黒い金と鉄の贈り物
1949年の初頭、再調査の結果として北部山岳地帯のラ・ボルカ渓谷で膨大な石炭鉱脈が発見されたという報告は、政府の中枢に戦慄と歓喜をもたらした。かつて細々とした炭坑労働に留まっていたこの島国にとって、資源とは未来の鍵だった。
だが──期待に胸を膨らませたサン・マグヌス国民の多くにとって、落胆はすぐにやってきた。政府が「予算不足と技術的課題」を理由に国営による開発を見送る一方で、アメリカの石炭最大手ピーボディ社がすでに採掘権を取得していたのである。
この動きは、シルビオ・デルガド政権によって極秘裏に進められていた。政権内部では「国家の自力開発能力を超える大規模プロジェクトには外資が不可欠」との建前が唱えられたが、実際には多額の献金と見返りの席が取り交わされていた。
しかし民衆の反応は予想と違った。ピーボディ社が持ち込んだのは最新鋭の掘削機だけではない。数千人単位の雇用、地元インフラの整備、病院や学校の建設といった「社会貢献事業」がセットで運び込まれた。
「どこの会社だって構わねぇさ。働けて、メシが食えれば。」
石炭労働者マルティン・カレナの言葉は、多くの庶民の胸中を代弁していた。
一方、その裏で進んでいたのは、かつてない規模の軍備の再編である。ワシントンD.C.にて、シルビオ・デルガドとトルーマン大統領の会談が秘密裏に行われ、冷戦下における戦略的要所としてのサン・マグヌスの重要性が再確認された。
トルーマン政権は、旧来の戦車駆逐大隊を解散させた上で、大量の戦後余剰兵器を無償供与することを決定。
M18ヘルキャット駆逐戦車:スピードを活かした山岳防衛戦に向けて配備
M4A3シャーマン中戦車:首都防衛部隊の中核へ
M24チャーフィー軽戦車:沿岸地域の機動部隊へ
M114 155mm榴弾砲:山岳地帯の新拠点「フォルティン砦」に設置
エヴァーツ級護衛駆逐艦ダフィ:沿岸警備隊の旗艦に
P-51マスタング戦闘機:サン・マグヌス空軍の基幹航空戦力として再編
この軍備強化は、国内に「米国との運命共同体」としての現実を否応なく突きつけた。だが、農民や鉱夫にとっては、戦車も戦闘機も遠い存在だった。
ある夜、元軍人であり政治思想家でもあったエルネスト・ルイス中尉は、旧友と酒場でこう呟いた。
「サン・マグヌスは、ゆっくりと星条旗に包まれていく。」
彼の言葉は誰の耳にも届かない小さな抵抗の灯火だった──。