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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
君を通して色が変わる

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11

『婆や


 返事が遅れてごめんなさい。お待たせしたわ。


 よく考えて答えを出しました。リヴにお会いしようと思います。


 それで、まず婆やからそれとなくわたしの存在を教えて差し上げて欲しいの。いきなり会うのは、さすがに刺激が強過ぎると思うから。何を話すかは婆やにお任せします。


 その後でリヴのご都合を聞いてもらえるかしら。お城にわたしが伺ってもいいし、どこか別の場所でも構いません。それをまた知らせてもらえると嬉しいわ。


 待っています』



 書き損じて便箋を一枚無駄にした。今に至る説明と詫びを省いて簡潔なものに仕上げた。細かなことは会って話せばいいのだから。


 村に帰るメイドにその手紙を託した。自分の手を離れれば、手紙はもう婆やの元に向かうしかない。そして、じき王子にも内容は伝わる。


 高揚しているのに頭は冷めていた。決断に後悔はない。納得しているからだ。


 手紙を出したその晩遅くだ。もう寝室に引き上げようかという頃合いだった。


 玄関でベルが鳴った。アンと顔を見合わせ二人で向かう。夜更けに学校に使いなど来ない。


 アンがドアを開けると城からの使いが立っていた。


「至急お渡しせよと承っております。サラ様はいずれで?」


 アンがさらを手で示した。彼女に使いが手紙を差し出した。夜目にも真っ白なそれは鮮やかだ。礼を言いドアを閉めた。二人で居間に戻る。


 すぐに開けるのをためらった。封筒の表にある宛名が婆やの字ではなかった。記憶にある王子の筆跡で『サラヘ』とある。


 手紙は婆やではなく王子からの返事だ。


 椅子に掛け呼吸を整えてから封を切った。それを間近にアンも眺めている。



『サラ


 婆やの話を聞き、驚きの中でこれを書いている。


 あの日、君は僕を邸の階段裏に隠し一人で崖に戻った。全てが終わった後で、君は僕の身代わりになって身を投げたのだと知った。


 あれからずっと悔やんできた。なぜ君を一人にしたのか、悔やみ続けてきた。何もできなかったことをずっとずっと呪ってきた。


 君は僕を守ってくれた。でも少しも嬉しくない。それで君が死ぬのなら、僕が無事なことに意味がない。これを言うと君はきっと怒るだろう。でも、嬉しくない。君がいない日々は好きじゃない。一人で残されるのはとても嫌だ。


 僕はよく君の夢を見る。君が恋しくて堪らなくて、僕はおかしいのかもしれない。夢ではまるで君に触れているように感じられる……』



 そこまでを読み、さらははっとなった。


 彼女自身が見る夢に繋がる気がして驚いた。彼女も王子の気配を感じ、その感触を肌に残していた。


 夜な夜な繰り返した夢の幾つかが甦り、頬に熱が上った。手紙を膝に置き頬に手を当てた。


 そのさらをアンが見ている。


「どうかした?」


「ううん……、あの、これ、一人で読んでいいかしら」


「あら、もちろんよ。でも結果は教えてね」


「ありがとう」


 居間を出て寝室に上がった。明かりを灯し、ベッドに腰を掛けた。手紙を開く。



『……だからか、婆やの話を素直に聞けた。そうあってほしいからと強く望むせいもある。


 でも、君が死んだという過去は僕たちの記憶にしかない。確かめようのないその記憶の方にこそ誤謬があるのじゃないか。死んだという過去が間違っているのかもしれない。三日前の空の色ですら記憶は曖昧だから。


 これを書いている今すぐにも会いたい。君の存在を婆やはついさっきまで教えてくれなかった。伝えると、僕が用事を放り出すからだそうだ。まだ君の居場所も知らせてくれない。実は彼女は僕の周りで一番口うるさい。君は信じられないかもだけれども。


 明日、洞窟の森の入り口に来てほしい。午後の三時。必ず』



 さらは手紙を二度読んだ。急いで書いたようにインクの滲む箇所が幾つかある。


 恋情を寄せられている実感はあった。けれど、その過去は彼が言うように「僕たちの記憶にしかない」。


(形でほしかった)


 そのサラの思いを王子の手紙は叶えてくれた。


 今も変わらない思いを向けられている。そのことが心の奥を満たした。


 婆やから彼に縁談があることを知った。そのことで思いがけず気持ちが乱された。彼女には止める権利も責める理由もないというのに。


 その屈託も手紙を繰り返し読めば淡く消える。


 さらは自分が嬉しいのだと知った。




 午後三時は学校にとっても都合のいい時間だった。おやつを済ませて校舎を出た。アンには手紙の内容も告げ、外出の許可ももらってある。


「ゆっくりしてくればいいから。ただ、王子様には先日の件をくれぐれもお詫びしておいてね」


「先日の件」とはさらを匿って嘘をついたことだ。王子に出した蒸しパンとシロップを彼女は自分が作ったものだと、さらのために偽ってくれた。


「もちろん、わたしのせいだったとちゃんと伝えるから」


 午前の青空が午後になって陰り出した。歩くには日差しが強いよりはよほど楽で、さらは軽快に進んだ。


 アンから待ち合わせの場所について教わってある。教会館の建物を目指して学校から三十分ほど。その裏手にあたるという。


 目印にして進んで来た教会の尖った屋根が近くなった。その時、馬が駆けてくる気配がした。彼女が振り返るのと騎馬した誰かが馬を降りるのが同時だった。


「サラ!」


 手綱を放り出して彼はさらに駆けてきた。


 彼女はその距離が果てるのをただ待っていた。すぐに抱きしめられる。


 考えていたより背が高い。腕の力も強い。


(これが……、リヴ)


 さらの知る王子より若く、サラの彼より大人びていた。


 王子は彼女を胸に強く抱き、長く離さなかった。さらが押し当てる額から彼の高鳴る鼓動が伝わった。黙ったままの時間が二人の何かを埋めている。


 その間、馬は少し離れた場所に歩いて行った。腕が緩んだ時にさらが聞いた。


「逃げてしまうけれど……、いいの?」


 その彼女を王子が見つめている。


「再会してすぐの言葉がそれなの?」


「ごめんなさい、気になったから……」


「呼べば戻る」


 王子は手を挙げて指笛を鳴らす。それを聞き馬はとことこと彼の元に戻った。手綱を手に王子は馬の背を撫ぜた。


「待ち切れずに早く来た。君が学校から来ると婆やから聞き出したから、先回りした」


「洞窟の森……」


「森の中ほどに洞窟があるんだ。青っぽい岩壁のきれいな所だよ。行ったことは?」


 さらは首を振った。


 王子は彼女の手を握る。


「行ってみよう」


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