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2 ブックカフェのある本屋にて

 翌日の土曜日AM。学校からほど近い総合ショッピング施設に来ていた。外国のアパレルチェーン店やスポーツ用品店。靴屋や雑貨屋が並ぶ。休日はいつも賑わうが早い時間は空く。お昼前後に人が増える。私の用があるのは本屋だ。周辺では最大の蔵書を誇り目当ての本は大体見つかる。中身を精査しつつ買うにはやはり通販より本屋。目的は参考書。これでも進学希望の進学校在籍だ。

 混み始めるのは昼前なのでその頃に自宅についてるのがベスト。ソーシャルゲームのクエスト攻略のよう効率重視していく。平積みされた最新のもの。面陳列のベストセラー。棚差しされた古いもの。それらから何冊かピックアップした。すみやかにレジに持ち込み会計を済まそうとしたが──。

 レジカウンター下の陳列スペースに『ある文庫本』があるのを発見した。帯の文言を見るにそれはシリーズものの最新刊であるらしい。加えて平積みならごく最近の発刊。さらにレジカウンター付近の場合は注目度の高い人気作だ。表紙から若者向けジュブナイルと分かる。レジ担当の店員が会計を進める間。私は本を手にとって表紙や裏表紙、背表紙をじっと眺めた。小説は話題作をたまに読む程度しか嗜まない。気付いた店員が声をかけてくる。

「それは本日発売の新刊ですね。いかがいたします?」

 会計を進める店員が聞く。人気のシリーズの最新巻でさっきもひとりで三冊買っていった人がいたという情報を店員が付け加えた。つまりは買うか否かという質問だ。

「これシリーズものの新刊ですよね。私読んだことないです」

「あ、そうなんですね」

 失礼いたしました。店員がそう続ける。興味のないものを勧めたことの謝意だろう。

 だが私はしばし考えこう答えた。

「これの第一巻はどこにありますか?」



 お昼時近くなり混み始めた。今日の用件は果たした。任務をこなしたエージェントの如く総合ショッピング施設を離脱しようとする。施設上階にある本屋からエレベータで降りようとした時のことだ。

「渡辺、悠さん。こんなところで奇遇だね」

「え?」

 誰かが呼ぶ声がする。任務中に見つかったスパイか忍びのような挙動で声のする方を見ると見知った姿の人物があった。

「斎生徒会長。はい。こんなところで奇遇ですね」

「ふふ。肩書きはいらないよ。名字でも名前でもいいし」

「じゃあ、栞先輩」

「ええ。改めてこんにちは。悠さん。ところでその腰の曲がったおばあさんのような格好はなに?」

「スパイです」

「は?」

 気にしないで下さいと首を横に振る。スパイの気持ちはスパイにしか分からない。

 ところで斎生徒会長はワンピースにカーディガンという装い。硬い印象の彼女にしては緩くてふんわりした装い。まあ私がボロボロのデニムに色褪せたサマーセータという印象通りすぎるだけ。とどのつまり斎生徒会長は余所行きの格好でどこかへ誰かとお出かけの様相だ。偶然の邂逅だが特段話すこともない。せっかくの休日の貴重な時間を割かせるのも忍びない。忍びだけに。斎生徒会長の目当ての相手は彼氏か、友達か……いずれにせよ早急にこの場を締めくくる会話劇を検索する。そのため脳をフル稼働させていた時だ。

「この上の階が実はブックカフェがあるんだ。存在を知らない人も結構いるから、お昼時でも意外と空いてるの」

「なるほど」

「だから、どう?」

「どう、とは」

 私は辛うじて声を振り絞る。今は脳が検索真っ只中だがスピードに脳がついてこれないらしくさっきから反応待ちでフリーズ中。加えて検索対象は不要になりそうな流れ。覚悟を決めて私は斎生徒会長を促すと、さも自然の流れのように彼女は答えた。

「せっかくならブックカフェでランチでもしていかない?」

 と。



 この本屋にはよく来るがブックカフェに足を踏み入れるのは初。上京したおのぼりさんよろしくキョロキョロと周囲を見回すと、ブックカフェらしく本を読みながらお茶したり歓談したりする人がいる。多人数用のテーブル席。椅子とテーブルの二人席。確かに穴場らしく人の姿はまばら。賑わう階下が嘘のように落ち着いた空間だった。

「栞先輩。あのあたりはどうでしょう」

「あそこはおひとり様席だよ。テーブル席でお話しながらランチにしよう」

「ですよね。言ってみただけです」

「ふふ。悠さんは面白いのね」

「恐縮です」

 誉められたと解釈しておかねば精神がもたない。ちなみに私が指したのは選挙会場の記入コーナーのような一人席だ。隣席と仕切る衝立もあり、私たちの距離感に相応しいと判断したが却下された。残念至極。

 とりあえず注文を済ます。二人で摘めるサンドイッチと飲み物をチョイス。空いている二人席に座る。取り急ぎ挨拶をする。

「それでは今日はよろしくお願いします」

「うふふ。はあい。折角の休日なのに付き合わせてごめんなさい」

「いえ。参考書買って帰って勉強して、ソシャゲして寝るだけの休日だったので。栞先輩のおかげで無味乾燥した休日に休日らしい潤いが与えられました」

「くっ」

「いえ、これから与えられることとなります。あれどうしました栞先輩。急に体をクの字に折って背中を震わせて」

「ちょっと……ごめんなさい。悠さんがあんまり面白いコト言うものだから」

 斎生徒会長の艶やかな黒髪がサラサラと揺れる。無味乾燥した休日に倣い私のぱっさぱさの髪にも潤いが与えられないだろうか。休日に費やした余った分でいいので後生。私の枝毛も喜びます。

「ご注文のサンドイッチとお飲物2点になります」

「ありがとうございます」

 フロアスタッフが注文の品を運んできた。前後不覚の斎生徒会長に代わり謝意を述べる。程なく笑いの波が引いたところで、栄養摂取の付加価値として歓談の時間が始まった。あれ。歓談の付加価値として栄養摂取になるのか。分からない。私は考えることをやめた。

「そっか。悠さんは参考書を買いにきたのね」

「はい。そういう栞先輩もですか?」

「まあそんなところ。ついでに勉強しながらお昼でも食べていこうかなって予定立ててたけど、可愛い後輩との談笑に変更」

 ゆるふわな格好だがやはり斎生徒会長は真面目だった。出先でまで勉強はしない。私にとって勉強はソシャゲのスタミナ回復待ちにやるものだ。あれ、勉強で目減りした自分のスタミナの回復待ちのソシャゲではなかったか。分からない。私は考えることを(以下略

「とりあえず食べましょう」

「賛成です」

 私たちは早速大皿のサンドイッチに取りかかった。できたてを食べるのが美味しいのだ。時間がたつとパンが私の髪のようにパサパサして、食べられるものも無理になる。斎生徒会長のように艶やかなうちにかき込むのがいい。言ってて少し悲しくなってきたので止める。

 ひとしきりお腹がくちくなり、心身が満たされつつある。話題の視野を広げていくためとりあえずストックしていた質問を投げてみることにした。話題の広がりの度合いで次弾を投げるか、深めるかを見極める。

「そういえば栞先輩はどうして生徒会長になったんですか? 立候補?」

 半分のジョークも込めた。

 今日びドライ指向の弊学校で立候補なんて、元号が令和から平成に戻るくらいあり得ない。私と同じ身空と察しその辺りから話題を広げようと思っていたが──。

「うん、そうだよ」

「ぶっ」

 とケロリと答えられ飲みかけのコーヒーを吹き出した。

 いけない。斎生徒会長の召し物が!

 全身全霊をかけて体制を建て直す。継続してむせそうになる喉を叱咤しテーブルの汚れを備え付けナプキンで拭う。この紙片を使い放題の日本のサービスに最大限の感謝を抱きつつ「だ、大丈夫?」と気遣いの言葉に「大丈夫です。問題ありません」と全力で答えきった。

 恐る恐る確認するが斎生徒会長の召し物までは汚していなかった。気を取り直し質問する。

「どうして立候補したんです。やりたかったんですか?」

「うん」

 と斎生徒会長はうなずく。もしやセンシティヴな理由なのではないかと危惧する。例えば亡くなった祖父母の遺言とか、生徒会活動しないと細胞が崩壊するとか。しかし私がその理由を聞いていいのだろうか。私など斎生徒会長の人間関係でいうと外様もいいところ。込み入った話のできる間柄でもない。益体なく悩んでいると、

「理由、知りたい?」

 などと含むように聞かれる。知りたいなら教える。そうでないなら教えない。つまり聞かれることを是とするアクションと私は判断し頷いた。「聞きたい」という意志を込めた。それが正しく伝わったのか。斎生徒会長はカフェラテをストローで一口飲むと切り出した。

「端的にいうと『学生らしいこと』がしたかったの」

 斎生徒会長はそう言った。これが小説なら『』で括ってあるであろう部分をおうむ返しに聞く。斎生徒会長は頷き続けた。

「いろいろあると思う。部活動や委員会活動。学業そのものもそう。これはウチの学校では大多数の人がそうだけど。あとは友達づきあい。将来を見越して人間関係を育てたりとか、趣味やゲームで動画配信して有名になるとか。でも私はスポーツは得意じゃないから打ち込めないと思った。これといった趣味もないし、友達知り合いも多くない。そんな私にできる『学生らしいこと』って生徒会活動しか思いつかなかった。どうせやるなら生徒会長、とも考えた。もともと、そういう学生らしさと無縁の学校を選んだのは自分なんだけど、そういう状況下でも、学生らしさは忘れたくないし、最大限追求したい。そのためにね」

 まあ内申書に書けるからの理由もあるけど。そう付け加えた。

 私は斎生徒会長の述懐を理解し整理してこう答えた。

「要約すると」

「うん」

「学生らしいことがしたかった、ってことですね」

「そうだね」

 ニコニコと斎生徒会長に肯定されようやく私が振り出しに戻ったことに気付き顔から火が出た。コーヒーといい今日はよく吹き出る日だ。

 それにしても学生らしいこと、か。

 ソシャゲでも現実でも効率主義を自負する私は、それが効率的ならば迷わず実施する。だが斎生徒会長がそうでない学生らしいことを追求するのに一定の理解は示せる。学生らしいことがしたいから学生らしいことがしたい。それは持って生まれた『憧れ』に他ならない。ではその『憧れ』はどこからやってきたのですかと聞くのも不可能ではないが、それではまるで面接だ。ギブ・アンド・テイク。話題を提供してもらえたら同等を返す。なるべく提供物に関わりある形で。

 あれ、としかし違和感に気付く。斎生徒会長はいつも一人で生徒会活動をしている。実に実作業で関わったのは私は昨日が初めてだ。副会長の私がそうなら他も推して知る。つまり?

「……」

「悠さん?」

 いくつかの出来事が何本かの線で結びつき、やがてひとつの解を得た。

 改めて確認する。斎生徒会長は三年生。そして今は二学期九月。そもそもじきに生徒会活動に割ける時間はほぼなくなる立場。生徒会より予備校通いが順当の中で『学生らしいこと』を標榜していくのはかなり難しい。

 だったら何で今更──。

 いや、今更だからこそなのか。たぶん人間心理的に。

 結果として斎生徒会長は私に声をかけた。得意ではないが期待されたなら応えたい。そう決意するが「私決意しました」と宣言するほど空気が読めない私でもない。なるべく穏便に。可及的すみやかに遂行していきたい。

「学生らしいこと、ですか。素晴らしいことだと思います。ですが栞先輩はこれから受験で忙しくなると思いますが……いえ。もうなってると思いますが」

「うん。そうだけど、進学ダメだったらもう一回三年生をやればいいし」

「ドライですね。私が言うのもあれですが」

 うんと斎生徒会長は頷く。

 真面目で堅物というイメージの生徒会長。意外と私服はゆるふわ。だが思ったよりドライ。今日一日でイメージが二転三転した。つまり相手も同じことを考えている。故にそれなりには親密度が上がったということか。

 きっとこれも何かの縁だ。これもひとつの『学生らしさ』の表れだ。

「栞先輩」

「なあに?」

「もしよければ生徒会活動するとき今後いつも私を呼んでもらっても構いません」

 意志は明確に。はっきりと伝えた。誤解があっても困るし斎生徒会長には残された時間が多くない。斎生徒会長はやや驚いていたようだったが──。

「……実は、悠さんならそう言ってくれるかなって期待してた」

「期待されてましたか」

 うんと再びうなずく斎生徒会長。昨日の今日。もし昨日の共同作業があったとしても今日という偶然がなければこういう展開にはきっとならなかった。またタブレットPCのメール越しだけの関係となり、きっと卒業式での卒業生答辞で斎生徒会長が登壇したとき「そういえば一回だけ共同作業したっけ」とまるで他人事のように思い出したはず。それが私っぽい。

 しかし紆余曲折経て事情を知りこうなった。ならば腹をくくる以外に術はない。

 ところで斎生徒会長は思い出したように慌て始めた。

「あ、別に誰でも良かったとかじゃないよ。学生らしければ相手は誰でもいいとか、そういうのはない。一番話しを聞いてもらえそうだったし、同性だし、副会長だし、トータルで総合的に判断して悠さんに声をかけたの」

「大丈夫です。そういうのは気にしませんので」

 まあ自覚はなくもない。誰でもいいけど誰か選ぶ。私はそういう時に白羽の矢が立ちやすい体質をしている。後腐れがないとか思われている。

 それはまあ、ともかくとして──。

 私は自称ドライだが、大体そういう奴はドライになりきれないと相場が決まっていて、私も多分に漏れないというのを改めて今知った。大事なのは正しい自己把握だ。

 斎生徒会長に残された時間はあと半年。

 そんな人に『学生らしいこと』への憧れを告白されたら他人事でいられないに決まってる。


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