夜更かし
休みの前夜。
早々に帰宅してから食事を済ませ、時間をかけて入浴をしたら、後はゲームと映画でくつろぎタイム。
時間はあっという間に過ぎ去り、気付くと深夜二時を回る時間。ちょうど映画も終わった所だ、そろそろ寝ようかと欠伸など漏らして。
エンドロールが流れる画面を見ながら思い切り伸びをした時、突然携帯電話が鳴り出した。
『あ〜っ! 良かった起きてたアラクネ〜っっ』
公衆電話の表示にやや警戒したものの、出てみれば何のことはない、近所に住む友人の声である。
『今近くのコンビニだよぉ〜、合コンあってさあ、終電で帰って来たんだけど、駅に着いたら変質者がいたんだよお〜っ』
深夜に変質者と遭遇とは、なかなか由々しき事態である。
しかしいくらか酒が残っているせいか、彼女の話口調からはイマイチ危機感が伝わって来ない。
『気味の悪い女でさあ、目をこうバチッと見開いて、口元だけニヤつかせてぇ』
女はバサバサした長髪の隙間から血走った視線を向けて、手に持った鋏をしきりに開閉させていたのだと言う。
ジャキン、ジャキン、ジャキン、ジャキン、ジャキン、……
深夜の変質者+凶器ときたら、もう完璧だ。さすがに恐怖を感じた彼女は携帯電話の充電が切れていたこともあり、とりあえずコンビニに入ってやり過ごそうと考えたらしいのだが。
『立ち読みしてる間もしばらく角の電柱からずっとこっちをジロジロジロジロ、あぁもぅ、マジ気持ち悪っ! マジ頭ヤバくない?』
痴漢に合った女子高生みたいなその口調に、私は少しだけ苦笑する。
それにしても。まあ、一人暮らしの彼女をこのままアパートに帰すのもやや気掛かりだったりして。
「今って交差点とこのエブリーマートでしょ? いいからダッシュでうちまで来ちゃいなよ。明日日曜だしさ、泊まっていきなよ」
コンビニから家までは、本当に目と鼻の距離なのだ。
『アラクネたん優し過ぎっ! すぐ行きますぅ!』
電話を切り、ふぅっと一息。
深夜の慎ましい静寂が部屋に戻り、私は何とはなしに窓を開ける。
夜の涼やかな風。その中にアスファルトを叩くカツカツという音が響いて混じる。
友人がヒールで必死に走って来る姿を想像して、思わず噴き出してしまう。
玄関の鍵を開ける為に、下の階に行きかけた。
が、案の定自宅前で止まった足音を聞いて、私はふと窓辺に戻った。深い意味はない。本当に、何となく。
私は窓から体を乗り出し、下に向かって呼び掛けた。
親しい友人に向けた気軽な口調に応じて、下にいた相手が顔を上げた。
長い髪が脂に汚れて夜風にもそよがず、その髪束の隙間から、大きな血走った目が私を真っ直ぐに見上げていた。
真っ赤に充血した目だった。ただ、唇だけは引き攣れたようにピクピクと口角を上げて微笑みの形に歪められて……
ジャキン、ジャキン、ジャキン、ジャキン、ジャキン、ジャキン…………
作者の見た夢をそのまま小説にしただけの作品です。なので、オチには様々な解釈があると思います。