第6話「黒い霧の夜」
夜の牧場に、再び黒い霧が立ち込めていた。
遼は寝巻きのまま剣を掴み、外へ飛び出す。
「な、なんだこれ……!」
剣は小さく震えながら、冷たい声を発した。
『——真の敵が、近くにいる』
その言葉に、遼は背筋が寒くなった。
しかし、その一方で……。
「お、おぉおおおぉ!?!?」
「キャアァァァァ!!」
霧の中から、モンスターたちの悲鳴のような鳴き声が次々と上がった。
「ポンポンビースト、どこだー!? クリスタルフェアリーも!!」
遼は牧場を走り回る。
霧のせいで視界が悪く、そこかしこでモンスターが転んだり、ぶつかったりしている。
◆ ◆ ◆
「勇者様ー! 大変ですー!!」
リオが悲鳴を上げながら走ってきた。
「モンスターたちが暴れちゃって! みんな混乱してるんですー!!」
「わかってる! 俺も今、がんばってる!」
だが、遼は剣を抜いて構えるものの、相手は黒い霧に怯えたモンスターたちばかりだ。
「……斬れるか、こんなもん!!」
ポンポンビーストが泣きながら遼の脚にすり寄ってきた。
「ひぃぃん……」
「……大丈夫だ。お前らは俺が守る!」
遼は剣をしまい、モンスターたちをひとりずつ抱きかかえ、霧の外へと運び出していく。
◆ ◆ ◆
「残りは……ゴロゴロゴーレムか……」
巨大なゴーレムが、霧の中でうずくまっていた。
身体の周囲に、黒い靄のようなものが絡みついている。
遼が駆け寄ろうとしたその瞬間、剣がビリリと震えた。
『それは「影の呪い」だ。触れるな』
「でも放っとけるかよ!!」
遼はゴーレムの背中に飛びつくと、剣を逆手に構え、靄を払うように振るった。
すると、剣が淡い光を放ち、黒い靄がジュゥッと音を立てて消えていく。
「……やった……のか……?」
ゴーレムはゆっくりと首を動かし、遼の方に向けて、重たい声で呟いた。
「……ありがとう……勇者……」
「っ!?」
遼は思わず固まった。
「お前、しゃべれるのか……?」
ゴーレムはそれ以上何も言わず、その場に静かに横たわった。
◆ ◆ ◆
夜が明けるころ、霧は完全に晴れ、モンスターたちは元の場所へ戻っていた。
「勇者様、本当にありがとうございました……!」
リオが駆け寄ってきて、深々と頭を下げた。
「いや……俺、何もしてないよ。ただ、斬っただけだし……」
「そんなことありません! あの黒い霧を払えるのは、勇者様しかいないんです!」
モンスターたちも一斉に遼の周りに集まり、ポンポンビーストが頭を擦り付けてくる。
「ひぃぃん……ぴょぴょぴょ」
「お、おう……」
遼はぐったりしながら、苦笑いを浮かべた。
(……優しい世界、ってだけじゃなかったんだな……)
剣が、静かに囁く。
『この黒い霧は序章に過ぎない。勇者よ、備えよ』
遼は、モンスターたちに囲まれながら小さく呟いた。
「備えるって……まず俺の体力を回復させてくれよ……」
——第1章 第6話【終】