第1話 侵食
初めまして。 理不尽な義姉一家に家を乗っ取られそうになった母娘が、知恵と勇気で反撃するお話です。
全7話、完結済みです。 最後まで一気に投稿しますので、待ち時間なくラストまでお読みいただけます。 スカッとする結末を保証します! どうぞお楽しみください。
夫の四十九日の法要が終わり、ようやく家の中に静寂が戻ってきた夜のことだった。
「お母さん、これ、美味しいね」
ダイニングテーブルの向かいで、娘の花梨が少しだけ笑った。
久しぶりに見る娘の笑顔だった。夫が急逝してからというもの、十歳の花梨はずっと泣いてばかりだったから。
「そう? お父さんが好きだった肉じゃがよ。……これからは、お母さんがもっと美味しいものいっぱい作るからね」
「うん」
私たちは、築十五年になるマイホームのリビングを見渡した。
夫と二人で壁紙を選び、少しずつ家具を揃え、花梨の成長を見守ってきた大切な城。夫はいなくなってしまったけれど、ここには彼との思い出が詰まっている。
住宅ローンは団信(団体信用生命保険)で完済された。経済的な不安はあるけれど、私がパートを増やせば、花梨と二人、慎ましくも穏やかに生きていけるはずだ。
そう信じていた。
あのチャイムが鳴るまでは。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!
性急に連打されるインターホンの音に、花梨がびくりと肩を震わせる。
こんな時間に誰だろう。私はモニターを確認し、息を呑んだ。
そこには、大きなボストンバッグを両手に持った義姉――新庄美月と、義父母の姿があったからだ。
「……はい」
『あ、美智子さん? 私よ、美月よ! ちょっと開けてくれない?』
「あの、夜分にどうされたんですか?」
『どうされたも何もないでしょ。あんたたち、トシアキが死んで二人きりで心細いだろうと思ってさあ! 私たちが来てあげたのよ!』
来てあげた? どういうことだ。
嫌な予感がしてドアを開けずにいると、横から義父の英三が怒鳴り込んできた。
『おい美智子! 年寄りをいつまで外に立たせておく気だ! 雨が降ってきたんだぞ!』
仕方なくロックを解除したのが、すべての間違いだった。
ドカドカと土足で踏み込むような勢いで、三人が玄関になだれ込んでくる。
「やれやれ、湿気てんわねえこの家は」
義姉の美月は、靴も揃えずに上がり込むと、持っていた大きな荷物を廊下にドンと落とした。
「お義姉さん、その荷物は……?」
「ああ、これ? 私たちの着替え。今日からここで暮らすことにしたから」
私は耳を疑った。
「……はい?」
「だからあ、同居よ、同居! 広い家に女二人じゃ不用心でしょ? 父さんも母さんも、孫の花梨のことが心配で夜も眠れないって言うし。家族なんだから助け合うのは当たり前じゃない」
「そ、そんな話聞いてません! 困ります!」
「水臭いわねえ。トシアキの家は、新庄家の家でもあるのよ? ほら母さん、冷蔵庫に何か入ってないの? 私喉乾いちゃった」
私の抗議など聞こえないかのように、義母の佳代が勝手にキッチンへ入っていく。
「あらあら、いいお肉があるじゃないの。これ、明日の朝ごはんにしましょうねえ」
「おばあちゃん、それ、お母さんが明日のお弁当に……」
花梨がおずおずと声を上げるが、義母は聞こえないふりで冷蔵庫を漁り続ける。
――そこからの数日間は、まさに悪夢だった。
リビングは義姉たちの荷物で占拠され、テレビのチャンネル権は義父に奪われた。
私は朝から晩まで三人の食事の支度と洗濯に追われ、パートに行く時間さえ削られそうになった。
そして、決定的だったのが昨日の出来事だ。
「あ、美智子さん。今日から二階の南側の部屋、私が使うから」
朝食の席で、美月がトーストを齧りながら言い放った。
南側の部屋。それは花梨の子供部屋だ。
「待ってください! あそこは花梨の部屋です。勉強机だってあるのに」
「勉強ならリビングでやればいいじゃない。どうせ子供なんだから個室なんて早いのよ。私、冷え性だから日当たりがいい部屋じゃないと体調崩すのよねえ」
「でも……!」
「ああもう、うるさいわね! 父さん、美智子さんがいじめるのよ!」
「美智子さん! 美月は体が弱いんだ、少しは労わってやれんのか! 花梨はリビングの隅に布団でも敷いて寝かせればいいだろう!」
義父の怒鳴り声に、花梨が怯えて私のエプロンを握りしめる。
結局、その日のうちに花梨の荷物は廊下に放り出され、あの部屋は美月に乗っ取られた。
私はその足で、近所の弁護士事務所へ駆け込んだ。
もう我慢の限界だった。不法侵入で警察に突き出すなり、強制退去させるなり、法的な手段をとろうとしたのだ。
しかし、老齢の弁護士は困ったように眉を下げて、こう言った。
「……ふむ。一度招き入れて、数日間生活させてしまったんですね」
「はい。でも、勝手に居座り続けているんです!」
「心中お察ししますが……警察は『民事不介入』です。同居の実態があり、しかも親族間のトラブルとなると、事件性が起きない限り動きませんよ」
「そ、そんな……。じゃあ、追い出すには?」
「裁判をして『退去命令』を出してもらうしかありませんが、それには半年、あるいは一年以上かかるでしょう。費用も安くはない」
目の前が真っ暗になった。
あいつらを追い出すのに、一年?
それまでずっと、花梨は自分の部屋を奪われたまま、あんな連中の顔色を窺って暮らすのか?
そんなの、心が壊れてしまう。
重い足取りで家に帰ると、玄関の向こうから美月の高笑いが聞こえてきた。
『あーあ、美智子のやつ、また怒って出て行ったわよ』
『放っておきなさい。どうせ行くところなんてないんだから』
『弁護士にでも泣きついてんのかしら? 無駄なのにねえ。ここはトシアキの家、つまりうちら家族の家なんだからさ!』
――ブチッ。
私の中で、何かが千切れる音がした。
法律は守ってくれない。
警察も助けてくれない。
善意や常識なんて、あの獣たちには通用しない。
私はドアノブに手をかけたまま、深く息を吸い込んだ。
瞳から、涙が引いていくのがわかる。代わりに、冷たくて暗い炎が腹の底に宿るのを感じた。
(……いいわ。民事で解決できないなら)
私はバッグの中のスマホを握りしめる。
追い出すだけじゃ生温い。二度と私たちの前に顔を出せないよう、社会的に抹殺してやる。
(――「刑事事件」にしてやるわ)
私は整った笑顔を貼り付け、地獄と化した我が家のドアを開けた。
「ただいま戻りました、お義姉さん」
お読みいただきありがとうございます。
民事不介入という壁にぶつかりましたが、ここから母娘の容赦ない反撃(罠作り)が始まります。 次は第2話『母の葛藤、娘の泣き声』です。
すでに次話も公開されていますので、ぜひ続けてお読みください!




