第9話「勇者と影の来訪者」
夜市の賑わいが終わり、城下町は静かな夜に戻っていた。
遼は牧場の小屋で横になりながら、天井を見つめていた。
(占い師が言ってた「真の敵が町に潜んでいる」って……)
剣を枕元に置くと、いつものようにひんやりとした声が聞こえた。
『その言葉に偽りはない。お前は、もう選べぬ』
「うるさいな……俺は、まだ何もしてないぞ……」
遼は剣に背を向け、目を閉じた。
◆ ◆ ◆
深夜。
遼は物音で目を覚ました。
「……誰だ?」
外を見ると、牧場の門の前に、黒いフードを被った人影が立っていた。
剣が低く唸った。
『来たぞ、勇者よ』
遼は剣を手に、小屋を出る。
影の人物は、霧のように揺れながら、遼を見つめていた。
「勇者……勇者……」
低い声が、夜風に混じって聞こえる。
「……お前が、真の敵か?」
「違う……私は……証人……」
遼が剣を構えると、影がひらりと避け、牧場の奥、例の「影の厩舎」へと消えていく。
「待て!」
◆ ◆ ◆
影の厩舎の扉は、開け放たれていた。
遼が中へ入ると、ゴロゴロゴーレムが、目を閉じて横たわっていた。
「……ゴーレム?」
その隣に、影の人物が立っていた。
「……勇者よ……見よ……」
影が手をかざすと、ゴーレムの体に黒い紋様が浮かび上がる。
それは、まるで呪いの鎖のようだった。
「この町の人々は、優しい……だが、その優しさは、この呪いに支配されている」
「どういう意味だ……」
「お前が、その鎖を断ち切れるかどうか……見せてもらおう」
そう言い残すと、影は霧に溶けるようにして消えた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
遼は眠そうな目をこすりながら、リオに声をかけられた。
「勇者様ー! 朝食できましたよー!」
「ああ……ありがとう……」
テーブルにつき、温かいスープをひと口飲む。
(この人たちが「呪いに支配されてる」って……そんな風には見えないけどな……)
剣が、ぼそりと囁く。
『真実は、勇者の剣でしか見えぬ』
「……俺が、確かめるしかないってことか……」
遼は剣を握りしめ、深く息をついた。
——第1章 第9話【終】