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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
変わらない君を

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6

 王子はさらを屋根裏部屋に連れてきた。


 ここはあまり手が入らないようで相変わらず埃っぽい。がらくたを詰めた箱が壁に山になっている。懐かしさに視線が部屋をさまよった。


「サラ、君を妻にする」


 王子の声に彼女が彼へ顔を向けた。


「それは……、わたしは……何番になるの?」


「何番とは?」


「何番目の奥様になるかな……って思ったの。ギルーアのお姫様が一番目でしょう。なら四番目とか、五番目……?」


 さすがに二桁目ならば精神的にきつい。想像では江戸時代の大奥が頭にちらついて、既に尻込みしてしまっている。


「妻はいない」


「だって、婚約したのじゃなかった?」


「彼女は死んだ。それで婚約に至らずに破談になった」


「まあ、そう……。でも……、他の女性方がいるのでしょう? ダリア様がそうおっしゃっていたもの」


「それは兄上の方だ。何人もいる。僕も同じだと見られる向きはある」


「否定しないの?」


「ダリアは僕を諌めるつもりで口にしたんだろう。それに君も知っているように、僕は清いとは言い難い。他出の時は女を抱くこともある」


「……これからも?」


 王子はさらを見つめちょっと笑った。


「それはないと誓う」


 懸案が消え心が軽くなった。


 彼が隠しさらも見ようとはしなかった。その実態は十五歳の彼にさほど遠くない。孤独が増え影を増しただけ。


 気づけば彼女は彼の腕の中にいた。そういうところは素早くて、男性らしく成長したものだと思う。


「僕は君の好むような男じゃない。線の細い、我がままで癇癪持ちの王子だ。大軍を率いて戦える能力もない」


 誰のことを指しているかすぐに知れた。セレヴィアの城にいて、王子に手をつかまれながらも彼女の視線はダリアに注がれ続けていたのだから。


 あれは彼にすがっていたのだと、今なら振り返ることができた。迷い込んだ世界で彼女を救ってくれたのはダリアだった。横暴だった王子からも守ってくれた。感謝に憧れを織り交ぜて英雄視して眺めていたのだと今は思える。


(素敵な人なのは、絶対確か。でも、恋愛感情じゃない)


 その証拠にキシリアへのダリアの思いを嗅ぎ取った時も、さらの心は動揺しなかった。


「誰かと比べないで。リヴはリヴだもの」


 さらの言葉に応えるように王子が口づけた。


「……僕はこのまま絆の契約ができる。内密の結婚のことだ。この取り決めだけで結婚は完結する」


 彼が「考えていることがある」とここへ伴ったのはこのことだったのか。プロポーズはされたが、婚約期間がありゆるゆると進むものと考えていたから、この急展開に戸惑った。


「陛下の反対は?」「エイミ様にご報告を」などの言葉が出かかった。しかしそれらを封じるような王子の強いまなざしに会い、意思が溶けた。


 奪うようなキスも強引な抱擁も嫌だったはず。


 なのにこの瞬間、さらは彼を受け入れていた。微かに頷く。


 その頷きを逃さず、王子は片手を自分の胸に置き、片方をさらの胸元に当てる。彼女の手で自分の腕を握らせる。すぐに誓いの文言を並べた。


「『……ここに、クリーヴァー・カイゼル・ヒースグリフはこの女、サラ・フィフバルト・イングと絆を結び妻とする。愛し且つ守り、または癒すことを永遠に約す』……同じように繰り返せばいい」


 つかえながらもさらは文言を繰り返した。


 すぐに儀式は終わる。王子は胸の手を外し表情を緩めた。


「済んだ」


「実感がないわ」


 さらは窓辺に立った。ここから望む庭の光景は全く変わり映えがない。この部屋は時が止まっているようで、軽いめまいを感じた。


 王子が後ろから彼女を抱きしめる。


「リヴはここが好きだった」


「二人でここにいる時間が好きだったんだ。ここだと君と距離が近くなる。だからよくここに連れて来た。そんなことに胸を躍らせていた」


 今更の告白は切なさで彼女の胸を締めつけた。だから、儀式を行う場所もここを選んだのだろうか。過去の自分と繋がる為に。 


「実際に契ることで契約が有効になる。僕を拒まないでほしい」


 彼の唇が首に触れた。どきりとする。


 その感覚を彼女は知っていた。以前のトリップで、感じた気配とよく似ている。彼女もその甘さにうっとりと身を委ねた記憶があった。彼からだけでなく、互いに求めていた。


 絆の契約の完了は彼との結婚を意味した。それはこの世界を選ぶことだ。


 今回のトリップは自分の意思が働いたと感じている。果たして、ループの始まりの場所に辿り着けたのは、その意思のお陰なのかもしれない。トリップのループを断つ意志を問われた気もしている。


 王子ともわかり合えた。その結果が今だ。


(ここで生きていく……)


 心の全てが今を肯定しているのでもなかった。そのどこか一部が、不安に震えているのも確かだ。


「……ええ」


(それでもリヴを捨てられない)


 その自分に、五年前に彼を守るために崖から身を投げた自分が重なるように思えた。




 晩餐の後で王子は手紙を書いた。父王宛てのものと婆やへのものと二通だ。急便で出され、二人より手紙が先に王宮に着く。父王には結婚の報告で、婆やへはさらを迎える準備を命じたものだ。


「事後報告で大丈夫なの?」


 彼は大事な後継の王子だ。兄の第一王子とは今ではくっきりと扱いも違う。どこの馬の骨とも知らぬ女が妻で、周囲は納得するのだろうか。


「君は母上の親族だ。そこに誰も文句はつけられない」


「……でも、そのサラは死んでいるのに。怪しまれないかしら? 魔女だとか……。裁判にならない? それで火炙りとか……」


 そこで彼が大笑いした。こんなに笑う彼を随分長く見ていなかった。「魔女」も「裁判」も「火炙り」も馬鹿げたことだったようだが。またこんな風に笑ってほしいと思う。


「奇跡的に助かり僕と再会した。それ以外何が要る? 気に病むな」


 王子はさらの頰に手を触れた。


「母上の頃と違う。姉やを同じ目に遭わせない」


 目の奥と言葉に自信がほの見えた。彼はもう精神的に逞しい大人だ。見守って育む「姉や」はもう必要ない。


 さらに触れるその手は、かつて非常な覚悟で仇を打った手だった。彼女はそれを知り、喜びも褒めもしないと言った。私刑を正当化するつもりもない。


 ただその覚悟を見られたことで、彼女の犠牲が報われたのを感じた。彼女が彼の為に払った犠牲と彼がサラの為に手を汚した事実が釣り合う気がした。

 

(こんなことを思うのは卑怯)


 王子はサラに身代わりを強いたのではない。またサラも彼に復讐を望んだのでもない。互いに自らの意思だ。


 それらの事実でもって、今また二人が手を握り合った。そして二人を包むように小さな完結した世界ができたのもわかる。二人だけで満ち足りる閉じた世界だ。


 さらは彼の胸に頬を寄せた。瞳を閉じる。


「何を誓ってもいい。何度も君に跪く。二度と僕を一人にするな」


 彼の何に不安を感じたのか。何が足りないと思ったのか。


 彼がいればそこはさらの世界だ。


 少し前の自分の心がわからない。


(ここがわたしの居場所)


「もう離れない」


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