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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
君を通して色が変わる

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32/58

2

 さらは昼食前にイアを連れ庭に出ていた。午後から雨が降るような空の具合で、早めのお散歩だ。


 乳母とさらが縫ったフリルのある可憐なワンピースは、イアによく似合っていた。キシリアの元婚家は、子供に虫のような衣装を八歳まで押しつけるらしい。鷹揚なキシリアが相当嫌だったようで、すぐに処分させてしまっていた。


 好きに花を摘ませたりそれを数えさせるなどして遊んだ。


「ダリア」


 さらより先にイアが叔父の姿に気づいた。さらの手を外し彼の元へ走った。途中草の上で転んだが、泣きもせずに立ち上がる。


「いい子だ」


 ダリアがイアを抱き上げた。


 さらは彼に辞儀をした。手を前で組み言葉を待つ。目上の者が先に話すのがこちらの流儀だ。もちろん家族や友人間など親しい間柄ではその限りではない。


「見ていたが、子供の相手がお上手だ」


「イア様はとてもお利口さんです。覚えも早くて」


 少し沈黙。


 さらにはダリアがわざわざやって来た理由がわかる。これで三度目だった。キシリアの了解を得たかの確認の為だ。


 タイミングが合わずに今も話せていなかった。終戦に向け表区は平時に移りつつあると聞く。しかし、内区ではバラやキシリアの担う普段の仕事が減ることはない。


「今朝はバラ様とご一緒に寺院に向かわれています。偉い方が来られたとかで……」


「二人の会っている司教師より王子の方がずっとお偉い。宮廷から側近が準備に先着すると知らせてきた。到着すれば、彼らに客分のあなたを会わせない訳にはいかない。悠長にしている時間はないのだがな」


 ダリアの焦れもわかるが、いい機会が見つけられずにきた。キシリアは午前から出かけることが多く、昼を跨ぐこともあった。晩餐を過ぎれば話し辛く……。


(これは言い訳だ)


 あれこれを口実に打ち明けることから逃げている。


 そのさらの迷いをダリアは指摘しているのだろう。こんな逡巡を許してくれる彼は十分に優しい。


「今日、お話しします」


 ダリアは頷いた。それで場を離れるのが常だが、意外にも言葉を繋いだ。


「避けるより、王子にお会いしても良いのでは?」


「それはできません。前にお話しした通り、元のそのままの自分ではないのですから……。彼を偽ることになります」


「そうであっても、恋した人に似たあなたを見れば王子は喜ばれるはず。姿を見せて差し上げるのが良いのではないか」


 それはできない。


 さらに執着してしまう懸念抜きにも、会ってはいけない。彼の中で決着のついた過去だ。サラを引きずりながらも王子の時間は前に進んでいる。


(死んだわたしでは、駄目)


「どうしても?」


「……たとえば、叶わない思いの相手に似た誰かに会って、あなたなら嬉しいですか?」


 ダリアは目を細めて彼女を見返した。


「そうだな。わたしは……、別人では意味がない」


 彼も頷き、イアを地面に下ろした。姪の頬を撫ぜてから身を翻した。


 さらの周りを駆けるイアを目で追いつつ、ダリアの言葉が耳に残っていた。


 まるで実際彼が叶わない思いを抱いているかのように聞こえてしまう。単なる考えを言うのなら「わたしは」は余計な気がする。無駄なことを言わない彼だけになおさら。


(心の声がもれたみたい)


 ごく自然にその相手が頭に浮かぶ。


(キシリア様)


 血の繋がらないが、二人は姉弟だ。「叶わない」と彼が押さえ込むには十分な理由だろう。


 以前聞いた婚約破棄の原因も、姉への思いが底にあるとすれば納得がいく。


 これ以上彼の隣が相応しい人はいないような貴婦人だ。


(ダリア様は似た別人では駄目なのか……)


 一途な気性がちょっと切なくもある。王子は似たさらで心を埋めようと執着したのに。


 なぜだかその違いがもやもやと面白くなかった。


 


 昼食後、イアの昼寝の時間にキシリアは帰ってきた。


 疲れているだろうから、余暇の時間を奪っては、など遠慮していたが、これ以上は引き延ばせない。話があると言うと、少しだけ表情がこわばった。


「ご都合が悪ければ、後でも……」


「いいえ、そうではないの。……何かしら、と考えただけよ」


 庭の東屋で向き合った。涼しい風が近くの花の香りを運んでくる。


 まずは記憶喪失のところから弁明しないといけない。あの設定は説明を省く為の方便だった。『セレヴィア点』の時も使ったから自然にそれが出たが、そこから訂正が必要だろう。


(その後で邸でのサラの暮らしを話して……)


 さらが頭で話の順序立てをしていると、キシリアが話し出した。


「あなたはわたしと親しいから、こんな形になったのでしょうけれど、ダリアから話させるべきではないかしら」


 考えていた為落ちた視線がキシリアの声に戻った。目が合う。


「ダリア様から……、ですか?」


「ええ。本当はあの子から聞きたかったわ」


(わたしのことに気づいていたの?! でもどうして?)


 彼女もまたダリアと同じくイング家に連絡を取ったのかもしれない。もしくは、彼と大伯母の手紙を読んだ。どちらでも説明がつく。


 早くにキシリアに打ち明けなかったことを悔いた。


 素性に大きな偽りがあったのだから、騙されていたと感じてもおかしくない。だからか、声にややなじるような印象がある。


 さらはキシリアに助けられ、今がある。娘を任せてもらうなど信用も得てきた。


(いつから?)


 さぞ不快だったに違いない。なのにそんな素振りも見せなかった。それは彼女の思いやりに違いない。さらが自ら打ち明けるのを待っていたのかもしれない。


「申し訳ありません。もっと早くにお話しするべきでした。絶対信じてもらえないし、こんなことを話すわたしを不審に思われると、怖かったんです。ダリア様も完全に信じて下さっているのでもありません」


「ダリアは立場上警戒心が強いわ。でもそう決めたのなら、あなたを信じないと。試すかのようにあなた一人に役目を押し付けたりして」


「でも自分のことですから」


「あなただけのことではないわ。二人の……、ガラハッドの家の問題でもあるわ。だからあの子が自分の口から決断を告げるべきなの」


「ダリア様はわたしの問題に巻き込まれただけで、何も悪くありません。あの、やはりわたしがお城にいることで、皆様にご迷惑があるのでしょうか?」


「迷惑だなんて。いけないわ、サラ。そんなことをおっしゃるものではないわ。ダリアの決断に意を挟むなどなどありません。……ただ、姉のわたしには、せめて自分で伝えて欲しかっただけなの……」


 キシリアは微笑んだ。その笑みは翳りがあるように見えた。さらの手を取り握った。


「どうであれ、お祝いを言わなくては。おめでとう。嬉しいわ……」


「おめでとう? ですか……?」


 さすがにさらも話の流れが違うと気づいた。


 彼女の打ち明け話は祝福を受けるような種類のものではない。


「イング家にご連絡なさったか、ダリア様がお持ちのわたしの大伯母からの手紙を読まれたのではないのですか?」


「え。お手紙?」


 今度はキシリアがさらを見て首を傾げた。


 無言で瞬きを繰り返した。その最後に彼女はぎゅっと目をつむった。顔を両手で覆う。


「わたし、ダリアがあなたと結婚を決めたのだと思ったの」


「え?!」


 頬を赤らめたキシリアが恥ずかしげに繋いだ。


「あなたからお話があると聞いて、てっきりそうだと……、思い込んでしまったわ」


「まさか。とんでもないです」


 そう聞けば、さっきのキシリアの話も合点がいく。


 ダリアからの報告が欲しかったと、繰り返し言っていた。仲の良い姉弟なら当然だろう。他「ダリアの決断」も盛大な勘違いの上でなら意味が通る。


「あなた方が二人でいるのを何度か見たわ。人目を避けて深刻そうにお話ししていたから、すっかり親密な仲なのだと……」


 さらは首を振った。人目を避けるのも深刻そうなのも、話の内容が内容だから。


「ごめんなさいね、早合点してしまって」


 キシリアはまだ頬を赤くしているが、もう表情に緊張感はない。自分の失敗を気まずがっている風なのが、さらの目には愛らしく映った。


「じゃあ、あなたのお話は何かしら? ダリアとのことでないのなら、見当がつかないわ」


 今度はさらに緊張が走る。


 キシリアを前にすれば、打ち明けるのをためらった理由がはっきりとする。


(嫌われたくない)


 おそらくその思いが一番強かった。


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