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5 ある生徒会長の物語

 ──学生らしいことがしたい。

 斎栞生徒会長こと栞先輩のひとつの望み。紆余曲折あり親睦を深めた先輩の願望に協力するのが副会長たるこの私、渡辺悠。期限は後半年。三年生の栞先輩がこの学校を卒業するまでの約半年。状況をシンプルに図解化すればそういう構図だが、実はそれだけでもない。

 そのうち頃合いを見て回収しようとした伏線がひとつある。重ねてだが私は記憶力がいい。その持ち前の特技を生かし他者との意志疎通に役立てる。活用する機会はないと思っていたストック。消費する前に私<ソーシャルゲーム>は卒業<サービス終了>するだろうと、たかをくくっていた。今こそそれを活用すべき時だった。

「今日も大変だったね。悠にはみんな無茶を言うけど、能力を認めてる証でもあるから。本当に困ったら私に言ってね。悠はとても有能な子だけど、出来ないこともあると思うから」

「その見極めは出来てるつもりです。その時はご相談差し上げます」

「うん」

 片付けをしながらのやりとり。二人でゆっくりと話せる校内で唯一の時間でもある。

 私たちは生徒会室で定例会の後片付けをしている。全員分の業務量確保は未だ難しいが、役員たちから意見を募り、生徒会として取り組んでいくことを決めていく。

 学生らしいことという目的意識は二人だけの秘密だが、役員たちも名ばかり生徒会役員でいいのかという意識はあった。そこに付け入ったのが私の企みだ。彼ら彼女らはめいめいに考えを持って意見を述べてくれるが、副会長として議事進行を担う私は大変だ。挙げられた意見を即興でまとめ、上位の存在である生徒会長の見解をあおぎ、さらに役員たちの意見を募っていく。また時に議論が膠着状態に陥った時は、打破すべくアイディアを述べる。概ねそんな状況でひねり出す意見なんて頓狂なものが大半だ。役員たちは「おまえは正気なのか」「マジありえないんだけど」とか懐疑的な目を向けるが「しかしこうも考えられる」「つまりこれが成立するわけだね」と、その先で方向性が見えたりもする。つまり機を見て議事の舵取りをする役割だが、基本的に役員たちは私に対して言いたいことを言う。ほんの少しタイミングがずれただけで、私の役割は自分が担っていたかもしれない。たまたま巡り合わせでこうなっただけ。役員たちにとって斎生徒会長は自分たちがすべきことを一人で担ってきた恩義(あるいは負い目)ある相手だから無碍にしない。だが私は? あとは分かるな。

 そんなこんなでそれなりに大変な日々だが、実害はソシャゲのログイン時間が減っただけだ。逆説、私は現実というソーシャルゲームに全力で取り組んでいることになる──。

「……いや、ふわっとしたエモいことを言いたいわけじゃない」

「???」

 栞先輩が奇異の視線を向けてくる。また何か妙なことを考えている。そういう目だ。だがこういう時おしなべて私が何か伝えようとしてると栞先輩に伝わるのが、自然と聞く体勢に栞先輩は入ってくれる。しかしながら折角の伏線回収をすべき時。ここ生徒会室は既に二人だけの場所ではない。どうせなら二人だけの特別なロケーションを所望したい。

「帰りは栞先輩と寄り道していきたいです」

「ふふ、いいよ」

 何か話があると栞先輩も察している。つい最近まで赤の他人だったが随分と人間関係が成長した。

 私たちが通う学校はお台場の海沿いにある。休日は観光客や家族連れ、恋人連れの人々で賑わう。平日の夕方は学生や犬をつれ散歩するご老人などの姿がある。私たちは人工島らしく区画整理された道のりを並んで歩いていく。つい最近までただ帰るために通る道のりだったが、今は違う。今から私がやろうとしているのは、柄にもない思い出話だ。

「唐突ですが、覚えていますか栞先輩。今年の新入生歓迎会の時、在校生代表として挨拶をした時にお話されたことを」

「また古い話だね。ちょっと思い出すね」

 思い出話を切り出す時の定型文のような私の切り出し方だったが、栞先輩には伝わった。記憶力はいい方ではないけど、その時の状況に置いて再現することは出来ると前置いて、栞先輩は答えてくれた。頷き私は促した。


『──新入生のみなさんには学業のみならず学生らしさも追求して欲しい。一度きりしかない学生生活は皆さんの青春そのもの。運動や文化芸術。ボランティアやコミュニケーションにも積極的に参加していって欲しいと願います』


 栞先輩がそらんじていく言葉は、紛れもなくあの新入生歓迎会の時に、壇上で斎栞生徒会長が、私たち新入生たちに向けた言葉だった。記憶力ではなく再現力に秀でた栞先輩の芸当であった。

「それを聞いてすぐに感銘を受けたわけではないです。それこそフィクションのようには人はすぐには変わらない。けどそれから色々あって、今は自分としては真剣に取り組んでいるつもりです」

 その時は大きな意味はなかったが、名前だけとはいえ生徒会役員、しかも副会長という役割を許諾するに至る際に礎となった言葉だった。その時は響かなかったが『波紋』は静かに広がった。半年の間を経て栞先輩から連絡をもらい、許諾をした。つまりそういう経緯だった。ただ何となく偶然にここにいるわけではない。相応の必然性と、フィクションのような偶然がありここにいる。ただ何となく流されてここにいるわけではない。そう強調をした。

 栞先輩は話を聞いていた。私は私自身の話に酔っていた。伝えようとしているのは別のことだが脱線も本線に至る線だった。海縁の道のり。そろそろ肌寒い頃合い。伝えようとしていることは抽象的にふわっと伝えるか、もしくは単刀直入にシンプルに伝えるかのどちらかだ。私には結論が出せなかった。ふわっと伝えた場合は伝わりにくい分、後から伝えなければ良かったと判断した場合に誤魔化しがきくが、シンプルに伝えた場合、やっぱり今のナシでと取り消すしかない。だが人生は一度きり。四月当時の栞先輩も壇上で学生生活は一度きりと明言した。ソーシャルゲームと同じだ。家庭用ゲーム機はセーブとロードを繰り返し目当ての結果がでるまで繰り返すことも可能だが、ソシャゲは最初のリセマラ──リセットマラソンしか出来ない。ある意味で一度きりの道のりなのだ。ふわっと伝えても、シンプルに伝えても、一回は一回。

 私は足を止めた。栞先輩も予知したように止めた。海縁の道で私たちは向き合った。この瞬間、伝えたいやり方で伝えよう。私はそう考えた。

 だから────────シンプルに伝えた。

「栞先輩にとって私が一番であってほしい。ずっとでなくてもいい……栞先輩が卒業するまで。少なくとも生徒会活動してる時だけは」

 私はそう伝えた。先輩の瞳の中の私が、かなり必死の形相でそう話していた。こんな風になるのかと自分でも意外だった。

 シンプルに伝えたことが意外だったのか。それとも別の理由か。あるいは両方か。栞先輩は目を丸くし暫く押し黙った。私にとって始まりが栞先輩だった。対する栞先輩は必ずしも私でなくとも良かった。意外と私は……というか、やはり私は気にしていたのだと思う。それでもいいと思っていたが、どうやら懇意にしているらしい男子生徒、三年生の優男風の男子生徒会役員が現れて風向きが変わった。あれ以来一緒に生徒会室に現れる姿を見たことはないが、フランクにいつも話している。私に対してもあの優男はフランクではあるが、もしもあの男と彼氏彼女の関係なら。ないし近い未来にそうなる関係なら、私の出る幕は圧倒的にない。栞先輩はあの優男と学生らしく生徒会活動をすればよかったのだ。何故なら私はただの下位互換。栞先輩にとって私はソシャゲで星4の手札ならば、あの優男は星5となる。星4に出来ることは星5も出来、さらに星5しか持たない能力も備える。

 それは……耐えられない。いや、耐えられなくはないが、耐えたくない。

 こんなに長く向かい合ったのは初めてだし、何なら栞先輩の他に誰ともこんな風に向かい合うことはない。故に長く感じるだけかも知れない。夕暮れの台場を散歩する通行人が特に気にもとめず通り過ぎていく程度の時間しか過ぎていないかも知れないが、やがて一瞬とも永劫とも取れない時間を経て栞先輩が口を開いた。

「私は記憶力はそれほど自信はないけど。あの時のことは覚えてる。私は新入生の皆に挨拶をしてた。その時、熱心に聞き入って、私をじっと見つめてる女子生徒がいた。みんな熱心に聞いて、視線を向けてくれていたと思うけど、その印象はずっと残ってたし、少なくとも誰か一人は耳を傾けてくれてる理解できた。学生らしく活動したい。それは昔からの願望だったけど、自信が持てたからようやく実行に移せた」

 小説の新刊発売日が重なったりとか、色々な偶然もあったけど。そう栞先輩は付け加えた。次は私のターンだけどこの流れだと聞くべきことは一つしかない。からからに乾いた喉からどうにか言葉を絞り出した。

「そ、その目が合ってた女子生徒というのは、私である可能性があります。あの時に壇上の栞先輩をずっと見ていたので。しかし栞先輩は記憶力はそこまで自信がないから、私かどうかは分からないってアレですか?」

「うん。でも今は悠だったって信じてる」

 と自信満々に答えられた。さらに続けた。

「私にとって悠が一番だよ。悠にとってあの時が始まりならば、私にとっても始まりだった。もしかして三年の役員の彼のことを気にしているのかな?」

 しばし考え私は頷いた。とどのつまり私は嫉妬していた。栞先輩が私を選んだ。それが私のモチベーションといえた。それが崩れれば全てが破綻する。栞先輩は続けた。

「彼は誰にでも別け隔てなく優しいのよ。私に対しても、悠に対してもそうでしょう。同じ学年だから顔見知りだったけど、これまで関わりはなかった。最初の顔合わせの時が初だったかな。だって、マトモに口を利いたのは、初の定例会だった9月の時に、一緒に生徒会室に着た時だもの」

「その割に、やけに馴れ馴れしいんですね。変わった人だ」

「まあ変わり者が多い生徒会だよね」

 と、栞先輩がさも可笑しそうに相貌を崩す。変わり者ばかりだからチームが成立しているのかも知れない。

 それでいいんじゃないのかな、と遠目に目を細める栞先輩は、目指した『学生らしさ』のただ中で充実した学生生活を過ごしている。いずれ卒業し思い出に変わっていった時。その中に渡辺悠という存在は残っているのだろうか。その一部として思い出に変わっていくだけなのではないか。私は不安にかられらしくない行動に出た。これは私の子供じみたエゴなんだ。そんな私に相応しいのは子供じみた行為を恥じて涙で枕を濡らしながら眠りに落ち、今日という日を終えるしかない。そうと決まればと脱兎のごとく夕日を背景に向かい合う世界からの脱却を図るしかない。ソシャゲのイベントと脱却の取りかかりは早いに越したことはない。挨拶もそこそこに栞先輩に背を向けたのだが──。

「待って。折角改めて『一番同士』になれたんだから、お話しながら帰ろうよ」

 と手首を掴まれ急ブレーキをかけた。肉体的接触は発想力を刺激する。偶然の産物ではあるが同時に二人とも気付いたことがひとつあった。

「手を繋ぎながら歩くとかどうかな。せっかくならこれまでのこととか、これからのこと。お互いのことを話したいな」

「賛成です。普段は生徒会のことか小説のことしか話しませんものね……ぶっちゃけお互いどんな人なのかよく分かってなくて、雰囲気で過ごしてるところありますし」

 私たちは雰囲気で生徒会をやっている。それでいいと思っていた。いつか思い出に変わる『学生らしさ』の一部でもいいと思っていた。私自身さえ私自身がその一部になってもいい。改めて定義するが『栞先輩にとって過去の私が思い出になること』と『私自身にとって過去の私が思い出になること』は似ているようで全く異なる事案。前者は栞先輩と学生らしさを実現していくまではそれでもいいと思っていが、今はそれは困る事案。そして後者はつい今しがたまでそれでもいいと思っていたが、今は違う。

 ──私たちを思い出に変えたくない。

 栞先輩と手を繋いで歩きつつ、そんな欲目が芽生えるのを私は自覚していた。ゴールを定めたなら道のりを設ける必要がある。けどそれは、栞先輩と学生らしさを共に目指していくさなかに自然と見つかっているものじゃないかなと、ふんわりとしたことを考えた帰路となった。

「……多分、心が浮ついているせいだ」

「何らかの自己分析をしたらしいけど、何のことかな。そういうこともお話していこうよ」

「あっ、ハイ。そうですね。私たちの関係を題材にした私視点の小説があるなら、それを読んでもらうのが手っ取り早いのですが」

「仮にあったとして、悠の口から聞けるのは私だけだしね」

 などと、いちゃいちゃしながら帰宅したのであった。めでたしめでたし。



 仮に仮にと恐縮だが。もし私と栞先輩の関わりを題材を物語だったと仮定する。さらに熱心なファンが二次創作を作成したとして。それが私と栞先輩をいちゃいちゃさせたくて書かれたものなら手を繋いで帰宅したところでエンドシーンと成しても問題はない。しかしこれは現実となる。ある人物の人生の一部分を切り取って形にするのが物語ならば、切り取られた先も人生は続いている。その境目は物語の登場人物たる場合の私には知覚できないが、その境界線が間近に差し迫っている実感は、日を追うごとに増していった。

 三学期となり大学受験を控えた三年生たちの登校頻度は目減りし、生徒会活動は4人で行われていく。

 名前だけ肩書きだけの生徒会は今は払拭され、学生らしさを標榜し邁進した栞先輩と私の画策により、名実ともに生徒会として活動をしている。

 生徒会役員の任期は一年だが、翌年に再度立候補してもいい。二年の女子役員は生徒会長選挙への立候補を公言しているし、同輩となる一年の大男君も、まだ生徒会活動をやりきっていないと来年も立候補を検討している。

 私は──実はまだ考え中だ。栞先輩なき後の生徒会に未練があるか否か。どこまで行っても本質的にドライな人間。止めることに些かの抵抗もないし、もし引き留められたら考えてもいい。それぐらいだったが、

「まあ、なるようになるかな」

 と案外気楽に考えている。今考えることに気が乗らないなら、今考えることではない。そんな風にして、栞先輩(とあの優男もだが)がいなくなり、あの人の定位置だったコの字に並んだ机のお誕生席が空席となり、奇妙に人口密度が減って。しかし栞先輩が愛した学生らしさは衰えない生徒会の姿を、こっそりとソシャゲのスタミナ消費をしつつ眺めている。

「斎生徒会長は善人で誠実な生徒会長だったけど、手ぬるい部分もあった。生徒たちのためにも、来年私が生徒会長になった暁には、どんどん改革をしていきたい」

「肯定だが、いつからおまえが来年の生徒会長になると錯覚していた? 私も会長としての資格ある者ということを忘れてもらっては困る」

 二年生の真面目系ギャル役員と斜めに構えた理屈屋の男子役員が、来年の生徒会選挙を見据えて早くも火花を散らしている。結構なことだ。そんな様子を横目に私はソシャゲをしているが、本来的に業務量はまだまだそれほどでもないので、ただ駄部ることもある。今がその時だ。

「渡辺さんは生徒会長選挙に立候補しないのか?」

 と、同輩の一年の大男役員君が話しかけてきた。私は本質的にドライなのでスマホの画面から目をそらさず答える。

「今のところ興味ないかな。二年の諸先輩方がやる気なら任せてもいいと思うし、そもそも来年生徒会やるか分からないし」

「それは残念だ。色々あって中途からスタートした俺たちをまとめるのは、一年だてらに副会長を務めた渡辺さんが適任だと俺は思っている」

「過大評価だよ。ま、誉められて悪い気はしない。考えておくね」

 そう答えつつ私は来年以降の身の振り方を本気で考え始めていた。



 時間は浮ついた心をなぞるよう頼りなく過ぎ去っていく。それが懇意にした先輩が卒業していくことに対するセンチメンタリズムであることを私は正確に把握している。時間が止まってほしいだなんて稚拙な感情は、この令和も第二年度を迎えた世情において何の役にも立たず、駆け足に三月を迎え、今年度の卒業式を迎える運びとなった。

 私は在校生席の一角に座り、しわぶきの音ひとつない講堂で、厳かなる卒業式が進行していくのをじっと眺めている。学校長の挨拶。地域社会の名士たちの挨拶。在校生代表の送辞。それらは私にとって重要ではない通常レアだ。不要ではないが幾らでも換えが利く。逆に換えが利かないものも、確かにある。

「卒業生答辞、斎栞」

「はい」

 壇上へと呼ばれ、黒髪の女子生徒が、しとしとと壇上へと歩いていく。私はその一投一足を網膜に焼き付けていく。私にとって一番の先輩。二度とない学生生活という時間を、彼女にとって終局となる半年の間を共に過ごし、私に大きな影響を与えた人物だ。その人は壇上に立ち、教師や地域社会の人々。卒業生たちとその親御たち。そして、在校生たち。そこにいる人々の隅々にまで目を向け、生徒会長としての最後の務めたる、卒業生答辞。それを栞先輩は読み上げ始めた。お決まりの教師や地域社会への感謝の言葉も聞き逃さずに記憶した。私にとって栞先輩の言葉は全てが特別だ。やがて原稿は終盤にさしかかり、斎栞という個人としての考えや気持ちを述べるタームに差し掛かっていった。

「私は一年前にこの場所で、新入生のみなさんに言葉を贈りました。一度しかない学生生活を、学生らしく取り組んでほしいと。……白状します。しかし当の私自身がその時、私が思うようには学生らしい生活を送れていませんでした」

 定型的な答辞から一変。周囲はにわかにざわめいた。ここはネガティブの吐露をすべき場所ではない。だが荒唐無稽を演じる人物像でもないことを周囲は承知している。式の進行は止められない。皆一様に息を飲んだ。見ると栞先輩は原稿を見ていない。すわアドリブかと私は身を乗り出し傾聴した。

「この学校は都内有数の進学校で、一般的な高等学校に比べ学校行事等は最低限。そのぶん学生の本分たる学業に集中できる環境。しかしながらその恵まれた環境故、部活動や委員会活動という、学生らしさというのを味わうことが難しい状況に、ヤキモキしていました。私はそのために生徒会活動に取り組んでいました。このまま卒業をしたくない。そう決意した私は、同じ志を持つ仲間たちと、これまで活発ではなかった生徒会活動を活性化させていきました」

 栞先輩の送辞……いや、卒業スピーチとでもいうべきか。誰もが聞き入り次の言葉を待っていた。同じ志と栞先輩が十把一絡げに形容したのは対外的な体裁のためであり、本来は私にまず声をかけ、同士と成し、しかるのちに他の役員たちも巻き込んでいったことを端折って説明しているのをここに注釈しておく。たった一人のおかげで救われた、だなんていかにも鼻につくからだ。壇上の栞先輩は続けた。

「結果、わずか半年の時間でしたが学生らしい学生生活を送れ、とても充実しています。本当に本当に、どうもありがとう」

(!?)

 ちらり、と栞先輩がこちらに視線を寄越した。それが手練れの狙撃手のスナイプのように正確に私を射抜いていった結果、大勢がひしめく講堂内。壇上と在校生席という空間を隔て遠く離れた私たちが、ほんの数秒間だけ見つめ合う形となった。

 栞先輩は、私に、私だけに、感謝の意を伝えている──。

 まるでステージのアイドルと目があったファンのような心境となり、L・O・V・E・SI・O・RI!とスタンディングでコールを送りたい衝動に駆られたが、厄介としてつまみ出されるので理性で押しとどめた。私はドルオタではない。ちゃんと私と栞先輩は分かり合って、正しく見つめ合っている。その確証も私を冷静にさせた。オーケイ私は冷静だ。小さく咳払いをして栞先輩は続けた。

「最後に、最初と同じことを伝えさせてください。一度きりしかない学生生活。ぜひ学生らしさを追求してください。生徒会活動、部活動。それだけではないと思います。一人でも、グループでも、やりたいことを見つけて追求してほしい。きっと同士が現れ、より新しい価値観が発生します。それがきっとみなさんを成長させ、より充実した学生生活となり、一生関われる大切な相手に巡り会えるかも知れません。みなさんの学生生活が豊かになることを祈り、締めの言葉とさせて頂きます」

 改めてありがとうございました。壇上から深々と栞先輩がお辞儀をすると、卒業式なのに会場は割れんばかりの拍手に覆われた。生徒たちの中には生徒会が活性化したことを知っている者もいた。理由を知り合点がいったのだろう。

 答辞って、こんなに盛り上がるっけ……?

 周囲の盛り上がりをよそに私は腕組みをし、素晴らしいスピーチの余韻をかみしめつつ、壇上から退場していく栞先輩へ、心の中で拍手を送り続けていた。

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