声は海を越えて
一 亡命
1970年春、詩人マルシア・ドミンゲスは、密かに海路を使いサン・マグヌスを脱出。ハバナを経由し、偽造書類を用いてメキシコ経由でアメリカ合衆国に入国する。亡命を手引きしたのはキューバ情報機関に連なる協力者だった。
ニューヨークのスペイン語圏移民街で彼女は身を落ち着け、政治的詩集『火を語る舌(La Lengua de Fuego)』を出版。その中で、アメナバール政権を「言葉を奪い、沈黙を金に変えた男たち」と強く批判した。
二 アメリカ左派の支援
マルシアの詩は、反ベトナム戦争運動やブラックパンサー党など当時のアメリカ左派運動に共鳴する者たちの間で瞬く間に広がる。
カリフォルニア大学バークレー校での詩朗読会
ハーバード大学での講演「詩は銃に勝つか?」
PBSのドキュメンタリー《沈黙の島》で彼女の亡命経緯が報じられる
アメリカ国内でサン・マグヌス政権に対する批判が高まり、一部の進歩派議員が人権問題として取り上げようとする動きすら出始める。
三 デルガドの思案とCIAの助言
シルビオ・デルガド元大統領は、CIAの連絡官であるハロルド・カーヴァーとの会合で語気を強める。
「あの女は火種だ。火を詩で起こすなどという愚かな幻想を信じる連中がいる限り、この国の秩序は危うくなる。」
だがカーヴァーは冷静だった。
「詩人は言葉で死ぬより、沈黙で死ぬ。彼女を撃てば、“英雄”になる。記念碑も、追悼集も、再版も。あなた方の望む静寂とは逆の結果です。」
デルガドは黙した。彼にとって、敵とは銃を持つ者だけではなかった。言葉を武器とする者もまた、撃つべき敵だった。
四 動き出す暗い対抗策
やがて、CIA内の別部門と連携し、マルシアの周囲に“監視すべき交友関係”というレッテルを貼るリーク情報が流される。FBIによる「監視対象」としてのプロファイリングが進行する。
サン・マグヌス政府系メディアでは、「ドミンゲスはソ連の手先」「キューバの詩的スパイ」として報道され、亡命者の名誉を徹底的に貶めるプロパガンダが始まった。




