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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
変わらない君を

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10

「姉やは見たのか?」


 何を、と続かなくても意味はわかった。王が自ら手を下して第一王子に処分を与えたことだ。


 王が連れた兵士たちの緋の上着は王の近衛隊の証だ。絶対の忠誠を誓い手足のように動く。その彼らに命ずることなく、王は自ら剣を振るった。


「ええ」


 さらは、王が他の者の剣を汚すことを避けたのでは、と感じた。見逃し続けてきた息子の罪への責任に、自分の剣を振るうことでけりを着けた。そのように見えた。


「父上は元王妃と同じ稜に埋葬するように命じたらしい。葬儀は省く、と」


 葬儀もされないのか、と処分の徹底ぶりに驚く。長男を「獣」と表現した王の峻烈な覚悟が伝わった。


 健康体でない彼への不憫さに判断の目を曇らせてきた。ぎりぎりまでは親としての情で庇い続けてきた。その最後には自ら首を刎ねるに至った。溜まったずれの帳尻は王の中で合ったのだろうか。


 尊厳のある死を与えた、とはさらの目にも映らなかった。


「僕は考え違いをしていた」


「何を?」


「父上から話があった。母上と僕を迫害していたのは、元王妃ではなかった。厳密に言うと、首謀者は兄上の方だった。母親がそれに協力した形だったそうだ。それで何が変わる訳ではないが……」


「え」


「あの邸を襲わせたのも、言い出したのは兄上だったらしい。それを受けて母親が命を下した。彼女が死んだ際に、それらを記した控えが出てきた。使った費用や人員が細かに記録されていたという。案外、まめな女だな」


「……お兄様が……。嫌な思いがしたでしょう?」


「いや。でも姉やが不快に思うならもう止めよう」


 さらは首を振った。自分にも絡む話で興味はあった。


 それに、王子が話すことで気持ちの澱を流せるのでは、と思った。こんな話題を共有できるのは自分しかいない、とも。


「教えて」


「後ろ盾の母親を失って兄上はおとなしくなった。しおらしい態度で父上に擦り寄っていた。僕にも妻の一人をくれると言っていた。「分け合うのが兄弟だから」と。意味がわからない」


 第一王子は「遊んだ後は返す」。そんなようなことを王の前で口にしていた。弟の妻を貸し借りの利くおもちゃのように考えていたのがわかる。


「しばらくは何もなかった。母親の影響が消えればまともに戻るのでは、と父上は思ったそうだ。でも始まった。彼は王族女性に手を出し始めた。外聞を憚るから決して罪がもれない。そう踏んだのは彼だけで、数を重ねれば噂にもなる。それを父上が耳にして身辺を見張らせていた」


 式典に続いての大晩餐会。王族がほぼ集う中、欠席者は稀だった。さらの他は第一王子のみ。彼はそこで狙いを彼女に絞った。王は逆に彼の企みに気がついた。


「陛下がどうしていらっしゃったのか、わからなかったの……。そういう訳だったのね」


 そこで話は終わった。


 そうさらは思った。


 わだかまるのは、王が元王妃の行いを度重なって見逃していたことだ。第一王子を不憫がるのであれば、迫害を受け続けた第二王子も不憫がらなくてはおかしい。


 セレヴィアで他国との紛争が持ち上がった頃だ。王家の醜聞は敵に利用されかねない他、国民心理もある。それら政治的な背景も耳にした。


(わからなくはないけれど……)


 何となく胸がもやもやと落ち着かない。姉やとして王子を見守ってきた過去が、気持ちを逆撫でるのだろうか。


 絡めた彼の腕に頬を寄せた。


「元王妃は、父上の実の妹だそうだ。唯一の。ごく幼い頃に養女に出され、その養家も養女に出した。たびたびあったそうだ。それら養父母が離婚もした為に姓が幾度か変わり、出自をちゃんと知っていたのは本人を含め少数だった。」


「え……」


「王妃になれる機会があれば、野心のある婦人は見逃す手はない。出自など些事だったのだろう。父上は体の痣で気づいたと言った。その時にはもう兄上が腹の中にいた」


 さらは彼の目を見た。


 彼女を見つめる青い目と会う。突飛な話だが、こんな嘘をつく意味は誰にもない。


「父母の愛情に恵まれずに育った彼女を気の毒に思ったそうだ。二人に親愛の情はあったみたいだ」


 とびきりの禁忌だ。


 さらは相槌も打てず、自分の中で話を反芻した。


(それが、元王妃を糾弾できなかった理由……)


 王は後、エイミを側室に迎え第二王子に恵まれる。そのクリーヴァー王子に王位を譲れば、禁忌は繋がれない。糺すことが叶う。それを守る為に彼らを王宮の外に逃した。


「……お兄様があなたたちを狙ったのは、自分が陛下の跡を継ぐ為?」


「どうだろう。あの人は刹那的なんだ。単純に面白がっていたのかもしれない。虫でも獲るみたいに。弱らせていく経過も楽しんだのじゃないか」


 さらは目を閉じた。


 まぶたの奥に金髪を揺らした第一王子の面影が浮かんで消えた。


(断つ)


 王が自ら剣を振るった真の意味がここにあったように思う。


「僕は、実の叔母上を殺したことになる。大罪だ」


「リヴ……」


 さらは身を起こして王子の頭を腕に抱いた。彼の額を乳房に感じる。悩みなら分けてほしい。受け止めるから。


「君の肌が好きだ。……僕は君にこうしてもらいたくなる時がある。子供じみているか?」


「いいじゃない。たまになら、子供みたいでも」


「たまにじゃない」


 その声にさらは笑った。王子も笑う。その吐息が触れた肌がくすぐったい。


(わたしたちには慰め合う術がある)


 それが嬉しくて、心強かった。


 腕に抱く彼を姉やとして、女として。愛おしい。


 

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