第5話 偽造の宴
勝利を確信して寿司を頬張る義姉一家。 「家族だから何をやっても許される」 そう信じて疑わない彼らに、現実を教える時が来ました。
義姉たちが「ニセの権利書」と「百円のハンコ」を見つけてから、三日が過ぎた。
その間、彼らはコソコソと何かを準備していたようだが、ついに今夜、その成果が披露されることになった。
リビングのテーブルには、私が愛用していたランチョンマットが払いのけられ、数枚の書類が広げられている。
スーパーで買ってきた特上寿司の桶が置かれ、ビール缶が何本も空いている。
酒臭い息を吐きながら、義姉の美月が手招きした。
「おい美智子、花梨。ちょっと座りなさいよ。大事な話があるからさ」
私と花梨は、言われた通りソファの端に腰を下ろした。
花梨の手はパーカーのポケットの中だ。
「単刀直入に言うわね。この家、お父さんの名義に変更することにしたから」
美月はテーブルの上の書類を指差した。
それは司法書士に頼まず、自分たちで見よう見まねで作ったであろう『登記申請書』と『贈与契約書』だった。
筆跡は明らかに美月のものだが、署名欄には夫の名前と、私の名前が勝手に記されている。
「……私の名前が、ありますけど」
「あんたが書かないから、私が代筆してあげたのよ。感謝してよね」
美月は悪びれもせずに鼻を鳴らす。
「で、ここを見て。トシアキの実印、バッチリ押してあるでしょ?」
契約書の末尾には、朱肉も鮮やかにハンコが押されていた。
あの、縁が欠けた百円ショップの三文判だ。
義父の英三が、満足そうに自分の腹をさする。
「いやあ、ワシが押したんだがね、実に綺麗に押せたよ。これでこの家は正式にワシのものだ。文句はあるまい?」
「お義父さん、それは……犯罪ですよ。本人の承諾なしに、勝手に書類を作ってハンコを押すなんて」
私が最後の警告として告げると、三人は顔を見合わせて大笑いした。
「ギャハハ! 犯罪? 何言ってんの? 家族間なら何やったって許されるのよ!」
「そうよ美智子さん。警察は民事不介入、あんたが自分で言ってたじゃないの」
義母の佳代までが、寿司を頬張りながら嘲笑う。
「明日、朝イチで法務局に行ってこれを出してくるわ。窓口で『嫁は病気で来られない』って言えばイチコロよ。権利書も実印も揃ってるんだから、疑われるわけないじゃない」
美月は勝利を確信し、ニセの権利書(私が作ったお絵かき)をパタパタと扇子のように仰いだ。
「手続きが終わったら、すぐに不動産屋に売り払う手はずも整えてあるの。だからあんたたち、明日中に出て行ってね」
「え……」
「行く当てがないなら、公園のベンチでも貸してあげようか? あははは!」
屈辱的な言葉の雨あられ。
花梨が悔しそうに唇を噛み、私を見上げる。
その瞳に、涙はもうない。あるのは「合図」を待つ色だけだ。
私はゆっくりと息を吐き出した。
胸の中に溜まっていた重苦しい霧が、スーッと晴れていくのを感じる。
条件は揃った。
1.彼らは偽造書類を作成した。(有印私文書偽造)
2.それを真実の書類として行使しようとする意志を明確にした。(同行使の予備、および詐欺未遂の構成要件への接触)
3.そして何より、私たちの退去を強要した。
これでもう、「家族の揉め事」ではない。
立派な「刑事事件」だ。
「……明日、法務局に行くんですね?」
私が確認すると、美月は勝ち誇った顔で頷いた。
「ええそうよ。だから無駄な抵抗はやめなさい」
「わかりました」
私はスッと立ち上がった。
背筋を伸ばし、今まで浮かべていた「弱気な未亡人」の表情を消し去る。
代わりに浮かべたのは、獲物を追い詰めた狩人の冷笑だ。
「じゃあ、お祝いをしないといけませんね」
「はあ? お祝い?」
「ええ。あなたたちが『地獄』へ旅立つための、門出のお祝いよ」
「……は? 何言ってんのあんた」
怪訝な顔をする美月を無視して、私は花梨に声をかけた。
「花梨、録音は?」
「バッチリだよ、お母さん。今の『私が代筆した』ってところも綺麗に入ってる」
花梨はポケットからボイスレコーダーを取り出し、ニカッと笑って見せた。
「なっ……!?」
三人の動きが止まる。
私はスマホを取り出し、あらかじめ入力しておいた番号――『110』の発信ボタンに指をかけた。
「残念だったわね、お義姉さん。民事不介入の壁は、今、あなたたちが自分で壊したのよ」
私は通話ボタンをタップし、スマホを耳に当てた。
凍りつく義姉たちを見下ろしながら、私ははっきりとした声で告げる。
「警察ですか? はい、通報です。自宅に、詐欺師と泥棒が入り込んでいます――」
ご覧いただきありがとうございます。
「警察ですか? はい、通報です」 ついに言いました。もう後戻りはできません。 民事不介入の盾は消え失せ、ここからは容赦ない「法」の出番です。
次回、パトカー到着。 顔面蒼白になる義姉たちを、論理と証拠で追い詰めます。 第6話『崩れ去る砂上の楼閣』へお進みください!




