第4話 まだ奈々子を庇うつもり?
高坂は、古川が本当に調査するとは思わず、顔が青ざめた
唇を固く結び、何とも言えないほどの悲しそうな表情で、古川を恨めしそうに見つめた。
その視線は、まるで古川が裏切り者であるかのようだ。
三井俊太はさらに怒りに任せ、「本当にここまでやるのか? これは高坂さんの人格を侮辱している!」と言い放った。
しかし、冷然とした雰囲気を纏う古川の冷たい視線を前に、三井俊太も怒りを一瞬だけ収め、「もし何も見つからなければ、高坂に謝ってもらうからな」と言った。
他の人々も口には出さないが、不満げな表情を浮かべていた。
この一件は既に社内で大きな話題になっており、多くの管理職が集まってきていた。
やはり高坂のような素晴らしい能力を持つ人材は重要なのだ。
彼らも、古川がどうかしていると思っていた。
会社内では、古川には価値のない奈々子ではなく、絶対に欠かせない高坂がいるべきだと皆が知っている。
しかし、これだけの人が集まってきた理由が、彼らが面白がっているからだと奈々子は疑う。
見ろ、その興味津々の様子が。
なにせ、一人は名目上の妻である奈々子、もう一人は古川が長年親しく接している高坂だ。まさに「バトル」とも言える。この場に賭けでもしているのかもしれない。
いつも傍観者でいる奈々子だが、今回は彼女自身が注目の的となっていた。
なんという皮肉だ、まるで「道化師は自分だった」とでも言わんばかりだ。
奈々子は怒りの眼差しで古川を睨みつけたが、古川はまるで堂々たる松のように直立した背中しか見せてくれない。
奈々子の不満が耳元で囁き続ける中、古川は心中で「彼女は元々こんな性格だったのか?」と思わずにはいられなかった。
間もなくして、調査結果が出た。結果は疑う余地なく、完全に無実だった。
すぐさま三井俊太は得意気に言い放った。「古川、まだ奈々子を庇うつもりか?」
古川は背後から刺さる視線の熱さを感じていた。
「社長、これで私を信じていただけますよね」と、高坂は涙ぐんだ目で訴え、今にも泣き出しそうだった。
古川は手元のスマホを一瞥し、それから初めて高坂に視線を向けた。
冷ややかなその視線に、高坂は一瞬で不安を感じた。
誰もがこれで決着がついたと思っていたが、古川は言葉一つを発さず、背後のプロジェクターを指した。
みんなが不思議そうに画面を見つめると、急に別の監視カメラ映像が表示された。
その画面には、三井俊太のオフィスの入り口が映し出され、そこには高坂がそのオフィスに入っていく姿が映っていた。
何が起こっているのか理解できず、場内には戸惑いが広がった。
しかし、ただ一人だけ表情が急変した。
高坂は、全身が凍りつくような寒気に包まれ、瞳が揺れ動いていた。
三井俊太は画面を指さし、怒鳴りつけた。
「古川、いったい何をやっているんだ? 高坂さんが資料を届けに来ただけで監視映像を調べるなんて!」
古川は彼を無視し、画面を見つめていた。
その時、老獪な三井取締役が監視映像のタイムスタンプに気づき、表情が微妙に変わった。
さらに、息子が一人でオフィスを出て行き、高坂だけが残される場面を見て、一瞬で青ざめた。
その後、高坂が部屋を出ると、三井俊太が果物皿を持って上機嫌で戻ってきたが、誰もいないことに気づいて激怒する場面が映し出された。
皆が何が起こっているのか理解できずにいると、画面にPCの操作記録が再生され始めた。
驚いたことに、そのPCのデスクトップには高坂の美しい写真が設定されていた。
皆の視線が三井俊太に注がれる中、三井取締役は顔を真っ赤にし、吐き気がこみ上げるようだった。
三井俊太は恥じ入るあまり、足を踏み鳴らし、「古川、お前、俺のPCに勝手に手を出したのか!」と怒鳴った。
実際、それは技術担当者が三井俊太のPCのパスワードを解読し、削除されたメール記録を復元しようとした映像だった。
三井俊太が怒鳴り声をあげたその時、隣に立っていた高坂がぐらりと揺れるのを感じたが、彼はまだ事態を把握していなかった。
しかし、三井取締役は今にも爆発しそうな表情だった。
その場にいた多くの人が、ある可能性に気づき始め、室内は一瞬で静まり返り、緊張が走った。
ついに復元された機密書類の送信記録が画面に拡大され、送信時刻がはっきりと映し出された。
監視記録と見比べれば、もう誰にも真実が隠せなかった。
しかし、ここにきてまだ理解できていない者もいた。しばらく画面を眺めていた三井俊太は、「お前、正気か? 奈々子を庇うためにわざとこんな映像をでっち上げやがって!」と古川に激昂した。
だが、彼が叫び終える前に、彼の父親が手を伸ばし、彼の後頭部を叩きつけた。三井俊太は前のめりに倒れ、地面に転がった。
「お父さん!」と叫んだ息子に対し、「黙っていろ!」と三井取締役は吐き捨てた。
そして急いで古川や他の幹部たちに向かって、「ご覧いただいた通り、うちのバカ息子は今回の件に関与しておりません。ただの馬鹿なガキです!」と弁解した。
息子がただの愚か者であることを認めざるを得ない状況だった。
自分の息子と高坂が共謀したと疑われれば、いくら釈明しても言い逃れできないからだ。
「高坂、なんて恐ろしい奴だ! 私の息子を利用して、奥様を陥れるなんて! 古川社長が何かあなたに悪いことをしたのか?」と、三井取締役は愛憎劇の話題で注意を逸らそうと必死だった。
今や全員の視線が高坂に集中していた。
驚愕、信じられない表情、怒りや憤りが入り混じっている。
特に秘書たちは、みな体を震わせ、涙目になっていた。
彼らは少し前まで高坂を信じて奈々子を非難していたので、今や恥ずかしさと怒りで穴にでも埋まりたい気持ちだった。
古川社長の性格からして、彼らは全員解雇されるだろう。
まさに高坂に陥れられたとしか言いようがない。
それでも、今は一言も口に出せず、できるだけ目立たないようにしていた。
そしてその時、高坂の顔からは血の気が引き、呼吸は乱れ、全身が小刻みに震えていた。
彼女は絶望の中、古川を見つめつつも、まだ諦めきれず最後の足掻きを試みていた。
「社長、私はそんなこと……」
「奈々子のマネージャーが君の義姉で、君が彼女と共謀して奈々子を陥れた。そうだろう?」
古川の一言が、まさに彼女にとっての致命打となった。
場内がどよめいた。
「あなたはどうして……まさか、最初から……」高坂の精神は完全に崩壊し、彼女の表情には衝撃が浮かんでいた。
他の人々も驚愕の眼差しで古川を見つめている。まさかここまでの展開になるとは誰も思っていなかった。
奈々子もまた、先ほどから映像に釘付けになり、自身の頭が真っ白になっていた。
彼女自身が真実を目の当たりにしただけでも十分驚きだったが、どうして古川がここまで核心に迫れるのか。
彼女のマネージャーの話が出たことで、奈々子はようやく状況を飲み込んだ。
【まさか、古川 朔は最初から彼女の正体を知っていて、高坂を疑ったの?でも、どうやって三井俊太にたどり着いたのかしら?】
三井取締役もまた、どうして調査が自分の息子にまで及んだのかを理解できず、深いため息をついていた。
古川は茫然とした奈々子に視線を送るが、まさか皆の前で「すべては奈々子の心の声から得た情報だ」と明かすわけにもいかない。
「マネージャーの件は一旦置くとして、君が疑わしい以上、単独行動の際の監視映像をすべて確認し、接触した可能性のあるすべての電子機器を調査するのは当然のことだ。」
高坂は、証拠となり得る監視映像を削除していなかった。
それこそが奈々子が指摘した「隙」だったのだ。