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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
変わらない君を

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8

 宮殿の庭には婆やが作った野草の菜園がある。


 カゴを手に持ちさらはその中を歩いていた。すぐ後ろに婆やがいる。何でも話せる間柄だが、王子の犯した罪の件だけは別だった。


 別の場所で二人きり時、当時の状況を知りたくてさらから切り出したことがあった。婆やは話の内容を感じ取るや即座に首を振った。固く目を閉じ頑として応じなかった。


 言葉にすればあの夜が甦る。それを必死で避けているようだった。婆やにとってもあの夜は悪夢だったに違いない。


 過ぎたこと、と片付けてしまうには大き過ぎる出来事だ。彼が己の正義を通したのだとも居直れないでいる。


 ただ、同じものを彼と共有し互いに抱いている。そんな意識はある。禍々しいそれも彼との絆の一部には違いない。


「サラ様はお出ましにならないので?」


 婆やの問いにさらは首を振った。身を屈め目当ての新芽を摘んでカゴに入れる。これをお茶にすると甘い香りがして美味しい。


「リヴが出る必要がないと言うの」


 この日は宮廷に遠方の諸侯が揃う日だ。王家に忠誠を誓う儀式を行う。式典には王と王妃、そして摂政殿下と呼ばれる王子とその兄の第一王子が出席する。他王族も多数揃う。


「休んでいればいいって。少し風邪気味なだけなのに」


 宮廷の披露目の間には既に諸侯が控えているらしい。


 その中にはセレヴィアから駆けつけたダリアの姿もある。前回近隣諸侯が伺候した際はさらも出席した。重々しい雰囲気が長く続く式典は緊張するし、疲れもする。しかし務めなら果たすべきだと思う。


「お風邪が大事にならないようにとのお気遣いでしょう」


 そう言いながらも婆やの目は笑っている。王子の意図はさらとダリアを遠ざけておくことだ。それは婆やにもわかっている。


「婆やもセレヴィアでお目にかかりましたが、お城でも評判のそれは凛々しいご立派な方でした。奥方はまだ不在で?」


「多分……、そう」


「側室がご正妻の代わりをお務めする場合もありますから」


「側室もきっといないわ。メイドをしていても聞いたことがなかったもの」


「それは珍しい。大層謹厳な方ですのね」


 婆やが目を丸くした。


 さらは周囲に目を配ってから、声をひそめてダリアとキシリアの関係を話した。血の繋がりのない姉弟であること。かつてさらは、ダリアの側にはっきりと姉への愛情を感じたこと。


「まあ、そのような……」


「キシリア様のお気持ちはわからない。でも、あんなにお似合いの組み合わせはないわ。キシリア様は貴婦人だけれど可愛い方よ。そんなお姉様にダリア様は弱いの。言いなりになっていらっしゃった」


 前回のトリップを思い出して話す。そのさらの頬も緩んだ。


「ダリア様が独身を貫いているのは、キシリア様への思いからではないかと思うの」


「近くでお二人をご覧になったサラ様のお目は確かだと、婆やも信じます」


「ありがとう。……この先、二人が一緒になるのは難しいかしら? それが一番いいのに」


「ご当人しか見えない線があるのかもしれません」


「線?」


「サラ様ならおわかりかと……」


 婆やはさらの手を包んだ。柔らかく温かい乾いたその手に触れ、彼女は幾どか婆やにこうされたことを思い返した。父を失った時、継母の仕打ちが悔しかった時……、慰めと励ましをもらった。


(リヴのことで悩んだ時も……)


 邸にいた頃だ。未来ある彼に年齢差のある自分が相応しいのか思い悩んだ。


 恋というにははっきりせず、姉やとしての意識ばかりが先立った。彼の恋情につられて、先に踏み込んでいいのかわからなかった。


 確かにサラの前には「線」があった。


 婆やの示唆はよく納得できた。ダリアにはきっと踏むのをためらう線が見えるのだろう。踏むことで必ずキシリアも巻き込んでしまう。そのことを恐れているのかもしれない。


「臆病だからではなく、相手を思いやるからこそ。サラ様もそうだった。婆やはよく覚えておりますよ」


「わたしは……」


(でも)


 今なら振り返ることができる。王子は彼女の為に王子の身分を降りると言ってくれた。


「僕が普通の男になったら、姉やは嫌か?」。


 持つものを全てかなぐり捨ててでもサラを求めてくれた王子を眩しく思い出す。嬉しく思い出す。




 式典の後は大晩餐会が開かれる。さらは王子の希望でそれも辞退した。


 軽い夕食を済ませ、火の前で手紙を書いていた。ちょっと行儀悪く、膝を抱えた姿勢で本を台にペンを走らせている。


 宛先はセレヴィアの「学校」だ。そこに今もきっといるはずのアンに宛てて書いている。子供たちの為に使って欲しいと、寄付を申し出るつもりだ。実際働いていたから入り用の物は見当がつく。


 前回のトリップで知り合ったアンとは、今のさらは面識がない。でもいつかあの場所を尋ねてみたいと思う。


(でもセレヴィアはしばらくは難しいかも……)


 手紙を書き終え、書き物机にそれを置いた時、扉がノックされた。王子ではない。彼には宮殿内でノックする概念がない。


 果たして使用人で、王妃がさらを呼んでいる告げた。


 晩餐も終盤だ。エイミは早めに切り上げたのかもしれない。夜にお茶に招かれることもままあった。またさらを相手に令嬢時代の雰囲気を楽しみたいのだろう。


「伺います」


 ちらりと鏡だけのぞき、居間を出た。


 王子は今夜は遅いだろう。使用人について回廊を行く。遠くに宮廷の賑わいが漂ってくる。


 王宮は巨大な街と言ってもいい。宮殿が回廊で繋がり合っていた。街の表側にある大きなものが宮廷だ。堀と庭園がぐるりと取り囲む。


 ふと違和感があった。何度も通った回廊だ。夜とはいえ景色が違う。


 王妃の後宮は王子の宮殿を出て折れて、池を臨む回廊を通った。今は折れもせず、まっすぐに進むばかりだ。諸侯の滞在で各宮殿から人手が駆り出されていると聞いた。それでか人の気配がない。


「王妃様は後宮にいらっしゃるのではないの?」


「はい。後宮で不浄がございまして……。一旦お移りいただいております」


 さらも王宮に住んで知ったが、「不浄」とは死人が出たことを指す。貴人であるエイミを移すほどなら、事故でもあったのだろうか。


「王妃様はご無事なのね?」


「はい」


 案内された宮殿はさらの訪れたことのない場所だ。客間に通されたが、エイミの姿はない。酒が出されたところで、おかしいと気がついた。


 エイミからそんな接待を受けたことはない。


(誰が呼んだの?)


 立ち上がりドアに向かう。ここを出なくては、と気が急いた。


 ドアに手を触れたが、彼女の力ではびくともしない。間違って鍵がかかったとは思えなかった。


(閉じ込められた……!)


 状況に全身の総毛が立つような恐怖を感じた。


 知らない誰かがエイミの名を騙ってさらを誘き出した。それをするような人物の心当たりがない。また目的もわからない。


 ドアを諦めて窓に駆け寄った。カーテンを避けた窓には鎧戸が下りている。割って外に出るのは無理だった。閉じ込める場所として用意された部屋なのは、嫌でも悟る。


(どこか逃げる場所は……)


 うろうろと目を走らせ、暖炉の火かき棒を手に取った。どうにかなるかわからないが、素手より幾分かましだろう。


 そこでドアが開いた。二人入って来た。


 一人は金髪を肩で切り揃えている。ふくよかな女性に見えたが、濃い髭の剃り跡で男性と知れた。もう一人大柄な男性は金髪の従者らしい。紐を手に持っている。その使い道が透けて細い悲鳴が出た。


 さらは火かき棒を握りしめた。


「ここから出して」


 相手が誰かよりここから出たかった。震えで歯の根が合わない。


 さらの声に応じず、金髪が甲高い声で命じた。


「縛れ」


 命に応えて男が彼女の方へ踏み出してきた。相手へ火かき棒を振るう。しかし男は容易くその先をつかみ、捻るように奪い取った。


 火かき棒をあちらに放り、大きな手でさらの頬を打った。左右に何度も打たれ、痛みと衝撃で頭が白くなる。


 気づくと腕をつかまれ紐で固く縛られていた。金髪の元へ彼女を引きずって行く。


 さらは出せる限りの声を出した。悲鳴と泣き声の混じる音だった。


「うるさい」


 金髪が床の火かき棒を手にしていた。模造の剣でも振るうように容易くさらに向かって下ろす。強い痛みが足に走る。もう一度棒が降って来て、うめきながら身を縮めてそれに耐えた。


 こんな暴行を受けるのは初めてだった。恐怖と混乱が溢れ思考もできない。


 大柄がさらの髪をつかみ、伏せた顔を上向かせる。強引な力に首がひどく痛んだ。


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