6 最後の一幕、そして……
卒業式は大団円を迎え終幕していったが、このあとに仲の良い先輩後輩にはもう一幕用意されているのは、比較的よく知られた事実。卒業式とホームルームを終えた私と栞先輩は、示し合わせて学校の敷地のある一角に集まった。敷地に沿って植えられた桜の木々が盛大に桜吹雪を散らしている。互いに不干渉を決め込んでいるが、こうしたロケーションのそこかしこで、卒業していく先輩と懇意にしていた後輩が、別れの一幕として、要所に配置されたベンチで談笑している。この学校は砂漠のようにドライな校風だが、栞先輩の学生らしさの追求により、多少風向きが変わっている。影響を受け部活動などに邁進する生徒数は増加傾向。結果として様々なドラマも生まれている。部費の流れを見ると活性化したのが分かるのだ。
多分に漏れず私と栞先輩も、他所様との干渉を避け邂逅を果たしている。とどのつまり私たちは学校において仲の良い先輩後輩の先駆けとなのだが、偉大なる先駆者は常にその先を進んでいる。
「……最高でしたね。特に生徒会長の答辞のシーンで泣いてしまい続けられず、ずっとライバル的存在だった子が颯爽と壇上に上がり、フォローして、二人で答辞を読み進めていたシーンは心も目頭も熱くなりました。ああやって劇的かつ端的に相互理解を表してくれるのとても好きです」
「あのシーン何度も読み返して、さっきも思い出して泣きそうになってた。答辞を読んでる最中に答辞のシーンを思い出して泣きそうになってる、って状況にじわじわきて、逆に落ち着けたけど」
「もちろん、栞先輩の送辞も素敵でした。あれがSNSならバズってます」
「ふふ、ありがとう。でも悠、あれはあなたに届けたかった言葉なのだから、悠の中でだけバズってくれればいいな」
バズった? と聞かれ、
「あ、バズりました。百回くらい『いいね』押したいくらいには。何かあって栞先輩が削除しないとも限らないので、言質としてスクショも撮ります」
「消さないけどね。でもちゃんと届いたなら良かった」
私たちも手近のベンチに腰を下ろす。式後の空はよく晴れていて別れの舞台に相応しい。私たちも例外ではないが、周囲のみなさんとは少々趣がことなる。
「でもあの小説が続いてくれると決まって嬉しかった。生徒会長が卒業して終わりじゃなくて、今度は先輩になった主人公の物語が見られるなんて、とても嬉しい。ファンの間でも綺麗に終わった方がいい派と、主人公が進級した後の話を読みたい派。全く新しい主人公を据えて続けてほしい派がいて、どの主張も一理あったから」
「私はまだまだ新参ですが、そこに多様な問題を抱えているのは想像できます。生徒会長と主人公の子という関係性が失われたら、ストーリーの柱が無くなるのと同じなので」
でも続いてくれて良かった。それが私と栞先輩の統一見解だった。ここでも解釈違いが起きず一安心。
説明が前後するが今話しているのは、私たちの関係性の進化に一役を買った例の小説の最新巻の話だ。発刊ペースは決して早くない。前巻が出たのは私たちが本屋で鉢合わせた時。いわゆる卒業シーズンに合わせる形で最終巻が発刊された。このシリーズは作中での季節の移り変わりにより時間が経過していく。学校を舞台にした作品は、愛着の沸いたキャラクターたちの卒業の問題を避けて通れない。多分に漏れずこのシリーズも同じ問題が浮上しファンの間で意見が割れた。次が卒業の話。物語の脈絡でそう認知されていたが、シリーズ継続については伏せられていた。きっと作品を読めばわかる。固唾をのんで待ったファン達が最終巻かも知れない最新巻を手に取ったのが昨日。つまり卒業式の前日が発売日だったのだ。
示し合わせて最新巻を購入し、すぐに読破してブックカフェで栞先輩と語り合う──そんなプランはお互いにあったが、私たちはそれを意図的に避けた。いわゆる古参と新参である栞先輩と私だが、この作品が選んだ道のりを、めいめいに受け止めたかった。二人がかりで受け止めるのは簡単だが、続くにしろ終わるにしろ、一人でちゃんと結論を出し、その結論を持ち寄り語り合いたい。そう示し合わせていた。すると実現できるのは卒業式の後しかない。結果的に格好の別れのシーンで趣味の話に興じる二人が誕生した。そういう経緯だった。
そんな風にして私と栞先輩は最終巻にならなかった最新巻について語り合った。ひとしきり語り合い熱量を放出させきったあたりで栞先輩が切り出した。
「私と悠はまるで同年代の友達みたいで同じ目線で作品を語り合えるのが楽しいけど、こんな日くらいは去りゆく先輩らしいことをしたいと密かに考えていたんだ」
「お、いいですね。栞先輩がこれまでに蒔いた伏線が回収される時でもありますね」
「いや特に伏線はないけど。ちょっと、あからさまにガッカリした顔をしないで。傷つくわ」
「大丈夫です。元々そういう顔なんです。続きをどうぞ」
「本当かなあ……まあいいか。私が考えたのはコレ」
栞先輩は首もとにそっと手をやる。そこにあるのは三年生であることを示す翡翠色の学校指定制服のリボン。これこれ、みたいに指でちょんちょんと指す栞先輩の仕草がチャーミングだ。心のスクリーン・ショットで永久保存しつつも心当たりがひとつあった。こう見えて作品の影響を受けやすいのは把握している。栞先輩は例の小説の最新巻のことを指している。作中の生徒会長と後輩たる主人公も、卒業式後に語らい、その時に制服のタイの交換をしていた。それを私たちも?
「うん」
目で伝えるとそう頷かれた。私は効率至上主義者のドライな人間で、記憶力に自信があるので伏線とその回収を人間関係の軸とする。だがそんな私も木や石ではなく、いっぱしの感情があり、栞先輩にとって一番でありたい気持ちは誰にも負けないし負ける要素がない。こうしたエモーションも今は理解できるし、何より──。
「悠は今、やったぜ栞先輩のリボンの実績解除、とか考えてたんでしょ」
「ギクッ。何を根拠に」
「顔に書いてある」
元々こういう顔なんです。悠は意外と顔にでるよね。そんな益体ないやりとりを交わしつつ、リボン交換の儀式に移っていく。屋外の往来でリボン交換って割と冒険だが、もし仮にこのシーンが小説で、人気を博してアニメ化などした場合は、いい感じに桜吹雪で覆い隠され、見苦しい仕草は見えなくなるはずだ。作中では生徒会長が主人公のも外していたが、人のリボンを外すのは難しいので私たちはめいめいに外し、交換し、めいめいに装着した。この学校の一年生は深紅のリボン。三年生は翡翠色。そのリボンを交換して互いに向き合って、お互いまじまじと見つめ合った。第一印象としては──。
「何だか違和感がありますね」
「そうだね。私は一年じゃないし悠もまだ三年生じゃないから。でも私は、悠が三年生になって、もしそのリボンをつけてくれたら、その時、どんな生徒会ちょ……おっと。どんな三年生になってるのかとっても楽しみだよ」
「わざとらしいですよ栞先輩」
そう睨めつけつつもこっそりと翡翠色のリボンに触れてみる。私は私がこのリボンをつける時にどんな人物像を獲得しているのかと、はっきりと思い描いている。今から二回目の桜に出会うときに私がどんな人物になっているのか。きっと私と栞先輩だけが知っている。
時間はとどまることなく流れ続けていく。先輩卒業後もシリーズが続くのか終わるのかファンの論議の的となった例の小説はともかく、私の人生という物語は続いていく。高校二年生としての時間はあっという間に過ぎていき、三年生になっていた。生徒会は栞先輩以降、活性化の一途をたどり、今では様々な部。様々なセクションとの交流を標榜し、生徒たちの『学生らしさ』の追求に一役を買う役割を担っている。
私はといえば、ドライで無味乾燥として学校風土に新たな潮流を生み出した者である斎生徒会長の、お気に入りと周囲には目されている存在だ。栞先輩と学校の内外でいちゃいちゃしていたのは色々な人に知られていた。結果的に、預かり知らないところで味方を作ったり敵を作ったりしていた。うまい話を持ちかけてくる者や、うまい汁を啜ろうとする者。下級生から無闇に慕われたり、無闇に疎んじられたりと、まあ様々なる有象無象の人の想いに振り回され続けている学生生活であったが、栞先輩なき後のぽっかりと空いた心の穴を埋めるのにはうってつけだった。意外と『栞ロス』はあなどれない破壊力だった。手間暇かけたソシャゲのサービス終了の非ではなかった。そんな中で同じチームとして時間を共有した生徒会の仲間たちはかけがえがなかったし、大勢の生徒たちと関わったことは、ガチャの排出に一喜一憂する人生よりも、ほんの少しは価値があったのではないかと考えられなくもない。ソシャゲはいつでも出来るが、学生生活は一度しかないのだから。
三学年となった私は生徒会長を務めた。生徒会をやるのは楽しかったが、三年生となった私が会長に収まらないのは逆に周囲に気を使わせるらしい。特に斎栞という存在は私以降の下級生たちの中で神格化していて、いわゆる神の眷属である私がその立場に収まらないと周りが収まらないという事態に直面していたからだ。
まあはっきりとありがた迷惑だったが、それはそれで私の選んだ道のりと、学生らしさの行き着く先だったのだろうと、周囲の期待に応えることにして立候補した。「世襲だ!」「民主的でない!」「七光りめ!」という声はそこかしこであがった。元気で何よりという印象だった。友好的に接し支えてくれる人も大勢いた。こんなにも多くの賛否の中で過ごすことも早々ないだろう。
「それが悠の魅力だし、人を引きつけ、動かす力なんだと思う」
「好きなようにやらせてるだけですが、まあ元気なのはいいことかと。学生らしさの原動力にもなりますしね」
そんな状況を伝えるたび、当の栞先輩──学生らしさを標榜した最初の生徒会長はコロコロと笑い飲み物に口をつける。ひとごとだと思ってと口を尖らせる。今でも二人で例のブックカフェで今でも話し込むことは時折ある。大学生となった栞先輩は多忙だったが、合間を縫って例の小説の新刊が発売される頃には、顔を合わせて話し込んだ。舞台となる土地へ足を運んで聖地巡礼を嗜んだりもする仲だ。栞先輩は友人であり人生の師であり、やはりいつまでも先輩だった。この関係がいつまで続くかは不明だが、少なくとも例の小説が続く限りは続いていくだろう。栞先輩と会うと伏線とか関係なしにエモい気持ちになっていけない。だからつい益体な話を切り出してしまう。
「もし栞先輩とこのブックカフェで会わなかったら、今頃私はソシャゲしてます。でも、何かが大きく変わりはしません。渡辺悠は渡辺悠のまま。きっと私はそういう変化の振れ幅の小さい人間なんです」
「そういうところ安心感あって何でも話せるけどね」
だから最初に声をかけたと思う。断られても関係を現状維持してくれそう。栞先輩もまたそんなエモいことを言う。私はそれをかみしめつつ続ける。
「変わらないけど、考えることは変わる。生徒会活動によって得たものは大きいし、得たからそう考えられる。得なければ考えない。ただそれだけの差でしかないけど……何だろう。人生ってつまるところそういうことの連続ですよね?」
「ですよねと言われても私も人生語れるほどは生きてないけど、そうなのかもね。自分の人生を見つけることが人生」
「ソシャゲだけやってても人生を学べなかったとは思います。だから栞先輩と関われたことに感謝しています」
「こちらこそだよ。悠の人生に幸あらんことを。もうじき大学受験だものね。うまく行くことを祈ってるよ。幾らでも応援するし幾らでも知りたいことは教えるよ」
栞先輩のいう通り私はもうじき大学受験を控えている。私は大概のソシャゲ狂いではあるが、学業も怠ることはないので、学科試験に関しては不安は実はない。しかし若干の懸念がひとつある。
「面接が少し不安ですね。何か聞かれても、さあ特にありませんって答えそうなタイプですから私」
「そっか。悠が志望する大学はAO入試か。基本的に悠は嘘がつけないもんね。そこがいいところだけど……」
AO入試。学力だけならず受験生の人物像を合否判断に含む入試方式だ。小論文や面接にて受験生の人物像を評価する。無味乾燥とした効率主義のドライな私にとって鬼門となる入試形態。栞先輩は続けた。
「うーん。でも、それでいいと思うんだ。ないものはない。あるものはある。あとは向こうさんに判断を任せればいいし、そう考えれば気も楽になるし、自然体が一番だし、悠は自然体が一番」
栞先輩はそう断言した。練習なら幾らでも付き合うという栞先輩に感謝を伝えつつ、私は自分自身と向き合っている。私の人生って、一言で表すと何だったんだろうかと。
それからしばらくのち。
私は大学入試の一環となる面接試験に臨んでいる。試験官たちの呼びかけにより面接室への入室する。室内には三人のスーツ姿の面接官がいる。高校の制服姿の私は浮いているが面接に取り組まねばならない。自己紹介や志望動機という定型的な面接に続いて、三人のうちの一人の面接官がこんなことを質問した。
「高校生活を振り返ってみて、勉強以外に熱心に取り組んできたことがあれば教えてください」
そんなことを聞かれるんだ。それが率直な感想だった。それは大学側にとって一切関係のないことだ。とはいえ聞かれたら答えるしかない。現段階でざっと三年足らずの高校生活を私は反芻していく。これまでの三年間を思い出すように視線を上にそらした拍子に、首元を締めている翡翠色のリボンの存在にふと気付いた。栞先輩の卒業式の日に交換したリボン。三年となり生徒会長を務め始めてからずっと着用している。人生において大事な今日という日も共にした。
──そういえば、栞先輩に生徒会室に呼ばれた時、先輩がリボン揺らしてたっけ。
何となく記憶していた。今ならば理由が少し理解できる。栞先輩にその自覚があったかは不明だが、当初の私は栞先輩の新入生歓迎会のスピーチの後押しはあったにせよ、名前だけ貸したような生徒会活動に対して、内申書に記入できるからラッキー、くらいにしか把握してなかった。それこそ面接で話す種になるくらいに。
だが栞先輩は一人きりで活動していた。そんな先輩にとって生徒会室の指定席に座り活動することが誇らしかったから自然リボンが揺れたのではなかろうか。少々スタートダッシュは遅れたが、名実ともに副会長として。そして生徒会長として活動してきた。誇らしいと思う気持ちは栞先輩に負けていない。だから私は栞先輩と同じように、翡翠色のリボンを小さく揺らして、こう答えた。
「──生徒会活動を、がんばってきました」