第9話 自分で墓穴を掘っているんじゃない?
古川家の三人は一斉にビクッとなり、まるで気の流れが通ったかのような反応を見せた。
だが、智子の顔色はさらに白くなった。
智子が予想していた最悪の事態はせいぜい養子を取らない程度で、離婚という話が出てくるとは思っていなかったので、思わず否定的な反応を示してしまった。
実際、古川家も智子が離婚するとは思っていない。
彼女は穏やかな性格だが、芯の部分は頑固で、人の意見にはなかなか耳を貸さない。もしそうでなければ、山本雅が普段智子に冷たい態度を取っていたことで、とうに100回くらい離婚していてもおかしくなかっただろう。
しかし、奈々子がこのようにちょっと口にしただけで、古川家は思わず動揺した。
「離婚、離婚、離婚を勧めします!」という気持ちが湧いてくる。
三人は視線を交わし合い、まず古川朔が口を開いた。
「子供まで出てきたんだから、姉さんと君の結婚はそもそも間違いだったってことだろう?離婚を最優先にすべきだと思う。」
山本母と山本雅は、古川を驚愕の表情で見つめた。
瞬時には反応できなかったようだ。
なにせ名家の出なのだから、誰もが私生児の一人や二人くらいいるものだと思っている。ふと古川の両親を見ると、二人とも特に反対する様子がないことに気付いた。
しかし、そのとき智子が弱々しく言葉を発した。
「それは……雅が私に非があるわけじゃないから。」
古川家の三人は、がっかりしたような表情で智子を見つめた。
奈々子も思わずご飯を噴き出しそうになった。
智子は自分が家族を失望させたことを理解し、項垂れる。
その姿が隣の山本翔太にどことなく似ている。
山本雅は鼻で笑いながら言った。「そうだよな、誰が誰に非があるのかなんて考えるだけ無駄だ。」
その声は小さくても皆にははっきりと聞こえた。その瞬間、古川家の人々は何も言い返せなくなり、とくに智子は表情が曇り、まるで急所を突かれたように沈んでしまい、養子の件をもう気にかけなくなったようだ。
奈々子はここには面白い話が隠れていると感じ取った。
【古川家の長女はどうしてこんなに理不尽な生活をしてるの?しかも山本雅は私生児がいるのに、なんでこんなに堂々としてるんだ?ちょっと調べてみよう。】
古川朔は、奈々子が話を掘り下げる前に止めようとしたが、もう手遅れだった。
【実は智子と山本雅は大学では先輩と後輩の関係で、山本雅が元カノの恵美と別れた直後、大学のイベントで酒に溺れているところを同じイベントに参加していた智子が世話を焼き、気が付いたら二人はあらぬ方向に…え?どこかで見たような展開じゃない?】
古川は恥ずかしそうに額を押さえた。「お前…俺にやったことを忘れたのかよ」
【その後、恵美が二人が一緒にいるのを目撃してショックを受け、自ら身を引いた。山本雅は後になって怒りを感じ、自分に恋心を抱いていた智子が酔いつぶれている自分を利用し、恵美との恋愛を台無しにしたと思い始めた。】
【やがて智子が妊娠し、古川家は仕方なく山本雅に尋ねに行き、山本雅は責任を取り結婚することにした。だから智子は山本雅に対して負い目を感じているわけ?その後、子供がいなくなった時、智子は山本雅に自由を与えるために離婚を考えたが、山本雅が拒否。理由は、子供がいないからといって離婚する男だと思われたくないし、自分の業界での名声にも響くから。さらに、すべては智子のせいだと主張し、彼女には離婚を切り出す資格がないと言い張ったんだよ。】
奈々子の回想によって、古川家皆、凍りついたように静かになった。
山本母と山本雅はその様子に気づき、ますます自信を持った様子を見せる。
山本雅の態度はさらに冷ややかになり、智子に向かって言い放った。
「よく考えてみろよ!」
あたかも智子に選択の自由を与えているような言い方だが、彼女の表情はどんどん諦めに変わり、口を開きかけた瞬間、どこからか皮肉っぽい声が聞こえてきた。
【ああ、これは立派なヒモですね!ここまで図々しいのは初めて見たわ。】
確かに、古川家が山本家を支えているという意味では、ヒモっぽい部分があるかもしれないが、それは古川家が自主的にやっていることで、図々しいというものではない。結婚すれば一つの家族なのだから。
とはいえ、奈々子が古川家を味方する姿勢には、古川家に内心温かさを覚えた。
だが、智子は奈々子が山本雅を侮辱する言葉に、少し不快な気持ちを抱き、本能的に反論したくなった。
それでも、奈々子のツッコミは止むことなく続いた。
【酔って乱れたなんて言い訳に過ぎない。男が本当に意識を失っていたら、そもそもそんなことはできない。当時のことを忘れたなんて全部嘘で、実際には相手が誰かをわかっていて、ただ相手を便利に使っただけなのよ。起きた後で認めたくないから、他人に責任を押し付けてるだけ!】
【古川は過去にやられた経験があるんだから、もう少しお姉さんの状況と比べて考えられなかったの?まさかその夜の真相も知らなかったわけじゃないでしょうね?】
古川朔:「ちょっと待て、お前今なんか自爆してないか!?」
古川家の両親:「えっ、これは聞いてはいけない話だったのでは?」
智子はその場に呆然と立ち尽くし、顔から血の気が引き、紙のように真っ白になっていた。
それは彼女の人生の中で最大の過ちだった。当時、酔った山本雅が彼女に覆いかぶさったとき、彼女は最初は抵抗したが、山本雅は「君を抱きたい、辛くてたまらない」とささやいたのだ。
その一言に心が緩み、そのまま流れに身を任せた。
彼女は山本雅が目を開けて自分を見つめていることから、彼が一緒にいたいと思ってくれているのだと信じていた。
ところが、山本雅は目が覚めると一切覚えていないと主張し、智子が積極的に彼を誘惑したのだと疑いをかけた。
それで智子も、自分が浅はかだったのではと、彼を誘惑したのではと自己嫌悪に陥った。そんな秘密の出来事は詳細に話し合われることもなく、自然に真偽が曖昧なままだった。
だから、あれは本当ではなかったのか?あの夜、山本雅はわざとだったのか?
【それに、智子が彼と恵美の恋愛を壊したとか、子供で彼を縛ろうとしたとか言ってるけど、笑っちゃう。そもそも山本雅は、その時は病院でのインターンシップを得られず、将来に不安を感じて、人脈が必要だとわかっていたんだよ。母親に勧められて、いろいろ考えた末に、恵美をあきらめ、智子と結婚することを選んだんだから。いやほんと、偽善者もいいところよね!古川家が彼を脅したか?智子が道徳的に彼を縛ったか?ないでしょ!】
古川家:「そりゃそうだ!」
あの出来事は智子が自分から踏み込んだものだ。自分が間違えたなら、その結果も自分で背負うべきだと考えてきた。
もし山本雅が当初一言でも「嫌だ」と言っていたなら、古川家は智子を連れて去っていたはずだ。
でも山本雅が結婚に応じた。当時古川家は彼が責任感のある人だと思ったのだ。
それなのに、彼はずっと智子に冷たいな態度で接し、今になってわかったのは、彼は智子や古川家に対して不満を抱いていたということ。
ところが、奈々子の話からだと、山本雅が結婚に同意したのは自分のためだったというではないか!
智子は激しくショックを受け、信じられないという表情で山本雅を見つめた。彼はいつも自分に対して誠実で、自力でやっていけるという高潔さを見せてきた。
それが一転、奈々子の話が本当なら、まるで別人のようだ。
彼が古川家の援助を軽視していたのはただの見せかけだったのかもしれない。しかも、奈々子が意地悪な想像をしているだけだと思いたくなるほどだった。
ツッコミは続いた。
【本当に子供が原因なら、子供がいなくなった時点で離婚できたはずだよね?立派な理由を並べ立ててはいるけれど、結局古川家の資源を手放すのが惜しいだけでしょ。堂々とした顔でヒモ暮らしがしたいんだ、食べてる最中にまで文句をつけながら、ぬくぬくとね。】
智子はまるで誰かに頭を叩かれたかのような感覚で、ぼんやりとする。
以前、親しい友人が山本雅について同じようなことを言ったことがあったが、その時は怒って反論していたのだ。
【ヒモ生活するのはまだしも、奥さんに私生児を養わせようとするなんてね。智子の頭の中には何が詰まってるんだか、本当に気になるわ。】
この言葉に、古川家の人々も智子の方をじっと見つめ、力の抜けたような気持ちになっていた。
【それに山本雅は、智子に対して「もし智子がいなければ、元恋人とうまくやっていただろうし、子供も私生児にはならなかった」って言ってたみたいね。【だから智子にはその子を拒む資格がないんだってさ。】
【智子はもう長年、モラハラで自分の価値を否定されて洗脳されてるんじゃないの?自分を少しは大切にして、今すぐ損な役回りから抜け出すべきよ。】
その言葉に智子は思わず目に涙を浮かべた。そして自分に問いかける。
本当に、すべて自分のせいだったのだろうか?
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