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1 生徒会室にて①

 生徒会室に入室すると室内には一人の女子生徒がいた。

 入り口に立つ私と目が合うと「こんにちは」と挨拶をする。三年生を示す翡翠色の制服のリボンを軽く揺らし女子生徒は立ち上がる。会釈混じりに私は挨拶を返す。メールでは何度もやり取りしているが、会うのは二度目くらい。私は一年生。彼女は三年生。学年も違う。正真正銘の赤の他人だった。

「急な呼び出しに応じて貰えありがとう。どうしても一人では作業が捗らないところがあり、急遽副会長である貴女に声をかけました」

「部活もやってなくて暇なので生徒会長の呼び出しとあれば応じます」

「ふふ、どうもありがとう、渡辺さん」

 どういたしまして。そう答えて室内の席に促され着席する。生徒会室は畳に換算して十畳くらいの簡素な部屋に『コ』の字型に机を並べている。三年生の女子生徒──斎栞いつきしおりは『コ』の右側面部。いわゆるお誕生席に座る。何故なら彼女は生徒会長だから。

 私が促され座るのは彼女の席の右手側の彼女に近い席。

 つまり右腕ということかと要らぬ邪推をする。

 壁際のスチール製の本棚が目に入る。生徒会関係の資料らしきファイル。参考資料らしき書籍。他に明らかに学校の備品ではない参考書やシリーズの文庫本も並ぶ。私の視線に気付いたか斎生徒会長が答える。

「この部屋で生徒会長の仕事してから、勉強していくことも多いんだ。文庫は気分転換。せっかく生徒会長という立場だから活用しないと。渡辺さんも今日から活用していいよ。副会長なのだから」

「検討します。一応の副会長ですので」

 そう答えると斎生徒会長は薄く笑う。

 この学校の生徒会副会長を務めているのが、他ならぬこの私なのである。



 私が通う高等学校は東京はお台場にある都内有数の進学校だ。

 台場といえば東京湾に浮かぶ人工島。様々な娯楽施設が設置された一大エンターテイメント地。休祝日はカップルや家族連れで賑わう土地。そんな場所に日本有数の進学校があることはあまり知られていない。

 基本的にここは学問だけやる学校。入学生徒とその父兄。教師や経営陣一同もその認識で一致している。学校行事は入卒業式くらいの必要最低限。他細々したもの含め外部業者委託で学校の行事という色は薄い。

 部活動はあるにはある。所属が帰宅部と内申書に記載すると進学先の大学。就活時の企業からの印象が悪くなる。そのための部活動。これも指導者は外部の人間。至ってドライな経営方針の高等学校である。結果進学することだけを目的とした無味乾燥した生徒が集まってくる。私のように。

 ところでそんな日本会社の縮図のような学校にも『生徒会』という組織がある。学校行事の全てを外部委託している学校の生徒会にどんな役割が? 疑問の声は最もだがこれも将来の進路のため。生徒会活動という実績は内申書に記載される。面接でもあれば必ず面接官は触れてくる。話のタネがあればそれだけ面接を有利に運べる。

 かようにいいことずくめと思いきや立候補する生徒はほぼいない。私の知る限りはいない。仕事はごく少ないがゼロではない。会長となれば入卒業式など式典行事関係の挨拶役もこなさねばならない。スピーチ原稿までは外注委託していない。そういう諸々の手間が敬遠される理由である。

 ちなみに私は入学したばかりの頃に「渡辺。おまえ生徒会副会長やる気はないか。仕事は殆どない。ただ名前だけだ」と担任から脈絡なく聞かれた。生徒会長は諸々の挨拶があるのを入学式の時に知っていた。だが副会長は大したこともなさそう。それぐらいの気持ちで許諾した。

 例年立候補を募るが誰も名乗り出ないので各クラスから推薦し選挙して決めていく──と、面倒くさい手順を踏まねばならない。この年も立候補はゼロだったが、諸々の手間を教師側が省いた結果だった。生徒会役員選挙も外注委託しているが、委託するのすら省きたいらしい。

 結果として一年生という若輩の身にして生徒会副会長という役割を仰せつかったと。私が許諾したのを受け担任が担任らしく言った。

「あとは会長を助けてやり支えるのが仕事だ。しっかりやれよ」

「はーい」

 気楽な感じでそう答えたのは覚えている。



「この書類のここの部分の数字を計算して合っているか確認して欲しい。各部活動でしてるし私も計算してるけど、間違いがあると問題になるので、ダブルチェックね」

「承知しました。部活動の部費の収支報告書。会長からのメールで目を通して電子印だけ押していたけど触るのは初めてです」

「ふふ。見るのも初めてじゃないの?」

「そんなことはないですよ。毎月ちゃんと電子印押していたし」

 私はそう答える。中身を見ずに電子印だけ押していたのではないか。斎生徒会長は面白半分にそれを指摘している。

 それが的外れか的を射てるのか。今は正解を留保する。

 規模はそれなりの学校だが部活動もそれなりに存在する。結果として部費の収支報告書も相応の数になる。大した活動してないのに毎月提出はされる。部費の動きから大した活動をしてないのは分かるのに不毛だ。処理するだけでかなり時間を要するはず。そう考えあることに気付き至る。

「もしかして斎生徒会長はこれまでずっと一人でこれを?」

 恐る恐る聞くと「そうだけど」と当然のように答えられ私は平身低頭した。入学して約半年。四月から九月現在まで一人で彼女はこなしていた。私以下の役員たちはメールで回覧された電子版をロクに目も通さず電子印を押すだけ。その落差に愕然としつつ心を強くダブルチェックを進めていく。

「この学校は何でも外部委託してる。けど金額の決済まで委託してないから誰かがやるしかない。金額の関わる書類は紙媒体でも残すルール。生徒会の仕事だけど、全員でやるほどでもない仕事」

 忙しいのは月末だけだしね。斎生徒会長はそう続ける。

 この学校はIT化・スマート化が徹底され連絡事項や朝礼は各生徒に支給されたタブレットPCで済まされる。部内や委員会内での情報共有。月初の校長先生の挨拶も動画アーカイブ化され配信される。

 メールとオンラインだけで全て済ます。余計なことに時間を割かれず学生の本分たる学問に集中できる。結果ますますドライな校風が形成されていく。

 いうまでなく私もその尖兵の一人でありドライ至上主義者と揶揄されても異論ない。しかし──。


 『──新入生のみなさんには学業のみならず学生らしさも追求して欲しい。一度きりしかない学生生活は皆さんの青春そのもの。運動や文化芸術。ボランティアやコミュニケーションにも積極的に参加していって欲しいと願います』


 <ある人>の<ある場面>での言葉だ。

 私の心にその人の美しい立ち振る舞いと共に印象づけられてる。

 私は見とれていた。

 <ある人>は私のみに向けて話しているわけではない。

 なのに<ある人>とずっと目が合っているような。目が離せないような……。そんな記憶が脳の記憶野には残っている。

「渡辺さん。これもお願いします」

「あ、はい」

 半年前のワンシーンを回想して意識がそちらにあった。速やかに渡された書類のダブルチェックに取りかかる。

 シャープペンシルの走る音。書類が手渡しされる音。時々数字を確認する「良し」という呟き。二人きりの放課後の生徒会室。ただそれだけの静かなる時間。半年前から知り合いだが会うのは顔合わせの時以来二度目。疎い相手と関わる緊張感と共同作業をする緊密感。気は休まらない。結果作業に没頭していく。

 程なく斎生徒会長の「九月度の部費チェック終了しました」との明言により全書類チェックが完了した。斎生徒会長は書類を仕舞い安堵の表情で言った。

「今日はどうもありがとう。私一人なら今日と明日の二日間かかっていた。でも一日で済んだ」

 本当にありがとう。斎生徒会長はそう重ねた。

 明日は土曜日で休み。終わらなければ持ち帰り仕事したとの意か。生真面目な御方だ。ところで私はドライ至上主義者なので必要以上に人と関わらない。故に他人に感謝される機会がない。つまり感謝されることに慣れていない。結果身の置き場がなくなった。

「……では、帰ります。お疲れさまでした」ペコリと頭を下げる。

「はい。ありがとうございました」そう返される。

 頭を上げると斎生徒会長のたおやかな微笑みがあった。慣れていない私はつい視線を反らす。斎生徒会長の後ろには意外に雑多な種が置かれた本棚。分けてもカラフルな背表紙のシリーズものの文庫本が目を引く。斎生徒会長は短くない時間をこの場所で過ごしているとのこと。副会長もどうかなと促されはしたものの──。

「またよろしくね。渡辺副会長」

「もし作業の機会がありましたらいつでもお声掛けください」

 そう答える。言外に作業以外では来ないと匂わせた。伝わったかは不明。

 だって。この御方と二人きりの時間。他に集中できる作業がないと、緊張できっと精神が死んでしまう。


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