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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
白昼夢の約束

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1

 目覚めた時、大きく息を吐き出した。まばゆい光がさらを包む。


 瞬きを繰り返す。目の前には見慣れた車内の光景が広がっていた。鼓動が激しい。


(帰った……!)


 空いたままのドアがゆっくりと閉まった。そして止まった電車が動き出す。


「次は『白妙』に止まります」


 アナウンスが流れた。さらの自宅からの最寄り駅だ。


 驚きが長く去らなかった。


 人々にあわせ、機械的に動いた。真っ白だった頭が働き出したのは、駅から自宅へ歩く途中のことだった。


 踏むアスファルトの硬さが足裏から伝わる。どこからか夕食のいい匂いが届く。カレーのようだ。彼女が身につけているのもTシャツにパーカーを重ねた普段の通勤着だ。


 以前のトリップと同じで、時間は途切れなく繋がっている。確かめた日時も異常はない。


 前回と違うのは、妙に虚脱していることだった。没入型の壮大な夢の後の疲れではなく、予定のない長い休みを前にした心地に似ていた。


 帰宅してすぐにしたことは、切れそうなスマホの充電ではない。自室に入り、棚の引き出しを探った。あるべきものがあるはずの場所から消えていた。


 王子がくれた銀の腕輪だ。商店街の店で鑑定をして以来、そこにしまいっぱなしにしてあった。取り出した記憶もない。


 なのに、ない。



 さらの日常は続く。仕事に出かけそこでは与えられた責務を懸命に果たす。


 帰って以来の虚脱感がしつこく残り、深く物事を考えられないでいる。人の言葉も態度も裏読みもせずそのまま受け取ってしまう。


「ここはあなたのミスをカバーする人材が豊富で恵まれてますよ。失敗しても大事にならない。他ではとても勤まりませんね」


 勤務先の嫌味な理事長からの人格否定的な言葉も言葉通りに理解した。そうミスが多いのでもないが、しかしない訳でもない。


「そうですね、ありがたいですね」


 しれっと元気に返せた。理事長のさらへの攻撃でぴりついた空気も緊張が溶ける。彼女の様子に当の理事長は怪訝な表情だが、さらはどうでもいい。幼稚園教諭は暇ではなかった。


 深くは考えられないが、理事長の顔を見るとセレヴィアの城にいた管理官を思い出してしまう。甲高い声で喚く高圧的な彼は使用人たちから失笑ものだった。


(あの人にそっくり)


 さらの態度が変化し嫌味も皮肉もいじめも通用していないのを知ると、何も絡んでこなくなった。


 立場の弱い者をいたぶって反応を楽しんでいただけなのは、明らかだった。必要な注意ならば、さらの反応に関係なくあるはずなのに。


「理事長、黒須さんが強気だから調子がはずれちゃってるみたいね。その感じでいくといいよ」


 同僚も応援してくれる。さらへのいじめでぴりつくこともなく、職場の空気も変わった。


 その変化も彼女はあまりぴんときていない。


 現実へのリアクションは薄いが、心にわだかまっていることはある。それが衝撃過ぎて、他が淡く感じるのかもしれない。


 腕輪が消えたことで彼女は強く動揺した。し続けている。


『セレヴィア点』で王子から渡された腕輪はずっと彼女についてきた。元の世界に帰った際も空間を裂いてそれは現れた。


 二度目にトリップした時も手首にそれはあった。


 なのに、今回帰った時はあったはずの腕輪が消えている。もちろん手首にもない。またいきなり飛び出すように現れるのではないか。そう思えて、帰って以来見えない気配に耳を澄ませてしまっていた。


(待っているみたい)


 そんな自分に気づいて納得する。「みたい」ではなくて、待っているのだ、と。


 あれは彼女と王子を繋ぐ品だった。その関わりから彼女の身元保障のような役割もあった。城に受け入れてもらえたのはその信用のお陰だ。


(腕輪が消えたのは、もうその役割を終えたから?)


 そんな風にも思えてしまう。今回は雷に打たれて死に、元の世界に帰ってきた。ありがたいことに衝撃のすぐ後ではもう意識が消え、苦しみもなかった。


(毎度あれならいいのに)


 誰かに刺されるのでもなく、崖から飛び降りることを強いられるのでもない。まるでリセットボタンを押されたような、あの世界から弾かれたような消え方だった。


(ゲームオーバー?)


 終わりの間際に、さらは王子からプロポーズを受けた。彼女もそれに応じた。物語で言えばハッピーエンドだ。その先は要らない。


 彼女のループは切れた。


 (だから終わった?)

 

 そして、腕輪は異世界に行った唯一の証拠だった。あれがあったからあの日々を信じられた。


 それが消えた今、夢を見ていたような気がする。長い長い夢。


 その中でさらは歪だったが、素敵な王子に求められヒロインでいられた。


(夢だったのかも……)


 そう片付けたら物事はすっきりとする。異世界での日々も夢で、その中で苦悩する王子ももちろん架空の人物だ。


 ぱたん、と胸の中で本が閉じた気がした。物語の外でヒロインは生きられない。


 息苦しいほどの切なさが胸に溢れた。やり場のないそれをさらは長く持て余した。




 美容室を出てタクシーに乗った。


「きれいだね、結婚式ですか?」


 ドライバーの言葉にさらは苦笑した。説明するのも面倒で頷いておく。この日は午前早くの予約をとって美容室で振袖を着付けてもらった。レンタルの品で、伯母が手配してくれた。


 タクシーは伯父夫妻の家に向かっている。何もない日になぜ晴れ着か?


 数日前にさらの晴れ姿を写真の残そうと伯父が言い出した。成人式の本番はインフルエンザにかかって寝込んでいたから、記念写真がない。


 遠慮したが、いつも通り伯父は強引だ。着物代や着付け代で結構かかるのに全部持ってくれるという。親切で言ってくれているのもわかり、従った。逆らう方が労力が要る。


「写真を撮ってもらったら、どこかでお食事しましょうよ。晴れ着の女の子と一緒に出かけるのは嬉しいもの」


 こんな伯母の言葉には抗えない。


 タクシーを降りてインターフォンを鳴らした。伯母に引きずられるように中に入った。褒めそやされるのが恥ずかしい。


「本当、さらちゃん可愛いわ。こんな時は女の子が欲しかったと思うわね」


 伯父もさらを眺めて満足げだ。言うがままの姪が可愛いのは嘘ではないようだった。従兄弟の功輔はこの日は不在のようだ。


 写真館の予約に余裕があるのか、伯母は和室でお茶を入れてくれた。さらとしては早く行って撮って、ご飯を食べてこれを脱ぎたい。


 伯父夫妻自慢の功輔についての自慢話が始まった。相槌を打ちつつ時計をちらりとうかがう。そこでインターフォンが鳴った。


 伯父と伯母が顔を見合わせた。立ち上がり、二人して玄関に向かった。お客らしい人との話し声が聞こえる。しばらくして、意外なことにお客を伴って二人が戻ってきた。


「さら、萩原君だ。知り合いの息子さんで…」


 と紹介が始まった。年齢、職業、出身大学から奥歯がインプラントなことまで、個人情報が溢れた。


「すごいわね、優秀で。さらちゃんもそう思うわよね」


「知り合っておくに越したことはない有望な青年だぞ。遠慮しないで質問したらどうだ?」


「はあ……」


 急な来客は仕方がないが、ここでその接待が始まると時間がかかりそうで気が重い。そもそも写真館の予約はどうなったのだろう。


 伯父夫妻を脇に、初対面の萩原氏と向き合う。相手はかちっとしたスーツ。さらは振袖。


(お見合いみたい)


 正座した足の辺りからぞわぞわするような居心地の悪さが上ってきた。


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