第8話「夜市と勇者の占い」
「勇者様、夜市に行きましょう!」
夕暮れ、リオが笑顔で遼の部屋に飛び込んできた。
「夜市? 何それ」
「年に一度の、町いちばんのお祭りですよ! 食べ物もいっぱい、モンスターの芸も見られますし、占いの屋台も出るんです!」
「……占いか……怪しいな」
剣がぼそりと囁く。
『占い師は敵の手先かもしれん』
「お前は全部怪しんでるじゃないか!」
◆ ◆ ◆
夜の城下町は、提灯の灯りで彩られ、屋台がずらりと並んでいた。
香ばしい肉の串焼き、甘い果物飴、熱々のスープ……
遼の鼻先をくすぐる香りに、思わず腹が鳴った。
「勇者様、このポンポンビースト焼き串、いかがですかー!」
「ちょっと待て! それ食べ物じゃないだろ!? モンスターだぞ!?」
「冗談ですよ! 本当は鶏肉です!」
「ああ、そうか……よかった……」
リオは楽しそうに笑い、勇者様にも似合いそうだからと、奇妙な獣耳のカチューシャを渡してきた。
「……これ、俺が付けるの?」
「みんなやってますから!」
仕方なく付けると、周りの人々が大喜びして、遼は妙な人気を博してしまった。
「勇者様かわいいー!」
(……俺は何をやってるんだ……)
◆ ◆ ◆
屋台をひと通り回ったあと、リオが言った。
「最後に、占いに行きましょう!」
「ああ……まあ、いいか」
屋台の一角にある、暗い布で覆われたテント。
「運命占い」と書かれた札が揺れている。
遼が中に入ると、中にはフードをかぶった老女が座っていた。
「来たか……勇者よ」
遼は一瞬ぎょっとして、剣に手を伸ばしかけたが、剣が静かに囁いた。
『……この者は敵ではない』
老女はテーブルの上に、古びたカードを並べていく。
「……この世界は、優しすぎると思わぬか」
遼はどきりとした。
「なぜ、それを……」
「優しさは、時に人を縛る。
お前が持つ剣は、それを断ち切る力……だが、その刃は血を求めている」
老女の手が止まり、一枚の黒いカードがめくられた。
そこには、獣のような影が描かれていた。
「真の敵は、この町の中に潜んでいる」
◆ ◆ ◆
遼がテントを出ると、夜市の喧騒がまた耳に戻ってきた。
「勇者様ー! 綿あめ食べましょう!」
リオの声に振り返ると、綿あめを両手に持って駆けてくる彼がいた。
(真の敵が、この町に……?)
遼はちらりと剣を見やり、剣もまた赤く小さく光った。
「……とりあえず、綿あめ食べるか」
夜空に花火が打ち上がり、遼は綿あめをひと口かじった。
甘さの向こうで、胸の奥がじんわりとざわついていた。
——第1章 第8話【終】