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『この世界は優しすぎる』  作者: SM
第1章:転生、そして優しすぎる世界
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第2話「異世界への招待」

「勇者様!勇者様!こちらへどうぞ!」


遼は、城の廊下を引きずられるように歩いていた。

手を引くのは、先ほどの女性だ。栗色の髪をふわりと揺らし、笑顔のまま前を向いている。


「え、あの……その、俺は別に……」


「そんな!勇者様がいなければ、この世界は滅びてしまうのです。どうか、そのお力をお貸しくださいませ!」


遼は、言葉を失った。

こんなふうにまっすぐ感謝されるのは、いつぶりだろう。

いや、現代日本で、そんな経験は一度もなかったかもしれない。


城の外へ出ると、そこには見渡す限りの城下町が広がっていた。

夕暮れの空の下、石畳の通りに人々があふれ、屋台の煙が立ち昇り、子どもたちのはしゃぐ声が響いている。

そして、その全員が——遼の姿を見つけると、口々に声を上げた。


「勇者様だ!本物の勇者様だ!」


「万歳!万歳!勇者様!」


「神よ、感謝します!」


歓声に囲まれ、花びらまで降ってくる。

知らない子どもが駆け寄ってきて、手に握っていた花冠を遼の頭に載せてくれた。


「あ……あぁ……」


遼は、呆然としながら花冠に手をやった。


(……なんだ、この世界……)


一歩進むたびに、誰かが笑顔で頭を下げ、手を振り、涙を浮かべて「ありがとう」と言う。


これまでの人生で、こんなに感謝されたことがあっただろうか?

定時を過ぎても残業したって、資料を徹夜で仕上げたって、上司は「当然だろ」と言うだけだった。

休みの日まで呼び出されても、誰も「ありがとう」なんて言わなかった。


そんな自分が、ここでは——


「勇者様、お手を!」


誰かが差し出した手を無意識に取ると、その人は目を輝かせていた。


「お会いできて光栄です!どうか、この町をお守りください!」


遼は、言葉が出なかった。


(俺、何もしてないのに……)


そして、勇者の剣が、また囁いた。


『——この世界の「真の敵」を、探せ』


 


 


◆ ◆ ◆


 


宴の会場は、広場の中央に設けられていた。

長いテーブルの上には、所狭しと料理が並び、異世界の楽団が笛や太鼓を鳴らしている。


「さぁ、勇者様!今夜はあなたのための宴でございます!」


遼は、無理やり中央の席に座らされる。

次々と料理が運ばれてきた。


山盛りのロースト肉、金色のスープ、香草のサラダ、甘い果物の盛り合わせ——

見たこともない食べ物ばかりだが、どれも芳ばしい香りがして、空腹を思い出させた。


「いただき……ます……?」


箸がないことに戸惑いながらも、フォークらしき銀の道具で肉を口に運ぶ。

途端に、口の中に広がる肉汁と香辛料の旨味に、思わず声が漏れた。


「……うまっ……」


女性(あとで「エリナ」という名前だと知る)も笑顔で言った。


「お気に召していただけたようで嬉しいです!」


その一言に、遼はどこか胸の奥がじんわり温まるのを感じた。


(……なんだよ……なんなんだよ、この世界……)


そうしている間も、町の人々が遼の席の周りに集まってきて、代わる代わる声をかけてくる。


「勇者様、この剣を!私の家の家宝でございます!」


「勇者様!私の作ったパンをどうぞ!」


「勇者様!娘の結婚式にもぜひご臨席を!」


遼は、苦笑いするしかなかった。


(……こんなに優しくされるの、慣れてないんだけど……)


と、剣がまた囁いた。


『——この世界の「優しさ」を疑え』


一瞬、冷たい空気が遼の背筋を撫でた。


「……は?」


慌てて剣を見ても、ただ黒く鈍く光っているだけだ。

気のせいかと思ったが、心のどこかで、ほんの少しだけ違和感が残った。


 


 


◆ ◆ ◆


 


宴も中盤を過ぎ、遼は少し酔いが回ってきた。


エリナが酒の杯を差し出してくる。


「勇者様、もうお疲れでしょう。無理なさらず、ゆっくりなさってくださいね」


「……あぁ……ありがとう」


エリナは、少し寂しそうに笑った。


「勇者様……」


「……ん?」


「この町の人々は、本当にあなたが来てくださったことを喜んでいるんです。だから……」


言いかけて、彼女は視線を逸らした。


「……いえ。なんでもありません」


「……?」


剣の中から、再び声がする。


『——お前に課された使命は、この世界の本当の姿を暴くこと』


遼は、杯を置いて、剣を見つめた。


「……本当の姿?」


『——この優しさの裏に、必ず「真の敵」がいる』


(真の敵……)


遼は、視線を上げた。


周囲には、屈託のない笑顔ばかりが並んでいる。

みんなが善意の塊のように見えた。


(そんなの……本当に、いるのか……?)


その時、広場の片隅で、黒い影が一瞬だけ揺れた。

遼がはっと振り返ると、そこには誰もいなかった。


気のせいかもしれない。

でも、確かにあの一瞬、剣がびりりと震えたのだ。


『——見つけろ。お前が、この世界を救えるかどうかは、それにかかっている』


遼は、剣の柄を握りしめた。


「……やれやれ……休めると思ったのに、結局また、働くのかよ……」


自嘲気味に呟くと、エリナが不思議そうに首を傾げた。


「何か、仰いましたか?」


遼は、無理に笑ってごまかした。


「いや……こっちの話だよ」


 


 


宴の終わりを告げる鐘が鳴り、夜空には無数の星が輝いていた。


遼は、空を見上げながら、胸の中でひとりごちた。


(この世界の優しさの裏に、本当に何かがあるってのか……?)


剣の刃先が、夜空の星に照らされて、ほんの一瞬、赤く光った気がした。


 


 


——第1章 第2話【終】

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