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黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって  作者: 帆々
箱にしまって、開けないで

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1

 真っ暗な中だった。わかったのはそれだけ。

 


 闇が晴れてさらは覚醒した。眩しさが彼女を取り囲んだ。同時に咳き込んで水を吐いた。


 全てを吐いてしまうとやっと周囲を見渡す余裕ができる。彼女を見守る六つの目と出会う。いずれも明るい髪色をした女性達だ。その髪はボンネットで覆われている。


「良かった、生きていたのね」


「波打ち際に寝転んでいるところを見つけて驚いたわ」


「どこか痛むところはない?」


 答えられるどころではない。動揺と衝撃で泣き出した。


 顔を覆って泣くさらを前に女性たちは同情を寄せた目で見合っている。


(また……、来てしまった!)

 

 前回と同じ、ぬれた体はやはり何も纏っていない。彼女は身を起こして縮こまって体を隠した。その背に一人がショールを羽織らせてくれた。薄手だが大きなもので、包まれば膝近くまでを隠すことができる。


「真っ青な顔をしているわ。いらっしゃい、温まらないと」


 三人に導かれてさらは砂浜を出た。裸足が地面を踏む。浜辺からしばらく歩いた。なだらかな丘を上った先に白い館があった。


 さらはそこに招かれて湯を使うことができた。前回もそうだが、すぐに親切な人が現れてくれるのだけはありがたい。


 何も持たない彼女へ館のメイドが衣服を出してくれた。それを着て浴室を出る。先ほどの三人が待っていて、彼女をある部屋に連れて行く。


「キシリア様にご挨拶してね。あなたのことをお話ししたら驚かれて、会いたいとおっしゃるのよ」


「キシリア」という名には聞き覚えがあった。しかし、こちらではありふれたものなのかもしれない。どうやら三人が仕える主人のようでもある。


 世話になったのだからもちろん礼はしたい。さらは素直に頷いた。


 扉の向こうは館の居間のようだった。中に一目で貴婦人とわかる女性が椅子に掛けていた。姿勢良くすらしとした非常に美しい女性だ。


(キシリア様……)


 まさかとは思ったが、ダリアの姉のキシリアだった。さらの知る彼女はセレヴィアの城にいたはず。こんな海の近くにいるのはなぜか。


 キシリアはさらを見て認知した様子はなかった。城で浴室係を務めていたから、さらのことは知っているはずだった。言葉をかけられたことも何度かある。


 しかしキシリアら貴人にとってメイドは数多い。忘れたとしてもおかしくなかった。


 椅子を勧められ、さらは彼女の前に座った。


「侍女から聞いたわ。大変だったわね。帰る場所があるのなら馬車でお送りするわ」


「ありがとうございます……」


 帰る場所などないのは前回で身に染みている。


 キシリアの温情に縋り、また城で雇ってもらうことはできないかなどと思う。メイドをするのは苦ではない。絶望して取り乱さないのは経験からに違いなかった。


「あなたお名前は? どこから来たか覚えていらっしゃる?」


「さらといいます。どこからかは……、あの……」


 そこで言葉に詰まるはずだった。浜辺で倒れていた以前を話せる訳がない。それはキシリアたちの理解をはるかに超える。


 しかし、不思議なことに無意識に言葉は途切れずに続いた。滑らかに話しながら自分でも戸惑った。知らずに覚えていた劇の台詞を喋るようだ。


「西部のドリューに家があります。フィフバルトが姓です。亡父は少佐でした。継母との折り合いが悪く、仕事を求めて家を出たのです。そのところまでしか覚えていません……」


 キシリアは侍女らと一渡り目を合わせた後で、首を振った。さらの話では強盗にでも遭い、衣服を剥がれ海に遺棄されたように聞こえるだろう。大変な災難に遭った悲劇の女性だ。


「西部のドリュー」「フィフバルト」「少佐」……。


 自然に溢れたそれらの言葉に驚きつつ、なぜかしっくりとくる。未知の数々の思い出までが立体的に過去として肉付いた。


「折り合いの悪い」継母の顔までがくっきりと浮かび、気分が悪くなった。


「それはお気の毒ね。嫌なことを思い出させてごめんなさいね。家にお帰りになる希望はないの?」


「いいえ、ありません。他に頼りもなく自活したくて家を出たのですから……。家庭教師をしたいと考えていました」


「しっかりなさっているのね、お若いのに。お幾つ?」


「二十歳です」


 澱みなく出た答えにさらはうろたえた。彼女の年齢は二十四歳だ。キシリアを騙す意図も意味もない。そもそもこの世界で四つサバを読んで何の得があるのか。


 さらの動揺の向こうでキシリアは考えていたようだ。沈黙の後で切り出す。


「よろしかったら、セレヴィアにいらっしゃらない? 城はわたしの里になるの。訳あって……、今は出戻る旅の途中なのよ。わたしには小さい姫がいるから、そのお世話を手伝ってくれる方を求めていたの」


 キシリアの言葉にさらの中で以前の記憶が広がった。前回彼女がいた城には、既にキシリアが娘と共に住っていた。夫と死別後、その弟との再婚を迫られて婚家から帰ってきたと聞いていた。


(今はその帰路……)


 ならば、時間として前回の経験より数年前にトリップしたことになる。


「急いでお返事はいいの。城でゆっくり休んで考えて下さったらいいわ」


「ご親切にありがとうございます。ぜひお願いしたいと思います」


 さらには願ったりの申し出だ。もちろんその場で受け入れる。ダリアも思いやりのある紳士だったが、その姉も実に優しい。


 身の振り方が決まってさらはほっと胸を撫で下ろす。メイドも厭わないつもりだが、働き口がなければそのやる気も意味がない。


「素敵な腕輪ね。それを失くさないでいられたのは運が良かったわ。由緒のあるお品でしょう?」


「え」


 キシリアの視線の先はさらの左手首の腕輪だ。Cの形の金製で銀があしらわれた豪奢なものだ。


(こんなもの……、いつからあった?)


 目に入りその感触を意識したのと同時だった。一気に情報が溢れてきた。


(あ……!)


 記憶の波が押し寄せ、堪らずに目をつむる。


 覚醒する以前、彼女は「サラ」として生きていた。それが西部に館のある亡父が元軍人の、継母と折り合いの悪いサラだ。


(自活する為に家庭教師を目指していて……)


 大伯母からの手紙である邸での勤めを頼まれた。陰気な邸には少ない使用人がいて、そこに王宮から人々が到着した……!


(リヴ)


 さらの中でサラとが繋がった瞬間だった。


 震える様子の彼女をキシリアが気遣う。


「お茶を召し上がれ」


 促されたお茶をそろりと啜った。舌が焼けそうなほど熱い。その刺激にやや冷静さを取り戻す。


 今はいつなのだろう。


 邸に黒ずくめの男達が襲ってきた。あの時間より前なのか、後なのか……?


 何がわかればそれを特定できるだろう。


 さらは腕輪をさすりながらキシリアに聞いた。


「セレヴィアは紛争の処理にお忙しいと聞きましたが、戦況はいかがでしょうか?」


「間に休戦もあり、今も小さな諍いが絶えないと聞くわ。もう始まって四年。大きな戦いが済んで、このまま有利に収束してくれるといいのだけれど。弟が戦場に出ることもあったから、気が気ではなかったわ」


「ダ、……ガラハッド公爵様はご無事なのですね」


 キシリアは頷いた。


(紛争が始まって四年)


 王子達との生活が緒についた頃、戦いが火蓋を切ったはず。そこから四年であれば、今は邸の襲撃から二年ほど後だということになる。


 王子は無事なのだろうか。


 彼の消息を知ることが怖かった。サラが崖から落ちた後、彼はどうなったのか?


 会話はキシリアが繋いだ。幼い娘のことが主だった。さらはそれにいちいち答えながら怯えていた。一番知りたいことを聞く勇気が持てない。


(いっそ知る術がないまま、元の世界に帰ってしまえたら良かったのに)


 それならば、結末のないおとぎ話として心の決着がつきそうな気がする。


 青い顔をしているさらをキシリアが気遣い、休むように勧めてくれた。一人になりたい気もしたし疲れていもいた。素直に親切を受け入れた。


「あなたのその腕輪。どこかで見覚えがある気がしたの。とても似たものをクリーヴァー王子が身につけていらっしゃったわ」


 キシリアの言葉はさらの感情を強く揺さぶった。記憶の彼は腕輪など身につけていない。襲撃以降の彼にことになる。


(生きているのだわ)


 手に入れた事実は彼女を虚脱させた。崖に叩きつけられて迎えた最期は意味があった。その衝撃が甦りそうになり慌てて目をつむる。


 キシリアに辞儀をして居間を出た。


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