々しいのよ!」


「急に驚かせるのは勘弁してくれ...」


 部屋に勢いよく入ってきたミュリエルに顔を見せたくないからか必死に背けようとするメーレル。

 メーレルは大きな音が大嫌いだ。


「今日、あんたの仕事を見つけてきたのよ!」


「な、なんだって?」


 ミュリエルは鞄から手紙を差し出して、メーレルに手渡した。

 その手紙は蝋で封がしてあり、必然と何か大きな事態があったかのような雰囲気を感じさせる...


「国の外に頻出する魔獣退治よ!あんただったら出来るみたいな希望はさておき、稼がないとやっていけないんだから、感謝しなさい!」


 シュメイルの近くに森林があり、そこに生息する魔獣が行商人を襲撃する事件が相次いでいるため、この獣害事件を重く見たシュメイルの国王が魔獣に懸賞金をかけたという。


 ——何とも物騒である...


「あぁ...ありがとうございます...」


 拙い感謝を伝えると、メーレルは昨晩のミロリーネが気になり、ミュリエルに聞いた。

 しかし、その答えはすぐ断られる事になった。


「ミロリーネって...」


「あんたうるさい!トラブルがあったのよ!」


「えぇ?トラブル...?」


 王位を継承すると言って出ていったミロリーネにトラブル...メーレルとしては只事だと思えない...


「教えてくれないか?...確かに公言は禁止だと言われてるけど、彼女が心配でしょうがねえんだよ!」


「あんたが知らなくても良いのよ...ミロリーネ様は無事だし、少し問題があっただけよ!」


 そんなミュリエルの言葉にメーレルは不確かながらも安堵の吐息を吐いて聞き返した。

 昨晩の蝋燭が側で溶け切っている。


「本当か?...」


「本当よ!ほんとほんとほんと!はーい。あんたは昼に起きてないで部屋から出なさ〜い!」


 そう半ば無理矢理引き摺られたメーレルは前に彼女と出会った兵舎に連れて行かれた。

 兵舎からは相変わらず熱烈な掛け声が聞こえる。


「ミュリエル...どうしたんだよもう...」


「あんたが萎えてんじゃないわよ!兵舎に連れてきたんだから、訓練するに決まってるでしょ!」


「なんの訓練だよ!」


 また歪みあってると、教官が言葉をかけてきた。

 それにメーレルはあの頃の景色と対照的になって、何も言えない気持ちでいた。


「メーレル・トラウグストゥスか。戦場で戦った人間なんだよな...?」


「そうだ...貴方達と同じ様にな...」


 ——教官と目が合う。


 オルムンド南部に位置するエインウィルは複数の国家による内戦によって、国境線が散りばめられた分断的な土地へと変化していったが、その中でも一躍シュメイル帝国は経済や軍事の面で覇権国家だった。

 メーレルは相手国の人間であったと悟られないために必死に素性を背けなければならない。


「きっと変に思われるかもしれないけど、俺は貴方に...心から敬意を表します」


 戦地に行った人間が、同じように戦地に赴く者に敬意を払う...これは、メーレルが擬似的にも元軍人であり、それに近い精神を持っている事を示していた。


 ——教官が表情一つ変えずに去っていく...


 メーレルの心は内心穏やかでは無かった。

 メーレルが住まう館の近辺にある兵舎からは美しいシュメイルの街と高く聳え立つ城が見える。

 それに彼はただ茫然と黄昏れる。


「きっと...貴方もまだ心残りがあるのね」


 ミュリエルが遠い目で話しかける。

 メーレル・トラウグストゥスの青春時代は地獄絵図にのめり込んだ戦場から、この美しい街と白く美麗な城の風景に包まれていた。


「帰りましょう...あんたを連れるのも苦労するわね」


 混雑したメーレルの気を紛らわすかのようにミュリエルはそっと突っかかった。

 優しい目をした青年は彼女の手を取る。


「行こう...」


 風に駆られて走り出す二人の先には佇むようにシュメイルの風景が広がっている。

 メーレルの世界が大きくなった気がした。


 ◇◇◇


 シュメイルは王位の継続や内政を内部に抱え、他国との戦争や領土問題を外部に抱えており、今や一世一代の危機に瀕している場面だった。


「議会に承認をせねば...」


 国王はこの事態を甘く見なかった。

 先代の史実を知れば当然の事、古代シュメイルは内部で裏切りが発生し、“星霜の魔女”と呼ばれる存在に滅ぼされた過去がある。

 この事態も...何かの前触れである事は間違いない。


「国王陛下。モンカステラ家の呪いを...信じておられますでしょうか?」


 国王に奇妙な事を言い出したのは側近である王宮魔術師のシェレンである。

 彼は数歩先から何十年も後の未来を予知する魔術由来の能力で、長らく国王の内政や戦略的問題への対処に伴ってきた人物だ。


「ふむ。知っておる。だが、私は御伽話の中で捉えておるのだ。お前の中で何かが見えているとするならば...話が変わってくるが...」


 国王は慎重に話を伺う、その予兆はシェレンの預言の正当性よりも、彼自身が政治的な操作を企んでいるかを危惧していた。

 何よりも発言力のある人物だからだ。


「今や、危機に瀕しておられますが国王、この呪いが災いの根元になると感じます。古代シュメイルから続く数十世紀の呪いが...解き放たれるのです」


「ふざけた事を...言うのでない...」


 国王が遮ろうとする呪いの話を何かを感じたシェレンは悍ましく続ける。


「史実。ヴェイラー・デズモンドという男が古代シュメイルを建国する際に祭事として奉った遺跡が存在するのです。それは大昔の話で、龍血を授かった男の祟りを防ぐ為に造られたと伝えられております」


 国王はシェレンが語る奇妙な伝承の存在を耳にすると、神秘的な気分になる反面、懐疑的にも伺う。

 古代シュメイルの祟りがあるとするならばそれは過去の厄災が再来する事を予感するからだ。


「大昔...星霜の魔女が伊勢かいから現れ、古代シュメイルを襲撃した。その他にも、モンカステラ家に伝わる龍の伝承が、この国を滅ぼした由縁に関わりがあると、お前は言いたいのか...?」


 そう国王の示した理解に、シェレンは祟りの真相について触れ始める。


「ヴェイラー・デズモンドはシュメイル遺跡を作った際に龍血を受け継いだ男を封じました。その血がモンカステラ家の祖先であることは確かなのです」


「ほう」


 厳格な口調でシェレンは真相を語り出す。


「ヴェイラーはその血が燃え盛っている事に気づきました。すると突然、その男の目を布で縛り上げたのです。固く縛り付けられた男は苦しみながら、最期は祭壇で息絶えました...」


「その恨みが祟りに繋がっている...ふむ、しかし何故にヴェイラーは我が祖先を憎み、祭壇に封じたのか、それについての理解はあるか?」


 その問いに対し、シェレンは首を横に振る。


「分かりません国王陛下。その遺跡は代々祟りを避けるために封じられており、気軽に手出しは出来ない上、侵入の資格を持つ者も限られます」


 国王は頭を抱えた気持ちでその話を呑み込む。

 気付けば、その話の辻褄を合わせるために、彼への疑いなどはとうに気にしなかった。


「一般兵を遺跡に派遣し、調査出来ぬか?」


「斥候兵は既に戦地へ派遣されております...」


 国王は焦躁感を覚えたが、それも束の間ある事に閃きだし、唯一の希望としてシェレンに伝えた。


「戦場で捕らえた傭兵の人間がいる。メーレル・トラウグストゥスという名の青年が裁判で労役の刑に掛けられている事を知っているかね?」


「ええ、その事はご存知ですが...」


 国王は椅子から立ち上がり、机に手をかけ、前のめりにシェレンに伝え始める。


「奴には独自のスキルがあるだろう...この都合にも丁度良い。優秀な斥候兵を失う事に比べれば奴など派遣して仕舞えば終いである。すぐに奴を派遣させろ!」


「こ...国王陛下、承りました」


 突如の提案に押されるようにシェレンはその希望を了解し、シュメイル遺跡にメーレル・トラウグストゥスを派遣する事が決定した。


 ◇◇◇


 朝の館は大忙しだった。

 国王の命令によって、半ば無理矢理メーレルが指名され、前代未聞の古代遺跡の探索が決定したのだ。


「おいおい。お前ら急に行けだって?言っておくが、国民と同じように俺にも人権ってのがよ...」


「喋るんじゃない!メーレル!」


 使用人が次々とメーレルを囲みだし、威圧的にメーレルを同調させようと奮闘していた。

 哀れにも反発出来なかったメーレルは、国王の指名を呑むことにしたが、探索についての疑問が多く残っている状態だった。


「シュメイルの古代遺跡に行って、戻ってくるだけの仕事か...とりあえずその中で得た情報をシュメイルの学問機関に報告すれば良いんだよな?」


「その通りだ、物分かりが良い奴だな...」


 裁判に掛けられた身としては、何としても断る事が許されない国王からの命令。

 そして、その遺跡に眠るモンカステラ家の由縁を探る事が、メーレルの至上命題であったのだ。


「なら...行ってくるぜ...」


 渋々承諾したメーレルは、裁判に掛けられた時と同じように使用人に連行された。

 あの時とは打って違い、背後から小娘が心配そうな視線を送っているのが見えた。

 彼は、その娘に拙い笑みを返した。


 ——ヒィィィン!


 戦場で聞いた馬の音、その光景がフラッシュバックして、メーレルはまた衝動的に頭を抱えた。

 今度はすぐに立ち直ったが、使用人には溜息をつかれてしまった。

 馬車が館の前に送迎に来ていたので、メーレルは装備と共に乗り込み、使用人と別れた。


「お邪魔します...」


 驚いたことに彼は挨拶をする必要があった。

 中にいたのは、全く知らない垢に他人だが、同じように剣を携えた同い年の未熟な兵士だったからだ。


「よろしくな...」


 馬車に乗り込んだメーレルに返す返事は冷たいが、人見知り故のものなのだろうか、その男は兵舎の男達と同じ空気を纏い、堂々としている様でもある。


「あんたも行くのか?シュメイル遺跡に...」


 メーレルが問いを投げかけると、隣の男は自身の剣を取り出して語った。


「俺は母に命じられて志願したんだ。本当は兵士になりたかったけど、母に戦場に行かせるのは嫌だと猛反発されて、仕方なくここに来たんだ」


「そうなのか...」


 馬の声と共に揺れ動く馬車の中、ふと眺めた外の風景は、日が昇ろうとする朝のシュメイル城下街の風景と、兵舎で訓練する兵士たちの様子。

 隣の男は、それを羨ましそうに見つめていた。


「あんたの...名前は?」


「エイレムだ。エイレム・メイサって言うんだ...」


「そうなのか、よろしくだな...」


 同じ空気を間に忍ばせつつ、少しでも緊迫した彼の気持ちを慰めようと、メーレルは徐々に距離を縮めようと頑張った。

 エイレムの憧れが手に取るように分かっていた。


 ——ガタン...ガタン...


 暫くすると、風景は自然な形に変わり、遠くに山々が聳え立つ森林の中で、渓流に沿って進んでいく光景が目に映り出した。

 尖った鱗を持つ魚が飛び上がり、沈んでいくその姿は、馬車の二人の心情を和ませた。


「エイレム...遺跡はここからそう遠くは無いはずだ。あんたは剣を持っていて羨ましいな。俺は、代わりに斧を与えられたよ」


「そうか...」


 落ち着いた間柄が冷めざめしくなると、メーレルは一人で考え事をし始めた。

 戦場での展開や恐怖が、この一時一時の感動によって、徐々に薄なっていくのを感じた。

 それは、絶望から唯一託された成長の証だ。


「もうすぐか...遺跡に到着する...」


 久々の自然に期待を馳せたメーレルの姿を、エイレムは横目で輝かしく思った。

 そして、馬車の動きが段々緩やかになり出すと、古い石垣がある墓場の前に止まりだした。


「メーレル・トラウグストゥス!エイレム・メイサ!両者ともここが目的地だ!降りろ!」


 馬車の外で騎手が二人に命じると、メーレルは一足先に馬車から降りた。

 街とは大違いな大自然の中、古風な彫刻が彫られた図太い柱が奥へと立ち並び、山を取り囲んで佇む巨大な遺跡へと足を運び始める。

 その迫力に驚いたエイレムは歯を食い縛る。


「これが...古代シュメイル遺跡なのか...」


 城壁の中で生きてきたエイレムによってその寛大さは未知の恐怖を煽る以外の何者でもない。

 しかし、前へと躍進するメーレルの背中に押されて、遺跡へと足を運んでいく...

 メーレルが先へ進むと、人が待っていた。


「メーレル・トラウグストゥスとはお前の事か」


「そうだ...」


 気さくなその人物はメーレルにこの遺跡の調査について伝える。


「アリアン・チェルツと申す!俺は観測者だ。入り口で調査をしているから、お前達は内部の状況を報告しろ。この遺跡の構造は複雑でな。五日間に渡って調査をする!」


「分かった。もうすぐ二人目も来る」


 メーレルが軽く挨拶を交わした後、ようやくエイレムもこの遺跡の入口へと到着した。

 遺跡の重々しく分厚い石製の大門が、彼らの運命を自然に悟らせる。


「揃ったな、説明をする。この遺跡は五つの構造に分かれていてな、一つの構造でも複雑な迷路になっていて、何があるかも分からない。慎重に行かなければ、最悪命を失う事になる」


 強い当たり風が3人の頬をうちつけ、寒気を感じさせる中、アリアンと名乗る観測者は続ける...


「一構造につき、一日で成果を報告する計算だ。よって、五日間で全ての内部を調査してもらう。危険度も高いから、慎重に調査して欲しい」


 伝えられた内容を呑んだ二人は、若干開かれた石扉の隙間から遺跡の内部へと侵入した。

 内部は暗く、微かに石炭の香りがする。


「じゃあエイレム、先に進もう...」


「松明は俺に任せろ...メーレルは先に行け」


 少しずつ...少しずつ慎重に前へ足を運び、たまに苔で躓きそうになりながらも進み続ける。

 巨大な通路を突き当たると、枯れた噴水が寂しくそこのにある巨大な空間へと出た。


「人が生活できたのか?少し広いスペースに出たぞ」


 メーレルが辺りを見回すと、早速彫刻が彫られた壁画を見つける事が出来た。

 何を示しているかは分からないが、所々欠けている部分があり、誰かに持って行かれたのは確かである。


「この壁画から何かを見つけられないか?他の構造に何かヒントがあるんだろうか...」


 その壁画を舐めるように観察していると、突然背後から響くような物音が聞こえた。

 咄嗟に振り返る二人だが、どうやら背後にある扉から新しい構造に繋がっているようだった。


「あそこから聞こえたよな?あの先で...」


「ああ、確かに聞こえたよメーレル...」


 枯れた噴水を回るように避けて、背後にある扉の方へと向かっていく...


「迎撃する準備をしろエイレム...これは何かヤバい気がするぞ...」


 そう指示すると、エイレムは腰に携えた剣を引き抜いて固く握りしめる...

 その剣には、シュメイル語で名前が彫られている。


「よぉし...辺りを確認しながら行くぞ...」


「おう...進んでくれ」


 重かったが、二人の力で扉を開けることが出来た。


「これは...なんて構造をしているんだ!」


 メーレルは驚いたが、その先の通路は螺旋状に下へと降り立っており、その通路が渦巻く中央には大きな吹き抜けの空洞があった。


「この先に、新しい構造が繋がっているかもしれねえ...少なくとも探索隊が遺跡の内容を把握できたなら、この場所は比較的安全だろう...」


「そう祈るしかない...」


 メーレルは恐るべくして通路を進むと、エイレムもまた彼に従事してついてくる。

 一通り歩き続けると、暗かった空洞の底が少しずつ見えてきた。


「とりあえず底まで来れたな...」


「そうだな...この先も何も無いと良いが...」


 構造の底にはアリアンが言っていた通り、5つの通知へと繋がる出入り口が存在した。

 それに、メーレルは少し混乱した気持ちになる。


「アリアンが言っていた構造はこの先に繋がっていて、ここから先は誰も侵入した形跡がない未踏の地であるそうだ。つまり、何が起きても保障はされない」


「メーレル...最初の犠牲者は俺達になるのか...?」


 エイレムがどうしようもない気持ちになるのも納得だが、それより先に進まなければならない。


「こうなったら中央の入り口から順に侵入しよう。何か問題が発生したら引き返し、手掛かりがあれば出来るだけ多く回収するぞ」


「ああ...ただしメーレル。何かあれば“絶対”に引き返すと約束しろ。分かってくれ...」


 メーレルは中央の入り口に立ち、その先を伸びるように覗き込むと、直線上に伸びた通路がある事を確認し、足を踏み入れた。


「先へ行っても問題無さそうだ...」


「分かったぜ...」


 二人は奥へと向かう...


 ——突然、道中で強い悪臭がした。


「何だ?なんかくせえぞ...」


「まずい...これは腐敗臭だ...」


 彼らは、この期に及んで重要なサインを発見した。

 腐敗臭がするということは、この遺跡の中に生命がいる事は確かであり、同時に得体のしれない存在が生きていることが明らかになる。


「中々、上手くはいかなそうだな...」


「メーレル...先はどのようになってる?」


 通路の突き当たりまで来ると、この時代では珍しい木製のドアが待ち構えていた...

 その扉を押すと、中の空気が誘い込むように、強い勢いで扉が開いた。


「なるほど、この先には洞窟があるようだ...」


「なんだって!?」


 腐敗臭...大気の変化...何かと良い予感はしないが、この偵察任務が国王からの命である事を思い出す...


「仕方ない...先に進むしかないさ...」


「本気かよ!」


 扉の先は埃が舞う小部屋になっていて、古びた木の棚やテーブルがあり、古代由来の著書や紙切れなどの重要な資料が直に置いてあった...


「エイレム!カバンにこの本を全て入れてくれ!」


「分かった...何か重要な資料だよな...」


 鞄へ適当に本を放り込むと、本棚に残った大き目の本を手に取り、メーレルはじっくり眺めた。

 その様子に、呆れた拍子で突っかかるエイレム。


「おうおう、勘弁しろ...ここは図書館じゃないんだぜ?少なくとも今この地点ではそうだ...何かが起こってからでは遅いんだぞ!」


「すまない...引き続き先導しよう...」


 小部屋から更に繋がる木製のドアを開くと、二人が予感した通り大きな洞窟へと出た。

 この拍子で予感が当たるとは何か悪い気がするのは確かである。


「結晶が光っている?こんな結晶は見た事ないが、ksなり明るく照らしてくれるんだな...」


「この先は松明を長持ちさせなくても良さそうだ...」


 二人が安堵したのも束の間、今度は洞窟の天井に巨大な蜘蛛の巣が張られている事に気がつく。

 その気色の悪い糸は、木で作られた額縁のようなものを絡み付けており、その中にある絵画は松明でハッキリとは見えなかった。


「よし...あれを取るぞ!」


「はぁ?何を言ってやがる...こんな状況で更に危険を犯す気なのか?正気か!?」


 エイレムは決死の思いで止めるが、重要な手掛かりを回収して、国王に貢献したかったメーレルは無我夢中であった。


「ほらぁ!!」


 使用人から預かった斧を、蜘蛛の巣に向かって投げると、ビクともせずに弾け戻ってきた!


「危ないな...」


「だからもうやめるんだ!」


 粘着しても無駄だと感じたメーレルは、仕方なく絵画を集める事を断念した。

 更に洞窟が通じており、その先へ進むと広大な地底湖があり、一段と明るい結晶群に、草原のような光景まで広がっていた。

 地底湖から滝のように流れ出る水は、その草原の周りで川を形成している。


「こんな大自然ともあろう場所が、こんな洞窟の奥深くで形作られているとは...これは遺跡との関係性は無いにしても、神秘的な光景だな...」


「メーレル...あれ...」


 エイレムが指を刺した先には、どうやら向こうの草が揺れているようだった。

 しかしその途端、その草の揺れが何束にも分かれてこちらに向かってくる!


「しまった!くるぞ!」


「ああ!」


 ——ガルルルル!


 その群れが目前に迫り、飛び出してきたのは、オオカミのような凶暴な生き物であった!

 反射的にエイレムが剣の横凪を喰らわすと、一匹はよろけて何処かへ走り去ったが、まだ追手が何匹か向かってくる!


「メーレル!後ろに下がっててくれ!」


 何匹ものオオカミが襲いかかるが、必死で大声を荒げながら剣を振るエイレムに戦意喪失し、向こうへ逃げていった。


「引き返すぞ!荷物は置いていけ!」


「何故だ!これは置いていけない!」


 メーレルはエイレムの言葉を無視して荷物を持って帰ろうとする。

 必死に背を向けて来た道を戻ると、どうやら先程まで逃げていたあの群れが再び向かってくる!


「はあ...はあ...あの小部屋まで行くぞ!」


 二人は足が千切れる思いで走り続けると、蜘蛛の巣に絡まった額縁の空間へと戻ってきた。

 執拗な追手は遂にその姿を表し、二人を追い詰めるように周囲を取り囲む!


「駄目だ...こいつらに食われちまう...」


「松明を翳せ!何とかしろ!」


 徐々に群れはメーレル達に接近するが、上で物音が鳴った気がした。

 その時、天井から巨大な何かが落下して、たちまちオオカミ達は逃げていった。


「なんだなんだ!!」


「奴らが逃げていくぞ!!」


 しかし安堵は出来なかった。

 天井から落下してきた物を見つめるとそれは...馬車のような大きさの巨大蜘蛛であったからだ!!


「ひやあああああ!!」


 エイレムが絶叫する...

 その蜘蛛は二人の方へと振り向くが、その姿に完全に絶句してしまった。


「こ...こいつはっ!!」


 体は体格の大きい蜘蛛だが、頭はどことなくバッタのような外観で、悍ましく強靭な顎を持っている...

 一番後方に足はバッタのように屈伸するようで、二人は気が気ではいられなかった。


 ——カララコルル...グチュ...


 気色の悪い音を立てて近付いてくるのを見ると、彼らは足を再び動かして逃げようとした。

 だが、バッタのようなその蜘蛛は猛烈な速度で二人を追いかけ回す!


「奴の餌食になりたくなければ逃げろ!」


 メーレルはそう手を取ってエイレムを走らせた。

 追手の蜘蛛は巨大な体を縮ませて、僅かな隙間でも侵入し、執拗に追いかけ回してくる。


「あのドアだ!小部屋に入れ!」


 二人は決死の思いで逃げ出すと、小部屋の中に避難する事が出来たが、次の途端に蜘蛛は小部屋への入り口に入ろうと突進を繰り返す!

 後ろへと倒れた二人だったが、蜘蛛は諦めたのか、先が見えない洞窟の天井へと駆け上がっていった。


「ぐはあ...大丈夫そうだな...」


「ここに侵入するのが運の尽きだ...さっさとこの任務から脱却したいぜ...」


 二人は顔を見合わせ、改めてお互いが生きていることに安心した。

 あの蜘蛛は何だったのだろうか...この洞窟は他の地方にある洞窟とは一変して、特殊な構造を持っていることを発見した。


「もうここに来る必要はない...アリアンの元へ戻って報告しに行くぞ!」


「ああ...早くそうしよう...」


 彼らは挫いた足の痛みを我慢しつつ、アリアンが待つ遺跡の入り口へと戻ることにした。

 遂に命懸けで1日目を乗り越えたが、これから奇妙な遺跡の探索は本格的に始まるのであった。

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