最終話 木霊の国のジェサーレと不思議な本のセダの物語
「射抜け、パゴドリイ」
「炎よ穿て、ドリティスフォティアス」
正体をばらされたヌライは、すぐに氷の槍の魔法を発射した。
しかし、その氷の槍は、すぐに反応したジャナンの魔法によって、即座にかき消されることとなる。
「魔の法を封じよ、マギアスビビリオ」
それからは鏡花の魔女ジャナンとマギサのセダが、月の魔女ヌライと戦った。
これまで見たことがないような大きな魔法が次々と放たれ、様々に色を放ちながら衝突する。
ジェサーレはオロオロとして、後ろから眺めるばかりだった。
いや、よく観察してみると、セダもマギアスビビリオを使っているだけで、ヌライに対して魔法を放っているわけではない。
「染まれ、カルティノフェンガーリ」
ヌライが聞いたこともない呪文を唱えると、彼女の姿はジェサーレから魔女ジャナンの姿にあっという間に変わった。
しかし、それと同時にジャナンも魔法を使っていた。
「映せ、アンソスカスレフティ」
ジェサーレが本の中で何度も読み返した幻の魔法である。
流石のヌライもかかってしまったのか、滅多やたらに周囲に魔法を放ち始める。
しかし、ヌライはただめちゃくちゃに魔法を放っているだけではなかった。
音か何か、方法は定かではないが、魔法が当たっていたかどうか、一つ一つ確認していたのだ。
ジャナンの顔をしたヌライはニヤリとして、次の魔法を放つ。
「押しつぶせ、ヴォンバンゴリソ」
ヌライの頭の上に浮かぶのは、魔法で作られた巨大な岩。
彼女が指をすいっと動かすと、それが正確に、ジェサーレとセダとジャナンに向けて飛んでくる。
「あらあらー、どうしましょ」
「いくわよジェサーレ!」
「うん!」
それまで何をしていいか分からなかったジェサーレは、セダの声で勇気を取り戻した。
「ドリティスフォティアス!」
「鳴り響け、アンティドラシ!」
セダの魔法辞典から浮かび上がった炎の槍が巨大な岩に突き刺さり、勢いを弱める。
ジェサーレの木霊の魔法が炎の槍を増やし、巨大な岩は空中で止まった。
「まだよ! パゴドリイ!」
この声はヌライのものだろうか。
いや、違う。
セダのものだった。
セダの前で浮く魔法辞典から、大きな氷の槍が浮かび上がり、巨大な岩に向けて飛んでいく。
けれど、ヌライも頑張り、岩をこちらに動かそうとした。
「鳴り響け、アンティドラシ!」
ジェサーレの魔法によって、大きな氷の槍がさらに岩に突き刺さる。
しかし、ヌライはそれでも三人を押しつぶそうと、大きな岩に魔力を流し続けていた。
ジェサーレたちに大きな岩が迫ってくると、今度はジャナンも加わって岩を押し返そうとする。
そうして岩がヌライに近づくと、ヌライはヌライで更に頑張って、押し返してきた。
そんなことが何度か続いた後に、とうとうヌライの力が勝り、岩が三人の目の前に迫ってしまう。
だけど、ジェサーレはこのまま潰されて、死んでしまうのは嫌だった。
大好きなお父さん、お母さん、お姉ちゃん、犬のジャナンにセダ、そして今までに会ったたくさんの親切な人と会えなくなることが、とてもとても嫌だった。
そして、今のジェサーレには勇気があった。
だから、ジェサーレは「わー」と叫んだ。
犬のジャナンを助けようとしたときのように。
ルスの皆を助けようとしたときのように。
岩に潰される恐怖を、勇気で振り払おうとした。
ジェサーレの雄叫びは、何度も何度も、周りの山に跳ね返り、瞬く間に増えていく。
そして、そのたくさんの「わー」は、一気に集まった。
目の前の巨大な岩と、その向こうにいるヌライを目掛けて。
最初、岩が弾けるように消え去った。
次に、ジャナンの姿のまま歯を食いしばって岩を動かそうとしていたヌライが、頭を抱えてうずくまった。
次の瞬間、魔法が解けてセダによく似た女性の姿になり、悲鳴を上げたかと思うと、一瞬のうちに消え去った。
その光景に、セダとジェサーレは顔を青くしたのだが、
「大丈夫よー。あれは魔法で作られた偽物だから」
との魔女ジャナンの言葉に安堵して、再びガラスの峰を目指すのだった。
* * *
幻のヌライを退治した三人は、ケファレ山の山頂の、ガラスできらきら輝くガラスの峰に、ようやく辿り着くことができました。
杭の魔法陣は、ジェサーレにもセダにも壊れているように見えました。
修理は、最初ジェサーレがやろうとしましたが、鏡花の魔女ジャナンが「私がやるわ」と言って修理を始めます。
それで安心したのでしょうか。疲れ果てていた二人は、犬のジャナンのことも忘れて、ぐうぐうと大の字で寝てしまいました。
そして翌朝、お目目ぱっちりで目を覚ますと、杭はもうすっかりと直っていましたが、魔女のジャナンの姿が見当たりません。
少し探すと置手紙が残されていて、彼女はマリクのお墓参りに行くとのことでした。
すっかり安心した二人は、そのまま下山を始めましたが、ジェサーレのお父さんとお姉ちゃんから教えてもらった通り、登るときよりも慎重に歩きます。
それでも、二日目のお昼ごろにはジェサーレの家に帰ることができたのでした。
「ただいま!」
まずは家族にケファレ山のことを話すと、みんな涙を流して喜んでくれました。
「タルカンさん、戻りました!」
「おお、待っておったぞ」
「お待ちしていましたよ。ジェサーレ君、セダさん。よく杭の確認と修理を成し遂げてくれました」
タルカンの屋敷に行くと、どうしてかルスの里長のケレムも、タルカンと一緒に待っていたのです。
二人が「どうして分かったんですか」と聞けば「私は魔法使いですからね。そういう魔法も使えるんです」と優しく笑うのでした。
それからジェサーレとセダは、タルカンとケレムにこれまでのことを、目を輝かせながらうんと話しました。その話に、タルカンとケレムは、うんうんと、優しく何度も頷くのでした。
その翌日、タルカンはアイナの住民を集めて、ジェサーレとセダの功績を褒めるためにお祭りを開きました。
ジェサーレもセダも恥ずかしかったけれど、それでも悪い魔女を倒したとなれば、もうジェサーレに町を出ていけなどという者もおらず、二人はとても誇らしい気持ちにもなるのでした。
そうして杭を直してから何日か経った頃、ついにタネルがセダを迎えにきました。
木霊の国を救った英雄の一人が帰るということだけあって、タルカンはまたしても賑やかな見送りをしましたが、高そうな馬車に乗るセダを見たジェサーレは、とても寂しい気分になってしまったのです。
でも、どうすればいいのか分からなくて、ただ、セダを見て佇んでいると、どこからか「わふん!」と聞こえてきました。
ジェサーレがキョロキョロするともう一度、今度は足元から「わふん!」と聞こえるではないですか。
ジェサーレの足元にいたのは、白くてもこもこしてフワフワした毛のジャナンだったのです。
ジャナンはまた「わふん」と鳴いて、ジェサーレの半ズボンを口で噛んで引っ張ります。
「そうか。そうだよね。ジャナンの言う通りだよ」
「わふん!」
そうしてジェサーレは友達のジャナンと一緒に、セダの馬車を追いかけました。
やがてジェサーレとセダは結ばれ、たまに杭の点検をしながら、いつまでも仲睦まじく暮らしました。
〔木霊の国のジェサーレと不思議な本のセダの物語 おしまい〕




