第4話 義姉の焦り
金に目がくらんだ義姉たちは、なりふり構わず「家探し」を始めます。 夫の大切な書斎も、私たちの寝室も、土足で踏み荒らされて……。 しかし、そこにあるのは私が用意した「罠」だけです。
その日の夜、我が家は戦場のような騒がしさに包まれた。
パチンコから帰ってきた義父母に、美月が「遺産隠し」の話を吹き込んだからだ。
「やっぱりか! 美智子のやつ、俺たちに隠れてこそこそやってると思ったんだ!」
義父の英三が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「トシアキの財産は、育ててやった俺たちのものだ。嫁ごときが独り占めなんて許さんぞ!」
義母の佳代も「親不孝な嫁ねえ」と相槌を打つ。
彼らは夕食もそこそこに、ドタドタと足音を立てて二階へ上がっていった。
目指すは、夫の書斎と、私たちの寝室だ。
リビングに残された私と花梨は、顔を見合わせた。
花梨がパーカーのポケットに手を入れ、小さく頷く。録音開始の合図だ。
「……行きましょうか」
「うん」
私たちは怯えた演技をしながら、彼らの後を追った。
二階に上がると、そこは惨状だった。
書斎の本棚から本が放り出され、引き出しの中身が床にぶちまけられている。
「ないぞ! 通帳も印鑑も見当たらん!」
英三が書類の山を蹴り飛ばす。
夫が生前大切にしていた書籍が踏みつけられる光景に、胸が痛む。けれど、今は耐える時だ。
「お義父さん、もうやめてください……!」
私は悲鳴のような声を上げて止めに入ったふりをする。
「うるさい! 隠した場所を言えばいいんだよ!」
その時、机の一番上の引き出しを漁っていた美月が、声を上げた。
「あった! これじゃない!?」
美月が掲げたのは、黒い印鑑ケース。
中から出てきたのは、私が用意した『欠けた三文判』だ。
「父さん、これ実印でしょ? トシアキの名前が彫ってある!」
英三がそれを奪い取り、目を輝かせた。
「おお、これだ! 間違いない、あいつが家を買った時に自慢げに見せてきた実印だ!」
――違う。それは百円だ。
心の中でツッコミを入れるが、彼らの目には欲のフィルターがかかっている。疑う素振りすらない。
「印鑑は見つかったわ。次は権利書よ! 美智子、あんた寝室に隠してんでしょ!」
美月は私の肩を突き飛ばし、寝室へと雪崩れ込む。
クローゼットを開け放ち、服を乱暴にかき分ける。
そして、奥に鎮座する小型金庫を見つけた。
「ビンゴ! こんなところに隠してやがった」
美月がニヤリと笑う。
「開けなさいよ」
「だ、ダメです! それは大切な……」
「開けろって言ってんのよ!」
美月が凄むが、私は首を横に振る。
すると美月は鼻で笑った。
「ま、どうせトシアキの誕生日にでもしてるんでしょ。単純な男だったからね」
美月がダイヤルを回す。
……正解だ。夫は誕生日の『1004』を暗証番号にしていた。私はあえて、それを変更せずに残しておいたのだ。
カチッ、という音と共に、扉が開く。
「開いたあ!」
美月が歓声を上げ、中から分厚い封筒を引っ張り出す。
表には『不動産権利書』の文字。
「あった……! この家の権利書だ!」
「でかしたぞ美月!」
三人が封筒を囲んで覗き込む。
中から出てきたのは、金色の枠線と立派な透かし(偽物)が入った書類。
彼らは食い入るようにそれを見つめた。
「すごい……本当にあった。これで、この家は私たちのものにできるわ」
「当たり前だ。名義変更さえすれば、こっちのもんだ。美智子とガキを追い出して、すぐに売り払えば借金も……いや、老後の資金も安泰だ!」
美月がうっとりとした表情で、偽造書類を頬ずりせんばかりに抱きしめる。
その書類の法務局名が『練馬北出張所』などという架空の場所であることにも、裏面にブラックライトで浮かぶ文字があることにも、全く気づいていない。
「……ねえ、お母さん」
私の背後で、花梨が震える声で言った。
演技ではない、怒りに震える声だ。
「あいつら、泥棒だよ」
「……ええ」
私は小声で答える。
「でもね、ただの泥棒じゃないわ」
美月が得意げに振り返り、私に書類を突きつけた。
「残念だったわね、美智子さん。これとハンコさえあれば、あんたの同意なんてなくても手続きできちゃうのよ。法律の抜け穴なんていくらでもあるんだから」
……そんな抜け穴はない。
他人の権利書と実印を勝手に使って名義変更申請書を作成すれば、それは立派な『有印私文書偽造』および『同行使』。
さらに、虚偽の登記申請となれば『公正証書原本不実記載』もつくかもしれない。
彼らは今、自分から刑務所への片道切符を手に取ったのだ。
「そんな……酷いです……」
私は顔を覆って泣き崩れるふりをした。
指の隙間から、彼らの歓喜の表情をしっかりと網膜に焼き付けながら。
「今日は祝い酒ね! 父さん、寿司でも取ろうよ!」
「おう、特上でいいぞ! どうせこの家が金になるんだ!」
高笑いする三人の背後で、花梨が静かにボイスレコーダーのスイッチを切った。
そして私を見上げ、ニッと口角を上げてみせた。
その目は言っていた。
『証拠、確保したよ』と。
さあ、最後の仕上げだ。
彼らがその「偽物」を使って、役所に書類を提出するその瞬間まで――私たちは最高の敗者を演じ続けよう。
ご覧いただきありがとうございます。
見つけましたね、偽物を。 そして信じ込みましたね、本物だと。 勝利を確信して寿司まで頼んでいますが、それは「最後の晩餐」です。
次回、ついに彼らはその偽造書類を使って、決定的な犯罪行為に手を染めます。 第5話『偽造の宴』へお進みください!




