第6話 崩れ去る砂上の楼閣
警察が到着してもなお、余裕の表情を崩さない義姉たち。 「民事不介入」という言葉を盾に、彼らは勝ち誇っています。 ……ですが、その盾はもうボロボロです。
通報から十分も経たないうちに、インターホンが鳴り響いた。
この半年間、私が待ち望んでいた「公権力」の到着だ。
「ちっ、本当に呼びやがったのか! 往生際の悪い!」
美月は舌打ちをしながら玄関へ向かった。
彼女にはまだ余裕がある。「書類」という切り札があるからだ。
私と花梨もその後を追う。
玄関を開けると、制服警官が二名、険しい顔で立っていた。
「通報があった新庄さんのお宅ですか? 『詐欺師と泥棒がいる』とのことですが」
「ああもう、お巡りさんご苦労様。違うのよ、嫁がちょっとヒステリー起こしちゃってさあ」
美月は愛想笑いを浮かべ、手をひらひらと振った。
「ただの家族喧嘩だから。身内の揉め事に警察は口出しできないでしょ? 帰ってちょうだい」
警官たちが顔を見合わせる。
いつものパターンなら、ここで彼らは「話し合いで解決してください」と言って帰るだろう。
だが、今日は違う。
「お巡りさん! 帰らないでください!」
私が背後から声を上げ、前に出る。
「家族喧嘩じゃありません。ここに『有印私文書偽造』の現行犯がいます!」
「はあ? 何言ってんのよ!」
美月が私を睨みつけ、それから警官に向かって、手元の書類を得意げに見せつけた。
「ほら見てよこれ! この家の権利書と、贈与契約書! 正式な実印も押してあるの。この家はもう法的にウチのお父さんのものなのよ。だから、出ていくべきはこの嫁のほうなの!」
年配の警官が、美月が突き出した権利書(私が作った偽物)に目を落とす。
「ふむ……権利書、ですか」
「そうよ。文句ないでしょ?」
私は静かに、しかしよく通る声で言った。
「お巡りさん。その権利書の発行元のハンコ、読み上げてもらえませんか?」
「あ?」
美月が眉をひそめる。
警官は懐中電灯で書類を照らし、目を細めた。
「えーっと……『東京法務局・練馬北出張所』……?」
警官が首を傾げる。
「奥さん。練馬に法務局の出張所はありますが、『北』出張所なんてありませんよ?」
その場に沈黙が落ちた。
美月の顔が凍りつく。
「……は? 何言って……」
「よく見てください義姉さん。私が作ったんですもの、間違えるはずありません」
「あ、あんたが作った……?」
「ええ。パソコンとプリンターでね。本物は銀行の貸金庫よ。あなたが金庫から盗み出したそれは、私があなたたちを捕まえるために置いておいた『ぬりえ』みたいなものよ」
美月の手が震えだす。
「う、嘘よ! だって透かしも入ってるし!」
「ネットの画像を加工して薄く印刷しただけです。裏からブラックライトを当ててみましょうか? 私が悪ふざけで入れた『GAME OVER』の文字が浮かび上がりますよ」
「なっ……!?」
美月は慌てて書類を裏返し、透かして見ようとする。その顔色は既に土気色だ。
後ろで見ていた義父母も狼狽し始める。
「お、おい美月! どういうことだ! 本物だって言ったじゃないか!」
「う、うるさいわね! だ、だとしても!」
美月は食い下がる。必死の形相で、契約書の印影を指差した。
「こ、この契約書に押したハンコは本物よ! トシアキの机から見つけた実印なんだから! 実印が押してある以上、契約は有効よ!」
私は思わず吹き出してしまった。
「ふっ、あははは!」
「な、何がおかしいのよ!」
「ごめんなさい。……ねえ、お義父さん。そのハンコ、押す時に気づきませんでした? 縁が少し欠けていたでしょう?」
義父の英三がハッとする。
「た、確かに少し欠けていたが……それがどうした!」
「それ、夫が死んだ次の日に、私が駅前の100円ショップで買ってきた三文判です。カッターで削って、わざと特徴をつけたの」
私はスマホの画面を警官に見せた。
そこには、本物の『印鑑登録証明書』の写真が表示されている。
「これが役所に登録されている本物の実印の印影です。字体も大きさも、あの契約書のハンコとは全く違います。鑑識に回せば、インクの成分から私の安い朱肉だとすぐに判明しますよ」
――詰み、だ。
美月が持っているのは、「架空の役所の名前が入った紙切れ」と、「他人の三文判が押された無効な契約書」。
それを作成し、権利を主張した。
言い逃れようのない、犯罪の完成だ。
「つまり、あなたたちは私の作った偽物を本物だと信じ込み、勝手に契約書を偽造した。……お巡りさん、これは立派な『有印私文書偽造』と『同行使』、そして『詐欺未遂』ですよね?」
警官の目が、鋭い「職務の目」に変わった。
もはや家族の揉め事を見る目ではない。被疑者を見る目だ。
「……署で詳しいお話を聞かせてもらいましょうか。この書類とハンコも、証拠品として提出していただきます」
「い、いやよ! 私は知らない! 全部父さんがやったのよ!」
美月が悲鳴を上げて書類を投げ捨てる。
「何を言うか美月! お前が『これで家を奪える』って持ってきたんだろうが!」
義父も娘を売ろうと必死だ。醜い内輪揉めが始まった。
そんな彼らに、花梨が一歩近づいた。
その手には、ボイスレコーダー。
「無駄だよ、おばちゃん」
花梨が再生ボタンを押す。
大音量で、美月の声が玄関に響き渡った。
『あんたが書かないから、私が代筆してあげたのよ』
『これでこの家は正式にワシのものだ』
『警察は民事不介入。文句あるまい?』
自分たちの犯行自供が、決定的なトドメとなって降り注ぐ。
美月はその場にへたり込んだ。
「そ、そんな……まさか、あんたたち……」
私と花梨を見上げるその目は、恐怖に染まっていた。
「ええ、待っていたのよ。あなたたちがその一線を越えるのをね」
私は冷たく言い放つ。
「さあ、行ってらっしゃい。刑務所のご飯は、私の手料理より美味しいといいですね」
ご覧いただきありがとうございます。
「GAME OVER」 ブラックライトに浮かんだ文字を見た時の、美月の顔。 そして、互いに罪をなすりつけ合う醜い姿。 これぞ、因果応報です。
次回、泣き叫ぶ彼らがパトカーに乗せられる、最高の「退場シーン」です。 第7話『逮捕と浄化』へお進みください!




