聖女と呼ばれて魔王城に転移したら、なぜか料理を作ることになって気に入られました!
「……ここ、どこ」
一ノ瀬秋穗、二十三歳。
仕事帰りにスーパーによって帰宅しようとしたら、なぜか迷子になりました。
目の前に広がるのは荘厳な室内。西洋のどこかの国でみれそうな、大神殿みたい。
ステンドグラスが高い位置で張り巡らされていて、グランドピアノが置いてあって、見たことのない神様の像が置いてあった。
ぱち、と瞬きをする。夢だろうか。立ったまま夢をみてる? 歩きながら寝たの?
ぱちぱちと何度瞬きをしても、夢は冷めない。夢の中で夢と自覚できるタイプのやつだろうか。
完全な現実逃避だった。
目の前に並ぶ、神官のような人たちが私を見て目を輝かせている事実からの。
「異世界の聖女様! お待ちしておりました!!」
「聖女……?」
最近流行のアニメや漫画で死ぬほど見たやつ?!
私が聖女とか、勘弁してほしい。聖女ってもっとこう若い子がなるものじゃないの?
高校生くらいの女の子のイメージが強い。私は今年二十三歳になる、しがないOLなんだけど?!
その上、スーパーで買い物をした帰りだから、エコバッグからは長ネギが飛び出している。
そんな間抜けな聖女いる? 本当に勘弁してほしい。
「聖女様、どうか! どうか魔王を討伐してくだされ!!」
白いひげを伸ばした老人が、ずいっと目の前に迫ってくる。
目を白黒させて、お断りの言葉を口にした。
「遠慮します。家に帰りたいです」
明日も仕事があるのだ。早く帰ってご飯を食べて寝たい。
けれど、私の言葉を気にしする様子もなく、老人はつらつらと喋り続ける。
あれ? 言葉通じてない??
「魔王城にいる魔王を討伐した暁には、陛下から一生遊んで暮らせる報奨金が渡されます」
「いえ、あの、だから、家に」
「では! 転移魔法で魔王城に転移させます。ご武運を!」
「嘘でしょ?!」
こっちの意思、完全に無視?! ありえないよ!!
勇者じゃなくて聖女(多分)に魔王の討伐を丸投げするのも、理解できない!!
けれど、私が抗議の声を上げる前に、足元が光り輝き、目の前の老人の姿はみえなくなった。
反射的に閉じていた瞼を、恐る恐る上げる。まず視界に入ったのは薄暗い室内。
そっと視線を滑らせると、先ほどとは真逆の気配がする。
(もしかして、本当に魔王城に送られたの……?!)
どうやって変えればいいのだろう。とりあえず、そっと振り返る。
その時、前方から声がかかった。
「異世界の聖女か。我を討伐にきたか」
「!」
びっくりして慌てて姿勢を正す。
まっすぐに前を見ると、そこには大きくて豪奢な椅子に腰を下ろした、長い黒髪の美丈夫がいた。
頭から伸びている二本の角を見ないふりをすれば、絶世の美形だ。
切れ長の瞳は夕日のような真っ赤で、さらりと伸ばされた黒髪は薄暗い室内でもわかるほどに艶やかだ。
目と鼻と口が絶妙なバランスで小さな顔の中に納まっていて、一言で言うならイケメンだった。
でも、ときめく余裕はない。一般人にもわかるほどに、殺気が飛んでいる。
体を小さくすくめて、恐る恐る口を開く。
「あ、あの。私は、帰るので……」
「どこにだ?」
「えっ」
「帰るというが、どこに帰る」
静かに問いかけられ、言葉に詰まる。確かに、どこに帰ればいいのだろう。
元の世界に戻りたいけれど、方法を知らない。
先ほどの教会に戻っても、魔王の討伐をしなかったら、居場所はない気がする。
目を逸らした私の前で、魔王らしき人がため息を吐く。
憂うような、繊細なため息はそれだけでも彼の美しさの一乗になっている。
「……我を討伐せんと送り込まれたのは、貴様で十人目だ」
「十人……?!」
そんなに異世界から呼び寄せているの?!
そういえば、最近行方不明者のニュースをちらほら見ていたけど、まさかこの世界が原因じゃないよね……?!
「そろそろただ殺すのにも飽きてきたところだ」
「っ」
殺されるのが前提で話が進むのは、生きた心地がしない。
きゅ、と身を守るようにバッグを握りしめた私の前で、魔王がニヤリと笑う。
口の端を釣り上げた、ニヒルな笑い。
「貴様にチャンスをやろう。美味いメシを作れ」
「ご飯を……?」
どうしてご飯なんだろう。
不思議に思って首を傾げた私の前で、魔王がつい、と私のエコバッグを示した。
ピンクの丸い世界的人気キャラがプリントされたお気に入りのエコバッグは、使い込みすぎて少しくたびれている。
「その袋の中から肉の匂いがする。美味いメシを我に献上するのであれば、見逃してやってもいい」
「……」
「でなければ、ここで殺す」
「キッチンはどこですか?!」
叫ぶように了承の言葉を返す。私の返事に魔王は満足げに笑って、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間、私は魔王城の厨房らしき場所に立っていた。
目の前にはコンロによく似たものがあり、シンクと鍋も置いてある。
「……転移魔法……?」
仕組みはよくわからないが、ここでご飯を作れということだろう。
周りをぐるりと見回すが、他に人はいないようだ。
勝手に使っていいのだろうかと不安は残るが、ご飯を作らないと殺されてしまう。
台の上にエコバッグを置いて、中から三割引きのステーキ肉を取り出す。
今日は奮発しようと思って買ったのだ。割引の品だけど。
最近、キッチンを大掃除した際に、調味料の整理をして賞味期限が切れているものとか、近いものはまとめて捨てたから、購入していた塩コショウを振る。
「掃除した後だし、普段ステーキの調理とかしないから、調味料をまとめて買ってて助かった……」
フライパンを取り出す。当然ながら、テフロン加工のない鉄製だ。
四苦八苦しながら火をつけてフライパンを温める。
近くに置いてあった布で持ち手をぐるりと巻くのも忘れない。
ちょうどサラダ油も切れていたから、購入していたサラダ油を引く。
サラダ油が温まったところで、三割引きのステーキ肉を投入。
ジュワーと良い音を立てるフライパンの上で、強火で焼いていく。
火をどれくらい通すか迷ったけれど、魔王という人種はなんとなくレアのイメージがある。
片面を三十秒を数えながら焼いて、火を落とす。弱火でさらに一分。
近くにあったトングで裏返して、強火に戻し、さらに三十秒。また弱火に戻して一分。
まだまだ柔らかいけれど、牛肉だから大丈夫。
そもそも、魔王って人間みたいに生肉でお腹を壊すのか謎だけど。
(アルミホイル……。さすがにないなぁ)
アルミホイルで包んで寝かせたい。
でも、さすがに購入していないし、キッチンにそれらしいものはないので、諦めてそのままお皿に移してステーキソースをかける。
「付け合わせ、いるかなぁ」
ステーキだけを盛ったお皿はちょっと寂しいので、彩を求めてステーキを焼いたフライパンにバターを投入。
手早く切った人参を入れて炒める。
さらに冷凍のポテトを取り出して、別の鍋にサラダ油をタプタプに入れてあげていく。
ブロッコリーは茹でて、お皿に乗せた。
「……素人が作ったにしては上出来では?」
出来上がった料理を見て、一つ頷く。
さあ、持って行こう。口に合うといいけど。と思っていたが、どうやってさっきの部屋に戻るのだろう。
「戻れない……?」
冷めたステーキは味が落ちる。そのせいで殺されたら目も当てられない。
頭を抱えていると、脳内に声が響く。
『出来上がったのか、人間』
びっくりして顔を上げた私に、笑みを含んだ声音が話しかけてくる。
『念話だ。こちらに転移させるぞ』
慌ててステーキを乗せたお皿をもつ。ついでにエコバッグも。
中にはパンが入っているので、もし必要なら出そうと思って。
「うん、美味いな。柔らかい焼き加減も我の好みだ。その上、この甘辛いソースが良い」
「よ、よかった……!」
ステーキを献上した魔王はとても満足そうだった。
ありがとう、三割引きのステーキ肉と味付けのステーキソースを作った会社様……!!
手づかみでぺろりと食べられたときは驚いたけれど、ナイフとフォークをキッチンから持ってこなかった私が悪い気がしたので、心の中で思うにとどめる。
「お前、魔王城のシェフになれ」
「えっ! あ、でも! もうお肉はないし、ソースも半分しか残ってなくて……!」
OLの一人暮らしのエコバッグにはそんなに食材は入っていない。
同じものを要求されても作れないのだ。
わたわたと両手を振る私の前で、魔王が目を細める。ひ、と喉の奥で悲鳴が絡まった。
「我の決定に意を唱えるか」
「……いえ、ありがたく拝命します……」
断ったら死ぬ。なら、受けるしかない。
しょぼしょぼと頭を下げた私の前で、魔王は満足そうに笑っている。
結局、魔王の専属シェフになった。
元々いたシェフの料理も悪くないらしいのだが、私が作る日本風のご飯が口に合ったらしい。
元のシェフにはひどく悔しがられた。
料理は出来合いの調味料だよりだった私は、日本で使っていた様々な調味料を再現することに必死で、嫉妬など右から左だったけれど。
あれこれ創意工夫をしているうちに、料理の腕はめきめきと上達した。
多分、死にたくないという必死さの表れだったのだろう。
魔王のお気に入りは、目玉焼きを乗せたハンバーグと、苦労して再現したカレー。
お子様かな? と思わなくもないが、食べた後はしばらく上機嫌なので、何も言わないと決めている。
魔王城のだだっ広い食堂で、向き合って食事を摂る。私はまだ食べているけれど、魔王は一足先に食べ終わっている。
私はなぜか魔王の食事の席に同席されることを許されていた。
「アキホ、次は甘味が食べたい。貴様の世界の甘味はどういうものだ?」
「えっ、砂糖とか大量につかいますけど……」
この世界では日本で当たり前に使っていた調味料が高級品だ。特に砂糖と塩。あとコショウ。
塩コショウは大きなものを購入したものを持ち込んでいるから、当面の間大丈夫だとして、砂糖はどこから調達すればいいのか。
眉を寄せた私の前で、食後だから機嫌がいい魔王が笑う。
「人間の街から奪ってくるか?」
「それは、さすがにちょっと……」
魔王城で住み込みでシェフをし始めて半年。
食後の魔王になら、ある程度遠慮なくものをいえるようになった。
私が渋面を作ると、魔王はやれやれといわんばかりにため息を吐く。
「貴様は我儘がすぎる。仕方ない、人間の商人から買い上げてやろう」
「そのお金はどこから……?」
「気にするな」
ぴしゃりといわれて黙るしかない。これでも十分に譲歩してくれたのだ。
これ以上は命に関わる。
「砂糖だけで良いのか?」
「小麦粉もいりますね。あとバターと生クリームかな」
「用意させよう」
作るのはショートケーキでいけるだろうか。
お菓子作りは学生時代の趣味だったので、ある程度覚えている。
本当は小麦粉じゃなくて薄力粉がいいんだけど、この世界にあるとも思えないし、代替するしかない。
フォークを置いて、指を三つ折って告げた私に、魔王は一つ頷く。
「あのぉ、それで……私はいつ帰れるんでしょうか……?」
そろっと問いかける。私の疑問に、魔王が眉を潜めた。
イケメンがそういう表情をすると怖いけれど、大分慣れたので気にしない。これは不機嫌というより、思わぬことを聞かれた、という顔なので。
「帰れると思っているのか?」
「帰れないんですか……?」
「異世界とこちらは一方通行だ。仮に戻ったとして、いつに戻る」
「え?」
「過去から未来か、時間を固定して異世界を渡る方法はない」
「っ」
そんな、じゃあ、私は一生ここにいないといけないの。
肩を落とした私に、魔王がまた笑う。面白がっている上機嫌な笑みだ。
「恨むなら、貴様を召還した者たちを恨め」
「……はい」
私がここにいるのは魔王のせいではないので、彼を恨むのは違う。
その程度はわかっている。力なく答えた私の前で、魔王がテーブルに肘をついて、ニヤリと笑う。
「ここでの暮らしは不満か?」
「不満ではないのですが。帰りたいというか」
「我の伴侶にしてやってもいい」
「……え?」
思わぬ言葉に魔王をガン見する。いま『伴侶』とか聞こえた……? 魔王ジョーク……?
「貴様の作るメシは美味い。我の伴侶になれば、寿命は永遠に等しくなる」
「それは、永久にご飯を作り続けろと……?」
うっすら感じていたけど、この魔王、かなりの食いしん坊だ。
食べ物の美味で妻を決めないでほしい。
いや、現代日本でも料理上手な方が婚活には有利だったけれども!
「アキホ、どうする?」
「っ」
混じりけのない赤い瞳が、真摯に私を見つめている。
こういうとき、強制的に決定しないのはずるい。
そうしてくれたら、文句もいえたかもしれないのに。私に決定権があると、逃げられなくなる。
(こういうところが、好き、かもしれないなぁ……)
最後には私の意思を尊重してくれる。
聖女だといって、こちらの言い分をなにも聞かずに魔王城に転移させたどこかの老人とは大違いだ。
答えは、意外なほどあっさりと決まった。
「……よろしく、お願いします」
「もちろんだ」
満足気に笑う魔王の耳は少し赤い。それを見て、私は「あ、照れてる」と口にして睨まれたのだった。
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