第3話「勇者、仕事を探す」
城の部屋に戻った遼は、重い腰を上げて立ち上がった。
手に握る剣は、まるで自分の意思を持つかのように、微かな振動を伴って囁いている。
『事件を起こせ。真の敵を探すのだ』
「だから……事件なんてないって言ってるだろ!」
遼は、剣に向かって叫びながら部屋の中を歩き回った。
窓の外には、優しい風がそよぎ、城下町の穏やかな日常が広がっている。
だが、その日常があまりに完璧すぎて、逆に胸がざわつくのだ。
「なんでこんなにみんな、親切なんだ? みんな優しすぎて……逆に怪しい!」
彼はそう思いながら、部屋の隅に置かれた荷物の山を見つめた。
勇者としての仕事を探すため、まずは情報を集めなければならない。
「よし、外に出てみるか……」
◆ ◆ ◆
城下町は相変わらずの賑わいだった。
遼は、大きな剣を背負いながら、街を歩く。
通りの人々は、声をかけてくる。
「勇者様!今日はどちらへ?」
「勇者様のご健康を祈っております!」
「この剣、とても美しいですね!」
遼は、そのたびに愛想笑いを返すのに疲れてきた。
(仕事を探すって言っても、事件がないんだよ……)
そんな時、路地の奥から声が聞こえた。
「おい、見ろよ。あれが勇者か?」
「本物らしいぜ。でも、なんか普通すぎね?」
遼は思わず足を止め、影の中から覗く男たちを見た。
その男たちは悪そうな顔つきをしていたが、声はどこか温かみがあった。
「事件か……何か起こしてくれよ、勇者さんよ」
遼はその言葉に反応して、思わず声をかけた。
「なあ、君たち、何か事件とか困ったこととかないのか?」
男たちは顔を見合わせ、笑った。
「事件? そんなの、ねぇよ。ただの噂話なら山ほどあるぜ」
「この町は平和すぎて、みんなが優しいからな」
遼は苦笑した。
(やっぱりか……)
◆ ◆ ◆
遼は、次に市場へ向かった。
野菜を売る老婦人が声をかけてきた。
「勇者様、今日もお疲れ様です。新鮮なトマトをどうぞ!」
遼はトマトを受け取り、重さを測る。
「ありがとう。でも事件は?」
老婦人は首を振った。
「事件? そんなもの、私たちには無縁の話よ。みんな仲良く暮らしてるから」
遼はため息をついた。
(なんだよ、事件ないじゃんか……)
◆ ◆ ◆
城の広場に戻ると、子どもたちが遼に近づいてきた。
「勇者様、あそぼう!」
遼は子どもたちとボール遊びを始めた。
剣は相変わらず手の中でひんやりと光っている。
だがその時、剣が強く震え、声が響いた。
『勇者よ、仕事をしろ』
遼は、思わず剣を投げ出そうかと思った。
「わかったよ! 何か仕事って何だよ!」
◆ ◆ ◆
夜、城の屋上で遼はひとり呟いた。
「真の敵って……本当にいるのか?」
彼は空を見上げ、星空の中に小さな赤い光を見つけた。
それは剣の刃先と同じ色だった。
「事件を起こせ、だって? 俺に何を望んでるんだ……」
優しい世界で孤独を感じながら、遼の心は徐々に揺らぎ始めていた。
——第1章 第3話【終】