第5話 初恋?それならいずれ離婚だろう
これほどまでに隙のない徹底的な調査、完全に彼女を唯一の犯人として扱い、罪証を探そうとしているかのようだった。
高坂は、たとえ自分がオフィスに出入りしたことが露見しても、古川が慎重な性格から調査することはあっても、そこまで綿密には行わないと思っていた。
そのため、怪しまれないように監視記録を削除する必要はないと考えていたのだ。
しかし、彼は彼女に関する事柄においてもこれほど冷酷非情であるとは、高坂は全く予想していなかった。
彼女は崩れ落ちるように座り込み、この認識が心を崩壊させた。
だが、それ以上にショックを受けているのは三井俊太であった。
「本当にお前がやったのか?なぜ……どうしてだ!」三井俊太は目に涙を浮かべ、異常な様子で高坂の腕を掴み、激しく問い詰めた。
三井会長はそんな息子の姿を見て顔をしかめ、急いで三井俊太を引き戻しながら、「他に理由があるとすれば、恋敵として張り合ったとでも言うか。奥様を追い出し、成り上がろうとしていたんだ」と言い捨てた。
三井俊太は晴天の霹靂に打たれたかのような表情で、「お前が古川朔を好きだったなんて!そんな……あり得ない!」と叫んだ。
三井会長は呆れながら額に手を当てたくなった。自分の息子は一体どれだけ鈍感なのか?周りの人が皆気づいているのに、彼だけが分かっていなかったのだ。
奈々子も心の中で同じように思った。
【三井俊太、本当に鈍いわね。あれほど高坂が好きだったのに、彼女が古川に気があるなんて、全然分かっていなかったんだわ!】
そう腹の中で呟いてふと顔を上げると、古川の冷静な表情に一瞬の驚きが走るのが見えた。
【なんと、古川も高坂が自分を好きだと気づいていなかった?一体どれだけ鈍感な男なのよ!】
奈々子の心の声を聞いた古川は、気まずさから耳まで赤くなり、いつもと違う不自然な表情を浮かべていた。
どういうことだ?敵が高坂を買収して機密を盗ませ、奈々子を生け贄にするのが計画ではなかったのか?
高坂が自分を好きだったなんて……そんなこと、あり得るだろうか?彼女はそうでは……
「違う、違うの、そんな下心があったわけじゃない!」高坂は突然慌てて声を上げた。
彼女は古川を見つめて緊張しながら言った。
「認めます、私がやったことです。でも皆が思っている理由とは違います!私はただ、白音のためにやったの!」
その瞬間、場内は一気に静まり返った。
樋口 白音、それは……
古川の表情も変わった。「何だって?」
高坂は急いで言った。「白音が帰国するの。」
古川の瞳が微かに揺れ、不安げに奈々子を一瞥した。
奈々子の心の声:【樋口白音、知ってるわ。古川の初恋の人で、多年前に彼を容赦なく捨てた女。かつてはお似合いカップルだったんだから】
古川:……お前はまた知っているのか……
奈々子の心の声:【でも、これが高坂と何の関係があるのかしら?】
古川 は真剣な目で高坂を見つめた。
確かに、彼女の行動と何の関係があるのか?
高坂は蜘蛛の糸を掴むかのように慌てて言葉を吐き出した。
「私は白音の親友なんです。彼女があなたを離れたのは仕方がなかったことなんです。私は、二人が誤解から生まれた絆を失うことがないようにしたくて。あなたが簡単に離婚しない人だと分かっていたので、自分が悪者になってでも、あなたと白音のためにチャンスを作りたかったんです!」
高坂はそう言い終えると、力なく頭を垂れ、いかにもやむを得なかったような様子を装った。
高坂は確かに樋口白音の親友だったため、その縁で彼女と古川も知り合い、親しくなっていた。もしそうでなければ、そもそも彼女を会社に迎え入れる際に秘書としてそばに置き、最大限の信頼を寄せることはなかっただろう。
大学時代の若々しい恋愛の姿を、高坂はずっと見守り、時には二人を取り持つ役割も果たしていた。だからこそ、周囲が高坂が古川を好きなのではと噂しても、彼はそれを信じなかったのだ。
この場の人々は皆、驚きを隠せず、物語が思わぬ方向に展開し始めた気がしていたが、それでも信じる者は少なかった。
なぜなら、誰の目にも明らかだったからだ——高坂の心は完全に古川に向けられていたのである。
ただ、この場で初めて知ったのは、高坂が古川社長の初恋である樋口白音の親友だということだった。
今までそんなことは一切漏らしてこなかった彼女が、どんな計画を練っていたのか、皆が察し始めていた。
そしてさらに衝撃の事実が耳に入った——古川社長の初恋相手が帰国する予定だと?しかも当時の別れは誤解が原因だというのか?
皆の視線は興奮気味に古川へと向けられた。追求が続くかと思われたが、現場には彼の妻である奈々子が同席していた。状況は一気に修羅場の様相を呈してきた。
【“やむを得ない状況”だの、“誤解”だの、いったい何がどうだって……】
古川は奈々子の好奇心に満ちた思考を遮るように急いで言葉を挟んだ。
「個人的な欲望のために、我が社に多大な損失をもたらし、他人を巻き込んで虚偽の罪を負わせるなど、どのような理由であっても容赦はできない。」冷酷に彼女は告げた。
【そうよ、そうよ。どうせ言い訳なんだから】と奈々子の関心はたちまち彼の言葉に集中した。
やはり若者特有の好奇心は、簡単に逸れてしまうものだ。
【でも、なんでこんな理由を急にでっち上げたのかしら。見せてみなさいよ!】
古川も、処分の内容を話すつもりでいたが、彼女の心の声に影響され、少し好奇心を掻き立てられた。
【なるほど!これまで表立って暗に彼と自分との関係が特別であると装い、私を錯乱させようとしたのも、ゆっくりと私を排除し、古川に近づくためだったのね。でも樋口白音が帰国することを知り、自分が初恋には勝てないと気づいたから、樋口白音が戻る前に何とか社長夫人の座を手に入れようとしたわけだ。】
【だから、私に思いっきり罠を仕掛けるなんて。罠の破綻が多いことも構わなかったってわけね】
【今となっては、樋口白音を理由に持ち出して、自分が他人のために失敗したふりをしようとしている。そうすれば古川も軽く見逃すかもしれない。でも、彼女が古川を愛していると分かれば、私欲のために悪事を働いたと知れたら、絶対に彼は許さないわ。それで彼女には二度とチャンスがなくなる。】
「ははは、彼女もまさに藁にもすがる思いね。古川がどれだけ鈍くても、こんな理由にはさすがに騙されないわ!」
ほとんど信じかけていた古川は、思わず黙り込んだ。
過去の出来事を思い返す。
奈々子が高坂と揉め事になるたびに、高坂が被害者を演じて、奈々子をますます苛立たせる構図に持ち込んでいたのだ。
古川はずっと奈々子が原因だと思っていたが、今になって深い罪悪感が湧き上がり、同時に高坂への嫌悪が増していった。
彼はもはや問い詰める気も起きず、冷たく告げた。「警察に処理を依頼する。」
高坂は顔を上げ、全身の力が抜けたように膝を突き、信じられないという顔で言った。「社長、私は……」
「話があるなら、警察でどうぞ。」冷酷な決断にその場の全員が緊張を走らせた。彼はついに最も重い処分を選んだのだ。
「古川!」高坂は絶望に駆られ、発狂したように古川にすがろうとしたが、彼にかわされてしまう。彼女は悔しさのあまり、奈々子を指差して怒鳴った。
「奈々子のときは離婚で後腐れがないようにして、なんで私にはこんなに冷たいの?十年間もあなたについてきたのに、こんな仕打ちを?」
古川はやっと彼女を一瞥し、「君は私の妻じゃないからだ」と一言。その短い言葉には、まるで心を突き刺す刃のような意味が込められていた。
高坂はその場で呆然と立ち尽くした。
しばらくして、警察が関係者を連行し、奈々子も事情聴取のために一緒に警察署へ向かうこととなった。
その間にも、三井俊太は高坂の「親友を助けるため」という話を信じ込み、責任をかばおうとして三井取締役を怒らせ、ついに卒倒させてしまった。しかし証拠は揺るがず、三井俊太が肩代わりできる余地もなかった。
最後に高坂が奈々子に向かって狂ったように叫んだ。「白音が戻ってきたら、古川は絶対にお前と離婚するわ。今に見てなさい!」
反抗的なその言葉に、奈々子の脳内は期待に満ちていた。【ほんと?じゃあ早くしてよ!】