葬送と誓約
1948年1月、濃密な熱帯の風が首都サン・エステバンの丘を吹き抜ける。ラロ・ハケス大統領の国葬は、どこか異様な静けさに包まれていた。反米を掲げながらも国民に貧困から抜け出す道を模索し続けた男。その死は、自然死と発表されたが、政界では毒殺説すら囁かれていた。
葬列の最後尾に立つ男の顔を、誰もが注目した。シルビオ・デルガド──新たな大統領候補であり、アメリカ育ちの実業家。彼の姿は、ハケス政権下で冷遇されてきたアメリカ企業と金融筋に安堵をもたらした。シルビオの胸元には、上質なリネンシャツに刺繍された星条旗のピンバッジが控えめに輝いていた。
3ヶ月後、デルガドは大統領に就任。彼の就任演説は「外資の導入による国家繁栄」という美辞麗句に彩られていた。だが、それが意味するものは明白だった──ユナイテッド・フルーツ社の進出である。
ユナイテッド・フルーツ社は、まるで嵐のようにやってきた。わずか1年で、サン・マグヌスの良質な農地の8割を掌握。港湾の管理、鉄道の拡張、果ては税制の優遇措置まで要求し、それらはすべてデルガド政権によって承認された。議会も沈黙を守る。理由は明白だった──ユナイテッド・フルーツ社からの潤沢な献金。
知識層の一部は抗議を始めた。歴史を知る者は1928年のコロンビア──「バナナ大虐殺」を引き合いに出し、資本の暴走を警告した。だが、新聞社の論説は広告料の圧力で差し替えられ、大学教授の抗議論文は掲載拒否された。
一方、社会福祉は削られ、医療は崩壊寸前、教育予算は凍結され、農民の村には薬も教師も届かなくなった。その一方で、軍部への予算は倍増。新鋭の小銃、最新の装甲車、士官用の邸宅──兵士たちは国家の「新しい顔」として優遇されていく。
若き陸軍少尉エルネスト・ルイスは、複雑な思いを抱えていた。彼の父はラロ・ハケスの支援者であり、小さなバナナ農園の経営者だった。だが、今その農園はユナイテッド・フルーツの所有となり、父は小作人として働かされていた。
「我々は、誰のために銃を持っているんだろうか?」
その問いが、ルイスの胸の奥で静かに芽吹いていた。サン・マグヌスは今、黄金のバナナの陰で腐り始めていた──。