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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
箱にしまって、開けないで

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5

 では、ジジはどこに行ったのか。


 やはり『セレヴィア点』の最後、彼女のセリフはとても印象的だった。覚悟した声の質感まで耳に甦りそうに残っている。


「王子の心がどうしても欲しいの。そうでないと、また海の泡になって消えないといけない。もう繰り返したくない……。最後にしたい。王子の心を捕まえたあんたが、わたしの代わりに逝って」。


 これが人魚姫の言葉に感じられてならなかった。


 そのジジは甦りのループを辿り続けている。


 童話の人魚姫は王子様に失恋して海の泡になって消える。彼女の物語をハッピーエンドに終えるには、誰でもいい王子様との恋の成就が必要だったのではないか。そうすることでトリップの螺旋から抜け出すことが叶うのかもしれない……。


(『人魚姫』の王子様とクリーヴァー王子は別物だけれど……)


 ループを終える絶対条件、とともかくジジは考えた……。結局それも叶わず、さらを犠牲にすることで代替させようとした。王子を執心させた彼女を殺し、自身の代わりに海の泡にさせた。


 それでジジの本願は果たせたのかはわからない。ただ、この世界にいないのであれば叶ったのかもしれない。もしくは、もっと過去や未来で再度繰り返していることもあり得るだろう。


 成功していたとすれば、ジジの『人魚姫』の物語はハッピーエンドに終えられるのではないかと思う。


 確かめようもない妄想じみた想像だが、ジジを思うのは自分と同類だから。


「サラにも「前」の記憶があるのでしょう?」。


 彼女のこのセリフはそう告げている。


 さら自身にはトリップする人間の匂いなどぴんともこないが、倦むほど繰り返したジジには感じられたとしても不思議ではない。


(『人魚姫』のジジとさらの共通点は?)

  

 そこで『廃宮殿の侍女』の著者のメッセージを思い出す。


『物語の中で生きるヒロインに息吹きを』。


 これはさらへの啓示であり、サインのように思えた。


 本来は『私の中の生きている彼らに息吹を』だったと信じているが、もう確かめようもない。そして、この「物語の中で生きるヒロイン」の一人はジジなのではないかとも思う。彼女は『人魚姫』だから。


 では自分は何になるのだろう。


 黒須さらとしてはわからないが、「サラ」としてなら該当するヒロインがいる。『シンデレラ』だ。


 サラは父亡き後継母と義姉にいじめられた背景がある。それを論拠にするには弱いが、ちゃんと王子にも見初められていた。


 ジジにはとにかく王子を射止めてハッピーエンドを迎える、という目的がある。『シンデレラ』でもそうするのが正解なのか。


 しかし、さらは『セレヴィア点』で王子に執着されたが、時間を変えまた同じ世界をループしている。それに、『シンデレラ』はそもそもがハッピーエンドの物語だ。


『物語の中で生きるヒロインに息吹きを』。変わってしまった本のメッセージ。これがトリップの鍵に思えてならない。


 さらの場合の絶対条件は何だろう。


(それを見つけ、クリアするまでループし続けるのだとしたら……)


 軽いめまいがした。凄惨な死もセットとなれば、更に気持ちが萎える。


 


 居住区での日常は淡々と過ぎていく。


 キシリアは母のバラらと共に領内の奉仕の仕事も担う。病人がいれば見舞いに行き、貧しい人々には食糧を持って慰問に行く。他子供達の為に学校の運営もしている。さらがメイドをしていた頃は、彼女ら貴人は優雅にのんびりしているだけに見えたが、なかなかに忙しいようだった。


 さらは乳母と分担しイアの世話を受け持った。幼稚園とは違い、二人でたった一人を見るのだから、ゆとりをもって携われた。


 イアを連れて庭を歩くのも日課だ。


「サラ、あっち。あっち、サラ」


「面白いものを見つけたの?」


 イアに手を引かれて進む。居住区の西側は使用人達のエリアだ。大食堂の奥の広い洗濯場を挟んで彼らの住まいがずらりと並ぶ。


 さらの経験上、無意味に主人一家が彼らの側に立ち入ることはマナー違反だ。休憩を中断させるし、不必要な儀礼を求めることにもなる。


「少しだけね。イア、メイド達もお休みしないといけないでしょう?」


「うん、ちょっとだけ」


 さらは大食堂の手前までイアを伴った。昼食の準備が進んでいるらしい。ふわりと煮込んだスープのいい匂いがする。


 大食堂をのぞくのは止めて、庭に下りて戻ろうとした。その時、廊下を走って来る者がいた。メイド服の彼女たちはお喋りに夢中でさら達に気づかない。


 さらは咄嗟にイアを抱えて避けた。そこでメイドの一人が振り返った。


(リリ!)


「まあ、失礼しました。サラ様」


 リリは慌てて膝を折って辞儀をする。他の二人も顔を向けた。


(ココ!)


「失礼しました」


「失礼しました」


(スー!)


「いいの。気にしないで」


 イアを抱いたままさらはリリ、ココ、スーを見つめた。『セレヴィア点』より少しだけ幼く溌剌として見える。


 さらは自分から身を翻した。そうしないと彼女達はいつまでもその場に留まっていなくてはならない。


 イアを下ろして歩きながら、後ろを振り返る。もう彼女達は大食堂へ姿を消していた。浴室磨きに明け暮れる中、おいしい昼食はとても大切な息抜きだ。


 ダリアと再会したことに運命に似たものを思ったが、彼女達にまた会えたこともさらには意味がある。そして嬉しかった。リリ、ココ、スーは今のさらを知らない。身分上の違いもできた。


 この時にトリップしてしまったことで、三年先の『セレヴィア点』に影響があるのかもしれない。さらの記憶にしかない不確定な未来は変わってしまうのだろうか。


(それでも……)


 この手首に腕輪がある以上、彼女の過去であるあの未来は存在するはずだ。


 あまり考えないようにしていたが、腕輪をくれた王子はあの後どうしたのだろう。


 さらがジジらに殺され、世界から消えた……。消失したのかは不明だが、この世界を去った。


(リヴにとっては「姉や」を失うのは二度目)


 サラのことを知り、彼のさらへの執着の意味も重みも理解した。「姉や」に似た彼女を側に置くことで彼の過去の何かが埋まるのかもしれない。癒えるのかもしれない。


 乱暴で無理解で、強引な求め方で、さらの気持ちがほぐれることなど決してなかった。けれども、彼には彼女の気持ちなど要らなかった。「姉や」によく似た、まるで生きた人形をおもちゃにしたいだけ……。


「サラ! 開けろ!」。


 一度目の最期。その間際にさらは確かに王子の声を耳にしている。悲痛な悲鳴にも思えるのは考え過ぎだろうか。


(リヴはその後どうしたのだろう?)


 当たり前に旅を続け、王宮に帰ったはずだ。彼の帰還は父王の命だったのだから。


 この事実からも「邸点」の彼とは取り巻く環境が違うのがわかる。身分はそのままに重みが増した。王子の身分から降りようとしたあの時の彼の希望は容れられなかったことになる。


 王子を殺そうと狙ったのは、彼ら母子を敵視し続けた王妃だったのだろう。サラの記憶からそう読み解ける。


 権力がある相手だ。手段を講じればいずれ潜伏先はもれてしまったはず。秘していても。味方になってくれたダリアも紛争で領地を離れられない。孤立した状況で、絶好の機会だったに違いない。


 王子の母エイミ他、使用人の顔も次々に浮かぶ。婆や、ニアゼア兄妹はどうなったのか。気にかかるが、襲撃の顛末は知りようがない。


 ともかく王子は難を逃れ、王宮に帰った。


 さらとサラ、それぞれの記憶と感情が混じり合ってさらの中にある。王子の無事は嬉しいしそのまま喜べた。


 しかし、彼に再会したいかと心に問うと、答えが返らない。


(さらとしては、ノー)


 今は恵まれた環境に身を置けている。ダリアとも近い距離にあった。何を望む訳でもないが、この穏やかさがずっと続いて欲しいと思う。


 王子がセレヴィアを訪れるのは、今から三年先だ。それまでには自分は元の世界に帰ってしまっているはず。再会せずに済む目算が立っていた。


(サラはどうだろう……?)


 イアに手を引かれて部屋に戻った。昼食は専らイアと二人だ。キシリアがいれば混じることも多い。


 食堂に向かう時、廊下に飾られた鏡に自分の姿が映った。何気なく目をやる。黒髪を垂らしてこちら風のドレス姿。その顔が自分のものなのに、違って映る。


 何が変わったとか違う箇所を指し示せないが、はっきり違うとわかる。


(サラ)


 記憶の中のサラの顔がそこにあった。驚きと怖さが走り抜けた。


 短いその後で気づく。記憶や感情を共有する理由に納得がいく。


 さらとサラ。


 二人は同じ。


(リヴに会いたい?)


 鏡に映るサラに問いかけた。


 すぐに大きな波のような感傷が胸をよぎる。知らず頬に涙が伝い、さらはそっと拭った。


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