表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木霊の国のジェサーレ  作者: 津多 時ロウ
第一部 第二章 マゴスとマギサ
7/46

第七話 マギサ

「はぁはぁはぁ……。ねえ、君、大丈夫?」


 肩で息をするジェサーレが、絞り出すように声を掛けると、女の子もやはり息を切らせながら返事をする。


「だ、だ、大丈夫よ。ぜぇぜぇ……。ありがとう、助けてくれて」


 そう言って、腰に巻いた革エプロンについた土を、手で払いながら顔を上げた女の子は、ジェサーレとほぼ同じ身長だった。服は白いワンピースで、職人が使っていそうなふくらはぎまである革のエプロンは、その服とちぐはぐで似合っていないようにも見えた。

 そして、改めてその女の子の顔を見ると、短くつややかでサラサラとした黒髪に、(あお)い大きな目。つい先ほどまで恐ろしい目に()っていたというのに、はっきりとした眉毛はキリリとしていて力強い。


「僕の名前はジェサーレ。こっちのフワフワモコモコした可愛い犬はジャナン。僕たち、旅をしているんだ。君の名前は? どこから来たの? 何があったの?」

「わふ!」

「ジェサーレに、ジャナン。犬にジャナンだなんて鏡花(きょうか)の魔女に失礼だと思わないのかしら。……まあいいわ。私の名前は――」


 そのとき、再びあの大男の声が聞こえてきたのだ。


「こら待てクソガキ! 逃げるんじゃねえ!」


 ジェサーレの倍ほどもあるのではないかという大きな体が、怒鳴りながら大変な速さで駆け寄ってくる。恐ろしい形相もあって、ジェサーレは人ごみで見せた勇気も萎えて、たちまち足がすくみ、動けなくなってしまった。

 一方で女の子は、ここぞとばかりに、あかんべえをしてジェサーレを余計に恐がらせた。


「ちょ、ちょっとジェサーレ。さっきみたいに助けてよ」


 恐ろしい形相で迫ってくる大男が、もうあと何秒かで自分たちのところまで辿(たど)り着きそうなとき、女の子はようやく膝をガクガクと震わせるジェサーレの様子に気が付き、慌てて彼の背中に隠れた。

 あと十歩、九歩、八歩……、残りあと二歩ばかりの距離まで迫られ、それでも動かないジェサーレに女の子がもうダメだと目をつぶったそのとき、辺りにゴツンと大きな音が響き渡った。

 女の子が恐る恐る目を開いて音のした方を見ると、大男は気を失って地面に()()し、その前には革の鎧を来た男が立っていたのだ。


「デミルさん!」


 ジェサーレは目に涙をにじませて、今にも泣き出しそうにその男に声を掛ける。


「よーう、坊主。大丈夫か?」


 ジェサーレが無言で何度か頷いて無事を伝え、そしてデミルの話は続く。


「それにしてもこいつはいったい誰なんだ? それにそっちのお嬢ちゃんも。坊主がナンパしたようには見えないが……」

「まあ、それについては、どこかでゆっくりと座りながら話せばいいじゃないか」

「タルカン様の言う通りですね。ほら、坊主、嬢ちゃん、歩けるか?」

「はい、なんとか……」

「私は平気です」


 デミルの後にタルカンも姿を現し、大男を衛兵に引き渡した四人と一匹は、手近なベンチに腰掛ける。

 さて、女の子の身の上を聞き出すのかと思うところ、まずはジェサーレと女の子に、タルカンからハチミツがかかったドーナツが差し出された。


「おいしい」

「うん、おいしい」


 疲れ切った表情だったジェサーレも女の子も、甘いお菓子の前には頬っぺたが緩み、幸せいっぱいの表情だ。


「さてと、儂の名前はタルカンだ。訳あってジェサーレ君と一緒に旅をしておる。こちらは護衛のデミルだ。お嬢ちゃんはなんていうお名前かな?」

「私の名前は、セダ・ソ……、セダです」

「セダと言うのか。いい名前だ。ところでワンピースのその草花の模様だが、ここから南、ボシ平原のチョバン族のものではないかね? どうしてこんなところに一人で? 家族は?」

「……家族はもういないんです。一人になっちゃったから、こっちに出てきたの」

「……ふむ。そうか。一人でウロウロしていたから、さっきの男に目を付けられてさらわれかけたと。そういうことかの」


 タルカンにそう言われたセダは、何故か嬉しそうだとジェサーレは思った。


「ところで、あなた!」


 そこへ、セダが突然ジェサーレを見て言うものだから、いつも以上にジェサーレはドキドキしてしまう。


「さっきの大きな光、あなた、マゴスよね!?」

「え? ち、違うよ」


 アイナの住民たちの態度から、ジェサーレはつい嘘をついてしまった。自分でも分からないのだから、嘘なのかどうかも本当は分からないのだけど。

 けれど、あからさまに声は上ずり、視線を()らしているのだから、自分のことをマゴスだと認めているようなものだった。


「それは嘘よ。あなたはきっとマゴスに違いないわ」

「違うけど、ぼ、僕がマゴスだったら、君はいったいどうするの?」


 セダが鼻息荒く話す様子にジェサーレは半分諦め、デミルとタルカンがどうにかしてくれるのではないかと、交互に二人を見たが、二人とも特に表情も変わらず、助けてくれそうな気配はない。


「あなたがマゴスだったらどうするのかって? 決まってるじゃない! ついて行くのよ!」

「え? え? どうして?」


 アイナの人たちからはあからさまに暴力を振るわれ、追い出される気配があった。けれど、目の前の少女はついてくるという。ジェサーレはセダが何をしたいのかが理解できなかった。


「私、マギサになりたいの。でも、どうすればマギサになれるのかさっぱり分からないのよ。だから、さっき(ひらめ)いたのよ。マゴスのあなたについていけば、マギサになれるんじゃないかって」

「マギ……サ?」

「魔女のことだ」


 マギサがいったいなんのことか分からない顔をしているジェサーレに、タルカンがそっと耳打ちをした。


「魔女なんて、そんなダメだよ。マギサになったら、みんなに恐がられて暮らすことになるんだよ。それでもいいの? そもそもついてきたってマギサになれるかどうか分からないのに」


 ジェサーレに言われたセダは、それでも決意が変わる様子がなく、真っ直ぐな目でジェサーレを見る。


「そんなことないわ! だって鏡花(きょうか)の魔女はみんなを助けたのよ。それって、とってもかっこいいじゃない! それに、恐がられたっていいの。どうせ……。あ、だから旅についていってもいいかしら。タルカンおじ様に、デミルお兄様」

「俺は、いいと思うぜ」


 お兄様という言葉で、真っ先に賛成したのはデミルだった。


「儂も別に構わんよ」


 タルカンも賛成したことで、ジェサーレも渋々(しぶしぶ)賛成し、旅に出て早々、身元の分からない少女が加わることになった。

 マギサ、あるいはマゴスをかっこいいという気持ちは、ジェサーレにもきっと届いただろう。



『ねえ、ジャナン。このまま僕たちを慕ってくれる人たちを受け入れ続けたら、すぐに住む場所がなくなってしまう。だから、みんなで力を合わせて周りの土地もどんどん開拓しよう。

 村の名前ならもう考えてあるよ。ユズクっていうんだ。いい名前だろう?』

〔英雄王マリクの冒険・最終章より〕



< 第2章 マゴスとマギサ > ― 完 ―


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ